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日垣隆のは知らせなかった(事件後に5)

「身体の現代」計画補足・199

立岩 真也 2016/08/31
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1769423499991296

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『現代思想』2016年9月号 特集:精神医療の新時代――オープンダイアローグ・ACT・当事者研究…・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『朝日新聞』との細かいやりとりを再録した事情について。 特集:精神医療の新時代――オープンダイアローグ・ACT・当事者研究…、という『現代思想』9月号。連載の代わりに書いた「七・二六殺傷事件後に」。目次や文献表は
http://www.arsvi.com/ts/20160030.htm
その7月27日の『朝日新聞』のたいへん短いコメントを巡るやりとりの全体は
http://www.arsvi.com/ts/20160727.htm
にある。
 フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162199.htm
にもある。


 「■脅威に対してまず言われたこと
 […]
 私もまず書いたのはそういうことだ。事件があった日、朝日新聞の記者から勤め先経由で取材依頼があった。それでその日の午後、会議中に最初の短いメールを出した。取材を受けるが「ただあまり言うことはありません」と記して、
 「(1)措置入院の経験があるらしいですが、それを大きくとりあげることは危険だろうと。その所業はたしかに「異常」だとは言えましょうが、それと精神障害の有無とは別のことかと。
 (2)施設に働いている人において入所者への敵意が醸成されるということはときにあると思います。このことに関わってここまでの殺人はめったにないとは思いますが傷害の類はけっこう起こっています。施設内で起こった問題がどのように処理されたのかはいくらか気になります。へんな管理強化になるのはよくないと思いますが。」と書いた。
 (2)については十月号掲載の文章で述べる。その後、夕方電話で話をし、それを受けて、翌二七日の昼、メールで記者からコメント案が届いた。

 「自分は社会で割を食っている」という怒りを、自分より弱い立場の障害者や移民を攻撃して解消する人が世界で増えている。今回の容疑者も、その一人かもしれない。重度の障害者の命を軽くみる人は残念ながら一定数いるが、『あなたは死んだ方が幸せだ』と言う権利は親も含めて誰にもない。障害の有無にかかわらず、命の重さは同じだと地道に発信する必要がある。容疑者は措置入院しているが、精神疾患のある人の犯罪率は障害のない人に比べて低いことが統計でわかっている。精神疾患を持つ人に対する「危ない」「隔離しろ」という偏見を広げないようにすることも重要だ。」

 それに対して三回、少し変えた文案を作ってメールし、変更の提案をした。その最後のもので、変えなかった第一・二文(「一人かもしれない」まで)を略したものが以下。

 「[…]この人だけでなく、重度障害者は死んでよいなどとネットに書き込んだりする人が「死んだ方が幸せだ」などと言う。だがそれはとんでもない間違いだ。もう一つ、障害者の生活を支える負担の重さが言われる。しかしこれも根拠が示されないまま不安感を増大させている。どれぼとのものかと冷静に見ていく必要がある。容疑者の入院歴が報じられているが、精神疾患ゆえに犯罪がなされたのではない。精神障害者の犯罪率は統計的に低いこともわかっている。「危ない」「隔離しろ」という偏見を広げないことも大切だ。」

 私は変更したものがよいと思ったが、幾度かのやりとりの末新聞社側からの当初案をそのまま受け入れ、それが翌日の朝刊に載った。
 変えなかった最初の二文も、よくある話ではあるが、本来は説明を要する。『精神医療』に掲載される[2016/10/10]に少し関連することを記した。変更を希望した(が反映されなかった)点は以下。
 「重度の障害者の命を軽く…地道に発信する必要がある。」→「この人だけでなく、重度障害者は死んでよいなどとネットに書き込んだりする人が「死んだ方が幸せだ」などと言う。だがそれはとんでもない間違いだ」。これは「言う権利」というのと少し違うと思ったのと、「命の重さが同じ」だという言い方はよくされるが、私はあまりしたくなかったのと、「地道に発信する」という言い方もあまりしたくなかったことによる。
 そしてその後、「もう一つ、障害者の生活を支える負担の重さが言われる。しかしこれも根拠が示されないまま不安感を増大させている。どれほとのものかと冷静に見ていく必要がある。」という部分を全体の字数を変えず加えようと思った。殺してよい、仕方がないという言い方には、一つ価値がないという言い方、もう一つ負担だ迷惑だというのと、大きくまとめれば二つになる。片方だけはよくないと思った。最初「そして障害のある人の生活を支える負担は確かにあるが、本当はたいしたことはない。すぐに社会が変わらなくとも、これらを言い続けるしかない」と変えたが、「本当はたいしたことはない」と言うには証拠がいるとのことで、「しかしこれも根拠が示されないまま」と、相手側に挙証を求める文にしたが、やはりそのままになった。
 そして終わりの部分が本稿の本題に関わる。提示された二文に代えて、「精神疾患ゆえに犯罪がなされたのではない」の文を前におき。その後に「低いこともわかっている」としてみた。
 犯罪率のことは電話で話した時にした。このことは他の新聞にも書いてあったそうで、それで記者はそのことを知ったようだった。
 これから書くように確率の高い低いは基本的なことではない。それは多くの人が言ってきたことだ。ただそんな但し書きを入れる余裕はなく、それでも知らない人がいるなら繰り返す必要があるのだろうと思った。記事が載った後、勤め先の広報課から、それを知らなかったという「当事者」――私は「本人」という語を使うが――から、どこにそのことが書いてあるか教えてくれという電話があったという連絡があって、検索して知らせたら、広報課はPCを使ってないというその人にそれを印刷して送ったくれたようだ★07。その後もこのことについてツィッター等で反応があった。」

★07 「精神障害者 犯罪 確率」だったかで検索して出てきたもの(里見[2001])のURLをメールで送った。そのすぐ下には、こうした言論を批判し「野放し」を問題にしてきた日垣隆が(「凶悪犯罪」については)犯罪率が高いという主張をしている文章(日垣[2001])を引用した文章が出てきたが、それは送らなかった。その人が混乱しないようにとのパターナリスティックな配慮による。」


UP:201608 REV:
7.26障害者殺傷事件  ◇『現代思想』2016  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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