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自らを護る運動:結核/ハンセン病療養者(生の現代のために10・4)

「身体の現代」計画補足・125

立岩 真也 2016/03/02
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1696776927255954

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『現代思想』2016年3月号 特集:3・11以後の社会運動・表紙    『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『現代思想』3月号の特集は「3・11以後の社会運動」。
http://www.arsvi.com/m/gs2016.htm#03
 その号に載っている連載第121回の関係の4。
 この回で回で書いていることにはいくつかの含意があるが、一つには、患者運動というとその題で出てくる長宏の本があげられるのだが、そしてその人が長く会長をしていた「日本患者同盟(日患同盟)」が運動の大きな部分を担ってきたのは事実なのだが、それだけではない、それだけでないこと自体を知らない人たちが多いように思われるので、を記しておこうということがある。そのことの意味についてはまた。
 今回(このファイスブックに載せたこの回)のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162125.htm
 第120回から書いていくものを大幅に組み替えるなりして、一つにまとめようと思った。それで文献表もそれ用に別立てのものを作り出した。
http://www.arsvi.com/ts/20160120b.htm
また『現代思想』連載3月号分(連載第121回)用のページ
http://www.arsvi.com/ts/20160121.htm
には、(いまのところとくに難病系の、医療・看護系の)書きものに紹介されてあってよい制度についての記述がないことを示す引用を集めている。足していくつもり。→移動させました。今は、「重度訪問介護(重訪)」
http://www.arsvi.com/d/a02j.htm
に置いてあります。じつは、「記述がない」ことと「それだけでないこと」こととが関係しているはずだというのが一つ言えると思っています。このことをそのうち。
 […]の箇所は前回に引用。
http://www.arsvi.com/ts/20162124.htm


 「■(1) 自らを護る運動:結核/ハンセン病療養者
 […]
 渦中にある時には書けないことであっても、ことが決まり、それを回顧できる立場にいる人はこんなことを書く。「全医労」といった組織についてはまた紹介しよう。精神障害者の施設とするのに反対は多かったのだが、それでもともかく、つぶれるより、他と統合されるより、転換を選んだこと、そして組合も結局それを呑んだことが書かれている。
 そうして変化していく部分と、らい予防法下で長く収容される人たちといたのだが、日本で組織だった患者・療養者の動きは結核とハンセン病の施設にいた人たちによって始まったことは以前も述べた。その場所に集められ、そこが暮らす場所、暮らすしかない場所となった。そこが一つの起点になった。同じ境遇の人たちが同じ場所に暮らし、共通の利害と一定の凝集性を有したその人たちには、一方では種々の活動が制約されることもありながら、またあったからこそ、運動が必要でありまた可能だった。それは、劣悪な処遇、待遇の切り下げに対する抗議としてなされる。また今の境遇を護り、また改善させるための運動でもあった。ハンセン病の人たちの闘争にもそんなところがあったし、後に「転換」が目指され、結核病棟が廃止されていく時期において、それに反対する闘争にもそんなところがあった。排除・隔離と生活のための闘いは常に対極にあるものではない。当時の政策は批判・否定されるべきものであったし、実際批判された。そして、収容されたからこそ帰る場を失い帰るに帰れないという状態が収容策によって作られたのでもある。ただいったんその療養所に生活の場を得た人たちにとって、ともかく今の状態を維持し改善することが闘争の目標になった。
 そして、その劣悪な状態は政府が作っているのであるから、運動の味方としては革新勢力と結ぶことになる。また、そうした勢力が――占領軍、レッドパージの動きとの関係等々、それなりにおもしろい経緯を辿るのではあるが――療養所の運動に入っていく。とくに結核療養者の組織としての「日患同盟」は戦後患者運動の大きな部分であり、またそれを支持する人たちから、代表的で先導的なものと位置づけられた。「朝日訴訟」が様々にあったであろうできごとの中で象徴的で重要なものとして記録・記憶され、教育の場でもそのことは教えられてきた。今でもこの事件・裁判だけについては一定の文献の蓄積がある。今年になってからでも、日患同盟機関紙と朝日訴訟関係の資料が全八一リールのマイクロフィルム版で出ている(寺脇編[2015])。またそのはるか前、そうした運動に関わった人(日患同盟の会長を長く務めた人)によって『患者運動』(長[1978])という題名の本が書かれ、この言葉を冠した本は今に至るもないこともあって、それでしばしば、病者・障害運動についてなにか書かれるときには文献表にあげられることがある。ただそうした文脈に言及されることはほぼない。それ以前に知られていない。それはあまりよくないことだと思う。
 そしてこうした流れと、後の患者運動・難病運動のある部分、というよりむしろその病者・難病者を支援する専門家の動きがつながっている部分があった。(2)の終わりにそのことを少し述べておく。」


UP:201602 REV:

立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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