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今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛

連載・117 116 < / > 118

立岩 真也 2015/11/01 『現代思想』43-17(2015-11):20-33
『現代思想』連載(2005〜)

last update:2015
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立岩 真也 201510 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』,青土社 ISBN-10: 4791768884 ISBN-13: 978-4791768882 [amazon][kinokuniya] ※ m.

■その本の文献表より詳細な情報を含む文献表

『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙    『現代思想』2015-11 特集:大学の終焉――人文学の消滅表紙

■『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』
■「社会防衛」「反社会的」
■時事について書くこと
■今般の認知症業界政治
■それは変更できるものだが受け入れてもしまう
■「研究」の位置
■『アサイラム』『PTSDの医療人類学』
■位置取りについて
 ■註
 ■文献表

◆立岩 真也 2015/10/26 「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・1――「身体の現代」計画補足・79」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1658582491075398

■この回にとくに関係のある文献

◆立岩 真也 2015/10/01 「『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』 連載 116」『現代思想』43-(2015-10):-

認知症/安楽死尊厳死/精神病院/…

高木 俊介 2015/10/10 「白雪姫の毒リンゴ、知らぬが仏の毒みかん――新オレンジプランと認知症大収容時代の到来」,『精神医療』4-80(155)

 ……次回以降……

全国精神障害者家族会連合会(全家連)

◆萩原一昭 1976 「精神障害者家族会と友の会」,『友の会会報』8→友の会編[1981:121-123] <6#13>
◆小野寺光源 2007 『精神保健福祉の問題点を考える』,新風舎
◆滝沢武久 1989 「精神障害者家族会の組織と活動」,『リハビリテーション研究』58・59:79-82 

  ■全文

■『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』
 一つ、病や障害と呼ばれるものにある複数の契機をさしあたり分けて考えるのがよいこと、一つ、各々について得失の両方を考えるべきこと、その際、本人と複数の関係者(における得失)を分けて考えるべきだと、それだけを示そうと言った。そして前々回は、一つめの五つ契機の四つめ、「異なり」について、顔の異形に関わって書かれた本の幾つか他を紹介した。
 大きくはその話の一部ではあるのだが、前回、今もう発売になっている『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』の一部を紹介した。以下「本」と記す場合はそれを示す。今回はその続きになる。それは、前段に述べたこと、単純でもあり、また――例えば、痛みやできないことが、本人にとって、周囲の人(それを家族とそれ以外等々と分けることもできる)にとって、また医療や福祉の提供者にとってどんな意味・得失をもたらすかといった具合に――掛け合わせるなら、総数は少し数の多くなる――例えば五×四なら二〇となる――話をなぜしようとしているのかを説明することでもある。
 まず、一九七〇年当時、さきの一つめ、すくなくとも五つには分けられるとした契機がないまぜになって、そして病とされるものに関わって「社会防衛」がまったく無防備に語られていることを見ておく。それは『造反有利――精神医療現代史へ』(前書とする)そして今度の本において、六〇年代中盤に大きな変化があったとする通説が必ずしも当たらないとしたことに関わる。これは続きのある話だが、ここでは引用を一つだけして、後は別の回に残す。
 そして次に、認知症に関わる直近の「政治過程」について述べる。それは本では第4章「認知症→精神病院&安楽死、から逃れる」に続く部分だが、最初に繰り返した二つの中では二つめ、そのうちの本人でなく関係者の得失、さらにここでは精神医療の供給者、むしろ経営者たちの利害に関わって起こったことを述べることであり、またそれと認知症の、本人というより、その人に関わる人々の利害がどう関わるかを見るということでもある。今回はおおむねこのことを述べる。そして「不祥事」の類も含め、できごとをどのように扱うか、書いていくかについて、いくつか補足する。
 さらに、関係者の大きな部分である家族(会)、具体的には既に消滅した「全国精神障害者家族会連合会(全家連)」が自らを語る時、さきの二つめ、複数の関係者の差異をないことにしてことが捉えられ、同時に、自らが行なってきたことの一面が語られてないでいることを見ておく。ただ今回は触れられず、やはり別の回になる。
 前書は、たいがいうまくはいかなかったがそれでもなされたことを書いておこうというものだった。それはすくなくとも、ときに明確な自覚のないことはあったが、こうして一緒くたにされていたものを分離しようという動きではあった。このことは確認できたと思う。では、その上で、代わりにどうしたものか。前書でも基本的なことの幾つかは述べたが、今度の本はより「前向き」の話をした。具体的にもっと詰められたらとは思ったが、それは別の人たちの方が適していると思うから、ごく基金的なことだけを述べた。そしてそれは、前々回まで述べて途中になっている議論から導かれるものでもある。ただ、その全体を記してからでないとわからない話ではない。今度の本はそれだけのものとして読めるものになっている。以下、その上で補足する。その一部は、やがて――今度の本でも前書でもほぼふれなかった「精神」関係の本人たちの動きに関わる、共著の――別の本に組み込まれるだろう。

