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入試説明会もあり「関係者」の本たち

「身体の現代」計画補足・168

立岩 真也 2016/06/19
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1740339256233054

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一宮茂子『移植と家族――生体肝移植ドナーのその後』・表紙    立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 大学院(先端総合学術研究科)と研究センター(生存学研究センター)はもちろん別ものなのだが、関係はしている。その説明はあとで。
 前回も紹介したが前者については6月26日(日)に入試説明会がある。
http://www.r-gscefs.jp/?p=124
 以下の引用は、立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』,生活書院
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
の「補章」より。関係で出た本を並べただけのところ。一つひとつについて紹介の頁がある。その多くは
http://www.arsvi.com/a/b1.htm
からリンクされているはず。今日みたら243冊。もちろん、その研究科で博士論文を書いたらそれが本になる、などというわけではまったくない。ただ、ずいぶんな数、出てはいる。
 今回のHP版
http://www.arsvi.com/ts/20162168.htm
からは、上記頁に出ていない一宮茂子『移植と家族――生体肝移植ドナーのその後』を注文できる。


 「□4 「関係者」の本たち
 ここまで読んでいただいたように、いくつかの文章を本書に再録したが、それはもちろんごくごく一部だ。ここでは「書籍」になったもので、センター、研究科の「関係者」のものだけをあげる。そして、教員たちのものはとても多いので、院生や修了者との共著・共編者となっているものを別として、またセンターのために細々としたことを含めて働く「特別招聘研究教員」という名称の人のものも別として、それらはあげない。「生存学 成果」と検索してさらにそこから「単著・共著・編書」の頁をクリックすると、今日(2016年2月11日)は、もれているものもあるのだが、245冊出てくる。それは誰が選んだというものでもなく、なんとはなしにできたもので、そこには「関係者」という自認のない人のものもあるだろうし、ただたんにもれていて、以下に出てこないものもあるはずだが、その範囲内で並べておく。
 まず「先端研」の博士論文がもとになって書籍化されたものを発行年順に並べていく。そしてその筆者に他の著書・編書がある場合には、その後にそれも並べて記していく。
 大学院が始まったのが2003年度で、その年度は当然博士前期課程(博士一貫制なので、他では修士課程と呼ばれるものがこう呼ばれる)の一年次だけがある状態から始まった。ただ既に修士号をもっていた人も入学してきたから、最短3年の早期修了という例外が設けられた。最初に博士号を授与されたのは「「尊厳死」言説の誕生」(大谷いづみ[2006])。大谷には[2010]等、「(生)死の教育」を批判的に検討した論文多数、編著に玉井・大谷編[2011]。そして大谷は立命館大学の教員になり、『生存学』創刊号の座談会にも参加し(p.231)、センターの運営委員を務めることになった。
 博士論文が出て、書籍になった最初のものは『臨床場面のポリティクス――精神障害をめぐるミクロとマクロのツール』(吉村夕里[2009])。その後、『関西障害者運動の現代史――大阪青い芝の会を中心に』(定藤邦子[2011]→本書第1章1)。『技術からみた日本衛生行政史』(横田陽子[2011])。『ガブリエル・タルド――贈与とアソシアシオンの体制へ』(中倉智徳[2011])。『若者の労働運動――「働かせろ」と「働かないぞ」の社会学』(橋口昌治[2011])、その橋口の共著に、『税を直す』(立岩・橋口・村上[2009])、『<働く>ときの完全装備――15歳から学ぶ労働者の権利』(橋口・肥下・伊田[2010])。『トランスナショナル・フィリピン人の民族誌』(永田貴聖[2011])。『主婦と労働のもつれ――その争点と運動』(村上潔[2012])、村上の共著に『家族性分業論前哨』(立岩・村上潔[2011])。『受精卵診断と出生前診断――その導入をめぐる争いの現代史』(利光恵子[2012])、利光には他に書籍の分担執筆として利光[1998]等(cf.本書第4章2)。『情報福祉論の新展開――視覚障害者用アシスティブ・テクノロジーの理論と応用』(韓星民(ハン・スンミン)[2012])。『老年者控除廃止と医療保険制度改革――国保料(税)「旧ただし書き方式」の検証』(牧昌子[2012])。『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』(有吉玲子[2013]→本書第1章1)。『日本における作業療法の現代史――対象者の「存在を肯定する」作業療法学の構築に向けて』(田島明子[2013])、田島の他の著書に『障害受容再考』(田島[2009])、編書に『「存在を肯定する」作業療法へのまなざし――なぜ「作業は人を元気にする!」のか』(田島編[2014])。『家庭奉仕員・ホームヘルパーの現代史――社会福祉サービスとしての在宅介護労働の変遷』(渋谷光美[2014]→本書第1章3)。『どんなムチャぶりにも、いつも笑顔で?!――日雇い派遣のケータイ販売イベントコンパニオンという労働』(田中慶子[2014])。『沖縄闘争の時代1960/70――分断を乗り越える思想と実践』(大野[2014])、大野の同年の共編書に『戦後史再考――「歴史の裂け目」をとらえる』(西川・番匠・大野編[2014])。