生の現代のために・5

連載・114 113 < / > 115

立岩 真也 2013/07/01 『現代思想』2015-7
『現代思想』連載(2005〜)




◆2015/08/01 「生の現代のために・5――連載 114」『現代思想』43-(2015-8):-
◆2015/07/01 「生の現代のために・4――連載 113」『現代思想』43-(2015-7):-
◆2015/06/01 「生の現代のために・3――連載 112」『現代思想』43-(2015-6):-
◆2014/04/01 「生の現代のために・2――連載 98」『現代思想』41-(2014-4):-
◆2014/03/01 「生の現代のために・1――連載 97」『現代思想』41-(2014-3):-


『自閉症連続体の時代』表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙

■前回まで/医療社会学

■障害学

■三つ

■五つ、のうちの病の二つ:苦と死

■障害の三つのうちの一つ:できないこと

■■註
★01 人が失せていくことについて『造反有理』(立岩[2013b])で幾人かを挙げ、その後の「補記」をだいぶなおして本(立岩[2015a])にするが、そこでさらに幾人かをあげ、そしてこの「生の現代のために」でも幾人かを加えた。その後、ここでの主題から直接には離れるが、この五月二八日、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の事務局長を務めた吉川勇一が亡くなった(一九三一〜二〇一五、著書に吉川[1991]他)。その前年、吉川から蔵書寄贈の申し出をもらい、その夏、『沖縄闘争の時代1960/70――分断を乗り越える思想と実践』(大野[2014])の著者である大野光明とともに自宅に伺い、本を見せてもらい、そしていただいた。(いただいたのは関係者の著作などの書籍。ベ平連の資料は立教大学に寄贈され保存されていると聞く。)
 岩波書店からシリーズ「ひとびとの精神史」全九巻――私は第5巻で横塚晃一について書くことになっている(立岩[2015b])――が刊行されることになっていて、吉川は第4巻(苅谷編[2015])でパンフレットには「□□□□――米兵とともに」とある章を(□□□□には人名が入るのだが、私が添付ファイルでもらったパンフレットにはまだ、吉川の担当分だけ、人名は入っていなかった)を書く予定になっていたが、書けなかったのではないかと思う(確認はしていない)。
★02 前回に記したユージン・スミスの写真「入浴する智子と母」が非公開になった――著作権者であるアイリーン・スミスが親に決定権を委ねた――経緯について山口[2013]がある。この本は水俣でアシスタントを務めた石川武志とアイリーン・スミス他に取材して書かれている。七七年に一二歳で亡くなった智子の父親からも話を聞くことができている。ただアイリーン・スミスからは結局許可が得られず、その発言は使われていない。
 両親は当初、公害をなくすのに役立てばよいと、写真とその公開に肯定的だったという。しかし、直接的なきっかけとしては、その写真が一九九六年の水俣展のポスターやビラに使われ、それが路上に落ち、踏まれたりしたことに対する憤り・悲しみがあって、それが「智子はもう十分働いたから」という言葉になって、ということのようだ。この出来事は田正純の『宝子たち』(原田[2009:27-28])にも記されている。そのうえで山口は、その写真は公開され続ける価値のあるものであり、ユージンの没後アイリーンがその写真の扱いに十分に留意し両親の理解を得られるようにすれば非公開にすることを避けられる可能性があったとして、そのような措置がとられたことに批判的な立場をとっている。
 その前年、石川が水俣で撮った写真と水俣でのユージン・スミスとのことを書いた文章を収録した本が出ており、智子の写真は石川[2012:64-65]に掲載されている。原田の著書の題でもある「宝子」の言葉を上村の母親から聞いたことについては以下のように記されている。原田の本等でも同様に書かれている。
 「撮影のためユージンと何度かお宅にうかがい、話を聞かせてもらうたびに、良子さんはこう語った。