■「社会防衛」「反社会的」
 現在は、地域・在宅・福祉…はまったく否定されず、共生だとか様々よいことがいくらでも言われながら、その中で、既得のものを確保しようという努力がなされている。その分いささか複雑になっている。だからこそ、過去を辿る意味もあるということだ。どのように露骨なことが言われたか、そしてどのように露骨なことが言われなくなってきたかを見ておく必要がある。
 今回は引用だけしておく。『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』(有吉[2013:176])に引用されていたのを、その本になったもとの論文に関わったはずであるにもかかわらず、このたび――正確には一度偶々見つけ、忘れ、また――発見したものだ。一九七〇年四月六日、第六三回国会参議院予算委員会一六号における厚生大臣内田常雄の答弁。
 「スモン病というものはむずかしい病気ではありますけれども、必ずしも結核でありますとか、あるいは精神病患者、さらにはまた、らい病のように、何といいますか、反社会的な要素をおびておるものということにも断定をいたしておりませんので、したがって、公費でこれだけの病気を対象にして診療するという制度は、なかなか確立いたしにくいところでございます。ガンのようなものでも、患者にとりましては非常に大きな負担でございますけれども、研究には力を入れておりますが、公費負担の制度をとっておりませんことは御承知のとおりであります。そうではありますが、いま中沢さん(議員)からお話のとおりの悲惨な家庭の状況もございますので、研究費の中におきまして薬剤費のごときものは、実際はまかなっておる。したがって、本人あるいは家族の負担というものも、さような限度におきましてはできるだけ研究費の中でかぶる場合もある」
 一九七〇年のことである。所謂「難病」政策はスモン病から始まっている。それはキノホルムによる薬害だったから、それが今でいう難病、そして難病対策の始まりであったと、今では想像できない。何があったのかを探ればまた別の長い話になるが、当時、当然に政府の責任が問われた。政府は自らの責任を認めないながらも、何ごとかはせざるをえないと考え、その対応策としてまずスモン病が難病対策の対象にされたとも考えられる。そしての時期、スモンの会他幾つかの疾病・障害別の患者会ができており、公費負担が求められる。引いたのはその件に関わる質疑に対する応答である。その仔細は調べたらよい、ぜひ調べるべきだと思う。ただ、ここで見ておきたいのは第一文だ。
 ここに列挙されたものがどのように防衛されるべきであるのか。幾つかの契機があるのだろうが――それがここのところ述べている第一点に関わる――それはここでは説明されず、三つが列挙される。そして、防衛というからには直接に本人に利益を与えるものではないのだが、それでもその人に介入することは自明にされている――これが第二点に関わる。そして実際、ハンセン病、結核は国策による収容の対象とされ★01、精神病院の多くは民営だったが、前回いくらか紹介したように、多くの人・家族関係者には経済的負担のない入院・収容がなされた。その後…、といった話はどこまでも続いていくからしない。ここでみておきたいのは一つ、「防衛」がまず単純すなおに言われたことがあったということだ。
 「社会防衛」「反社会的」★02は率直に堂々と、まだこの時も言われている。それはいつのまにか表立っては言われなくなる。「反社会勢力」は別の範疇の人たちを指す言葉になっていく。だから変化はあったとも言えよう。しかし、実際にいかほど変わったのかとさらに問うこともできる。そしてその事実がどうであったかという問いとともに、「防衛」のことをどう考えるかという問題もまた残される。防衛はよいことではないか、すくなくとも仕方のないことではないか。この反問にどう応えるか。まずここまでにしておく。

■時事について書くこと
 例えば認知症の本人だけのことを考えるなら、医療、とくに病院という箱はいらない。誰にとっての利得になるか。単純化すればひどく単純な話だ。二つある。一つ、周囲が、その人がどこかに行ってくれないと困る。一つ、供給側が客として手放そうとしないあるいは新たな客としようとする。ここでは後者について。技術は常に限界まで技術を行使してしまうというのは、私はまちがっていると考えており、そのことは幾度か書いている。ただ、供給が――というより、供給先として抱え込むことによって益を得られることが――得になる条件のもとでは、そうなる傾向にある。だから今度の本はその部分を変えるべきだとし、その基本的な方策について述べた。
 書いてしまって、また書きながら、業界側の力を大きく見すぎているかもしれないと思うことはあった。ただ、どの程度の大きさと見るかはともかく、具体的な様々は起こり続けている。そこで補足する。いま石井みどりという国会議員が話題になっているのだそうだが、その人は問題にされている歯科医の組織からの献金に関わる問題以外に、むしろ問題にされていない部分の方が大きな問題だと思うのだが、本に書いたことに関わることで役割を果たしている。その辺りのことについて少し記しておく。
 それはどのようにものを書いていくかということにも関わる。政治と金といった主題を報ずるのは「ジャーリズム」の仕事ということにして、「学者」はそういう部分にはあまり立ち入らないという、なんとなくの分業があるようにも見える。それには一つ、なにかそうした部分に立ち入らないことが高級であるかのように思っているということがあるのかもしれない。それは単純な間違いだが、もう一つ、それ以前に、力量として、内幕であるとか裏であるとか、そんなところに立ち入ろうにも立ち入れないということがある。実際のところは後者の要因が大きいだろう。すくなくとも私はまったく何もできない。たんに椅子にすわって書いているだけで、何も調べることはでぎない。例えば精神医療についてなら、製薬会社の動向を見ておくことは大切だが、それについて調べることができない。せいぜい既に出ている本を紹介するぐらいのことだ。
 ただ、それでも国会その他の議事録の類はだいぶ公開されるようになり、それで今回の本(第2章「京都十全会――告発されたが延命したことから言う」)でも十全会事件についての国会議事録はすべて見ることができ――国会議事録にも誤字がかなりあることを発見もしたのだが――そこから言えることもあった。たったそれだけのこともこれまでなされてこなかったようなのだから、それなりの意義はあると思って、それで本にしてもらったのでもある。そのようにして追えることが実はかなりあるはずだと感じた。
 もちろん、そうした場に現れるのはごく一部だ。多くのことはわからない。けれど表に出てこない情報自体を自分で得られなくとも、ときには、公式の記録や文書や報道から、あるいはそれに少し簡単にできることを加えることでいくらか確実なことをを言うことができることもある。
 本に書いたのは、「新オレンジプラン」と称される認知症対策の計画――「認知症施策推進総合戦略――認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて(新オレンジプラン)」(厚生労働省[2015])――の文章がごく短期間のうちに変更されたことだった。そこに精神病院側の力とそれを介した単純素朴な政治力が介在したことは、原案がたいへん短期間のうちに明確に変化していること、そしてそれ以前の業界団体や議員組織の動き、そこでの言葉使いをみても明らかである。「癒着」を疑われたくないのであればもっと慎重にことを進めるだろうから、それは珍しい例ということになるだろうが、すくなくとも今回起こっていることはそのようなできごとだ。

