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死生学の本

「身体の現代」計画補足・18

立岩 真也 2015/02/03
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1554364208163894

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▽第17回からしばらくは『生死の語り行い・1』(立岩真也・有馬斉、2012)に当初収録するつもりでできなかった関連する本の紹介――そのもとは『看護教育』での連載、そして本への収録を計画していた時に作った本のリストやその解説である――をしていく。そのうちハイパーリンクがたくさんついた電子書籍『(題未定)』で出版予定。まずは、『生死の語り行い・1』――に出てくる本には重要な本が多いから――を読んでおいてもらえれば。△

『生死の語り行い・1』表紙


 「死生の本」を紹介している本として、かなり以前のものになるが、『死への準備教育のための120冊』(デーケン,アルフォンス・梅原優毅編[19930303])、『素晴らしい死を迎えるために――死のブックガイド』(加賀乙彦編[1997]★01がある。他にもあるのだろうし、それらにも紹介されている各々の本の末尾にも多く文献一覧といったものがある。ただ本書(になるはずのもの)では、必ずしも好き好んでというわけではないが(→前回)、集めて収蔵している本を、その本に関するHP上のページにリンクさせるかたちで紹介していく。そのページの中身の多くは貧弱なものだが、今後増補できる可能性はある。また、直接にオンライン書店に本を注文することもできる。  そうした本はあまりにたくさんあるのでどうして紹介していくかだが、まず「学」と名乗るものを紹介してみよう。

■「死生学」という名

 「死生学」という言葉自体はわりあい以前からある。それが「Thanatology」の訳語であるとするなら「死学」といった方がよいようにも思うし、本来はそういう訳になるはずだと指摘されることもある。『いのちの終末をどう生きるか』(日野原[1987a]
)に収録されている日野原重明の一九八四年、銀座教会での講演「死から生へ」の記録より。 それは一九六〇年代に米国で始まったとされる。

 「アメリカのフルトン博士はミネソタ大学にサナトロジー(「死学」)という講座を開いた。死の学問というのは、どうすれば本当に私たちが死を理解できるか、を研究するものであります。」(日野原[1987a:20-21])

 ロバート・フルトン(Robert Fulton)には『Death and Dying: Challenge and Change』(Fulton[1978])等の著作がある。ただ日本では、「死学」という語の語感を避けて「死生学」という言葉の方が使われるようになったということのようだ。同じ本に収録されている、今引いた八四年より前、八〇年の杉並医師会での講演「いのちの終末をどう生きるか」より。

 「今回の私の演題は「死学」サナトロジー(thanatology)です。言葉の響きからいうと、あまりいい感じはしないので、死学というと死神がついたような気持ちがするので、死生学と呼んでもよいのです。
 アメリカの大学でサナトロジーの最初の講座を開いたのは、ドクター・ロバート・フルトン(Robert Fulton)です。[…]フルトン先生に、いつからこの講座をミネソタ大学の社会学部に開かれたのかということを聞きましたら、一九六三年だということでした。その当時、学部長が「講座を開いたが、学生が集まるだろうか?」と心配されたそうです。そしてその心配通りに、せっかく彼をミネソタ大学に招いたのに、講義を受ける学生は一人もなかったということで、その学部長が非常に恐縮したそうです。」(日野原[1987a:109])

 そのままカタカナにした「サナトロジー」(あるいは「タナトロジー」)の語も使われる。それをそのまま題にもってきた本も一九八〇年代の前半には出ている。『子どもとサナトロジー』(Marguerita[1978=1980])の原題は「Should the Children Know ?: Encounter with Death in the Lives of Children」でサナトロジーの語はない。最後に次のような記述がある。

 「死について教えたり、話し合ったり、あるいは子どもの前でこの問題を持ち出したりすることは、専門家の間でも一般のレベルでも、何十年もの間タブーであり続けてきたが、この一〇年来、大きな変化が見られるようになった。死に関する研究報告が増え、専門誌や教育方面の刊行物の中に、死についての調査が載せられるようになると、各種の有名雑誌や、テレビというマス・メディアに、いくつもの論説が登場してきたのである。
 ビジネス・ウィーク誌が死の教育について採り上げることなど、誰が予想し得ただろうか。ところが一九七六年四月五日の巻末特集記事に、「家族の死に対処する」という題のの記事を載せており、まさしく死の教育に関心を寄せて、心理学的、法律学的側面と、実際的な側面から、全国的に取り組んでいるのである。」(Marguerita[1978=1980])

