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宇井純/吉岡斉…(『自閉症連続の時代』補章)

「身体の現代」計画補足・64

立岩 真也 2015/09/22
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1650230601910587

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last update:2015

 『自閉症連続体の時代』という本を昨年出してもらった。
http://www.arsvi.com/ts/2014b1.htm
 その終わりに補章を置いた。たしかにその本は自閉症、発達障害…と呼ばれたりする人たちのこと、人がそのように呼ばれる、ときに自らを呼ぶことについて書いた本ではあるのだが、それだけでもない。題名だけを見た人はまず思いつかないだろうことについて、その補章は書かれている。もったないと私は思うので、紹介していく。解説は次回以降。
 その目次は以下。

□補章 争いと償いについて
 □1 害について
 □2 内部における争い
 □3 理由を問われない生活
 □4 この方法がよいこと
 □5 反論への応答
 □6 非現実性について

 出てくる人として宇井純
http://www.arsvi.com/w/uj01.htm
 吉岡斉
http://www.arsvi.com/w/yh03.htm
 『不和に就て』についてはまた紹介するが
http://www.arsvi.com/b2000/0810yt.htm
 なおこの会のHP掲載版は
http://www.arsvi.com/ts/20152064.htm


「■1 害について
 身体を巡る社会について何を知り、何を考えて、何を言ったらよいのか、考えてきた。そこで意外に思われるかもしれないのだが、ほんのすこし振り返ってみたいと思ったのは、公害や薬害のことだ。それが前章の終わりに書いたこととつながっていると思う。
 一九六〇年代から七〇年代頃のそれは、昨今の「地球環境問題」の受け止められ方とはまたいくらかは異なる感触とともに、多くの人たちにとって相当の意味をもつできごとであったはずである。ただ、それが「社会」について考えたり、やがてそれを仕事にするきっかけの一つになったとして、そのことはそのまま「環境」を自分の仕事の主題に選ぶことにはならない。例えば私には――宇井純が二〇〇六年に亡くなって、追悼の催しの冊子が出され、多くの人が文章(講演要旨)を寄せているのだが、その中で吉岡斉が述べているように★01――例えば水俣病について、ことのよしあし、問題の構図自体はまったくはっきりしているように思えた。もちろんきちんとした実証研究と社会運動が必要である。ただこの世には他にも様々が起こっており、水俣に関わる人たちは――たしかに数えれば少なくはあったのだが――いないでもなかった。私の知人にもそんな人がいた。それで私はそちらにおまかせということにして、別のことについて考えることになり、それは今後もそうだろうと思う。
 ただそれでも、何も思わないできたわけでなく、いくつか気になってきたことはあった。そしてこのしばらくの間に、何を知っているわけではない私であっても、またごく当たり前のことであっても、言っておいてよいことがあるように思えることがあった★02。そこで以下、一部は別に記したから省きながら、すこしのことを述べる。

★01 「宇井純の仕事について私は、水俣病をはじめとする公害問題の解明・解決の先頭に立つリーダーとして、また自主講座運動の創始者として、若い頃から敬意を抱いていたが、宇井氏の仕事を自分の仕事の模範として役立てようという問題意識はなかった。なぜなら宇井氏の仕事は、ご自身も述べているように、筋立てた記述を目指すものではなかった(理屈よりも行動の人であった)。また私が科学技術の「上流」に興味があるのに対し、宇井氏は「下流」それも河口近くに興味をもっていた。さらに私にはチッソ・行政・御用学者などの悪徳はあまりにも明白であり、「科学技術批判学」によってさらに深める余地があるような事柄ではないように見えた(もっと微妙なグレイゾーンに私は興味があった。)」(吉岡[2007:12])
★02 『不和に就て』(北村・山本編[2008]、紙媒体の冊子は在庫なし、全文をHPで読める)に、勝村久司氏、田中玲氏他を招いて2007年12月に行なわれたシンポジウム「性同一性障害×患者の権利」の記録の他、いくつかの文章が収録されている。ここでの論点に直接に関わるものでは、北村健太郎[2008b]、既発表の[2008a]を大幅に増補)。私はこの冊子の「まえがき」を書くことになり、全体を読んでいく中で、これまで思ってはきたが書いてはいなかったこととを書いた方がよいと思うようになって、「争いと争いの研究について」[2008d]を書いた。この補章は、そこに書いたこととほぼ同一のことを、順序を変え、いくらかを足して書かれる。また同報告書所収の高橋慎一[2008]、ヨシノユギ(吉野靫)[2008c])からも考えるところが多くあった。そこで「性同一性障害についてのメモ」[2008c]を書いた。それと本書に記したことにも関係がある。」


UP:20150922 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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