 「私が食べた水銀を智子が全部吸い取ってくれました。水銀の毒を自分ひとりで背負って生まれてきたのです。だから私や後から生まれた残り六人の姉妹は無事だったんです。智子は家族の宝子ですたい」(石川[2012:64-65])
 そして上村家の人たちとユージン・スミスと「入浴する智子と母」とそれが公開されなくなったことを記している箇所は石川[2012:138-140]。原田そして山口の本にも記されていることだが、この写真によって上村家が金をもらっているといった中傷にさらされたことを記している。そして山口の本には、山口と石川に会った智子の父に「金にばなるから、あんたらは写真を撮るんでしょうが。こうして話ば聞くんも、金にばなるからでしょうが。違いますか」(山口[2013:204])と言われたことが記されている。
★03 医療社会学については藤原信行が「生存学」のサイトに掲載している藤原[2008-]が充実しており、そこでどんなことが言われてきたかをまず知ることができる。そこでも取り上げられているこの主題についての一番大きな本はConrad & Schneider[1992=2003]であり、そこでは、医療社会学が医療化に大勢として(あらかじめ)批判的であることを指摘しつつ、そう言えるとは限らないことは言われており、右記の藤原作の頁に引用されている。
 「医療化は「建設的」あるいは共同的なものとなりうる[…]しかし大半の研究者は、医療化は医療の管轄権を拡張し、医療的社会統制と人間の生活に対する監視を増大させ、患者の能力と自律性を減少させ、複雑な社会問題を個人化し、社会政治的な問題を臨床的・科学的問題へと変容させ、個人の責任感を減退させていると主張してきた。」(Conrad & Schneider[1992=2003:4])
★04 人がたくさん死んでいく場にいる人たちがそのことに慣れてしまうことは、とくに誰かに教えられなくともわかることではあるが、Sudnow[1967=1992]という古典的な著作に描かれている。またChambliss[1996=2002]には「不幸のルーチン化」という章があったりする。以前紹介した本を紹介する連載中の「摩耗と不惑についての本」と題した回でこの二冊をとりあげている。
 ただそれでも、人は子のことは相対的には気にはなるのかもしれない。伝聞としてではあるが、大学闘争の時期からそれ以後、医学系の学会が全般に平穏であったあるいは騒動が短期に終息したのに比して、精神科と小児科ではいくらかの動揺が続いたという――前回紹介した山田真の回顧によれば、森永ミルク中毒の被害者である石川雅夫の発言に罵声を浴びせたのも日本小児学会の七〇年の大会の参加者たちだったのだが。こういった辺りも誰か研究してくれたらよいのに思う。ちなみに私が幾度か取り上げたきた毛利種来、石川憲彦、山田真も小児科の医者。
★05 「「医療化」論は、「脱医療化」志向、健康−病気の「自己責任」志向を含意するものとして、「キュアからケアへ」「治療から予防へ」というスローガン、[…]医療消費の抑制を目的とする政策的志向性と親和性をもっている」(進藤[2006:42])
 そして同様のことは既に、日本で医療「の」社会学の領域での最初の単著であったのでないかと思う進藤[1990:183]でも述べられ、両者とも藤原[2008-]に引用されている。
★06 この国で数少ない本格的・実証的な著作(佐藤[2006])の著者である佐藤哲彦は次のように指摘している。やはり藤原[2008-]に引用されている。
 「これまでの多くの医療化論では、「本来」医療的な領域と「本来」そうでない(非医療的)領域の境界が仮定されている[…]それは「自然な(natural)」領域と「社会・文化的な(socio-cultural)」領域とを分けることができるという素朴な仮定である。実はこれは、病の「自然な」側面をdiseaseとして対象とはせず、その「社会・文化的」側面をillnessとして医療社会学の対象と確定した、医療社会学自体の出発点における仮定なのである。しかしながら自然は[…]なんらかの共働的解釈行為を通じて立ち現れてくる、構成(産出)されるものである。正確には、科学の中における自然は「自然な」ものであると同時に「社会文化的な」ものでもある」(佐藤[1999:135])
 前半の指摘はその通りだと思う。ただ、後半については私はもっと素朴に考えている。