 ついでその記事が引用され、その記事ではキューブラー・ロスと「サナトロジー(死の研究)と呼ばれる新しいコースをコロンビア大学医学部で教えているオースチン・H・クッチャー博士」が紹介されている。

 他に、『臨床のサナトロジー――現代の生と死』(神奈川県立看護教育大学校・看護教育研究会・べっしょちえこ編[1983])、『生の尊厳・死の尊厳――サナトロジーへの招待』(高梨ヒロシ[1993])、等。後者の随筆風の短い本には次のようにある。

 「サナトロジーは、死の意味と実態についてのいろいろの知識を寄せ集めた学際的学問である。」(高梨[1993:22])
 「日本では最近、死生学とか終末医学とかの文字を目にする。死を目前にした患者に対する医療従事者の人道的対応を説くもののようである。」(高梨[1993:23])

■アルフォンス・デーケン他

 「名称」について目についたものから少し見た。そして日本での活動は一九七〇年代からはあるようだ。なかでもこの国でよく知られているのは、おびただしい数の本を書き、話をしてきたアルフォンス・デーケン(一九三二年ドイツ生、一九五九年来日、上智大学に長く勤める)である。『新しい死の文化をめざして』(デーケン・飯塚[1995])に収録されているデーケンの文章には次のようなくだりがある。一九七一年ということになるだろうか。

 「私自身にとっても、十二月三日には忘れられない思い出があります。二十一年前のこの<0075<夜、私は大学の正門前の土手に登って、暗い木立の間を散歩しながら、これからの日本文化のあり方や上智大学の使命、私自身のライフワークなどについて、改めて考え続けていました。その時、突然「新しい死の文化の創造」という概念が私の脳裏にひらめいたのです。
 当時はまだ死のタブー化の強い時代でした。しかし、人間らしい生と死のあり方をより深くみつめには、どうしても死のタブー化のヴェールを破り、新しい死の文化を創造しなければならないと気がつきました。私は大学時代から「死」の哲学的探求を志していましたが、自分の後半生をより広く死生学の研究に捧げ、日本に「死への準備教育」を根づかせることをライフワークにしようと決心したのです。」(デーケン[19951130:75-76])

 デーケンはそう決心して、おおむね同じことを述べる、おびただしい数の著作を著し、語ることになる。むろん人はつねに新しいことを語らねばならないわけでない。様々な場で話を聞く人たちは同じでない人たちであることが多いくもあるだろうし、同じことが書いてあっても本が新しくなれば読まれることもある。
 デーケンたち――といっても実際にはそう一様でなかったらしいのだが、そうしたことはあまり公刊される本には書かれない、なにか見つけたら補記する★02――は、自分の死について考えることを促し、教え助けるために、そして多く、誰かを亡くした、あるいは亡くそうとする人たちの集まりで、語り、また本を書いた。「死の教育」については大谷いづみによる研究があるのだが、そのうち、やはりほぼ書名だけになるが、別に紹介する。また「タブー」という語も、ここまでの引用で既に二回出てきたのだが、別に考えてみる。
 それにしても、何を知る/知らせられることになるのか。多くはきわめて平明に書かれるそれらの本を読んでみればよい。例えばデーケンは、これは彼の特質と言うべきかもしれないが、しばしば「ユーモア」を語った。『ユーモアは老いと死の妙薬――死生学のすすめ』(アルフォンス・デーケン[1995])といった本がある。すると死に際してユーモアをもつことはいかに可能なのか。『伴侶に先立たれた時』(デーケン・重兼芳子編[1988]、等々)に収録されている「悲嘆を越える成熟への道――哲学・教育の立場から」では種々あげられる中のその十番目は天国での再会を信じることであり、十一番目はユーモア感覚をもつことである(デーケン[1988:138-139])。
 天国(での再会)、死後の世界が信じられていれば、たしかに死を肯定的に捉えることはできよう。実際、結局はそのような筋になっている場合はかなりある★03。けれども残念ながら、そのように思えることが難しい人がいる。となるとどうなるのか、何が言えるのか、と思って読むと、何かを得られるという気が私はあまりしなかったのだが、それでも多くの本が出されてきた。

