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予告1(生の現代のために10)

「身体の現代」計画補足・122

立岩 真也 2016/02/22
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1693993197534327

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『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙    『現代思想』2016年2月号 特集:老後崩壊――下流老人・老老格差・孤独死…・表紙    『現代思想』2016年2月臨時増刊号 総特集:辺野古から問う・表紙   
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 今回(このファイスブックの載せたこの回)のHP版
http://www.arsvi.com/ts/20162122.htm
に表紙が載っているのは連載の第120回が載っている『現代思想』2月号他だが
今回から、2月末発売の3月号に載る連載第121回の関係の1。
第120回から書いていくものを大幅に組み替えるなりして、一つにまとめようと思った。それで文献表もそれ用に別立てのものを作り出した。
http://www.arsvi.com/ts/20160120b.htm
また『現代思想』連載3月号分(連載第121回)用のページ
http://www.arsvi.com/ts/20160121.htm
には、(いまのところとくに難病系の、医療・看護系の)書きものに紹介されてあってよい制度についての記述がないことを示す引用を集めてある。足していくつもり。


 「■何を述べるか(予告)
 身体を巡って起こってきたこと起こっていること捉える「枠組み」については、五つの契機を並べるところまでのことはいちおう行ない、次に、そのそれぞれついて、関係する何種類かの人々についての利害・受け止め方が異なること、それがどんなことをもたらすかという話をすることにしていたのだが、別のところ([2014a]、以下筆者の書いたものは著者名略)でいちおうのことは書いていることもあり、この時代に起こったこと、起こっていることの「中身」について書いていくことになった。
 急ぐのは、そしてよく知らないことについて書くのは、いつまでも書く人がいないのがその一つの理由だと前回述べたが、いくらかは出てきているようだ。後で読んでから紹介するが、研究があるとすると、細かなことをきちんと追う仕事はまかせてよいことになる。ここでは、ここ約三〇年の動きの一端を見てきて、まず言っておきたいと思うことの一つをごく短く述べ、それにも関わり、ここまであってきた幾つかの流れについて略述する。その一つひとつについては次回以降述べていく。
 まず言っておきたいその一つとは、この国で「難病」と呼ばれる人たちの長い時間は、障害者運動やそれが得てきたものと切り離されることによって損をしてきた、生きるための資源を得られず、苦労したり死んでしまったりしたその時間だったということだ。使えるものを知らせるために[1990]他を書いてきたのだが★01、その使えるものが使えることを、とくに知らせる立場にいるはずの人たちが知らせてこなかった。そしてそれには、単純に知らなかったということもあるのだが、それだけでない事情があるようだ。その状況はいくらかは変わってきた。けれど、それにしても過分な時間がかかってきた。ALS(筋萎縮性側索硬化状)に関わる人たちのことについては幾度か述べきてた([2004])★02。そしてその跡が別にたどれるのが筋ジストロフィーの人たちだったと思う。私はうまくいってこなかったその事情を傍で見てきた者だが、私より上や同じぐらいの年頃の人たちでそのことを書いてきた人は研究者としてはいない。他方、その過去があって現在があることを現在の人たちは知らない。「ケア」についての書きものはおびただしくあるが、そんな部分の記述はない。それはよくない。そこで新たに知ったことを含め、背景を含めて見ていくのだが、最低限の引用だけしていってもそれなりの分量になる。そこで、今回はどんな筋で言えそうか、その概略を示す。より詳しく述べるのは次回以降になる。(1)から(4)まで4つ、それぞれ数回を要するはずである。」

 「★01 私は病気を障害の方に還元できるといったことはないと、普通に、考えている。そのことには誤解はないはずだ。そんなことを言いたいのではない。使えるものが使えないのはもったいない。私たちが『生の技法』(安積他[1990][1995][2012])を書いた理由の一つには、そんなごく単純な理由がある。たしかにその本は、1970年頃から現れてきた動きを追った本であり、そのなかの「はやく・ゆっくり」と題された章([1990])で一つ述べたのは、その人たちの一部が、一九七〇年代から、当時あった「家庭奉仕員」の拡大とともに、この制度以外に自治体独自の制度を作らせてきたこと、それで生活を可能にしてきたことだった。その本の第二版では、そうして拡大させてきた制度を使いながら、その利用を媒介することを一つの仕事とする「自立生活センター」について紹介する章([1995])を置いたが、そこでは当時あった制度を組み合わせて使うことで、一日二四時間・年三六五日、制度を使って暮らすことができるようになった地域があることも紹介している。そうして作られてきた制度は、様々な問題ととともに「支援費制度」(二〇〇三年)、「障害者自立支援法」(二〇〇六年)、「障害者総合支援法」(二〇一三年)における制度に引き継がれている。そしてそれは、「介護保険」の仕組みとは別建てのものなのだが、一方には介護保険の方向に統合しようとする動きがつねにあってきた。それに抵抗し、今のところその制度は維持されている。こうした攻防とその意味について同じ本の第三版に加えた「共助・対・障害者――前世紀末からの約十五年」([2012])で述べた。
 過去にあった制度についての紹介はそのときどきに書いたそれらの文章を見てもらうことにして、ここしばらくのことを簡単に言えば、現在使われているのは「重度訪問介護事業」と呼ばれ、業界では「重訪」と略される制度だ。政府から支払われる時間あたりの単価は低いが、長い時間の利用が可能になる。だからそれは長い時間を必要とする人たちが使える制度である。だから使えばよい。同時にそこには種々の問題がある。それを調べ、どのようにしたらよいかを言えばよい。」

安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』,藤原書店
―――― 1995 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補改訂版』、藤原書店
―――― 2012 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』、生活書院・文庫版
立岩真也 1990 「はやく・ゆっくり――自立生活運動の生成と展開」、安積他[1990:165-226→1995:165-226→2012:258-353]
―――― 1995 「自立生活センターの挑戦」、安積他[1995:267-321→2013:414-498]
―――― 2004 『ALS――不動の身体と息する機械』、医学書院、449p.
―――― 2009 「人工呼吸器の決定?」、川口・小長谷編[2009:153-166]
―――― 2012 「共助・対・障害者――前世紀末からの約十五年」、安積他[2012:549-603]
―――― 2014a 『自閉症連続体の時代』、みすず書房
―――― 2014b 「そもそも難病って?だが、それでも難病者は(ほぼ)障害者だ」、難病の障害を考える研究集会
―――― 2016a 「補章」、生存学研究センター編[2016]
―――― 2016b 「人工呼吸器の決定?」、川口・小長谷編[2016]


UP:201602 REV:

立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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