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今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・4

「身体の現代」計画補足・82
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1660392944227686

立岩 真也 2015/11/03

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last update:2015


『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙    『現代思想』2015-11 特集:大学の終焉――人文学の消滅表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙
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 『現代思想』(青土社)の連載からできた本『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』
http://www.arsvi.com/ts/2015b2.htm
について、もう書店に出ている11月号(「大学の終焉」という特集号)で、その本に関わることを述べている。
http://www.arsvi.com/m/gs2015.htm#11
「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛」という題で、その本を広告しつつ、一つそれと直近のことに関わることを知らせ、そしてわりあい長い歴史の中にどう位置づくのかについて考えてみようとした。青土社にとっても不利益なことではないと思うから、何回かに分けてそれを分載し、いくらかを加えていく。今回はその4回目。「今般の認知症業界政治」という節の前半。
 なお前々回・前回・今回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20152079.htm
http://www.arsvi.com/ts/20152080.htm
http://www.arsvi.com/ts/20152081.htm
http://www.arsvi.com/ts/20152082.htm

 「■今般の認知症業界政治
 本では第1章「陰鬱な現況と述べること予め」で「日本精神科病院協会(日精協)」会長の山崎學が二〇一二年、二〇一三年にその協会(業界)誌に書いた文章を引用した。後者は、二〇一二年一二月の総選挙を受け、いっとき野党であった時から支援してきた安倍晋三他の名前を列挙し、その人らの党が与党となり安倍が総理大臣他になったこと等を素直に寿ぐ文章であった。また、社会的需要に応える自らを世界一だと正当化し、「欧米かぶれ」他の批判者たちを罵倒する文章も引用した。そしてその協会が精神病院の一部を病室でない場(病棟転換型居住系施設)とすることを認めさせる動きにも関わっていること等を紹介した。
 そして第4章「認知症→精神病院&安楽死、から逃れる」では、二〇一五年一月二七日に発表された所謂「新オレンジプラン」がその二十日前に厚労省が示した「原案」と大きく異なったものになったことを示した。この文書は両方とも公にされたもので、各々の中身と両者の間の差異はまったくはっきりしている。厚労省が二〇日前に示したものが変わったのだから、行政、すくなくとも厚生労働省からではない力が働いたことは明らかである。そして変化の中身をみれば、財務の側の介入とも考えられない。結局それは、政党、そしてそれに関わる業界の力によるとしか解することはできない。その変化の方向はまたまったく明白であり、つまり病院の役割を大きくする方向に大きく変わった。数少なくそのことを報じた共同通信の報道、浅川澄一の文章を示して具体的な変更点を紹介した。
 ここのところ自由民主党国会議員である石井みどりへの「日本歯科医師連盟」(日歯連)による迂回献金、また公職選挙法違反の疑いについて報道され、話題になっているらしいことをごく最近知ったのだが、その人がここでも活躍してきた。この人と、認知症・精神医療・日精協との関係は、歯医者たちのことより重要なことであるかもしれないのだが、まったく報道されていないということもある。だから紹介する意味もあると思った。
 そして本(のもとになった原稿)にはこの人らはまだ出てこないが、本誌にそれを書いた(そして本にした)時に入手できなかった文書をいくつか見つけもした。今年になって書かれた文章として、精神科医の高木俊介の文章(高木[2015]、『精神医療』誌に掲載されたのは九月末だが、サイト上に掲載されたのは七月)、もう一つ、やはり精神科医の上野秀樹の文章(上野[2015a])がある。この二つにしても特別の情報源をもって書かれているものではない。またそこに書かれていることをもとに、さらにすこしやはり座ったまま調べてもいくらかのことはわかる。以下は、この程度のことなら簡単にできるということをでもある。
 先記したように二〇一二年年末の総選挙で自民党が勝って安倍内閣が発足したのだが、その翌年、参議院選挙のあった二〇一三年、日本精神病院協会は石井みどり(この年七月の参議院選挙で二度めの当選)、衛藤晟一(同じ選挙で参議院議員としては二度目の当選)、木村義雄前衆議院議員(同じ選挙で参議院としては初当選、以上いずれも自民党)を全国重点推薦候補者として推薦している。この協会の政治組織「日本精神科病院協会政治連盟」の政治献金については本の第1章「陰鬱な現況と述べること予め」でも紹介したが、この連盟は、二〇一三年、石井、衛藤、木村に、五〇〇万円、八〇〇万円、五〇〇万円の政治献金をしている。