★07 藤原は自死遺族についての研究を続けてきたが、そのなかに自殺(原因)の医療化とそれが家族にもたらす意味についての考察がある(藤原[2011][2012])。また田中[2012][2013]は所謂電通過労死裁判とその時期以降の行政施策を医療化という視点から捉えている。
 すると例えば、その裁判の判決は企業が過労(させたこと)が自殺を導いたというものではなかったかと返されるかもしれない。それはそうなのだ。社会学者他があきるほど繰り返してきたように、それは「社会」の問題だと裁判においてもその後できた法律制定過程やその後の対策においても言われている。図式としては過労→鬱病→自殺ということになっている。しかし実際に何ができるかとなれば、社会を明日から変えるといったことは難しいことだ(とされる)。すると「とりあえず」――そのとりあえずがいつまでも続くことなるのだが――鬱病に対処したり、それを早期に発見したり、ということになり、さらに家族がその兆候を感づくことが推奨されたり、感づかなかった家族が自らを責めるといったことが生じることにもなる。
★08 「もうひとつ、脱医療化に成功した例としては、障害者の権利獲得運動が存在する[…]その到達点の一つが、障害とは第一義的には医学的問題ではなく社会の側の問題であるというかたちでの定義の変更を成し遂げたことだった(cf. Oliver, 1996)。自立生活運動関係の諸集団は,障害の有無にかかわらず社会のなかで活動するうえで不可欠なもの/ことに焦点を当てた。」(Conrad & Schneider[1992=2003:157])
 ちなみに一つめにあげられている成功例は「ゲイ・ライツ・ムーブメント(ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィア(GLBTQ)」。
★09 別の論点として、特定されななくてもよいものとしてであっても、インペアメントを措定してしまうというこの所作をそのまま認めてよいのかという問題がある。インペアメントを想定することによって、この社会は「無能力」を限定的なものとし、そしてその限りにおいて特別に扱うことを認めるという具合になっているのではないか。それはよいやり方であると私には思われない。いま「能力主義」という言葉をどのように訳そうか困っている。"Meritcracy"でよいのか。"Ableism"という言葉も近年では使われるようて、「直訳」としてはそれでよいようにも思われる。ただその語は所謂「障害者」に対する差別・蔑視といったもの(だけ)を指すようだ。となると狭すぎるように思う。
★10 「分断」についての懸念は石川憲彦の『治療という幻想』に記されている。
 「「『障害』は病気ではない。だから直す対象として『障害』をとらえることが誤っている」という障害者からの指摘は正しいと思う。しかし、病気と「障害」との差異を強調することだけでは不十分である。それは、たちまち「障害」だけを孤立させることになる。」(石川[1988:35-36])
★11 とくにこの国では、本人の側はもう不要だと言っている(と思っている)のに家族の側が救おうとするのだとされる。これも、実際そんなこともあるのだが、しかし、『母よ!殺すな』といった本(横塚[1975]→[2010])をもってこなくても、それはいつものことではない。遠ざけたり、あきらめたりすることがある。すくなくとも両方の契機がある時、片方だけを言うのはおかしい。このことを繰り返して述べてきた。
★12 このことは小泉義之との対談(小泉・立岩[2004→2005])でも述べた。そして小泉は、状況がそのようなことであることが気にいらないのであって、そこでそんなものではない「病の哲学」を構想しようという(小泉[2006])。そういうものがあったらよいと思う。その本の紹介といくらかの検討として立岩[2009]第7章「『病いの哲学』について」。
★13 ごく短くそんなことを述べたものとして元小学校教諭の岡崎勝との話(立岩・岡崎[2005→2010]。最近では『教育と文化』における鼎談(立岩・池田・桜井[2015])でそのことを述べている。それ以前にも幾度か述べてきたことだが、一部の人ができればとそれでかまわないということが多々ある。そしてそれは自己決定が大切であることとと基本的にはまったく矛盾しない。
★14 この主題について書いたあまり評判のよくない文章として立岩[2007]がある。

