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自らを否定するものには怒りを――横田弘らが訴えたこと

立岩 真也 2016/09/29 『聖教新聞』2016-9-29:
http://www.seikyoonline.com/article/22682BBF20025F2E35BFE76269F2A59A

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横田弘・立岩真也・臼井正樹『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』表紙    横塚晃一『母よ!殺すな』表紙    横田弘『増補新装版 障害者殺しの思想』表紙    『現代思想』2016年10月号 緊急特集:相模原障害者殺傷事件・表紙
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自らを否定するものには怒りを
横田弘らが訴えたこと
実相をみすえ社会の欺瞞を提起
どこにも極限状況などない

※上2行は紙面では縦/下2行は横 題・見出しはすべて編集部につけていただきました。
※写真は3つ:『われらは愛と正義を否定する』(生活書院)/障害者殺傷事件から2カ月となる今月26日、障害者団体の関係者らがアピール行進を(都内で)/それぞれメッセージボードを掲げアピールを行う参加者ら(同)

□そこで譲ったら終わり
 七月二六日、神奈川県の障害者施設で、一九人が殺され、二六人が負傷する事件が起きた。
 そのときどきのできごとを追うのに忙しいマスコミにはほぼ出てこなくなったが、まだ多くの人たちは記憶しているだろう。そう思いたい。
 事件後、横田弘『障害者殺しの思想』(現代書館)、横塚晃一『母よ!殺すな』(生活書院)がまた読まれている。そして横田と私との対談や臼井正樹の文章を収録した『我らは愛と正義を否定する――脳性マヒ者横田弘と「青い芝」』(生活書院)がこの3月に出た。対談や解説でこれらに関わった私にも原稿の依頼が来た。人が亡くなって依頼があるのを喜べないが、本は読んでほしい。
 横田は重い脳性まひの人で二〇一三年に八〇歳で亡くなった。横塚は一九七八年に四二歳の若さで亡くなった。神奈川県に住んだ彼らは「青い芝の会」という組織で活動した。それが世に知られたのは一九七〇年に横浜で起きた脳性まひの子を親が殺した事件の時だった。親の減刑を嘆願する運動を批判したのだ。
 人を殺してならないのは当たり前のことにはなっている。だが「その上で」様々な事情を勘案するなら、仕方がないこともあるではないか。そんな具合に社会は動く。そして横田たちもその事情を知らないのではない。むしろずっと親を頼って生きてきて親の苦労はよくわかっている。
 けれど、「そこで譲ったら終わりだ、突っ張らねばならなない、自分たちを殺すな」、そう彼らは言った。「愛と正義を否定する」はその青い芝の会の綱領に出て来る。

□深いところで捉える
 たしかにずいぶん乱暴な言葉である。だが私たちの社会では「できること」「できるようになること」が正しいこととされている。その「正義」をそのまま受け入れてしまったら自分たちの存在は否定されてしまう。
 この否定されそうな自分たちを救ってくれるのが「愛」とされる。だが自分たちを愛してくれるのはあくまで相手だ。それは自分たちの生存が相手の気持ちに左右されるということでもある。そんなことでよいのか。
 このように考えてみると、彼らの乱暴な言葉が人間や社会のずいぶん深いところを捉えていることがわかる。
 ある作家*1が高齢者は「適当な時に死ぬ義務」があるが、それが忘れられていると言った。「自業自得」で腎臓病になった人は(公費での)人工透析を受けるべきでないと公言した人*2もいる。
 そこでも「正義」が言われる。緊急の場面で若い方の人に譲るべきだというのも一つの「正義」ではあるだろう。また自分の「せい」で起こったことについては責任があるという「正義」もここにはさまれる。
 しかしそれで何が起こるか。「殺せ」とは言われていない。しかし人工透析を止められたら、透析を必須にしている人は確実に死ぬ。もう一つの高齢者についての話にしても、命に関わる医療を受けるなというのだからやはり確実に人は死ぬ。そして結局のところそれでよいと言っている。

□さまざま知り考えよう
 先の事件では容疑者の異常性が言われたが、その人も正義を実現しようとしていた。実際に殺した殺してないという違いはむろん十分に大きいが、言っていることの中身にはさほど違わないところがある。だからすくなくともその容疑者だけが異常なのではない。まずその「実相」を見すえよ、と横田たちなら言うだろう。そしてそれを正義と言うのか、人の死をもらたすことを正義のもとに言うのか。この青い芝の会の人たちの単純な提起のもつ意味は失われることはない。「直球」を投げることは、今でもあるいは今だから、大切なことだと考える。
 すると今度は「建前」でない「現実」「本音」が持ち出される。つまり、このままでは社会がたいへんだ、きれいごとばかり言っていられないと言われる。あるいは現実と正義が組み合わされる。誰かが退かねばならない状況では長く生きた人が退くのが正しいといった具合にである。
 救命ボート上の極限状況ではそうした正義もありうることを認めてもよい。しかし私たちの社会の現実はどうか。例えば人工透析をしている人たちは三五万人ほどいるという。多くの予算が使われているのは事実だ。しかしその仕事に従事するのに十分な人はおり、機械はあり透析液はある。冷静に見よう。「超高齢化社会」の全体を見回しても、ここでは説明は略さざるをえないが、実はどこにも極限状況など存在していないのである。
 声高に「正義」を語りその論理がおかしいとされると今度は「現実」を持ち出す。おかしなことを言っていることに当の本人たちが気づいていない。だから、異常な人間から社会を護ろうというのではなく、普通にこの社会に存在している価値や現実を捉え、考えることだ。この事件を特集した『現代思想』が発売になった。そこにも読むべき文章が多くある。自らを否定するものにははっきり怒ろう、同時に様々を知り冷静に考えよう。横田たちの本はそう言っている。
 (立命館大学大学院教授)

たていわ・しんや 1960年、新潟県生まれ。専攻は社会学。信州大学医療技術短期だ医学部助教授などを経て現職。著書に『私的所有論』(英語版『On Private Property』『造反有理――精神医療現代史へ』『自閉症連続体の時代』など。

 *1 曽野綾子
 *2 長谷川豊(↓)

◆立岩真也・杉田俊介 2016/12 『相模原障碍者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社

■関連

立岩 真也・杉田 俊介 2017/01/05 『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社,260p. ISBN-10: 4791769651 ISBN-13: 978-4791769650 1944 [amazon][kinokuniya]
 ※「はじめに」より
 「それ〔本の第T部第1章になった文章〕を書いている過程で、短いコメントをいくつか求められた。そのあるものをそのまま、あるものは掲載に至った過程も含めて、記している。そのことに意味があると思った。その意味がうまく伝わるとよいと思う。同時にそれは、切り詰めれば私はこう言う、というものでもある。とにかく長いのは辛い人は、○−○頁に再録した共同通信配信の記事([2016/08/02])を読んでください。加えて、直接にこの事件についてではないが「自らを否定するものには怒りを――横田弘らが訴えたこと」([2016/09/29])「長谷川豊アナ「殺せ」ブログと相模原事件、社会は暴論にどう対処すべきか?」([2016/11/25]、この種の文章は出版側が題をつける)をウェブでどうぞ。」

◆2016/09/24 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/779629628784717824
 「09/23全国腎臓病協議会抗議文→長谷川豊 09/24長谷川豊反論?掲載。自身の誤りを人に指摘してもらえる質・水準の文章を書いているとこの人は思っている、ということか。その人にでないが→「人工透析…」http://www.arsvi.com/d/a03.htm &そこにある有吉本読んでください」

◆2016/09/24 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/779632273192652800
 「0)「自業自得」という語を不用意に使うべきでないことはまず言うまでもないとした上で、1)自業自得で腎臓病になった人がどれだけいるか、2)自業自得でなった人は社会的支出(による医療等)を得られないか、3)透析の現況は経済を圧迫すると言えるか。いずれについても答ははっきりしている。」

◆2016/09/25 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/778835455252926464
 「『現代思想』10月号緊急特集=相模原障害者殺傷事件。明日発売→http://www.arsvi.com/ts/20162215.htm 執筆者:上野千鶴子/最首悟/大澤真幸/斎藤環/木村草太/熊谷晋一郎/尾上浩二/中尾悦子/白石清春/星加良司/市野川容孝/大谷いづみ/杉田俊介/児玉真美/立岩真也/(続く)」

◆2016/09/26 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/780169835640532993
 「本日、第一部追悼集会:12時 第二部アピール行進:16時-17時 場所:日比谷公園⇒東京駅方面・鍛冶橋交差点 第一部はいっぱいになって受け付け終了、第二部はどうぞ、とのことです→『現代思想』特集相模原障害者殺傷事件→http://www.arsvi.com/ts/20162216.htm

◆2016/09/26 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/780170426475438080
 「『現代思想』10月号本日発売 緊急特集=相模原障害者殺傷事件。執筆者続き:荒井裕樹/廣野俊輔/高木俊介/桐原尚之/船橋裕晶/深田耕一郎/渡邉琢/西角純志/明戸隆浩/岡原正幸/猪瀬浩平→http://www.arsvi.com/ts/20162216.htmhttps://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1780362328897413

◆2016/09/26 アレク進太郎?@alekshintarou 「一人でも多くの人にこの文章を読んでもらいたい。〈文化〉自らを否定するものには怒りを ―横田弘らが訴えたこと 立岩真也(立命館大学大学院教授) 2016年9月29日 http://www.seikyoonline.com/article/22682BBF20025F2E35BFE76269F2A59A


UP:20161005 REV:
障害者殺し  ◇7.26障害者殺傷事件  ◇『現代思想』2016  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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