■今般の認知症業界政治
 本では第1章「陰鬱な現況と述べること予め」で「日本精神科病院協会(日精協)」会長の山崎學が二〇一二年、二〇一三年にその協会(業界)誌に書いた文章を引用した。後者は、二〇一二年一二月の総選挙を受け、いっとき野党であった時から支援してきた安倍晋三他の名前を列挙し、その人らの党が与党となり安倍が総理大臣他になったこと等を素直に寿ぐ文章であった。また、社会的需要に応える自らを世界一だと正当化し、「欧米かぶれ」他の批判者たちを罵倒する文章も引用した。そしてその協会が精神病院の一部を病室でない場(病棟転換型居住系施設)とすることを認めさせる動きにも関わっていること等を紹介した。
 そして第4章「認知症→精神病院&安楽死、から逃れる」では、二〇一五年一月二七日に発表された所謂「新オレンジプラン」がその二十日前に厚労省が示した「原案」と大きく異なったものになったことを示した。この文書は両方とも公にされたもので、各々の中身と両者の間の差異はまったくはっきりしている。厚労省が二〇日前に示したものが変わったのだから、行政、すくなくとも厚生労働省からではない力が働いたことは明らかである。そして変化の中身をみれば、財務の側の介入とも考えられない。結局それは、政党、そしてそれに関わる業界の力によるとしか解することはできない。その変化の方向はまたまったく明白であり、つまり病院の役割を大きくする方向に大きく変わった。数少なくそのことを報じた共同通信の報道、浅川澄一の文章を示して具体的な変更点を紹介した。
 ここのところ自由民主党国会議員である石井みどりへの「日本歯科医師連盟」(日歯連)による迂回献金、また公職選挙法違反の疑いについて報道され、話題になっているらしいことをごく最近知ったのだが、その人がここでも活躍してきた。この人と、認知症・精神医療・日精協との関係は、歯医者たちのことより重要なことであるかもしれないのだが、まったく報道されていないということもある。だから紹介する意味もあると思った。
 そして本(のもとになった原稿)にはこの人らはまだ出てこないが、本誌にそれを書いた(そして本にした)時に入手できなかった文書をいくつか見つけもした。今年になって書かれた文章として、精神科医の高木俊介の文章(高木[2015]、『精神医療』誌に掲載されたのは九月末だが、サイト上に掲載されたのは七月)、もう一つ、やはり精神科医の上野秀樹の文章(上野[2015a])がある。この二つにしても特別の情報源をもって書かれているものではない。またそこに書かれていることをもとに、さらにすこしやはり座ったまま調べてもいくらかのことはわかる。以下は、この程度のことなら簡単にできるということをでもある。
 先記したように二〇一二年年末の総選挙で自民党が勝って安倍内閣が発足したのだが、その翌年、参議院選挙のあった二〇一三年、日本精神病院協会は石井みどり(この年七月の参議院選挙で二度めの当選)、衛藤晟一(同じ選挙で参議院議員としては二度目の当選)、木村義雄前衆議院議員(同じ選挙で参議院としては初当選、以上いずれも自民党)を全国重点推薦候補者として推薦している。この協会の政治組織「日本精神科病院協会政治連盟」の政治献金については本の第1章「陰鬱な現況と述べること予め」でも紹介したが、この連盟は、二〇一三年、石井、衛藤、木村に、五〇〇万円、八〇〇万円、五〇〇万円の政治献金をしている。
 そして石井みどりが事務局長を務める「認知症医療の充実を推進する議員の会」は翌二〇一四年五月に設立された。その設立趣意書はごく短く、ウェブ上で全文を読める(認知症医療の充実を推進する議員の会[2014])。次のようなことが書いてある。
 「急性憎悪や在宅生活を困難にする重度の症状と問題行動など地域ケアのみでは治療困難である場合も多くみられ、入院医療のサポートがなければ持続可能な地域ケアは成立しません。介護施設においては処遇困難な重度患者の入所がみられることがあり、これが高齢者虐待の温床となっています。」
 「地域包括ケアシステムが成り立つためには、疾患の本質を正確に認識し、介護に偏重せず、早期診断、早期介入から始まる医療と介護、施設ケアと地域ケアをシームレスにつなぐ循環型医療介護システムの確立が必要です。「医療から介護へ」・「施設から地域へ」というスローガンはそれぞれ不可分なケア相互の補完性を軽視しており、シームレスな医療と介護の連携を阻害する可能性があることが懸念されます」
 「シームレスにつなぐ循環型…」とは、誰が考えたのか微笑ましくもなる言葉だが、そして妙な言葉使いだと思いつつ読み飛ばしてしまうかもしれないのだが、つまりは精神病院の役割を強調している――このことはその後の経緯をみるとより明らかになる。そして高木によれば、その石井(もとの職業は歯科医)の兄石井知行は、広島の医療法人社団「知仁会」の理事長で、認知症病棟一四六床、精神一般病棟(身体合併型)五〇床、精神療養病棟一〇〇床と内科療養病棟九〇床――どのような制度上の区分なのか私は知らない――を有するメープルヒル病院の院長。広島県精神科病院協会会長、日本精神科病院協会理事を務めている。さらに少し調べてみると、この人は日本精神神学会の「男女共同参画委員会」の担当理事であったりしてもおり、また知仁会は介護老人保健施設「ゆうゆ」も経営している。本でも前回にも書いたように、病院経営者は病院の看板に格別のこだわりがあるわけではない。精神病院の一部を「転換」したところでそれほどの益にはならない。本で紹介した「病棟転換型居住系施設」といった半端なものより、別の形態の施設を作ってしまった方がよいと判断すれば、そのように行動するだろうし、実際そんなところが多くある★03。そこでは、実質的には組織内部での「循環」――とは実際にはならず、重度者用の施設への移行となるだろうが――も可能だ。
 その法人が発行する『知仁会だより』の石井知行の「理事長挨拶」には二〇一四年七月に視察があったことを報じている。
 「七月一日、参議院厚生労働委員会視察がありました。国会議員団は石井みどり委員長を始めとして各政党から一人の代表が[…]厚生労働省からは二川官房長以下[…]メープルヒル病院の療養環境の良さに驚いたと感想を頂戴いたしました。井門先生が認知症についての医学的説明と認知症疾患医療センターについて説明し、私が現在当院で行っている認知症の重度別病棟機能分化及び循環型医療介護推進事業について説明しました。また、厚生労働省の政策立案が思いつきでなく、根拠をもって科学的になされるべきであることを主張し、一定の理解が得られたように思いました。懇親会は広島において行われ、県知事、県議会長も参加されて和やかにとり行わました。[…]」(石井[2014]、全文はHP)
 ここでも「病棟機能分化」「循環型」が言われる。
 同二〇一四年一一月に開催された国際会議「認知症サミット後継東京会議」で、安倍首相は国家戦略として(二〇一二年の所謂「オレンジプラン」に続く次の)対認知症計画を作ることを宣言し、厚労大臣に指示するのだが、それを受けた二日めの塩崎恭久厚生労働大臣の閉会の挨拶には次のようにある。
 「団塊の世代が七五歳以上となる二〇二五年を目指して、認知症地域包括ケアシステムを実現していくということです。早期診断・早期対応がこのシステムの鍵となります。医療・介護サービスが有機的に連携し、認知症の容態の進行に応じて切れ目なく提供されていくということなのです。また、身体合併症や妄想・うつ・徘徊等の行動・心理症状(BPSD)が見られ、認知症の人が医療機関・介護施設で対応を受けた後も、医療・介護の連携により地域生活が継続できる循環型のシステムを確立していきます。」(塩崎[2014])
 ここでも「切れ目なく」「循環型のシステム」という同じ語が使われている。英語の文章から翻訳されたのだと解説されており、前者は「seamlessly」、後者は「integrated system」がもとの英語ということになっている。
 そして、翌年一月七日の新オランジプラン原案の発表、その二〇日後、二七日の大きな修正・決定版の発表へという流れになる。基本的な流れは既にできており、その方向とは異なった当初案――その案がこの間の主張をそのまま踏襲したものにならなかった事情についてはわからないところがある――に対する急で強い修正が入ったということだ。その具体的な変更点については本に記した。一番簡単にわかるのは、言葉がそのまま使われていることだ。業界と議員と政策との直接的なつながりをあまり強調しないのであれば、あまり露骨に使わなければよいとも思うのだが、まったくそんなことは心配していないようだ。
 そしてその後も、「晋精会」という――これもひどくわかりやすい名前の――精神科医による安倍の後援会が活動している(これも出席したことの確認だけなら、ウェブ検索で容易にできる)。例年は年一回だったというが、二〇一五年には二月一二日と六月一一日の会合に首相が参席、萩生田光一自民党総裁特別補佐が同席した六月の会合では「安倍首相から国民にきちんと理解してもらえるような政策を発信するよう要望された」ことになっており、翌六月一二日、日精協の山崎學会長は定時社員総会で「日精協の政策や取り組み、精神科医療などについての発信に注力する考えを示した」という(『CBニュース』六月一二日)。

