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集めること:『生存学の企て』序章9

「身体の現代」計画補足・157

立岩 真也 2016/05/20
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1729225357344444

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定藤邦子『関西障害者運動の現代史――大阪青い芝の会を中心に』表紙    立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙    『生存学』9・表紙    有吉玲子『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 HP表紙から「歴史」(「身体の現代:歴史」)というところに行ける。
http://www.arsvi.com/d/h.htm
 それから「蔵」というところに行ける。
http://www.arsvi.com/a/a.htm
 今回はそういうものと関係がある。
 『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』の紹介の8。
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
この生存学研究センター編の本、私はその「序章」と「補章」を書いた。「序章」を紹介している。今回は第9回。
 ここのところ出てくる「先端研」という大学院の研究科は年に2回、9月と2月に入試があって、それに合わせて入試説明会がある。9月入試の前のは5/26(衣笠)・6/5(茨木)・6/26(衣笠)。
http://www.r-gscefs.jp/?p=124
 また私見あり不正確なところもある情報古い情報は
http://www.arsvi.com/u/gsce.htm


 「■集めること
 「文系」の場合、大人数で実験やらしないとならないというわけではなく、そのための箱・組織はいらない。大きな数の調査を継続的にしようというなら別だが、そのような分野を専攻する人材は今のところおらず、それが可能な体制もない。一人あるいは何人かが各々様々を進める、ここはそんな場だ。ここまで述べてきたようなことをしよう、せねば、というときに「センター」があることの意味は何か。そのかなりについてはもう述べた。共通性と差異のある人がいて、自らの仕事を豊かにしていける、場合がある。
 もう一つの答は、他とつきあいがあって、それを続ける必要がある意義があるとき、それを引き受け続けるところは必要だというものだろう。これまで、そしてとくにこれから、とくに東アジアという単位でのつきあいを続け大きくしていくということになっている。その窓口がいつのまにかなくなる、しっかりしたものでなくなるというのは、もしその持続的な展開が認められ、相手と約束し、その意義が失われなら、よろしくない。ただその意義を本当に示せるのはこれからのことになると思う。これまでの企画の一つの概略はコラムで紹介されているが(→p.61)、本格的には次の機会にと思う。
 さらに一つ加える。意義は、集めること、それを継続すること、そのものにある。今ある問題は解決されてしまい、なくなった方がよい。忘れてしまいたいこともある。そうして消えていく。そんな部分もあってよいし、ときに、その忘却・消滅はその本人たちにおいて、必要なこともある。けれど、残念ながらたいがいの問題はなくならない。一つ終わってしまったことも、別のところで要り用になるかもしれない。
 しかしこの世の中は、さきほどの趣旨のようなことをしようとする時、それができにくい仕組みになっている。そのことを説明した。まず業界には、自らのために組織を作り、維持していくもっともな理由・事情がある。資源もある。だから維持され、さらにあるものは大きくなっていくだろう。しかし他方は、理由があっても、維持していくのが困難な事情があり、資源は少ない。何かに抗議し、得ようとしている人たちも、前向きで、振り返らない。あるいはそれがときに必要なことがわかっていても、その余裕がない。
 そして政府など、金を出す側府の側も、専ら短期的かつ実用的に有用なものを優先するから、単純には前向きでないもの、前向きに見えないものには、消極的であってしまうことがある。
 そして、人は個別に散在していて、それぞれがもっている資源も散在している。すると、複数のものを突き合せてそれで見えてくるものが見えてきにくい。医学に関係するものは医学部の図書館にあるだろう。社会福祉に関係するものはその関係の図書館にあるだろう。しかしそれぞれの間にあったり、それらをまたいだり、また各々の業界で生産された業績でないものは、ない。それを集めること、それを休まないこと、整理しておくことが、複数のものを集積し続けることが、必要になる。具体的になにをしているかしようとしているかについてはコラム(→p.176)で紹介する。
 そんなところが、少なくとも一つ、あってよい。そしてそれは、持続し継続できることが必須である。いっときの動向、時勢に左右されない恒常的な組織が必要であり、その必要を自らの使命として認め支援する組織が必要である。それができるのは(いくらかは財政的に余裕のある)自らの方針・運営を自らが決めることのできる教育・研究機関、大学ということになる。大学はいま社会貢献を求められているそうなのだが、本気でそのことを考えるのであれば、この方面への貢献「も」求められる。」


 第1回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162140.htm
 第2回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162143.htm
 第3回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162151.htm
 第4回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162152.htm
 第5回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162153.htm
 第6回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162154.htm
 第7回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162155.htm
 第8回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162156.htm


UP:201605 REV:
『生存学の企て』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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