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共同通信掲載文章再掲他(事件後に・3)

「身体の現代」計画補足・197

立岩 真也 2016/08/27
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1768311650102481

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『現代思想』2016年9月号 特集:精神医療の新時代――オープンダイアローグ・ACT・当事者研究…・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 たぶんもう買える特集が「精神医療の新時代」の『現代思想』9月号。連載の代わりに予定を変えて書いた「七・二六殺傷事件後に」。目次や文献表は
http://www.arsvi.com/ts/20160030.htm
にある。それをしばらくきれぎれに掲載していく、その3回め。
共同通信配信の短文(の中では長いもの)は、最初の原稿、その書き直しも含め
http://www.arsvi.com/ts/20160028.htm
に置いてある。あっさり掲載された方の原稿。もう一つそうでもなかったものについては次回に。

 フェイブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162197.htm
にもある。


 「■事件後述べたこと
 ここではまずこの事件について、いくつかの文章他を依頼されたのだが、そこに述べたことを紹介する。その意味も説明する。
 『朝日新聞』に短いコメントが載った([2016/07/28]――以下筆者の書いたものについては名前を記さない、また月日があった方がよいものもあるので八桁で表記することがある)。二九日にフジテレビが運営するネットテレビの取材を受けた([2016/07/29])。三一日にNHK大阪で『バリバラ』という番組の収録に出て、八月七日に放映された([2016/08/07])。短い中でも一番長いものが、共同通信の依頼による一一字×一〇〇行という短文で八月一日に送り、八月二日から三日に掲載された([2016/08/02])。これらについて、次節に記す取材側とのやりとりや反応を含めてHPに載せるようにしている。
 短く伝えるということ、あるいは「常識」との距離をどうとっていくのかということがあって、短い、すぐに忘れられてしまう短文をそのまま紹介する。共同通信配信の文章は以下。

 安楽死の主張や優生思想・優生主義には種々の意味があるが、他人にとっての損得によって、時に人を生まれないようにし、時に人に死んでもらおうという考えや行いだと捉えたらよい。これは歴史的な事実でもある。
 そしてその他人たち、つまり私たちにはそれを支持してしまうところがある。その方が楽で都合がよいからだ。その「内なる優生思想」を自覚しつつ、とにかく殺すのは駄目だと言い続けてきた人たちの主張を受け止めねばならない。ヒトラーなど持ち出して「とんでもない」と言えばおしまい、にはならないのだ。
 次に、本人のためという言葉を使って、実のところは私たちの都合の良さを実現するのは、優生思想・安楽死思想の常とう手段だ。私たちの都合が大切でないと私は言わないし、言えない。ただ少なくともそれを、本人のためだと、死んだ方が幸せだなどと、「死んでも」言わないことだ。
 容疑者はそれを言う。狂気・妄想でなく間違いなのだ。そしてこの容疑者をどうしたらよいかを説く「専門家」たちが、容疑者と等しくとまで言わないが、乱暴だ、そしてずるいと私は感じる。
 精神医療の充実を、とその人たちは言う。だが何をするというのか。おおむね薬物の投与しかしない精神医療で何かできるようには思えない。そして、薬で、医療でこの間違った思想を直そうというのは乱暴だ。
 結局、医療というのは名目で、監禁しておくために精神科病院を使えということでしかないのではないか。つまり本人のために存在するはずの医療を、隔離のために使うことを支持していることになる。そしてそれに気づいてもいないか、事実を隠している。人や人の未来を評定することの難しさを甘く見ている。この点で、優生主義者と、容疑者と、容疑者を責める人は共通している。
 では代わりにどうすればよいのかと問われるだろうか。私は、死刑制度には反対するが、刑罰全般を否定できる人間ではない。ごく短く言えば、「現行犯」として対処するべきだし、対処できると思う。これ以上の説明はここでは略す。
 そして、それとともに、優生主義を根絶はできないとしても、その勢力を弱くすることだ。そしてそれは可能である。
 一つに、できる人が得をするのは当然だ、できることにおいて価値があるというこの近代社会の「正義」が優生主義を助長している。それをのさばらせないことである。
 もう一つ、優生・安楽死思想は人を支える負担の重さの下で栄える。つらいと殺したくなるということだ。負担そのものをなくすことではできない。だが一人ひとりにかかる度合いを減らすことはできる。するとこの人はいなくなってほしいと思う度合いが少なくなる。([2016/08/02])

 「優生思想」に触れるようにという依頼だったからそれに触れながら、犯人を非難して言われることにその思想・実践と似た気持ちのわるさがあることを言った。本人のためと言って自分たちの都合を通すことと、本人をなおすため(の医療)という建前のもとで自分たちを護ろうとすること。そしてそれに気がつかないか気がつかないことにしていること。それにしても自分たちの都合からは逃れられないこと、逃れねばならないというわけでもないこと。そういうなかでできることはあること、等。これまで長々しく様々に書いてきたことを極端に縮めれはこうなる。難しいことは書いてない。そうすると、その文章はわかりやすくなってよくなったか。それは私には判断できない。


UP:201608 REV:
7.26障害者殺傷事件  ◇『現代思想』2016  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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