■それは変更できるものだが受け入れてもしまう
 このようなことが起こっているらしい。決まりなされていることごとのどこまでを供給側の利害によると言えるか。それは判定のしようもないところがある。ただその利害は確かにあるとして、なぜそれが通るのかは問うてよい。
 まず、変更は可能であることの方から。本は「精神病院体制の終わり」という題になっている。当初案は、「認知症社会で精神病院体制を終わらせる」というもので、自然に終わると述べたわけではない。けれどもそれは非現実的なことでないとも考えている。
 まず認知症は高い確率で「我が身」のことであり、その自分はむやみに乱暴なことをされたいわけではない。またたいがいは近くに現にそんな人がいて、その人たちについてもおおむね同様に思う。また同じ金であれば有効に使いたいとも思う。金を使うことを抑制することをもっぱら考える側はそれを思うが、総額を気にしない人たちにしても、同じ金をより有効に使うのがよいとは考える。だから、精神医療・精神病院体制の変更は可能であり、だからこそ、変更を歓迎しない側は、変更させないために動くことが必要にもなり、実際動いているということだ。
 ただ同時に、現実は、今その一部を見てきたような経営側の動きによって変えられる程度のものだともまた言える。なぜ事態はそのようでもあるのか。
 考えられるとすれば、まず一つ、医療の有効性(の可能性)が言われ、いくらかそれが信じられたり、信じられようとしたりしているということである。そしてこのことが言われるときには、仮に医療に効果があるとして、なぜ病院なのかは言われないことになっている。たいしたことができはしないのだが、それでもできるとして、あるいはそれができるようになるとして、それが病院・入院体制において行なわれるべきことは言えないのだが、そこは曖昧になっている。あるいは曖昧にされている。そのような中で利害が通る。そのようなしくみになっている。
 ただもう一つ、病院は病院であり人が居住させられるところであるために、さらに強制処置が許容される「とされる」精神医療であり精神病院だからあてにされる部分がある。薬物による行動抑制となると、一つめのものと連続的ではあるのだが、さらに、いざとなれば行動を制限し身体を拘束するその機能が備わっているということをいくらかはあてにしている、あてにせざるをえない、そう思っているということがある。
 そしてその人たち、つまり私(たち)は、そのようでない処遇がより望ましいことは感じているし、認めている。しかしいよいよとなればそんなことも必要なのだろうとも思う。ここでも、いざという場合の抑制的な処置も含めて、「両方」が必要だとしているのだ。どのような割合であるとしても、そうした処置が全面的にいらないということにはならない、と多くの人は思ってしまう。
 そしてごくごく短い文章であればたんなる併記ということになる。その短い文章の大部分は「共生」であるとか差し障りのないことが書いてある。よく読むと差し障りのある部分が書き加えられているが、そこは素通りされるか、あるいはそれもまた否定はできないかもしれないという諦念のようなものと治療法についてのさしたる根拠のないしかし明るい希望が折り畳まれて、その部分も許容される。併記であるぶんにはよしとされる。皆が皆、正々堂々と全面的には反論できないなかで、こうした文言が挿入され、そのように曖昧な中で現実は動いていく。
 そして次に、短期間で書き換えられた「プラン」においては、医療・病院が「主導」するといったことになり、その全体に占める割合はにわかに高められる。そのように書き加えられて、そしてできあがったというわけだ。それを、そうしたことを日々追っているはずのメディアは報じないか、あるいはそれ以前に把握していない。