■本22冊

 書名他にこの語――死生学・死学・臨死学…――がある本を(日本での)発行年順に並べると以下。なかには、おおむね生命倫理という幅の様々な主題を論じた大学での講義をまとめたもの(難波[2004])もある。

『子どもとサナトロジー――〔死〕ということをどう教えたらよいか』(Marguerita[1978=1980])
『臨床のサナトロジー――現代の生と死』(神奈川県立看護教育大学校・看護教育研究会・べっしょちえこ編[1983])
・『夫と妻のための死生学』(水野肇[1984])
『死生学・Thanatology 第1集』(日野原重明・山本俊一編[1988])
『死生学とはなにか』』(平山正実[1991])
・『死生学のすすめ』(山本俊一[1992])
『生の尊厳・死の尊厳――サナトロジーへの招待』(高梨ヒロシ[1993])
『ユーモアは老いと死の妙薬――死生学のすすめ』(アルフォンス・デーケン[1995])
『潔く死ぬために――「臨死学」入門』(ベッカー, カール・デーケン, アルフォンス・福間 誠之・柏木 哲夫・河野 博臣[1995])
『輪廻転生を考える――死生学のかなたへ』(渡辺恒夫[1996])
『<死生学>入門』(竹田純郎・森秀樹編[1997])
『仏教とビハーラ運動――死生学入門』(田代俊孝[1999])
『臨床死生学事典』(河野友信・平山正実編([2000])
『AERA MOOK 死生学がわかる。』(朝日新聞社編[20000610])
『生と死を考える――「死生学入門」金沢大学講義集』(細見博志編[2004])
『はじまりの死生学――「ある」ことと「気づく」こと』(平山正実[2005])
『覚悟としての死生学』(難波紘二[2004])
『「死学」――安らかな終末を、緩和医療のすすめ』(大津秀一[2007])
『死生学1――死生学とは何か』(島薗進・竹内 誠一編[2008])
『死生学3――ライフサイクルと死』(武川正吾・西平直編[2008])
『ケア従事者のための死生学』(清水哲郎・島薗進編[20100915])
『どう生き どう死ぬか――現場から考える死生学』(岡部健・竹之内裕文編/清水哲郎監修[20090520])
『安楽死問題と臨床倫理――日本の医療文化よりみる安らかな生と死の選択』(石谷邦彦 編/日本臨床死生学会監修[2009])

■その後の死生学

 日本臨床死生学会の関係の本★04、東京大学グローバルCOEプログラム「死生学の展開と組織化」関係の本は網羅できていない。後で補足する。そしてその東京大学のCOEプログラムにおける「死生学」に対応する語は「thanatology」ではない。「death and life studies」(「DALS」と略された)であり、それは七〇年から八〇年代の死生学を継承するものでないことを宣している。(その拠点が刊行したシリーズの第一巻『死生学1――死生学とは何か』にその(初代の)拠点拠点リーダーだった島薗進による「死生学とは何か――日本での形成過程を顧みて」(島薗[2008])が収録されている。)私自身もこのシリーズの一冊に文章を一つ書いたり、関わりがなかったわけではない。このことについては、そしてこの拠点のことについては、ここでは記さない。ただ、それが始まった時、これまでに挙げてきた本をながめて思ってきたことは思った記憶がある。
 つまり多様な時代や地域ちおいて「死(生)」がどのように観念されてきたのかを調べて書くことはできるだろう。それはそれで興味深いものであるかもしれない。しかし結局さきほどと同じところに戻ってくるのではないか。信があることは歴史的なそして現在的な事実ではある。けれども、その事実を認めそのことがもたらすことの重要性を認めながらも、信じられない時に人に何を言うことになるのか。そう思ったのだが、それはどうなかったか★05。このことをあとに残す。次回は前回の続き、一〇年前に書いた原稿とその補足の二回目になる。

