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生の現代のために・6

連載・115 114 < / > 116

立岩 真也 2015/09/01 『現代思想』2015-9
『現代思想』連載(2005〜)

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last update:2015


生の現代へ:文献表

◆2015/08/01 「生の現代のために・5――連載 114」『現代思想』43-(2015-8):-
◆2015/07/01 「生の現代のために・4――連載 113」『現代思想』43-(2015-7):-
◆2015/06/01 「生の現代のために・3――連載 112」『現代思想』43-(2015-6):-
◆2014/04/01 「生の現代のために・2――連載 98」『現代思想』41-(2014-4):-
◆2014/03/01 「生の現代のために・1――連載 97」『現代思想』41-(2014-3):-

『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』表紙    『自閉症連続体の時代』表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙

■早川一光『わらじ医者の来た道』補記1
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1642545222679125

■粗筋について

■できないこと・続

■違うこと

 →

 「五つのうちの四つめとして、人の身体に関わる違いがあり、それは好き/嫌いに関わることがある。前回にも紹介した英国の障害学においてはこの契機が後で言われるようになった。その学を興した人たちには脊髄損傷者が多かったという印象がある。まずはこの部分ではそう困っていない人によって始まったということになる。ただ始まりはそうであっても、当然それだけではないということは意識される。それでその点の指摘がなされるのも当然のことである☆05。
 しかしこのことにどう対するか。むしろできないことに比して、変更や代替が困難であることが大きく関わっている。だから論じようが難しく、論じられなかったという事情もあったと思う。
 つまりそこには二重の変更の困難が関わっている。まず一つ、人の好悪はその人(たち)に備わったもので仕方がないとされる。あるいは、変更すべきだとしても、それが不可能であるか困難であるとされる。そしてもう一つ、人々の差異、そして好悪の対象となるものものもまた、その人に張り付いていて変更ができない、すくなくとも困難であるとされる。そして場合によっては可能でも変更することはよくないことだともされる。すると、どちらも変更することができず、それで何も言うことがなくなる、することがなくなることになりそうに思える。
 できること/できないことに関わる選好にも固定したものはあると言うことはできる。しかしそれを誰から受け取るかはさして重要でないことも多い。必要なものが生産されなければ困るが、それを作る人はその人でなくてもよい、人間でなくともよいということも多いということだ。それに対して、ここでの属性はその人に貼りついており、その関心や無関心はその人に向かうことになる。
 それは一方で喜びをもたらすこともあるのだが、不快や不幸がもたらされることもある。差別や偏見はよくないなどと抗議することもあるが、するとそんなことを言われても、嫌いなものは嫌いで、気持ちのわるいものは気持ちがわるいと返される。
 そして異なることは、できないことと合わせ、多くの場合いっしょくたにされ、否定的に語られることがあったし、今でもそうだろう。先に引用した水上勉の発言はサリドマイド児の殺害事件を巡っての座談会での発言だったと述べた。手が使えないということはあるが、それはまず「アザラシっ子」というように奇形として現れる。横塚ら、脳性麻痺者も、身体の形状や動きからして異なる人たちだ。そしてやはりさきに小児麻痺や脳性麻痺の悲惨とその「回復」への営みを称揚した文章を紹介した映画監督松山善三は八一年に『典子は、いま』というサリドマイド児として生まれた女性を主人公にした映画を撮って、それはずいぶん当たるのだが、その人は生まれてすぐに手は手術でとってしまった人で、肩から手がないだけ、の人でもある。そしてその人は手の代わりに足を器用に使ってそれが映されるのだが、たしかにそれは感心させられるものだ。
 姿形を巡って何が起こったか。後で書けたら書いていく。異形を称揚するといったことも起こる。また、肯定などしないが、それでも自らを示すという行ないが右記した映画とはだいぶ味わいの異なる『さようならCP』等には出てくる。その後、このような流れにももいくらかは関わりながら「寛容」は言われる。「自由」もまた大切であるという状況の下で、自分自身による手術や化粧による変更は認めながら、自らを語り社会に主張しようという動きが起こる。
 そう以前からのことではない。外見に関わる違い、そのことに関わる差別を指摘したり社会的理解を訴える書籍が、まとめて続けて出る時期がやってくる。それは「ユニーク・フェイス」(一九九九年結成)という組織の成立や活動にも関わっていた。石井正之(単純性血管腫)はその組織の結成に関わり代表を務め、しばらく専らこの主題に関わる書き手として多くの本を出した。また短い期間いっしょに活動したこともあるらいし藤井輝明(海綿状血管腫)は、「容貌障害」を言い差別を問題にしつつ、人々に自分を示し、実際優しい人なのだが、ほがらかに明るく人々の理解を求める本を書いていく。列挙だけすると以下のような具合だ。
 『顔面漂流記――アザをもつジャーナリスト』(石井[1999])、『迷いの体――ボディイメージの揺らぎと生きる』(石井[2001])、『顔とトラウマ――医療・看護・教育における実践活動』(藤井・石井編[2001])、『見つめられる顔――ユニークフェイスの体験』(石井・藤井・松本編[2001])、『知っていますか?ユニークフェイス一問一答』(松本・石井・藤井編[2001])、『肉体不平等――ひとはなぜ美しくなりたいのか?』(石井[2003])、『運命の顔』(藤井[2003])、『自分の顔が許せない!』(中村・石井[2004])、『顔面バカ一代――アザをもつジャーナリスト』(石井[2004a])、『顔がたり――ユニークフェイスな人びとに流れる時間』(石井[2004b])、『さわってごらん、ぼくの顔』(藤井[2004])、『この顔でよかった』(藤井[2005])、『人はあなたの顔をどう見ているか』(石井[2005])、『「見た目」依存の時代――「美」という抑圧が階層化社会に拍車を掛ける』(石井・石田[2005])、『笑う顔には福来る――タッチ先生の心の看護学』(藤井[2006])、『あなたは顔で差別をしますか――「容貌障害」と闘った五十年』(藤井[2008→2011]、文庫版の題は『笑顔で生きる』、副題は同じ)、『てるちゃんのかお』(藤井・亀澤[2011])。これらについてまた紹介する。
 それ以前から、とくにフェミニズムから、外見の問題は論じられてきた。現状が気にいらない人たちは何を言ってきたか。」

