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『そよ風』終刊に寄せて

立岩 真也 2016/12/05
『そよ風のように街に出よう』90:49-50

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 一九八〇年代後半、だから約三十年前ということになるのだが、「自立生活運動」を調べるんだということになった。最初はインタビューをもっぱらやっていたのだが、「文献」もいるよねあるよねということになって、探して集めた。あるものはなんでもという感じだったが、そのなかでまず『そよ風』(一九七九年〜)と『季刊福祉労働』(一九七八年〜、現代書館)はいるでしょ、ということになって、『福祉労働』は(当時)神田三崎町の現代書館に直接出向いてあるものを、当時の担当でそれからもずっと今も担当なさっている小林律子さんから購入した。へんな人が来たと思われたと思う。そして『そよ風』のほうは電話かなにかで注文してまとめて送っていただいた。「0号」はコピーを送ってもらったと思う。
 その後も定期購読者になったりして購入していった。こうして私は、この二つ他を揃いでもっていることが、けっこう唯一の私の自慢であってきたのだ。それらの雑誌・資料はいま全部「生存学研究センター」の書庫においてあるのだが、そこから借り出して返すのが遅れている人がいるらしくて「歯抜け」になっている部分があるらしい。小心者の私はそれを確認するのが怖くてあまり見ないようにしている。というようなことを本誌に連載?させてもらっている「もらったものについて」の第一三回(本誌八七号、二〇一四年一二月)にじつはもう書いているのだった(こういうことも原稿をHPにあげてあるのでようやく確認できたりする)。
 ではそこから何をもらったのか、その一端をその「連載」で書いてきたからそれは略させてもらう。ただ、「スタイル」として、こういう媒体が長くあって来れてきたというのは、私はとても大きなことだと思う。いろんな障害者ものの雑誌はあってきたし今もあるが、その多くについてなんだかなあという気がする。「学術的なもの」はそれはそれであっていいと思うけれども、もちろん皆がそういうものを読むわけでもないし、読まねばならないものでもない。これも他に書いたけれども、『そよ風』だとか、それからジャパン・マシニスト社――なんだこれは?という会社名だが、その解説は略――から出ている『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』(一九九三年〜)、『おそい・はやい・ひくい・たかい』(一九九八年〜)などもとても大切な雑誌だと思う。それは私が「もらったもの」をくれた人たちの流れから来たものでもある。その人たちのなかにはわりあい「硬派」な人たちもいたのだが、だからこそ、「堅い」媒体(だけ)じゃだめだということをひしひしと思って、こういう媒体を作ってきたのだと思う。思いさえすればおもしろいものができるかというとそんなことはない。しかし、やるではないか、おもしろいな、えらいなと思えるものもある。そしてそれは雑誌に限らず単行本とか映画だとかいろいろになって出ている。『ち・お』とか『お・は』と略されることのあるその雑誌に関わってきた山田真さんと話した話が『流儀』(生活書院)という本に収録されているのだが、そこでも私はそのことを言っている。山田さんとか、もっとたくさんの人たちがその「育児書」を買って読んできた毛利子来さんの本があってきたことの意味があることを述べている。(そしてそのうえで、それを「そのまま」貰うわけにもいかなかったことについては本誌連載の本号掲載分に書いた。だからすこし私はねじれてはいるのだが、まあそういうところに「学者」というものが存在する意味もあるのだろうと思うことにしている。)
 その『そよ風』が終わるということだ。私は二〇〇二年からは京都にいるけれども、それまでは関西に来るということはそうなかった。ただ京都の前に住んでいた長野県松本市での講演会に編集長の河野秀忠さんに来ていただいたことがある――それも自分で作ったHPのページがあったので一九九八年のことだとわかった。それから小林敏昭さんは楠敏雄さん(一九四四〜二〇一四)を囲む「くすのき研」――小林さんが様々だんどりをしてくれていた――に二〇〇六年に呼んでもらった時にお会いしたのだと思う。あとは原稿の遅れのお詫びとかそんなやりとりしかしていない。この『そよ風』の三七年について、お話をうかがう機会を作れたならな、とそんなことを今思っている。


UP:2016 REV:20160729, 1010
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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