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ベーシックインカム:理論系1

「身体の現代」計画補足・189

立岩 真也 2016/08/09
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/

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『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』表紙    立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
補章の「3穴があいているので埋める・塊を作る」より「理論系」の1。
 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』は
http://www.arsvi.com/ts/2010b1.htm
その共著者でもある齊藤拓は
tp://www.arsvi.com/w/st13.htm

 フェイスブック上のこの文章と同じ文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162189.htm

 「■理論系
 他方、こうした仕事とまったく地続きだと思うのだが、「理論的」なことをやる人は、とくにこのごろ近くに多くない。より「勉強」ができる人はそういう人たち用の大学院に――本当にそういうものがこの国にあるのかどうか?――行ってしまうということなのかもしれず、残念でさびしいことだが、それを止める理由はなく、仕方のないことであるかもしれない。にもかかわらず、と言うべきか、新しい研究科のなかではわりあい「古手」の院生・修了者たちによっていくかの仕事がなされきた。そして井上彰(政治哲学)といった教員がいる布陣を見ても、ここは実はそんな仕事をするための環境として悪くない、狙い目のはずだ。そして「現場」を整理する道具をもっている人を現場系はほしいかもしれない。他方、現場には理論構築に使えるものはたくさんある。そんな意味でも、両方がいた方が本来は楽しい。加えると、「使える理論」をという前者の期待は、しばしばたいした理論がないためにかなえられないことがあるのに対して、むしろ、素材を使わせてもらうという後者の方が美味しい。だからまず片方でもと、私はそう考えているのだが、まだそのような幸福な関係はあまり生じていないように思う。
 さきにあげたいくつかの共著で仕事をした人がいる。「ベーシックインカム」については齊藤拓の博士論文(齊藤[2009])が巷にあるときに怪しいものとは異なる水準の達成としてある。いろいろと考えるところはある。ベーシックインカムは現実の社会における所得の格差に対する一つの対応であるが、そのある種の主張をそのままに受け取れば、個別の身体〜必要の差異に対しては一律の給付で対応しようするものだとされることがある。それでよいか。そうではないと、このアイディアの首謀者の一人である人自身が、齊藤が訳したその本(Van Parijs[1995=2009])で述べている。さてその理屈を採用してよいか。私はよくないと思ったから、そのことを記したことがある(立岩・齊藤[2010:147ff.])。そんな理論的な仕事がある。そしてそれは、政治哲学者が身体や身体の差異をどのように扱おうしているか、(そして私の考えでは)失敗しているかを確認する作業でもあり、そしてそれは先に述べたこと、例えば身体の痛みを示さねばならないという要求にどう応えるのかといった問題に直結するのでもある。」


UP:201608 REV:
ベーシック・インカム(Basic Income: BI)  ◇『生存学の企て』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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