■「研究」の位置
 これが今般起こっていることである。ではどうするか。様々「実証的に」検証され報告されるべきことがあるだろう。どんな処方がどれほど使えるものか、効果があるものなのか、実際どのような処遇を受けているのか、調べられ言われるべきことが多々ある。そこのところは、本では、認知症に精神医療が効いていないこと、効くことがあるとしても向精神薬の多くのように鈍麻させるというぐらいのものでしかないことは、もう皆が日々のこととして知っている、という簡単な記述になっている。実際には、さほどでもないかもしれない。意外に期待しているのかもしれない。どのようなことが実際に行なわれているのか、代わりにできることとしてはどんなことがあるのか。それを示すのは私にできる仕事ではない。ただそのような事実を知ることによって気づき、考えを変えることは多々あるから、それは必要なことだ。
 私は私のできる範囲のことを述べた。政治家に金を贈ること全般がいけないとは言わないことにする。しかし、この件については金を贈ることによって影響力を行使することを「含め」、決定の全般から業界を除外すべきであるとともに、個々の施設・事業の経営・運営に誰もが干渉する権限を保障するべきであることを述べた。
 私が書いていることの多くがそうしたものだが、それはすぐに実現するといったことではない。ただ、それでも基本的なところを確認しておくことは必要だと思う。これからも露骨な不正のいくらかは問題にされ、ある人は辞職したりすることにはなるかもしれない。しかしそれだけに終わることは多々ある。京都十全会のかつての理事長も辞めさせられたが、それはただそれだけのことだった。
 さきにも述べたように、私はジャーナリストの仕事の方が「研究」なるものよりしばしば優れたものであることを当然に認める。その上で、それでも「学問」の方に利点があるとすれば、それはすぐに「受けない」ことを言ってもよいという自由をいくらか許容されていることにあると考える。大熊一夫が、学者の書くものがつまらないこと――「味も素っ気もないものになっている。つまらない文章ばかりだし、こんな研究して何で障害者のためになっているのかわからないようなものばかり目立つ」と述べた部分を引用した――ことをその通りと受け、その上で学問の少ない効用について私が述べた文章が今度の本にに再録されている。
 「もちろん、統計的な調査がこうしたルポルタージュと並存し互いに補って意味があることはあるだろう。では、前回取り上げたゴッフマンの著作のような質的調査、フィールドワーク、エスノグラフィー、エスノメソドロジー…、などど呼ばれたりするものはどうだろう。私は、ジャーナリズムの作品とこれらの間になにが違うというほどはっきりした違いはないし、またある必要もないと考える。ただ、大熊の批判を肯定しながら居直るような妙な言い方になってしまうのだが、衝撃・感動・…をとりあえず与えなくてもよいという自由が「研究」にはあって、それがうまくいった場合には利点になるとも思っている。このことについてはまた別の機会に書こう。」
 補章3「ブックガイド」の05「大熊一夫の本」より。この補章3はこの十五年ほどの間に書いた二十余りの文章(その多くは『看護教育』に一〇一回連載したものの一部)をそのまま再録した。その中でこれは二〇〇二年に書いた文章。その後「別の機会に書」いたりはしていないのだが、今でも同じことは思っている。

■『アサイラム』『PTSDの医療人類学』
 その連載ではゴッフマンの『アサイラム』やアラン・ヤングの『PTSDの医療人類学』も紹介していて、両方とも本の補章3にそのまま再録した。この二冊の本に関わり、まず補足しておく。
 『アサイラム』について。二〇〇二年に私は「手元にもう一冊と注文したら品切れだった。びっくりした。そんなことがあってよいのだろうか」と書いて、その文章はそのまま本に再録されている。たぶんその後十数年、同じ状態が続いたのだと思う。だが校了後、このたび増刷された第五刷が、その事情はわからないがともかくありがたいことに、せりか書房から届いた――本日(十月一二日)現在、まだアマゾンではこれはまだ売られておらず、そのマーケットプレースでは古本に三九七九九円の値段がついている。
 そして『PTSDの医療人類学』について。この本の紹介(二〇〇四年)で、「全体に淡々とした記述の中に、ときにこんなことを「学術的」な本――ウェルカム医療人類学賞を受賞している――に書いてよいのだろうかと思うようなことが書いてあったりする」と書いて、次の部分を引用している。ちなみに文中のセンターは「国立戦争関連PTSD治療センター」。
 「「彼はスター患者である。たちまち規則やセンター言語を覚え、治療イデオロギーをたちまち実行する」(三四七頁)と描かれるマリオンともう一人ロジャーという「患者」について。実際のこの2人のかけあいについては読んでいただくしかないのだが、「部外者の私からすれば、マリオンとロジャーがワークしているのをみると不愉快だった。執拗さと信心家のふりと何でも一般論にする正論との三つ組は見るのも不愉快だった。」(三五一頁))
 今回の再録にあたり、「書いてあったりする」の後に「〔なにか「客観的」にしか「学術的なもの」は書いてならないという思い込みが一部にあるようだが、多数の名作はそのように書かれてはいない。〕」という一文を付した――〔 〕内は再録にあたって付加した部分で、この補章2については他はまったく変えていない。それは実際の事実でもあり、そうあってよいと私が考えていることだ。
 そしてそのことと別に、またまったく同時に、「学」の名のもとに退屈なことが書けるのがよいとも思っているということだ。実際、本の全体ではないが、幾多ある本の中では退屈でないほうであろうこの二つの本にしても、ある部分はかなり退屈な――と私には思える――記述が続く。そしてそのことが――誰に許してもらっているのかわからないのだか、誰かに――許されているのとすれば、それはよいことであることもある。『アサイラム』に書いてあることの幾つかは短い文章で要約することもできる。ただその本でも紹介していることだが、たいがいの人がゴッフマンというと想起するのと異なる書き口で書かれている――中でも重要な――第4章も含め、たくさんのことが淡々と記されていく。
 そしてヤングが書いているのは、そこでPTSDとされるものからの「回復」をめぐって肯定的なものとされてしまうことに対する苛立ちである。ただ距離を置いているのではない。
 それは、なにかに肯定的であることと、基本的には、背反するものではない。まずなにかよしとしているものがあるから、腹が立つということもある。次に、実際うまくいっているところはあるはずだし、あるもののすべてを猜疑してまわることがよいと思わないが、しかし肯定すべきものを肯定するためにも、あるいは肯定するから、苛立ったりするし、冷たかったり、また懐疑的であり冷静であろうとするということだ。

■位置取りについて
 なにかすべてについて批判的・猜疑的であることが社会学の仕事であり、例えば医療社会学というものであるというような時期があったとして、それがいつのまにか終わってしまい、その後「臨床」が肯定的に語られるような時期がやってくる。今回の本の補章3に収録した文章の多くはそうした「移行」の時期に書かれた短文だ。医療社会学の古典や教科書の紹介から始めて、またこのごろは聞かなくなっている「臨床社会学」の本などを紹介している。
 その期間を過ごして、私が思って、行なおうとしてきたのは単純なことだ。よしあしについては立場を曖昧にしないこと、そして、言える/言えないことの根拠については慎重であること、しかし避けるよりは示すことだ。それは実践的な対処法でもある。例えばなにかを簡単に肯定してしまうなら、それに反すること欠けていることはすぐに探し出され、対置される。つまり、護ろうとしてもすぐに負けてしまう。なにかを信じたときの後の失望が大きいということもある。それを用心して、固められるところは固めておいた方がよいということだ。
 そしてこの用心の勧めは、他(国)でどうなっているのかということについても言える。日本という国は、医療という領域に関しては大略本で述べ今記したように、厄介な人たちと思う人たちに対してきたしこれからも対そうとしている。この方法はたしかに唯一ではないし、なによりよいやり方ではないが、別の場所でまた別様に「機能的に等価」なことが行なわれているかもしれない。本の第4章では、安楽死、幇助自殺の流れを紹介した。家族の負荷があり、その限界のさき幾つかが用意されるより、すっきりと独りにする仕組みになっている社会がある。それがいちがいに本人によくないとは言えない。ただこれも周囲にとっては厄介さ軽減の方法ではある。他方、精神医療「以外」については、この国においてなされていることには、まだましな、すくなとも丁寧なところがあるとも思う。
 余所がよいことにして、それを真似ようという戦略はときに足をすくわれることもになる。今度の本でも、日精協の人たちが米国にわざわざ出かけて脱精神病院化がうまくいっていないことを見て帰ってくるといったことを行なったことを見た。同じことを今でも言っている。そしてそこに報告されたことのいくらかは当たっていた。様々を「込み」で考える必要があるということだ。
 そして、うまくいっているとかいっていないとか言ったのだが、それをどこから言うのかである。単純素朴な意味では、たしかに事実から規範が導かれることはないだろう。しかし、まず私たちが集めてくる事実の中には、誰かが何をよしとし何をよしとしないのかという事実が含まれている。社会的事実の多くには既に規範的なもの、多数の「べき」が含まれているということだ。だから私たちはその事実からどうするかを考えることができる、ことがある。『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』に収録された早川一光へのインタビューを受けて考えてその本に収録した文章で行なったのもそうしたことだ。今度の本でうまくいったかはともかく行おうとしたのもそんなことだ。このとき私たちは、既にあることを踏み台にすることができる。
 『造反有利』といった本は、それに関わった人たちが書いたらよいと思っていた。ただなかなかそうはいかないようだとも思うようになった。今回書こうと思って書けなかったこと、それは記憶や記録がどのようにして欠けたり失せたりするかということだったのだが、書いてもらうことの困難は、いくらかはそのことにも関わっている。より詳しくは別に記すが、渦中にあった人たちは、書くのに適しているところとかえって書けないのと、両方がある。そして自覚的な距離をとる人であっても、個々を知っている人であっても、ときにそれゆえに難しいところがあるように思える。本来、前書に書いた時期のことを書くにふさわしいのは岡田靖雄(一九三一〜)であるだろう。ただ二冊ともに記したように、岡田はまだ六〇年代中盤以降についてまとまったものを書いていない。私は前書(『造反有利』)の手売りを始めたその日――その日の講演が本書補章1「話したこと等」に再録した二つのうちの一つ「病院と医療者が出る幕でないことがある」――山本眞理から、ついに岡田が本を出すと聞いたのだが、それから二年経ってまだ出てはいない。岡田は、敵方の人たちに対して親しみのようなものを抱いているようにさえ思われる造反側の人たちに比して、より冷たくものを見ているところがある。造反側の人たちに対してもそんなところがある。ただそれでも、あるいはそれゆえに、そして自身が長く臨床の場にいたことと合わせた時、この間のことは、実際複雑だったのだろうが、複雑であって、書きにくいのかもしれないと思った。今度の本では秋元波留夫が宇都宮病院の接待で講義を休んでゴルフに出掛けていたという話がおもしろかっので、彼が手書きの個人誌にそのことを記した部分を引いた。彼は簡単に手に入るものでない様々を有し、知っている。そうして得られるものから、実際その修羅場にいた者でない者が、重いものを背負うことなく書けることがあると思う。
 さきに引いた高木俊介の文章は、『造反有理』でその成り立ちを紹介した『精神医療』誌に掲載されている。その雑誌は精神医療の「停滞」の始まりとされる時期に創刊され、これまでずっと続いてきたものだ。それは「学術誌」ということにはならないのだろう。だが、医療・医学の定義は人に役立つための営み・知として定義してかまわないはずであり、その限りにおいて、停滞とされる時期の実践やこの雑誌やそこにある書きものの少なくともある部分は、ときに行われてきたことを停止させること、停止させ続けることにおいて、生産的なことであり、また学的なことであってきた。
 ただまず、それを始めた人たちがだんだんといなくなってしまっている。その人たちは前書でも列挙したが、今度の本が出る二年間に、臺弘と岡江晃が亡くなって、そのことを本に記した。さらに本年の六月、前書の何箇所かに出てくる松本雅彦(一九三七〜二〇一五)が亡くなり、一冊、松本[2015]が遺された。そして『精神医療』の次号はその追悼の号だと言う。高木[2015]が掲載されている今出ている号には森山公夫の追悼文(森山[2015])が掲載されている★04。私には追悼という行ないの本当の意味はわからないが、これらのことはなされてよく、なされるべきであると思う。ただ、松本[2015]から得られるものの多くは、病院の経営者がひどく儲かっていたということであり、いったん(京都大学)教授になると何も書かなくてもよかった(良い)時代があったといった事実・挿話であり、松本に映ったその時々の像だ。その先のことは、それは誰によってでもかまわないのだが、別の仕事なのだろうと思った。
 今回後半、ものを調べて書くことについて、寄り道して書いてしまった。次回からもとに戻し、さきに記すとしたことを記していく。

