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『国立療養所史』

「身体の現代」計画補足・137

立岩 真也 2016/04/03
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1711087632491550

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『現代思想』2016年1月号 特集:ポスト現代思想・表紙    立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙    『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『現代思想』4月号の特集は「教育サバイバル」」。
http://www.arsvi.com/m/gs2016.htm#04
もう発売されているので買えます。これからしばらく、多分断続的に、この号に載った「国立療養所――生の現代のために・11 連載 122」
http://www.arsvi.com/ts/20160122.htm
から引いていく。まずは雑誌買ってください。


 「■国立療養所・『国立療養所史』
 […]
 おもに『国立療養所史』を用いる。それには「総括編」「結核編」「精神編」「らい編」の四冊があるが、最初に刊行されたのは「らい編」で七五年九月、「結核編」七六年四月、「精神編」七六年八月、「総括編」七六年十月の発行となっている。厚さは順に、一三五頁、六七九頁、三六〇頁、七三二頁と、各々だいぶ異なる。
 この「療養所史」の成り立ちについては当時厚生省医務局国立療養所課長であった大谷藤郎による「総括編」「あとがき」(大谷[1976])にいくらかが書いてある。大谷は『精神病院体制の終わり』でも幾度かふれた人で、この時期の厚生行政の要職をいろいろと務めた。本でふれたのは京都市の十全会病院を巡る国会質疑における答弁者としてだったが、後に自らも関わったハンセン病政策を反省した人物として知られている★02。
 その大谷の文章を読むと、大谷が三人の院長・所長に提案し、賛意を得、国立療養所の施設長やその経験者からなる「国立療養所史研究会」が発足、国立療養所村山病院(東京都武蔵村山市)に事務室が置かれ、また厚生省医務局でも国立療養所課が中心となり、この記録を担当する係の人がいて、双方から原稿依頼等を行ない、療養所のおもに経営に関わった人たち、さらに元看護婦長等々からの文章も集め、研究会発足から約一年で刊行されたものだという。
 「総括編」から順番に読んでいってもすぐにはわからない。大部の書籍を短い期間に作ったためということもあるだろうが、統計の類は各章に散在しており、それを再構成しないとわからないところがある。それでも統計資料としての意味も有する。見ていくと、種々の施設、収容者のおおまかな規模がわかる。
 書かれ様が異なる部分もあり、本の作り方も一様ではない。「総括編」の大部分は、いくつかの回顧的な短文に筆者名が記されている以外、個々の部分の筆者はわからない。仕方がないから国立療養所史研究会編[1976c]あるいは[1976c]と記す。他方、他の巻はおおむね個々の文章の筆者が記されている。また寄稿してもらった文章を一部引用するかたちで書かれている部分もあったりする――その寄稿されたという文章を文献名として表示することがある。
 こうしてそれほどまとまった本ではない。だが、政策を立案・施行した側の捉え方はわかるし、記名のあるいくつかの(多くは短い)回想の文章からわかることがある。「内向け」のものであるという意識があったのか、それともそんなこともとくに思わなかったのか、かなり正直に、素直に語っているようにみえる。その一例として前回、岩田真朔の「松籟荘の精神療養所への転換の経緯」から引用した。以下引用が長くなるのは、引用で事実を示すというより、療養所(の経営)に関わった側の捉え方、受け止め方が率直に語られている書かれているように思うからだ。
 療養者や病院についての本格的な研究がなされたらよいと思う★03。私は、断片的なことをいくつか並べ、いくつか確認しておくことを確認しておくだけだ。それでも引用は多くなる。するといくら紙数があっても足りない。現在四冊からの引用がこの原稿の約五倍ほどの分量ある。足せる時に足していくので、ご覧いただきたい。

■註
★02 「らい編」の「あとがき」も大谷が国立療養所課の課長として書いている。そこでは小笠原登のことに触れている。
 「らい非伝染論者であった先生が、今日の開放的になったハンセン氏病患者の現実をみられるならば、なんと喜ばれたかということを時々思います。たまたま、何十年かたった今日、私が国立らい療養所史編纂のお手伝いができたことは、有難いめぐりあわせと思い感無量です。」(大谷[1976:135])
★03 「難病」について幾らかあるようだと述べた研究については別途紹介する。ただ少なくともまったく足りてはいない。その主題に限らずどのように足りていないかその一端を述べ、その由縁をいくらか述べ、仕事をすることを呼びかける文章(立岩[2016a])、いくらか近くでなされてきたことの紹介他(立岩[2016b])を含む、「生存学」なるものを紹介する本(立命館大学生存学研究センター編[2016])が、本誌本号とほぼ同時に発売になった(はず)。

■文献
国立療養所史研究会 編 1975 『国立療養所史(らい編)』、厚生省医務局国立療養所課
立岩真也 1976a 『国立療養所史(結核編)』、厚生省医務局国立療養所課
―――― 1976b 『国立療養所史(精神編)』、厚生省医務局国立療養所課
―――― 1976c 『国立療養所史(総括編)』、厚生省医務局国立療養所課
大谷藤郎 1975 「あとがき」、国立療養所史研究会編[1975:134-135]
―――― 1976 「あとがき」、国立療養所史研究会編[1975c:731-732]
立命館大学生存学研究センター 編 2016 『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ」、生活書院
立岩真也 2016a 「序章」、立命館大学生存学研究センター編[2016]
―――― 2016b 「補章」、立命館大学生存学研究センター編[2016]


 今回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162137.htm


UP:201604 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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