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時事について書くこと(今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・3)

「身体の現代」計画補足・81
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1659538150979832

立岩 真也 2015/10/30

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last update:2015


『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙    『現代思想』2015-11 特集:大学の終焉――人文学の消滅表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙
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 『現代思想』(青土社)に長い続きものをさせていただいている(11月号に載るのが第117回)。その連載から今度の本もいれて5冊の本が出ている。その5冊目が『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』。
http://www.arsvi.com/ts/2015b2.htm
 もう書店に出ている11月号(「大学の終焉」という特集号)
http://www.arsvi.com/m/gs2015.htm#11
掲載の分は「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛」というものにした。最近出たその本を広告しつつ、一つそれと直近のことに関わることを知らせ、そしてわりあい長い歴史の中にどう位置づくのかについて考えてみようとした。青土社にとっても不利益なことではないと思うから、何回かに分けてそれを分載し、いくらかを加えていく。今回はその3回目。
 なお前々回・前回・今回のHP版は
http://www.arsvi.com/ts/20152079.htm
http://www.arsvi.com/ts/20152080.htm
http://www.arsvi.com/ts/20152081.htm
 今回は学者も本来はまじめに仕事してきちんとしたジャーナリズムの仕事ぐらいのことをしなければならないのだということを一つ、もう一つ、「裏」の動きをどう見出すかというのは時にたしかにやっかいだが偶々はっきりわかることもある、やってやれないとは限らないという話をしている。

 「■時事について書くこと
 例えば認知症の本人だけのことを考えるなら、医療、とくに病院という箱はいらない。誰にとっての利得になるか。単純化すればひどく単純な話だ。二つある。一つ、周囲が、その人がどこかに行ってくれないと困る。一つ、供給側が客として手放そうとしないあるいは新たな客としようとする。ここでは後者について。技術は常に限界まで技術を行使してしまうというのは、私はまちがっていると考えており、そのことは幾度か書いている。ただ、供給が――というより、供給先として抱え込むことによって益を得られることが――得になる条件のもとでは、そうなる傾向にある。だから今度の本はその部分を変えるべきだとし、その基本的な方策について述べた。
 書いてしまって、また書きながら、業界側の力を大きく見すぎているかもしれないと思うことはあった。ただ、どの程度の大きさと見るかはともかく、具体的な様々は起こり続けている。そこで補足する。いま石井みどりという国会議員が話題になっているのだそうだが、その人は問題にされている歯科医の組織からの献金に関わる問題以外に、むしろ問題にされていない部分の方が大きな問題だと思うのだが、本に書いたことに関わることで役割を果たしている。その辺りのことについて少し記しておく。
 それはどのようにものを書いていくかということにも関わる。政治と金といった主題を報ずるのは「ジャーナリズム」の仕事ということにして、「学者」はそういう部分にはあまり立ち入らないという、なんとなくの分業があるようにも見える。それには一つ、なにかそうした部分に立ち入らないことが高級であるかのように思っているということがあるのかもしれない。それは単純な間違いだが、もう一つ、それ以前に、力量として、内幕であるとか裏であるとか、そんなところに立ち入ろうにも立ち入れないということがある。実際のところは後者の要因が大きいだろう。すくなくとも私はまったく何もできない。たんに椅子にすわって書いているだけで、何も調べることはでぎない。例えば精神医療についてなら、製薬会社の動向を見ておくことは大切だが、それについて調べることができない。せいぜい既に出ている本を紹介するぐらいのことだ。
 ただ、それでも国会その他の議事録の類はだいぶ公開されるようになり、それで今回の本(第2章「京都十全会――告発されたが延命したことから言う」)でも十全会事件についての国会議事録はすべて見ることができ――国会議事録にも誤字がかなりあることを発見もしたのだが――そこから言えることもあった。たったそれだけのこともこれまでなされてこなかったようなのだから、それなりの意義はあると思って、それで本にしてもらったのでもある。そのようにして追えることが実はかなりあるはずだと感じた。
 もちろん、そうした場に現れるのはごく一部だ。多くのことはわからない。けれど表に出てこない情報自体を自分で得られなくとも、ときには、公式の記録や文書や報道から、あるいはそれに少し簡単にできることを加えることでいくらか確実なことをを言うことができることもある。
 本に書いたのは、「新オレンジプラン」と称される認知症対策の計画――「認知症施策推進総合戦略――認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて(新オレンジプラン)」(厚生労働省[2015])――の文章がごく短期間のうちに変更されたことだった。そこに精神病院側の力とそれを介した単純素朴な政治力が介在したことは、原案がたいへん短期間のうちに明確に変化していること、そしてそれ以前の業界団体や議員組織の動き、そこでの言葉使いをみても明らかである。「癒着」を疑われたくないのであればもっと慎重にことを進めるだろうから、それは珍しい例ということになるだろうが、すくなくとも今回起こっていることはそのようなできごとだ。」

■この回についての言及

◆2015/10/30 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/660027242974605312
 「本に書いた認知症と精神病院業界の関わりから1「学者も本来はまじめに仕事してきちんとしたジャーナリズムの仕事ぐらいのことをしなければならない」2「「裏」の動きをどう見出すかというのは時にたしかにやっかいだが偶々はっきりわかることもある」http://www.arsvi.com/ts/20152081.htm」


UP:20151030 REV:
『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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