■註
★01 前二者の被収容者たちの運動が大きなものとしては最初のものであったこともこの連載で述べた。そしてその後、結核の入院者は減り、減らされ、そのあるものは筋ジストロフィーの子たちや所謂重症心身障害(重心)の子たちを入所させる施設に性格を変えていくといったことが起こる。その過程を追う必要がある。
★02 これを見つけた後、その有吉の本を見ると他にもある。七二年三月一七日、第六八回国会衆議院本会議一三号。斉藤昇厚生大臣の答弁(有吉[2013:178])。「社会防衛」の語がある。
 「公費負担は、御承知のように社会防衛的に必要な疾病、あるいは社会的な事柄が原因になって起こってくる疾病、そういったようないろいろな観点から、どういうものを公費負担にすべきかということをきめてまいらなければならないと考えます。公費負担制度は逐次拡張をいたしてまいっておりますことは御承知のとおりでありまして、ことに公害に基づく疾病等につきましては、これは一種の公費負担という制度も確立をいたしてまいりました。今後も社会的原因に基づくような疾病に対しましては、公費負担の原則を拡充をいたしてまいりたい、かように考えます。」
★03 上野[2015b]によれば、二〇一五年五月一九日の内閣府障害者政策委員会――上野はその委員を努めている――の精神科医療に関する第一回目のワーキングセッションで日精協理事の委員が病棟転換型居住系に反対であり、それを推進していると言われるのは迷惑であるむねの発言をしたという。上野は思いのほか反対が強いことを受けて、それ以前からの「介護精神型老人保健施設」を認めさせる路線に転じたのだろうと推測している。このことについても、本にまた前回に書いた。病院は病院にこだわるわけではない。後述する広島の精神病院の経営者・法人がそうであるように、他領域に進出することが得策であればそれを行なう。精神病院や老人病院の代替施設についてそんなことがあったことは本に述べた。また、反対があったりして設置や運営の条件が厳しくなりわりにあわないものになった事業には手を出さないこともこれまであってきた。
★04 森山の追悼文からは、東大精神科医師連合が刊行していた第一次『精神医療』を引き継ぎ、「全国版」として第二次『精神医療』(現在は第四次)を出す相談を森山と松本が東京でしたといったことがわかる。松本の(洛南病院院長の後の)最後の勤め先は私の住む近所にある岩倉病院だったが、彼はまた、かつて告発した日本精神病理学会の理事長も務めた。

■文献 ※のあるものはHP上で全文を読める
有吉玲子 2013 『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』,生活書院
早川一光・立岩真也・西沢いづみ 2015 『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』、青土社
石井知行 2014 「理事長挨拶」、『知仁会だより』129 ※
厚生労働省 2015 「認知症施策推進総合戦略――認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて(新オレンジプラン)」 ※
松本雅彦 2015 『日本の精神医学 この五〇年』、みすず書房
森山公夫 2015 「追悼 松本雅彦君、ご苦労様でした」、『精神医療』4-80(155):134-136
認知症医療の充実を推進する議員の会 2014 「「認知症医療の充実を推進する議員の会」設立趣意書」 ※
塩崎恭久 2014 「認知症サミット日本後継イベント2日目閉会式での厚生労働大臣挨拶」 ※
高木俊介 2015 「白雪姫の毒リンゴ、知らぬが仏の毒みかん――新オレンジプランと認知症大収容時代の到来」、『精神医療』4-80(155) ※
立岩真也 2013 『造反有理――精神医療現代史へ』、青土社
―――― 2015 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』、青土社
上野秀樹 2015a 「「新オレンジプラン」の問題点」、『上野秀樹 Official Web Site』 ※
―――― 2015b 「日本精神科病院協会の戦術転換」、『上野秀樹 Official Web Site』 ※

■文献
 ◇:次回以降まわし〜今回は使わない文献
 ※:全文にリンク(主に外部リンク)