■文献 →生の現代へ:文献表

◆安積純子 19901025 「<私>へ――三〇年について」,安積・岡原・尾中・立岩[1990:19-56]→[2012:32-90]
◆安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』、藤原書店
◆―――― 2012 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』、生活書院
◆Chambliss, Daniel F. 1996 Beyond Caring: Hospitals, Nurses, and the Social Organization of Ethics, The University of Chicago Press=2002 浅野祐子訳『ケアの向こう側――看護職が直面する道徳的・倫理的矛盾』、日本看護協会出版会
◆Conrad, P & J W Schneider 1992 Deviance & Medicalization: From Badness to Sickness, expanded ed, Temple University Press=2003 進藤雄三監訳/杉田聡・近藤正英訳『逸脱と医療化――悪から病へ』、ミネルヴァ書房(初版1980)
◆藤原信行 2008- 「医療社会学」、http://www.arsvi.com/d/sm.htm ※
◆―――― 2011 『医療化』された自殺対策の推進と〈家族員の義務と責任〉のせり出し――その理念的形態について」、『生存学』3:117-32
◆―――― 2012 「自殺動機付与・責任帰属活動の達成と,人びとの方法と/しての精神医学的知識」、『ソシオロゴス』36:68-83 ※
◆古井透 2003 「リハビリテーションの誤算」、『現代思想』31-13(2003-11):136-148(特集:争点としての生命)
◆原田正純 2009 『宝子たち――胎児性水俣病に学んだ50年』、弦書房
◆石川憲彦 1988 『治療という幻想――障害の治療からみえること』、現代書館
◆石川武志 2012 『MINAMATA NOTE 1971-2012――私とユージン・スミスと水俣』、千倉書房
◆苅谷剛彦編 2015 『東京オリンピック――一九六〇年代』、岩波書店、ひとびとの精神史4
◆小泉義之 2006 『病いの哲学』、ちくま新書
◆小泉義之・立岩真也 2004 「生存の争い」(対談)、『現代思想』32-14(2004-11):36-56→松原・小泉編[2005:255-298]
◆前田拓也 2009 『介助現場の社会学――身体障害者の自立生活と介助者のリアリティ』、生活書院
◆松原洋子・小泉義之編 2005 『生命の臨界――争点としての生命』、人文書院
◆森田洋司・進藤雄三編 2006 『医療化のポリティクス――近代医療の地平を問う』、学文社
◆大野光明 2014  『沖縄闘争の時代1960/70――分断を乗り越える思想と実践』、人文書院
◆Oliver, Michael 1990 The Politics of Disablement, Macmillan=2006 三島亜紀子・山岸倫子・山森亮・横須賀俊司訳『障害の政治――イギリス障害学の原点』、明石書店
◆佐藤哲彦 1999 「医療化と医療化論」,進藤・黒田編[1999:122-138]
◆―――― 2006 『覚醒剤の社会史――ドラッグ・ディスコース・統治技術』、東信堂
◆進藤雄三 1990 『医療の社会学』、世界思想社
◆―――― 2006 「医療化のポリティクス――「責任」と「主体化」をめぐって」,森田・進藤編[2006:29-46]
◆進藤 雄三・黒田 浩一郎 編 1999 『医療社会学を学ぶ人のために』、世界思想社
◆Straus, R. 1963 "The Nature & Status of Medical Sociology", American Sociological Review, 22(2):200-204
◆Sudnow, David 1967 The Social Organzation of Dying Prentice-Hall=1992 岩田啓靖・志村哲郎・山田富秋訳『病院でつくられる死――「死」と「死につつあること」の社会学』、せりか書房
◆田中慶子 2012 「社会問題の医療化――過労自殺に対する行政施策を事例として」、『Core Ethics』8:257- ※
◆―――― 2013 「アジェンダの源泉としての電通過労自殺裁判――日本の自殺対策をめぐる社会問題の構成」、『立命館人間科学研究』27(通巻43):47-
◆立岩真也 2006/07/10 『希望について』,青土社,320p. ISBN-10: 4791762797 ISBN-13: 978-4791762798 2310 [amazon][kinokuniya] ※,
◆―――― 2007/08/20 「多言語問題覚書――ましこひでのり編『ことば/権力/差別――言語権からみた情報弱者の解放』の書評に代えて」,『社会言語学』7 English
◆―――― 2009/03/25 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] ※ et. [English]
◆――――― 2010/08/16 『人間の条件――そんなものない』,イースト・プレス,よりみちパン!セ,392p. ISBN-10: 4781690084 ISBN-13: 978-4781690087 1500+ [amazon][kinokuniya] ※
◆―――― 2013 「素朴唯物論を支持する――連載 85」、『現代思想』41-1(2013-1):14-26[97]
◆―――― 2014/08/26 『自閉症連続体の時代』,すず書房,352p. ISBN-10: 4622078457 ISBN-13: 978-4622078456 3700+ [amazon][kinokuniya] ※ [114]
◆―――― 2015a 『(題名未定)』(近刊)、青土社
◆―――― 2015b 「横塚晃一――障害者は主張する」(近刊・与えられた仮題)、吉見編[2015]
◆立岩真也・池田賢市・桜井智恵子 2015 「そもそもなぜテストをするの?――学力テストから能力と評価の問題を考える」(鼎談)、『教育と文化』79:8-27
◆立岩真也・岡崎勝(聞き手) 2005 「みんな「できる人」でないとダメなの?――学校の能力・競争主義をみつめて」(インタビュー)、『おそい・はやい・ひくい・たかい』26:20-24→2010 「それでも世の中はまわっていく――岡崎勝さんと」、立岩[2010:381-392]
◆立岩真也編 2015 『与えられる生死:1960年代――『しののめ』安楽死特集/あざらしっ子/重度心身障害児/「拝啓池田総理大学殿」他』、Kyoto Books
◆山口由美 2013 『ユージン・スミス――水俣に捧げた写真家の1100日』、小学館、237p.
◆吉川勇一 1991 『市民運動の宿題――ベトナム反戦から未来へ』、思想の科学社
◆吉見俊哉編 2015 『万博と沖縄返還――一九七〇前後』、岩波書店、ひとびとの精神史4


UP:2014 REV: 
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa