HOME > Tateiwa >

医療者と利用者の間にある仕事

立岩 真也 2016/06/22
於:滋賀医科大学 18:00〜19:30
http://ikode-sums.com/event/#event-437

Tweet


■間の仕事 eg.「難病」登録サイト→「難病」

■eg.技術(の優先順位)について(考えること)

■歴史→身体の現代:歴史


■cf.

◆立岩真也 2016/02/04 「生きて在るを学ぶ――「生存学」という未来へのアーカイブ」(インタビュー),『考える人』2016年冬号:42-45 特集:病とともに生きる

立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙  人々の経験を集積して考察することで、
 あらゆる人が生きやすくなる世界をめざす――
 「生存学」を提唱する気鋭の社会学者に訊く、病と社会の在り方。

――立岩先生が研究テーマとして、病気に注目するようになったもともとのきっかけは。
 僕は病気については、社会学者が何を書いても無駄だろうと本当は思っています。
 字を書いて病気が治るのなら、いくらでも書きますが、もちろん治らないし、死ぬときは死ぬし、身もふたもないようですが、どうしようもない。病気のことについて人文社会科学がそんなに大したものを書けるとは今でも思ってないんですね。
 もちろん慰められたり、人が悲しむことを共有したり、共感したり、そういうことでちょっと和らいだり、あるいは残された自分が何か癒されたり、ということはあるでしょうけれど。
 […ここのつながりおかしい…]学生だった頃から、この世の仕組みっておかしいとは思ってました。「できる」人には都合がいい社会の仕組み。では、「できない」人はどうしたらいいんだろうと。なぜそんなふうに考えたのかは自分でもわからないですが。たとえば学校って基本的に「できる」ようになるために存在するような機関というか、仕掛けですよね。僕は何となく学校ってあまり好きではありませんでした。基本的にできもしないものを「できる」と言ったできるようにもならないものを「できるようになる」と言ったり、そういうところがあるなと思っていました。
 もちろん、勉強すれば多少はできるようになります。だけど、人によるわけで、できないものはいつまでもできないし、できると言っても限りはあるし、そのほうが断然リアル。.か本当かと言ったら、そっちのほうが本当。それなのに、そうではない嘘のほう――頑張ればだんだんできるようになるとか、みんな同じにできるようになるとか――で、世の中成り立っているんですよね。
 実際には頭が身体がうまくこと動かない人、動かない時期ってたくさんあるわけです。でも働け▽043 る人だけが得して当たり前ということにこの社会はなっている。それは端的に間違っている。僕の立脚点はそこにあります。
――先生のご専門である社会学は、どのように病と向き合ってきたのでしょうか。
 学問的な流れで見ると、医療というのは基本的には医学者がやっていますが、公衆衛生などの研究が進むにつれて、統計が必要になってきます。そういう場面で社会学、社会科学が参入してからの歴史は結構長いです。
 一九六〇年代ぐらいに、公害の問題が顕在化し、レイチェル・カーソンなどが読まれたりしました。そのときは、だんだん医学や技術が発達していって、世の中よくなるだろうと、みな何となく思っていたのに、どうもそうでもない。科学技術のあり方に対して、クエスチョンがつき始めたのが医療社会学の源流になっているんですよね。
 病気や障害は、医者やリハビリテーションの専門家から「治すべきもの、治さなきゃいけないもの」というふうに見なされ、いろいろ試みられてきた。しかし、すべてがそう簡単に”治る”ものではない。脳性麻痺、あるいは頸椎損傷や脊椎損傷による障害にしても、「治らないものを治れと言われるのはどうなのか」という当事者側からの捉え方が出てきます。
 医療社会学やあるいは障害学にしても、ある意味、治らないことに居直っている部分はあります。▽044 しかし、今まで治らなかったものがこれから治るかもしれないし、本当は治りたい人もいる。 そういうことを全部ひっくるめて考えたときに、治る/治すことはいいことなのだろうか、明日にでも治りたいという人もいれば、ひとまずはこのままでいいやという人もいる―そういうあわいというか境といったものをちゃんと考えましょうというのが「生存学」のスタンスです。
 今、僕がいる立命館大学大学院先端総合学術研究科には、生命倫理や科学史、哲学の中でも病気などのテーマに関心のある大学院生がずいぶんな数やってきていて、それぞれさまざまな研究をしようとしている。一人ではなかなかやりきれないことを、みんなで集まればできるのではないかと思ったのが、この生存学研究センターが二〇〇七年に設立されたきっかけです。

□「生存学」のこれから
 医療社会学や医療人類学、歴史学といった各学問それぞれ仕事はしているのだけど、研究成果の蓄積が圧倒的に不足しているのではないかという問題意識を持っています。
 いろいろな疾患をめぐってどういうことがあったのかということに関して充分な分量を持った研究が本当に少ない。放っておくと、このまま消えてなくなってしまう。それに対して強い危機感を覚えています。
有吉玲子『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』表紙  たとえば、人工透析は今では、誰でも比較的気軽に受けられる治療ですが、六〇年代末に人工透析が始まったころはあまりの治療代の高さに田畑を売り払ってそれでも亡くなる人もかった。その医療費の自己負担を抑えることができたそういう歴史が日本にあります(有吉玲子『腎臓病と人工透析の現代史』、生活書院)。それを知ることは、医療費の高騰、自己負担が言われる今、そしてこれからを考える上うえで有益だと思います。著者の有吉さんは京都の透析のクリニックで長年働いてきている看護師で、先端研で博士号とった人です。
一宮茂子『移植と家族――生体肝移植ドナーのその後』・表紙  また、ずっと京都大学で生体肝移植に携わってきた医療関係者が先端研の修了者(現在はセンターの客員研究員)にいますが、生体肝移植とは何なのか、あるいは家族間での移植が家族関係に及ぼす影響についてなどをまとめようとしています(一宮茂子、岩波書店より近刊)。そういった情報は今まで資料あるいは研究として蓄積されてきていません。
 物事を考えること自体は、みんな各自勝手に考えればよいのです。ただ、その考えるための材料が、今までそんなにたくさん生産されてこなかった。研究センターではこれまで出版されてきた病気や障害、老いなどについての刊行物を出版年別にアーカイブ化する試みを行っています。
 医学の研究書は医学部の図書館に行けばいいし、社会福祉学についてもしかり。しかし、どちらからも外れる本もかなりの量あります。
 そういったものはできるだけなくならないうちに集めておこうと思っています。
――社会的な関心の対象になってきた病気は、その時代を反映しているのでしょうか。
 衆目を集めてきた病気は、やはり伝染病ですね。自分、あるいは身近な人がかかったら大変だという恐怖心。
 だからエイズにしてもSARSにしても、かかったら怖いという文脈で、大衆の関心を引きつけてきました。その流れは昔から一貫してずっとある。
 メディアは恐怖心を煽る傾向がありますよね。それに対して学問は水を差すというか、過剰な反応を戒める役割を果たしてきました。
 病気に対してメディアや政治はどう動いたのか、というのも大切な資料になります。
 水俣病はいろいろな意味で関心の焦点になってきたので、一定数の書き物はありますが、それ以外の公害病はもうほとんど名前ぐらいしか知られていません。教科書に出てきたいくつかの病名を記憶されている方も多いでしょうが、具体的な方策などについては知られていないことが多い。
 薬害スモンやサリドマイドについては、実は結構複雑な政治過程みたいなものがあって、今からでも押さえておかなきゃいけないのですが、新刊▽045 書店で買える薬害スモン本は皆無に等しい。
 なおかつ、六〇〜七〇年代にそれをリアル体験した人は今、大体七〇とか八〇とか、そのぐらいのお年になっています。そういう意味で、記録とか記憶とかが失われつつあるということに関しては、かなり危惧しています。
――生存学研究センターには、研究者として、医療当事者、薬剤師、あるいは官公庁で福祉関連の仕事をしていた方などがいらっしゃいます。
 たとえば透析の患者や、あるいはその家族と何十年もつき合ってきた人が、自分がそれまでやっててきたことや知っていることに加え、さらに調べて一つのものを書いて残しておく。そういった学問的にはアマチュアの方々による仕事が生まれ、そして蓄積されていくことが、すごく大切だと思っています。
――生存学では、病を生きている側の知や技法を学んでいくことを、目標のひとつに掲げています。
 病気や障害を抱えた人に対してサービスをするというのは、すでに世間ではいろんな資格なり職業になっていて、学問として確立もされている。しかし、当事者側の知は今の社会構造的に蓄積されにくいのです。これも非常によからぬことです。
 また、研究センターでは、医療に携わる側の人と、病気などを抱えている当事者側の人が一緒に机を並べて日々研究している。当事者側の考えや実体験をシェアして議論をする中で、かなりぶつかり合う部分も正直あります。でも、ぶつからないよりはぶつかったほうがよい。違う立ち位置の人が一緒にいるというだけでも意味があると思っています。
 僕らは病気や障害に対して、大雑把にマイナスのイメージを持っていますが、誤解を恐れずに言えば、腑分けしていくとわりとそうでもないのではないか。一遍止まってみて、ざっくり悪いと思っているものを腑分けして考えていく。その一つ一つを見ていったときに、何でそれが悪いのかということの根拠だと思われているものを再考すべきです。
 そういう思い込みなど、いろいろな厳しい中で生きてきた人たち、そして今も生きている人たち、その周りをめぐって起こったことを、記録できるときに記録しておくことが非常に重要であり、これからも続けていかなくてはいけないと思っています。

写真のところにある文:全部ひっくるめて 考えたときに、 治る/治すことは いいことなのだろうか

たていわしんや 1960年新潟県佐渡島生まれ。立命館大学生存学研究センターセンター長、同大学大学院先端総合学術研究科教授。[…]

◆[拠点形成計画の概要] ※全体については→申請書類

 なにより日常の継続的な研究活動に重点を置き、研究成果、とりわけ学生・研究員・PDによる研究成果を生産することを目指す。効率的に成果を産み出し集積し、成果を速やかに他言語にする。そのための研究基盤を確立し、強力な指導・支援体制を敷き、以下の研究を遂行する。
 □T 身体を巡り障老病異を巡り、とくに近代・現代に起こったこと、言われ考えられてきたことを集積し、全容を明らかにし、公開し、考察する。◇蓄積した資料を増補・整理、ウェブ等で公開する。重要なものは英語化。◇各国の政策、国際組織を調査、政策・活動・主張の現況を把握できる情報拠点を確立・運営する。資料も重要なものは英語化。こうして集めるべきものを集めきる。それは学生の基礎研究力をつける教育課程でもある。◇その土台の上に、諸学の成果を整理しつつ、主要な理論的争点について考究する。例:身体のどこまでを変えてよいのか。なおすこと、補うこと、そのままにすることの関係はどうなっているのか。この苦しみの状態から逃れたいことと、その私を肯定したいこととの関係はどうか。本人の意思として示されるものにどう対するのか、等。
 □U 差異と変容を経験している人・その人と共にいる人が研究に参加し、科学を利用し、学問を作る、その場と回路を作る。当事者参加は誰も反対しない標語になったが、実現されていない。また専門家たちも何を求められているかを知ろうとしている。両者を含み繋ぐ機構を作る。◇障害等を有する人の教育研究環境、とくに情報へのアクセシビリティの改善。まず本拠点の教育・研究環境を再検討・再構築し、汎用可能なものとして他に提示する。また、著作権等、社会全体の情報の所有・公開・流通のあり方を検討し、対案を示す。その必要を現に有する学生を中心に研究する。◇自然科学研究・技術開発への貢献。利用者は何が欲しいのか、欲しくないかを伝え、聞き、やりとりし、作られたものを使い、その評価をフィードバックする経路・機構を作る。◇人を相手に調査・実験・研究する社会科学・自然科学のあり方を、研究の対象となる人たちを交えて検討する。さらにより広く研究・開発の優先順位、コストと利益の配分について研究し、将来像を提起する。
 □V このままの世界では生き難い人たちがどうやって生きていくかを考え、示す。政治哲学や経済学の知見をも参照しつつ、またこれらの領域での研究を行い成果を発表しつつ、より具体的な案を提出する。◇民間の活動の強化につながる研究。現に活動に従事する学生を含め、様々な人・組織と協議し、企画を立案し実施する。組織の運営・経営に資するための研究も並行して行い、成果を社会に還元する。◇実地調査を含む歴史と現状の分析を経、基本的・理論的な考察をもとに、資源の分配、社会サービスの仕組み、供給体制・機構を立案し提示する。◇直接的な援助に関わる組織とともに政策の転換・推進を目指す組織に着目。国際医療保険の構想等、国境を越えた機構の可能性を研究、財源論を含め国際的な社会サービス供給システムの提案を行う。


UP: 20160621 REV: 20160622
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)