◆有吉 玲子 2013 『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』,生活書院
◇朝日新聞社 編 1973 『立ちあがった群像』,朝日新聞社,朝日市民教室・日本の医療6
◇安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』、藤原書店→1995 増補改訂版,藤原書店
◇―――― 1995 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店
◇―――― 2012 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版
◇萩原一昭 1976 「精神障害者家族会と友の会」,『友の会会報』8→友の会編[1981:121-123] <6#13>
◇―――― 19770130 『無告の霊が何故かと問う』,永田書房
◆早川一光他・立岩真也・西沢いづみ 2015 『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』、青土社
◇本澤二郎 2002 『霞が関の犯罪――「お上社会」腐食の構造』,リベルタ出版
◇下司孝之 2013 『戦後医学生運動史・年表』  <2#64>
◇猪飼周平 2010 『病院の世紀の理論』,有斐閣
◆石井知行 2014 「理事長挨拶」,『知仁会だより』129 
◇窪田好恵 2014 「重症心身障害児施設の黎明期――島田療育園の創設と法制化」,『Core Ethics』10:73-83 ※ 
◇―――― 2015 「全国重症心身障害児(者)を守る会」の発足と活動の背景,『Core 2015/10/12Ethics』11:59-70 
◇守屋 1973 
◆森山公夫 2015/09/30 「追悼 松本雅彦君、ご苦労様でした」,『精神医療』4-80(155)
◇森山治 2004 「東京都における保健・医療・福祉政策――重症心身障害児施策の成立過程についての考察(その1)」,『人文論究』73:97-112(北海道教育大学函館人文学会) 
◇―――― 2005 「東京都における重症心身障害児施策」,『人文論究』74:43-61(北海道教育大学函館人文学会) 
◆認知症医療の充実を推進する議員の会 201405 「「認知症医療の充実を推進する議員の会」設立趣意書」
◇西谷 裕 20061024 『難病治療と巡礼の旅』,誠信書房
◇小野寺光源 2007 『精神保健福祉の問題点を考える』,新風舎
◇最首悟 「みられることをとおしてみるものへ」,疾走プロダクション[1972]→最首[2010:277-283]
◇―――― 20100303 『「痞」という病いからの―水俣誌々パート2』,どうぶつ社
◇疾走プロダクション 19720408 『シナリオ さようならCP』,疾走プロダクション
◆塩崎恭久 2014 「認知症サミット日本後継イベント2日目閉会式での厚生労働大臣挨拶」  [English]
◇菅井正彦 1973 「ある脳性マヒ者集団〔青い芝の会〕の問い続けるもの」(ルポルタージュ),『社会福祉研究』12:95-98
◇鈴木雅子 2003 「高度経済成長期における脳性マヒ者運動の展開」,『歴史学研究』2003-08
◇―――― 2012 「1960年代の重度身体障害者運動――国立身体障害センター・医療問題闘争を事例に」,『歴史学研究』899(2012-2):18-34,41
高木 俊介 2015/06/20 「白雪姫の毒リンゴ、知らぬが仏の毒みかん――新オレンジプランと認知症大収容時代の到来」,『精神医療』4-80(155)
◇滝沢武久 1989 「精神障害者家族会の組織と活動」,『リハビリテーション研究』58・59:79-82 
◇―――― 
◆立岩真也 2013b 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社
◇―――― 2014a 「人命の特別を言わず/言う」,『現代と親鸞』28
◇―――― 2014b 『自閉症連続体の時代』,みすず書房
◇―――― 2014- 「生の現代のために・1〜(連載・97〜)」,『現代思想』41-(2014-3):-
◇―――― 2015/06/10 「補足したうえでざっと見取り図を書いてみる」,『賃金と社会保障』1635:13-19
◇―――― 2015a「再刊にあたって 解説」,横田[2015]
◆―――― 2015b 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』,青土社
◇―――― 2015c 「横塚晃一――障害者は主張する」(編集部による仮題),吉見編[2015]
◇友の会編 1974 『鉄格子の中から――精神医療はこれでいいのか』,海潮社
◇―――― 1981 『精神障害者解放への歩み――私達の状況を変えるのは私達』,新泉社 <1#25>
◇上野秀樹 2015/03/04 「「新オレンジプラン」の問題点」,『上野秀樹 Official Web Site』 
◇―――― 2015/05/24 「日本精神科病院協会の戦術転換」,『上野秀樹 Official Web Site』 
◇宇井 純 編 19911115 『公害自主講座15年』,亜紀書房
◇脇田愉司 1995 「障害をもつ人の存在証明――1994年度障害福祉関係者研修会・最首悟講演会解題」 
◇横田弘  1974 『炎群――障害者殺しの思想』、しののめ発行所、しののめ叢書
◇―――― 1979 『障害者殺しの思想』,JCA出版
◇―――― 2015 『増補新装版 障害者殺しの思想』,現代書館
横塚 晃一 1973 「CP――障害者として生きる」,朝日新聞社編[1973]
◇―――― 1974 「ある障害者運動の目指すもの」,『ジュリスト』572(臨時増刊 特集 福祉問題の焦点):209-214→横塚[1975][2010:93-150]
◇―――― 1975 『母よ!殺すな』、すずさわ書店
◇―――― 1981 『母よ!殺すな 増補版』、すずさわ書店
◇―――― 2007 『母よ!殺すな 第3版』,生活書院
◇―――― 2010 『母よ!殺すな 第4版』,生活書院
◇吉見 俊哉 編 2015 『万博と沖縄返還――一九七〇前後』,岩波書店,ひとびとの精神史5
吉村 夕里 20080301 「精神障害をめぐる組織力学――全国精神障害者家族会連合会を事例として」,『現代思想』36-3(2008-3):138-155
◇―――― 20091220 『臨床場面のポリティクス――精神障害をめぐるミクロとマクロのツール』,生活書院
全国精神障害者団体連合会準備会・全国精神障害者家族会連合会 編 19930415 『こころの病い――私たち100人の体験』,中央法規出版


■この回への言及

■この回への言及

◆2015/11/15 「位置取りについて(続)――「身体の現代」計画補足・88」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1665855057014808">
◆2015/11/13 「位置取りについて――「身体の現代」計画補足・87」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1665853063681674">
◆2015/11/11 「アラン・ヤング『PTSDの医療人類学』――「身体の現代」計画補足・86」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1662447300688917
◆2015/11/09 「ゴ(ッ)フマン『アサイラム』――「身体の現代」計画補足・85」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1661938007406513
◆2015/11/07 「「研究」の位置(今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・6)――「身体の現代」計画補足・84」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1661225040811143
◆2015/11/05 「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・5――「身体の現代」計画補足・83」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1660859504181030
◆2015/11/03 「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・4――「身体の現代」計画補足・82」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1660392944227686
◆2015/10/30 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/660027242974605312
 「本に書いた認知症と精神病院業界の関わりから1「学者も本来はまじめに仕事してきちんとしたジャーナリズムの仕事ぐらいのことをしなければならない」2「「裏」の動きをどう見出すかというのは時にたしかにやっかいだが偶々はっきりわかることもある」http://www.arsvi.com/ts/20152081.htm」
◆2015/10/30 「時事について書くこと(今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・3)――「身体の現代」計画補足・81」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1659538150979832
◆2015/10/29 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/659572793072156672
 「「社会防衛」という語は私を含むある人たちにとって予め批判的・否定的な意味が込められているのだが、1970年、国会で厚生大臣は堂々と結核・ハンセン病(発言においてはらい病)・精神病を「反社会的な要素をおびておるもの」と言っている→FB→http://www.arsvi.com/ts/20152080.htm」
◆2015/10/28 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/659215591446700032
 「「社会防衛」「反社会的」(今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・2)」で有吉玲子『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』とそれに付した拙文「これは腎臓病何十万人のため、のみならず、必読書だと思う」を紹介https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1659029674364013」
◆2015/10/28 「社会防衛」「反社会的」(今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・2)――「身体の現代」計画補足・80」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1659029674364013
◆2015/10/26 「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛・1――「身体の現代」計画補足・79」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1658582491075398


UP:20150909 REV:20151003, 10, 27, 1107, 1202
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa