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社会防衛が護るもの・1

「身体の現代」計画補足・102

立岩 真也 2016/01/07
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1679030005697313

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『現代思想』2016年1月号 特集:ポスト現代思想・表紙    『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『現代思想』(青土社)2016年1月号、特集「ポスト現代思想」は今売っている。
http://www.arsvi.com/m/gs2016.htm#01
買ってください。そこに掲載された第119回「加害について少し」 http://www.arsvi.com/ts/20160119.htm
から少し。
 今回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20162102.htm
そこからこの主題を主題的に扱っていないと以下記している「精神」関係2冊の本頁などにリンクさせた。

そしてその(2005年からということになる)『現代思想』の連載、自分でもよくわからなくなっているところがあるのので、頁を作ってみた。
http://www.arsvi.com/ts/2005051.htm


 「■社会防衛が護るもの
 病や障害と呼ばれるものにある契機として五つはあると述べ、その各々について、本人はじめ種々の人間にとっての正負を見ていくことが必要だとした。その四つめ(異なり)の途中までになっていて、前々回は、この連載からできた『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』(立岩[2015])について、またその本に書いたことに関わる現在について紹介した。そして前回はその枠組を念頭に置きながら、主に戦後の病者障害者運動を記録し研究していくその計画について、計画書をほぼそのまま再録するということをした。
 五つめの契機としたものは「加害」だ。これをどのように捉えたらよいか、迷うところがあった。『造反有理』他でも書けないといったことしか書いたことがない(立岩[2013b:343-346]他)。それでもここでは、この契機について少し記しておく。
 書けなかったことには大きく二つ理由がある。一つにはすぐに考えられることはたいがい既に言われているということ(それに三つはあることを後述する)。そしてもう一つは、「加害」とそれを避け防ぐことをどの範囲で考えるかについて。狭義の加害自体はじつはそんなに大きな部分を占めているわけではなく、それよりも大きい範囲が「防衛」の対象になっているということだ。それをどのように分けながら、しかしまとめて言っていくか、そのやり方は少し考える必要があると思った。
 この点については、今のところ、五つの各々について、それが他人たちに負のものと捉えられるもの(負荷)をそれぞれに――例えば三番目の「できないこと」については、そのことがこの社会において、とくに近くにいる家族に負荷をもたらすというように――考えるようにしようと思っている。他人に負の影響を与える行為となると広いから、五番目の「加害」については他者に向かって振るわれる行ない、というように狭くとっておこうと考えている。そして実際には、この狭義の加害以外の方がより大きく効いている。負荷と言っても負担と言ってもよいのだが、今度の本では「厄介ごと」などと記した。
 そしてそれは現実の推移にも即している。つい最近のことも述べた前々回には、有吉[2013]に引用された一九七〇年と七二年、当時の厚生大臣の国会答弁も引いた。そこでは、結核、ハンセン病、精神疾患が「反社会的」なものとして列挙され、それが反社会的であることにおいて社会防衛の対象であり、そのことにおいて公費負担の対象になり、それ以外のものはそのようには断じられないので、公費負担の対象にはできにくいなどといったことが述べられていた。
 そこからもわかるのは二つのことである。[…]」


UP:201601 REV:

立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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