■文献 →生の現代へ:文献表

阿部 あかね 2015 「精神医療改革運動期の看護者の動向」、立命館大学大学院先端総合学術研究科博士学位論文 [115]
◆安積 遊歩 20100115 『いのちに贈る超自立論――すべてのからだは百点満点』,太郎次郎社エディタス,190p. ISBN-10: 4811807340 ISBN-13: 978-4811807348 1680 [amazon][kinokuniya] ※ b02. bi. [115]
出口 泰靖 2000 「「呆けゆく」人のかたわら(床)に臨む――「痴呆性老人」ケアのフィールドワーク」、好井・桜井編[2000:194-211] [115]
◆藤井 輝明 20031030 『運命の顔』,草思社,232p. ISBN-10: 4794212577 ISBN-13: 978-4794212573 [amazon][kinokuniya] ※ face. [115]
◆―――― 20041130 『さわってごらん、ぼくの顔』,汐文社,131p. ISBN-10: 4811379349 ISBN-13: 978-4811379340 1300+ [amazon][kinokuniya] ※ face. [115]
◆―――― 2005 『この顔でよかった』、ダイヤモンド社 [115]
◆―――― 2006 『笑う顔には福来る――タッチ先生の心の看護学』、日本放送出版協会 [115]
◆―――― 20080829 『あなたは顔で差別をしますか――「容貌障害」と闘った五十年』,講談社,202p. ISBN-10: 4062148528 ISBN-13: 978-4062148528 1500+ [amazon][kinokuniya] ※ face.→20111020 『笑顔で生きる――「容貌障害」と闘った五十年』,講談社+α文庫,192p. ISBN-10: 4062814463 ISBN-13: 978-4062814461 571+ [amazon][kinokuniya] ※ face.
◆藤井輝明・亀澤裕也 2011 『てるちゃんのかお』、金の星社 [115]
◆藤井輝明・石井政之 編 2001 『顔とトラウマ――医療・看護・教育における実践活動』、かもがわ出版 [115]
◆早川一光・立岩真也・西沢いづみ 2015 『わらじ医者の来た道――民主的医療現代史』、青土社 [115]
◆石井政之 1999 『顔面漂流記――アザをもつジャーナリスト』、かもがわ出版 [115]
◆―――― 2001 『迷いの体――ボディイメージの揺らぎと生きる』、三、輪書店 [115]
◆―――― 2003 『肉体不平等――ひとはなぜ美しくなりたいのか?』、平凡社新書 [115]
◆―――― 2004a 『顔面バカ一代――アザをもつジャーナリスト』,講談社文庫 [115]
◆―――― 2004b 『顔がたり――ユニークフェイスな人びとに流れる時間』、まどか出版 [115]
◆―――― 2005 『人はあなたの顔をどう見ているか』、ちくまプリマー新書 [115]
◆石井政之・藤井輝明・松本学 編 2001 『見つめられる顔――ユニークフェイスの体験』、高文研 [115]
◆石井政之・石田かおり 2005 『「見た目」依存の時代――「美」という抑圧が階層化社会に拍車を掛ける』、原書房 [115]
◆石川達三・戸川エマ・小林提樹・水上勉・仁木悦子 1963 「誌上裁判 奇形児は殺されるべきか」、『婦人公論』48-2:124-131→立岩編[2015] [115]
熊谷晋一郎 2014 「自己決定論、手足論、自立概念の行為論的検討」、田島編[2014] [115]
◆倉本智明 編 2005 『セクシュアリティの障害学』、明石書店 [115]
草山太郎 2005 「介助と秘めごと――マスターベーション介助をめぐる介助者の語り」、倉本編[2005] [115]
前田拓也 2005 「パンツ一枚の攻防――介助現場における身体距離とセクシュアリティ」、倉本編[2005] [115]
◆松井彰彦・川島聡・長瀬修編 2011 『障害を問い直す』、東洋経済新報社 [115]
◆松本学・石井政之・藤井輝明 編 2001 『知っていますか?ユニークフェイス一問一答』、解放出版社 [115]
◆松山善三 1961 「小児マヒと闘う人々」、『婦人公論』46-11:116-121→立岩編[2015] [115]
◆三井絹子 2006 『抵抗の証 私は人形じゃない』、「三井絹子60年のあゆみ」編集委員会・ライフステーションワンステップかたつむり、発売:千書房 [115]
◆森戸英幸・水町勇一郎編 2008 『差別禁止法の新展開』、日本評論社 [115]
◆森戸英幸 2008 「美醜・容姿・服装・体型――「見た目」に基づく差別」,森戸・水町編[2008] [115]
◆中河伸俊・渡辺克典編 2015 『触発するゴフマン――やりとりの秩序の社会学』、新曜社 [115]
◆中村うさぎ・石井政之 2004 『自分の顔が許せない!』、平凡社新書 [115]
◆西倉実季 2009 『顔にあざのある女性たち――「問題経験の語り」の社会学』、生活書院 [115]
◆―――― 2011 「顔の異形は「障害」である――障害差別禁止法の制定に向けて」、松井・川島・長瀬編[2011:25-54] [115]
◆大林道子 1994 『お産−女と男と――羞恥心の視点から』、勁草書房 [115]
◆―――― 2001 『出産と助産婦の展望――男性助産婦問題への提言』、メディカ出版 [115]
大野真由子 2008 「CRPS患者の苦しみの構造と和解のプロセス――慢性疼痛と生きる人たちのM-GTAによる語りの分析」、立命館大学大学院応用人間科学研究科修士論文 [115]
◆―――― 2011a 「「認められない」病いの社会的承認を目指して――韓国CRPS患友会の軌跡」、『Core Ethics』7:11-22 [115]
◆―――― 2011b 「難病者の就労をめぐる現状と課題――CRPS患者の語りからみえる『制度の谷間』とは」、『障害学研究』7:219-248 [115]
◆―――― 2011c 「難病者の「苦しみとの和解」の語りからみるストレングス・モデルの可能性――複合性局所疼痛性症候群患者の一事例を通して」、『人間科学研究』23:11-24(立命館大学人間科学研究所) [115]
◆―――― 2012 「複合性局所疼痛症候群患者の支援に関する一考察――「認められない」病いの現状と課題」、立命館大学先端総合学術研究科博士論文 [115]
◆―――― 2013 「慢性疼痛と「障害」認定をめぐる課題――障害者総合支援法のこれからに向けて」、『障害学国際セミナー2012――日本と韓国における障害と病をめぐる議論』、生存学研究センター報告20 [115]
◆田島明子 編 2014 『「存在を肯定する」作業療法へのまなざし――なぜ「作業は人を元気にする!」のか』、三輪書店 [115]
◆立岩真也 2001/04/13(2001a 「書評:石井政之『迷いの体――ボディイメージの揺らぎと生きる』(2001年,三輪書店)」『週刊読書人』2382:6 [115]
◆―――― 2001/05/15(2001b 「書評:石井政之『迷いの体――ボディイメージの揺らぎと生きる』,『ターミナルケア』(三輪書店) [115]
◆―――― 2004 「社会的――言葉の誤用について」、『社会学評論』55-3(219):331-347→立岩[2006] [115]
◆―――― 2006 『希望について』、青土社 [115]
◆―――― 2010 『人間の条件――そんなものない』、イースト・プレス [115]
◆―――― 2011a 「障害論」、戸田山・出口編[2011:220-231] [115]
◆―――― 2011b "On the Social Model",Ars Vivendi Journal 1:32-51 [115]
◆―――― 2011- 「好き嫌いはどこまでありなのか――境界を社会学する 1〜」、河出書房新社HP http://mag.kawade.co.jp/shakaigaku/ [115]
◆―――― 2012a 「差異とのつきあい方」、立岩・堀田[2012:15-93] [115]
◆―――― 2012b 「「ブックガイド・医療と社会」より」、立岩・有馬[2012] [115]
◆―――― 2013 『造反有理』、青土社 [115]
◆―――― 2014a 「存在の肯定、の手前で」、田島編[2014:38-62] [115]
◆―――― 2014b 『自閉症連続体の時代』、みすず書房 [115]
◆―――― 2014c 「そもそも難病って?だが、それでも難病者は(ほぼ)障害者だ」、難病の障害を考える研究集会 [115]
◆―――― 2015a 「早川一光インタビューの後で」、早川・立岩・西沢[2015] [115]
◆―――― 2015b 「横塚晃一――障害者は主張する」(近刊・与えられた仮題)、吉見編[2015] [115]
◆立岩真也・有馬斉 2012 『生死の語り行い・1――尊厳死法案・抵抗・生命倫理学』、生活書院 [115]
◆立岩真也・堀田義太郎 2012 『差異と平等――障害とケア/有償と無償』、青土社 [115]
◆立岩真也・齊藤拓 2010 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』、青土社 [115]
◆立岩真也 編 2015 『与えられる生死:1960年代――身体の現代・記録:『しののめ』安楽死特集/あざらしっ子/重度心身障害児/「拝啓池田総理大学殿」他』、Kyoto Books [115]
◆横塚晃一 2010 a href="../b2000/0709yk.htm">『母よ!殺すな 第4版』、生活書院 [115]
◆好井裕明・桜井厚 編 2000 『フィールドワークの経験』、せりか書房 [115]
◆吉見俊哉 編 2015 『万博と沖縄返還――一九七〇前後』、岩波書店、ひとびとの精神史5 [115]


UP:20150808 REV:20150813, 27 .. 0909
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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