『日本の血友病者の歴史――他者歓待・社会参加・抗議運動』(北村健太郎[2014])。『顧みられない熱帯病と国際協力――ブルーリ潰瘍支援における小規模NGOのアプローチ』(新山智基[2014])、新山の他の著書に『世界を動かしたアフリカのHIV陽性者運動――生存の視座から』(新山[2011]。『死産児になる――フランスから読み解く「死にゆく胎児」と生命倫理』(山本由美子[2015])。『人工授精の近代――戦後の「家族」と医療・技術』(由井秀樹[2015])。『フランスの生命倫理法――生殖医療の用いられ方』(小門穂[2015])。そして、今年は『戦後日中関係と同窓会』(佐藤量[2016])が刊行され、『移植と家族――生体肝移植ドナーのその後』(一宮茂子[2016])、『性同一性障害からトランスジェンダーへ』(吉野靫[2016]、仮題)が刊行される。
 次に、先端研在学中あるいは在学前に出た本がある。博士論文「聴覚障害児医療の再検討」(上農[2009])を書いた上野正剛の入学前の著書に『たったひとりのクレオール――聴覚障害児教育における言語論と障害認識』(上農[2003])。博士予備論文(後期課程には進まなかったので、別に審査した上で修士論文とされた)がもとになった本に『「労動」の哲学――人を労働させる権力について』(濱本真男[2011])。在学中に出版されたものとして、本書第3章3でも取り上げられた櫻井悟史の『死刑執行人の日本史――歴史社会学からの接近』(櫻井[2011]、博士論文は櫻井[2013a]。そして天畠大輔の前期課程入学とほぼ同時に出た書籍に『声に出さないあ・か・さ・た・な――世界にたった一つのコミュニケーション』(天畠[2012])。前記した田島[2009]も在学中の刊行。櫻井・田島の本は博士予備論文が下敷きになっている。さらに、本書第2章1で川口[2011]が取り上げられた川口有美子の『逝かない身体――ALS的日常を生きる』(川口[2009])、博士論文は川口[2013]、共編著に小長谷・川口編[2009][2016]、対談集に川口[2014]。三輪芳子[2013]は後出。そして、医師早川一光へのインタビューと早川の文章と、早川の娘でありこちらの院生でもあって早川たちの活動を研究してきた西沢いづみの論文を収録した『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』(早川・立岩・西沢[2015])がある。
 そして、その研究科の修了者である人もでない人もいるが(以下では修了者は齊藤拓)「拠点」や「センター」の研究員等を勤めた人の著作として、『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』(立岩・齊藤拓[2010])。『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』(野崎泰伸[2011])、その後の著書に『「共倒れ」社会を超えて――生の無条件の肯定へ!』(野崎[2015])。『差異と平等――障害とケア/有償と無償』(立岩・堀田義太郎[2012])。『生死の語り行い・1――尊厳死法案・抵抗・生命倫理学』(立岩・有馬斉[2012])。『新印象派のプラグマティズム――労働・衛生・医療』(加藤有希子[2012])。『フーコーの闘争――〈統治する主体〉の誕生』(箱田徹[2013])。『障害学のアイデンティティ――日本における障害者運動の歴史から』(堀智久[2014])。
 私(立岩)はこれらのいくつかで共著者として加わっているが、そうした形とまた別に、天田城介(現在は中央大学教員)が2冊の共編書を出している。既に名前の出た人たちが編者・著者に加わったもので、『差異の繋争点――現代の差別を読み解く』(天田城介・村上潔・北村健太郎編[2012])、そして『体制の歴史――時代の線を引きなおす』(天田・角崎洋平・櫻井悟史編[2013])。後に列挙する「センター報告」の編者の多くも大学院の修了者や大学院生が務めている。
 これで50冊ほどになる。このごろの大学院生は、研究職に就きたいなら博士号をとるのは当たり前で、そしてそれを本にしとくぐらいした方がよいという風潮も影響はしているのだろう。また、国・大学・研究科等の出版助成が利用できたことも、最近は(大学→研究科の方は)厳しくなっているのだが、関わってはいる。もうすこし手間をかけた方がよかったと(私は)思うものもあるのだが、急がされるのがこのところの「流れ」になっている。
 そしてそうした処世術とあまり関係なく、とにかく一つ、一冊書きたくて、書かれねばならなくて、書かれたものがある。本書第1章であげられた本にもそんな本があり、第4章でその文章が引かれている利光惠子の本もそんな本だと思う。(私はその著者の名前を、こちらの大学院に来る前から、「優生思想を問うネットワーク」のメンバーの一人として存じあげていた。入学志願者に名前を見つけて驚いた記憶がある。)他にも何冊かそんな本がある。
 本が売れないと言われて久しく、実際そのとおりなのだが、このことはむしろ、その自転車操業的出版業界において、費用の一部負担など一定の条件を満たす本については、利が薄くても部数を少なくしても出版する方向で対応してくれるという動きにもつながっている。自費出版という手もあるが、その場合には多く、実質的な助言を得ることはない。どうせ本にするなら、人の意見を入れ、そして註や文献をきちんと記載した本にした方がよい。博士論文というものには、面倒な制約もあるが、いちいち証拠・出典をきちんと記載するなど、合理的なところもある。こうした方法を習得するだけでも博士課程で苦労する意義はある。」


UP:201606 REV:
『現代思想』  ◇『生存学の企て』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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