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補足:子殺しへの減刑嘆批判/府中療育センター闘争

「身体の現代」計画補足・131

立岩 真也 2016/03/13
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1700814376852209

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横塚晃一『母よ!殺すな 第4版』表紙    『現代思想』2016年3月号 特集:3・11以後の社会運動・表紙    『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙    横田弘『増補新装版 障害者殺しの思想』表紙   
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『現代思想』3月号の特集は「3・11以後の社会運動」。
http://www.arsvi.com/m/gs2016.htm#03
 そこに載っている連載第121回(サリドマイド、スモン、他、関連項目の頁へのリンクはここからどうぞ)
http://www.arsvi.com/ts/20160121.htm
の関係の8。
 ★03・★04はもうしばらく出る本に関わる註。本が出たら掲載する。
 以下に記しているのは1970年に起こった2つのこと、一つは、母親殺しに対する減刑嘆願運動に対する批判、一つは府中療育センター闘争と呼ばれるものについて。書いてあるように、基本的なことは『生の技法』という本(の第7章)に書いた。 http://www.arsvi.com/ts/2012b3.htm
 前者は(神奈川県の)青い芝の会が起こした。 http://www.arsvi.com/o/a01.htm
 後者についても資料がある(安藤道人・廣野俊輔作)。
http://www.arsvi.com/d/i051970.htm
 以下はその補足のようなものになる。この2つの出来事において、何を敵に回したのか、回してしまったのかについて補足している。


 「■(4) 別の動き
 以上およびその延長にあるものと別系列のものが現れる。知的障害や重症身心障害児、さらに精神障害者の家族会はすでに存在し、それはそれとして既に活動していた。結核療養者が大きな集団として何かを訴えるという状況もなくなっていた。むしろ多くの施設、例えば身体障害者療護施設は1970年代に多くできていく。その入所者が、層としてなにかを言えるといった状況はなかった。
 いずれもでもない動きは小さなものとして始まった。それを象徴する一つとされる、一部では有名な1970年の脳性マヒの子を殺した親に対する減刑嘆願運動に対する批判は、まず、「神奈川県身心障害者父母の会連合」が横浜市長に出した抗議文に対するものだった。新聞記事やその抗議文は「重症児対策」を問題にしており、殺された子が入れなかった施設は「重症児施設」としての「こども医療センター」であることが報じられている。そのセンターは今もあり、「肢体不自由児施設」と「重症心身障害児施設」を含んでいる★03。
 この「父母の会連合」会は県内の各種障害をもつ親の会の連合組織で、今そこのHPをみると、「セクトに拘らず、障害種別を超えた障害児者の親の会の横断的結合体」と記されている。さらに、この事件に関して青い芝の会神奈川県連合会が話し合いをもったのは「重症身心障害児(者)を守る会」であり、それは以前紹介したように「争わない」を方針とする「全国重症身心障害児(者)を守る会」(社会福祉法人)の神奈川県の組織だろう。こんなことがきっかけになった運動については、既に冒頭に示した本『生の技法』におおまかには書いているから繰り返すことはない。そして、同じ年に「府中療育センター闘争」が始まるのだが、そのセンターの初代所長は先出の白木博次であり、その運動の中では白木の退任が求められるといったこともあったようだ。
 例を二つあげた。ご存知の方はご存知であるように、私はここで争いを起こした側を支持してきた。その立場を取り下げる気はない。ただ一つにそんな争いの場を調べてきたからこそわかるところはある。そして、これから新たに調べるところは調べて書いていって、それで立場が変わることはないだろうと思うが、その立場から始まっているからこそ、起こってきたこと言われたことの取り扱いに慎重でありたいと、「公平」でありたいとは考えている★04。」

 なお今回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162131.htm
関係する本のページにリンクされている。

UP:201603 REV:

立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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