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『家庭奉仕員・ホームヘルパーの現代史』他

「身体の現代」計画補足・193

立岩 真也 2016/08/19
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1764797817120531

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渋谷光美『家庭奉仕員・ホームヘルパーの現代史――社会福祉サービスとしての在宅介護労働の変遷』表紙    立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『家庭奉仕員・ホームヘルパーの現代史』は
http://www.arsvi.com/b2010/1403st.htm
著者の渋谷光美は
http://www.arsvi.com/w/st20.htm
佐草智久は
http://www.arsvi.com/w/st27.htm
 『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
補章の「3 穴があいているので埋める・塊を作る」より「福祉労働についても」。
 フェイスブック上のこの文章と同じ文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162193.htm
 「私は、この…」以下については次回

 「■福祉労働についても
 あってよい研究がないと言ってきたが、高齢者福祉、その関係の労働についてならいくらでもあるように思える。しかしここでも、現在を歴史的・政治的に見ることが必要で、それが意外なほどなされていない。
 本書では渋谷光美の著書の一部が引かれた(第1章3)。ホームヘルパーの常勤化闘争があった。その苦難の歴史が描かれた。そうした業績があるからこそ、それに加えて、全体を、それもそれほど大仰なことではなく、例えば、まずは1970年代・1980年代あたりからでもかまわない、何が起こってきたのか。いくつかの業績がようやく出ているが、まだすべきことはある。
 教科書の類には自治体の家庭奉仕員派遣事業は長野県で始まったと書いてあるのだが、佐草智久はそれより早い京都他での始まり、その時の様子を明らかにした(佐草[2015a][2015b])。それ自体価値のある研究だが、そこで言われでいるのは、介護される対象が貧窮者に限られていたこととともに、この事業そのものが戦争未亡人といった貧窮者対策の性格をもっていたということである。そしてこれは公的な施策だが、それと別に家政婦がおり、やがて廃止される病院の付添婦がおり、そうした人たちを供給する会社もあった。そして80年代になると、「有償ボランティア」と呼ばれた人たちやそのその人たちの組織がいっときずいぶんもてはやされた。その人たちの多くは専業主婦で、金と時間がある程度あり、仕事をし、いくらかを受け取った。
 こうした複数の流れがどのように連続し、そして途絶え、現在に至ったのか。まず常勤化を目指したがそれが果たせなかった人たちが、非常勤の仕事としてする人になったという部分もあるが、それは数的には多くない。有償ボランティアができた層が担っているのでもない――とすると、しばらく有償ボンティアが期待されたがあきらめられたということか、それともそうではないのかという問いも立つ。他方、民間の派遣所で働いていた人が移ってきた部分はかなりあるようだ。そして、シングルマザーをしながらシングルマザー研究をしている谷村ひとみは、資格が比較的簡単にとれる仕事として(ちなみにさきに記した介護保険外の制度の場合は、資格なしでもできなくはない)、そして長く続けられる仕事として多くの人がこの業種に就くこと、その職にたどり着くにあたっての経緯を記している(谷村[2013])。シングルでない人もたくさんいる。そうわりがよくはないが、多く働けばそれで食べていけないことはない仕事、空いている時間を使いいくらかを稼ぐ仕事としている人がいる。一筋縄で行かないことは明らかだが、そこにどんな筋を見出すことができるか。それが佐草(たち)の仕事になるかもしれない。
 私は、この高齢者介護〜介護保険という「本流」の方についての知識はない。「障害者関係」――といっても高齢者も障害者だから介助が必要なのだが――同性による介助を原則とするから男性も多く、学生も含め比較的に若い人たちが多い介助者の世界、その利用者の世界のことをすこし知っている。それと比較対照したときに何かが見えるのか、それもまだわからない。ただ事実として、まず一つ、端的に言えば公務員として派遣されるヘルパーを嫌った人たちを知っている。そして、専門性を言って自らを正当化する、そのものの言い方はそう主張する人自身にとってもよくないと考えてきた。むろんそれは、その仕事に熟練を要する部分があることを否定するものではない。さらに、公務員であること、常勤公務員であることを否定することにもならない――実際、一九七〇年代から八〇年代、公務員ヘルパーを批判した人たちにも公務員化を支持した人たちはいる、そのぐらいには事態は複雑だ。介助(介護)者の労働条件をよくすることについて異議がない。それは言うだけならいくらでも言えることだが、だから言うことにして、言ってきた。介助者・ヘルパーの労働運動の再建あるいは開始の動きもあって、それも必要だと思う。その上で、どのようにその職とその条件を肯定するかである。
 それをこの業界・学界にまかせると多く「専門性」の話に収斂させられる。それに対して別のことを言うことができるし、別のことを言うべきだと思う。そのように口をはさむことができる。」


UP:201608 REV:
『生存学の企て』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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