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「障害と社会、その彼我の現代史・1」より

「身体の現代」計画補足・159

立岩 真也 2016/05/26
「障害と社会、その彼我の現代史・1」より
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1731943560405957

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『生存学』3・表紙    立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙    『生存学』9・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

どんなふうに「研究」をやっていくか、の話の続きとして、これからしばらく、立岩真也・天田城介「生存の技法/生存学の技法――障害と社会、その彼我の現代史・1」、『生存学』3:6-90(2011/03/25)
http://www.arsvi.com/ts/20110003.htm
より。これが掲載された『生存学』
http://www.arsvi.com/m/sz.htm
は今年の第9号で終刊とあいなった。
http://www.arsvi.com//m/sz009.htm
このことについては、また第9号については、そのうちまた。

以下に出てくる「趣」は
http://www.arsvi.com/a/c.htm
今回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162159.htm


「■まず何をしていくか

■「生存学」は何をしていくのか
天田:今日は「障害と社会、その彼我の現代史」と題して、立命館大学グローバルCOEプログラム「『生存学』創成拠点――障老病異と共に暮らす世界の創造」(以下、生存学、「生存学」創成拠点、あるいはCOEと略す)の拠点リーダーである立岩真也さんへのロング・インタビューを行いたいと思います。長時間になりますが、よろしくお願いします。
 まず最初に、そもそも「生存学」っていったい何をやっているのかの説明ををざっとしていただいた上で、その「生存学」にとって重要である個別のテーマについてそれぞれお聞きしたいと思います。特に、これまで「生存学」創成拠点は海外における先進的な教育研究機関との連携化の実績を積み上げてきていますが、日本とそれ以外の国や地域によって障害・老い・病い・異なりといったものの歴史的・文化的・制度的・実践的な背景が異なる中で、日本なら日本のそれらの現実を「彼の地」に向けて何をいかにして伝えていくのか、そして海外なら海外におけるそれらの現実をこちらがきちんと理解して引き受けていくことの理論的かつ実践的意義とそこでの難しさについてお聞きしたいと思います。
 具体的には、たとえば、そもそも「障害者運動」あるいは「障害学」はいかなる歴史的文脈と政治経済体制のもとで生まれてきたのか、そもそも「反精神医学」や「精神医療批判」と呼ばれるものはどのようにして迫り出してきたのか――まさに今号は「精神」が特集として組まれています――、そもそも「障害学生支援」ってどういう歴史的・制度的な経緯のもとでできあがってきたのか、といったことに対して、立岩さんは「いかなる理論的な見立てをしているのか」、それを踏まえて「彼の地に何をいかに伝えようとしているのか」といったことについてお伺いしたいと思っています。
 「生存学」創成拠点では、二〇一〇年だけとってみても、二〇一〇年九月にリーズ大学のコリン・バーンズ(Colin Barnes)さん、アリソン・シェルドン(Alison Sheldon)さんとの国際連携企画があり、そして五月(国際プログラム「国際研究交流会議」他)と十一月の韓国における国際研究企画(第一回障害学国際研究セミナー)があり、韓国の関係機関・組織との国際的な研究連携を深めています。さらには、二〇一一年二月には今度は韓国から多くの人たちが訪日にして、より発展的に国際的な組織間連携を深めていく予定です。ご存知のように、人文・社会科学における「国際連携」は各種のイベントを達成することに多くの時間が費やされ、それで疲弊してしまうことが多いわけですが、「生存学」創成拠点の国際連携・国際情報発信がそれらとは異なるとすれば、たとえば、上記のような日本における歴史的・制度的・実践的な文脈のもとにある現実とその理論的含意を英国や韓国の人たちにどのように伝えるのか、あるいはそれを伝えようとする国際的な組織間連携はいかほどの意義があるのかということが重要になってくるかと思うのです。加えて、たんに「障害学」における国際的な研究交流その他にとどまらず、国や地域を跨いでそれぞれ固有の文脈のもとにある諸現実を伝えて/理解していきながら、「拠点」を繋いでいこうとする「生存学の試み」というものがいかほどの意義があるのかということについてお聞きしたいと思います。

立岩:この拠点の目的、何がしたいんだという中味は、「趣意書」(HP「生存学」→「趣」)他に出ている以上のことはなくて、書いてある通りということなんです。とてもわかりやすい話です。その一番短い「概要」のその第一段落はこんな具合です。
 「人々は身体の様々な異なりのもとで、また自分自身における変化のもとに生きている。それは人々の連帯や贈与の契機であるとともに、人々の敵対の理由ともされる。また、個人の困難であるとともに、現在・将来の社会の危機としても語られる。こうしてそれは、人と社会を形成し変化させている、大きな本質的な部分である。本研究拠点は、様々な身体の状態を有する人、状態の変化を経験して生きていく人たちの生の様式・技法を知り、それと社会との関わりを解析し、人々のこれからの生き方を構想し、あるべき社会・世界を実現する手立てを示す。」
 さてその上で、やはり全体的に言って、僕らがやろうとしている領域における様々なテーマについての研究の「厚み」あるいは「量」が端的に言って足りないという感じがしています。なかで、今回の前半はとくに、目的として三つ立ててある【集積と考究】【学問の組換】【連帯と構築】のうちの一つ目【集積と考究】を意識して、というかかなり偏ってしまうことになるのですが、お話しようかと思います。そして、続けて、政策含めて社会のあり方を展望するという三番目の課題【連帯と構築】に関係して、その把握の仕方みたいなことについて、これは天田さんの見解もうかがいながら、定まっていない私見を語ってみるということになるのですが、そちらにに移っていくことになります。そして後の方で【学問の組換】の一部分にも関わる「障害学生支援」とか「情報保障」のことにも触れることになろうと。」


UP:201605 REV:
『生存学の企て』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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