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拙速で乱暴な仕組み

立岩 真也 『京都新聞』2016-12-9朝刊:3
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◆立岩真也・杉田俊介 2017/01/05 『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社

措置入院 拙速で乱暴な仕組み  立命館大教授(社会学) 立岩真也さん

 この事件の容疑者が精神科に措置入院させられたことから出発してしまい、精神医療の対応のあり方の問題が主とされてしまっている。だが憎しみや攻撃に対し、精神障害という捉え方、精神医療という対応がよいかどうか、報告書を読んでも、この相模原での事件に限っても少しも明らかでない。この事件に限らないならなおさらだ。この事件への対応策から始めて、一般的な仕組みをこんなに短期間につくるというのは、拙速で乱暴と言う他ない。
 それでも何もしないより「支援」した方がよいと言われるかもしれない。だが提案されている策には「強制」措置としての措置入院が組み込まれている。強制を長引かせる「支援」もおおいにありうるということだ。強制が必要な場合つまり本人が嫌がっても無理やり従わせるべき場面があることを私は認めるが、それを「支援」といった聞こえのよい言葉で曖昧にしてはならない。しかしそれに多くの人は気がつかない。気づかないようになっている。容疑者は人を殺すのがその人のためだと言った。その容疑者と同じ錯誤がある。今回の報告書の大きな問題点はここにもある。
 医療は本人の苦しみを和らげるためにあるはずだ。その仕事をするはずの医療者・支援者が、結局、社会から人を引き離し監禁する役割を果たすなら、その人たちは支援する側にいるはずの人たちとして信用されなくなるだろう。
 また、予測が困難なものを医療によって予測できるとし、予測が外れると批判される。その結果、さらに厳しく、いくらかでも可能性があるなら取り締まり対象にしてしまおうということにもなる。予測が当たらないなら、普通に考えれば、別の手を取るべきだとなるはずなのに、逆により大きな期待が医療にかけられてしまう。その罠(わな)から報告は逃れられていない。
 今回の事件は殺傷事件の前に言葉による暴力が振るわれている。一つに、その振る舞いを現行犯として対処するやり方がある。そして一つ、優生思想といった主張にまともに取り合うことだ。今世界の各所で起こっていることは、憎悪と隣り合わせの正義と憐(あわ)れみによって生じている。その問題は思想の問題として正面から向かうべきだ。
 そして同時に、社会に対する不満や不安を抱えている人に向き合い、それを和らげるようとすることは可能なはずだ。ただそれは、支援の名のもとでの、予想に基づく曖昧な強制の一環としてでなく、きちんと非難し批判することはした上で、なされるべきことだ。こうして何が必要で有効かを一つ一つ検討するのでなく、多くの人・組織が「総合的」に関わればなんとかなるといった策を示すというのは、結局、それでもうまくいかないということになり、さらに厳しい取り締まりを呼び込むことにもなる。もとからきちんと考えていくことだ。そんなのんきなことを言っていたら間に合わないとの非難は当たらない。繰り返すが、殺傷の前に現にあった言葉の暴力に対処することはできたはずだからである。

 たていわ・しんや 東京大大学院博士課程修了。著書に「精神病院体制の終わり」「弱くある自由へ−自己決定・介護・生死の技術」など。

◆相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム 2016/12/08 『報告書――再発防止策の提言』 
◆相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム 2016/09/14 『中間とりまとめ――事件の検証を中心として』 

 →◇病者障害者運動史研究


UP:20161209 REV:
相模原市の障害者施設における殺傷事件  ◇精神障害/精神医療:2016  ◇障害者と政策:2016  ◇病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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