 そして石井みどりが事務局長を務める「認知症医療の充実を推進する議員の会」は翌二〇一四年五月に設立された。その設立趣意書はごく短く、ウェブ上で全文を読める(認知症医療の充実を推進する議員の会[2014])。次のようなことが書いてある。
 「急性憎悪や在宅生活を困難にする重度の症状と問題行動など地域ケアのみでは治療困難である場合も多くみられ、入院医療のサポートがなければ持続可能な地域ケアは成立しません。介護施設においては処遇困難な重度患者の入所がみられることがあり、これが高齢者虐待の温床となっています。」
 「地域包括ケアシステムが成り立つためには、疾患の本質を正確に認識し、介護に偏重せず、早期診断、早期介入から始まる医療と介護、施設ケアと地域ケアをシームレスにつなぐ循環型医療介護システムの確立が必要です。「医療から介護へ」・「施設から地域へ」というスローガンはそれぞれ不可分なケア相互の補完性を軽視しており、シームレスな医療と介護の連携を阻害する可能性があることが懸念されます」
 「シームレスにつなぐ循環型…」とは、誰が考えたのか微笑ましくもなる言葉だが、そして妙な言葉使いだと思いつつ読み飛ばしてしまうかもしれないのだが、つまりは精神病院の役割を強調している――このことはその後の経緯をみるとより明らかになる。そして高木によれば、その石井(もとの職業は歯科医)の兄石井知行は、広島の医療法人社団「知仁会」の理事長で、認知症病棟一四六床、精神一般病棟(身体合併型)五〇床、精神療養病棟一〇〇床と内科療養病棟九〇床――どのような制度上の区分なのか私は知らない――を有するメープルヒル病院の院長。広島県精神科病院協会会長、日本精神科病院協会理事を務めている。さらに少し調べてみると、この人は日本精神神経学会の「男女共同参画委員会」の担当理事であったりしてもおり、また知仁会は介護老人保健施設「ゆうゆ」も経営している。本でも前回にも書いたように、病院経営者は病院の看板に格別のこだわりがあるわけではない。精神病院の一部を「転換」したところでそれほどの益にはならない。本で紹介した「病棟転換型居住系施設」といった半端なものより、別の形態の施設を作ってしまった方がよいと判断すれば、そのように行動するだろうし、実際そんなところが多くある★03。そこでは、実質的には組織内部での「循環」――とは実際にはならず、重度者用の施設への移行となるだろうが――も可能だ。
 その法人が発行する『知仁会だより』の石井知行の「理事長挨拶」には二〇一四年七月に視察があったことを報じている。
 「七月一日、参議院厚生労働委員会視察がありました。国会議員団は石井みどり委員長を始めとして各政党から一人の代表が[…]厚生労働省からは二川官房長以下[…]メープルヒル病院の療養環境の良さに驚いたと感想を頂戴いたしました。井門先生が認知症についての医学的説明と認知症疾患医療センターについて説明し、私が現在当院で行っている認知症の重度別病棟機能分化及び循環型医療介護推進事業について説明しました。また、厚生労働省の政策立案が思いつきでなく、根拠をもって科学的になされるべきであることを主張し、一定の理解が得られたように思いました。懇親会は広島において行われ、県知事、県議会長も参加されて和やかにとり行わました。[…]」(石井[2014]、全文はHP)
 ここでも「病棟機能分化」「循環型」が言われる。
 同二〇一四年一一月に開催された国際会議「認知症サミット後継東京会議」で、安倍首相は国家戦略として(二〇一二年の所謂「オレンジプラン」に続く次の)対認知症計画を作ることを宣言し、厚労大臣に指示するのだが、それを受けた二日めの塩崎恭久厚生労働大臣の閉会の挨拶には次のようにある。
 「団塊の世代が七五歳以上となる二〇二五年を目指して、認知症地域包括ケアシステムを実現していくということです。早期診断・早期対応がこのシステムの鍵となります。医療・介護サービスが有機的に連携し、認知症の容態の進行に応じて切れ目なく提供されていくということなのです。また、身体合併症や妄想・うつ・徘徊等の行動・心理症状(BPSD)が見られ、認知症の人が医療機関・介護施設で対応を受けた後も、医療・介護の連携により地域生活が継続できる循環型のシステムを確立していきます。」(塩崎[2014])
 ここでも「切れ目なく」「循環型のシステム」という同じ語が使われている。英語の文章から翻訳されたのだと解説されており、前者は「seamlessly」、後者は「integrated system」がもとの英語ということになっている。
 そして、翌年一月七日の新オランジプラン原案の発表、その二〇日後、二七日の大きな修正・決定版の発表へという流れになる。基本的な流れは既にできており、その方向とは異なった当初案――その案がこの間の主張をそのまま踏襲したものにならなかった事情についてはわからないところがある――に対する急で強い修正が入ったということだ。その具体的な変更点については本に記した。一番簡単にわかるのは、言葉がそのまま使われていることだ。業界と議員と政策との直接的なつながりをあまり強調しないのであれば、あまり露骨に使わなければよいとも思うのだが、まったくそんなことは心配していないようだ。
 そしてその後も、「晋精会」という――これもひどくわかりやすい名前の――精神科医による安倍の後援会が活動している(これも出席したことの確認だけなら、ウェブ検索で容易にできる)。例年は年一回だったというが、二〇一五年には二月一二日と六月一一日の会合に首相が参席、萩生田光一自民党総裁特別補佐が同席した六月の会合では「安倍首相から国民にきちんと理解してもらえるような政策を発信するよう要望された」ことになっており、翌六月一二日、日精協の山崎學会長は定時社員総会で「日精協の政策や取り組み、精神科医療などについての発信に注力する考えを示した」という(『CBニュース』六月一二日)。」


UP:20151103 REV:
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