■註
★01 この本に収録された「素晴らしい死を迎えるために」(加賀[1997])に批判的に言及した部分のある文章(立岩[20001010])は『唯の生』(立岩[20090325])に収録されている。
★02 一九八〇・九〇年代に死生学に積極的だった人に山本俊一がいる。山本は公衆衛生の分野での医学者で、山田真との対談とそれに付した註に山本への言及があり、以下の書籍を紹介した。戦争直後からの活動・体験を記した『浮浪者収容所記――ある医学徒の昭和二十一年』(山本[1982])、そして『わが罪 農薬汚染食品の輸入認可――厚生省食品衛生調査会元委員長の告白』(山本[1998])、『東京大学医学部紛争私観』(山本[2003])。山本は東大医学部紛争において紛争を起こした学生側に同情的であり、その学生の一人だった山田も著者でそのことを記している。
 『死生学のすすめ』に再録されている(山本[1992:143-162])。その「延命技術」の節は次のように始まる。
 「最近の日本では病気をもつ老人がふえてきており、ある統計によれば、理想的に健やかに老いることのできる老人は、全老人層の二五パーセントに過ぎないという。このような傾向は、医学の発達の方向が病人に対する生物学的延命技術の向上のみに走り過ぎた結果として現れてきた、と言えよう。この傾向は、既に今世紀の初期に始まっており、その当時ヒルティは次のように述べている(3)。<157<
 「今日の療養地のどこか一箇所を観察しただけでも、死に近づきつつある肉体のためにどんなに多くのことがなされ、また、どんなに多くの人たちが決して真の永続的な成果を生じるはずがない事柄に熱中しているか、分かるであろう。死をすこし延ばすことだけが、彼らがなしうるすべてである。しかも、すでに彼らの大部分が廃人――しばしば、ぞっとするような廃人――なのである。彼らは、肉体のことにくらべて、永続的な内的人間のことや、またその健康と生命について、心を用いることがどんなに少ないことだろう。実は、この方が真にやり甲斐のあることなのだろうに。」
 これらのヒルティの言う廃人こそ、新しく文明によってつくられた病人の一つのタイプであると言うことができよう。」(山本[1986→1992:157-158]、(3)の文献は『眠られぬ夜のために』、ヒルティ著、草間平作、大和邦太郎訳 岩波文庫)
 また「日本人の死生観」(山本[1988a])「生を衛る衛生学」(山本[1988b])が日野原・山本[1998]に掲載され、山本[1992]に再録されている。
★03 『死と老いと生への道――日野原重明著作集・1』『死と老いと生への道――日野原重明著作集・1』(日野原[19871030])より。
 「信仰とは、とこしえの命に連なることであります。「草は枯れ、花は散る。しかし主の言葉は、とこしえに残る」(ペテロの第一の手紙一章二十四節)という聖句があります。そして、その信仰は神の<0026<ところに帰れるという希望を与えます。」(日野原[19871030:26-27])
 アルフォンス・デーケンの『未来の人間学』(デーケン・中村友太郎編[198107]、九三年に新装復刻版)中の「死にまさる生命――人間の永遠の次元」。
 「以上に概観したように、死後の生命の存在を説明する方法は、ソクラテス流の省察からオシス流の科学的研究に至るまで多様を極めている。筆者自身は上述の七種の立場のいずれにも全面的に与するものではない。いずれも科学的「証明」と呼ぶに足るものではないからだ。が、完全に誤っていると言い切れるものでもない。各々の説に相応の蓋然性が認められて然るべきなのである。しかも、七種の説を綜合してみると、諸々の蓋然性が重なり合い集中する一点が見えてくるのではないか。出発点は異なり方法もすべて異なっている[…]。しかし結論だけは同じ線すなわち人間は死後も行き続けるかも知れぬということ――なのである。」(デーケン[1981:55→1993:55])
 『死を考える』(Deeken, Alfons・メヂカルフレンド社編集部 編[19860401])収録の「死への恐怖」。
 「天なる永遠の生命を積極的に希求する人にとり、死に近づくとは永遠の幸福に近づくことに他ならず、死の瞬間はその第一歩に過ぎないのだろう。死のかなたに永遠の生命を望むのは、夜の闇の中で黎明を待ちわびるのに似ている。闇に対する子供じみちた恐怖が夜明けの光とともに消え失せるように、天なる永遠の幸福の間では、死への恐怖もきっと色あせてしまうだろう。」(デーケン[19860401:211])
 この後、デーケンはこうしたことをあまり多くは書いてはいないように思う。しかしここに言われる世界のあるなしは話を成り立たせる上でそもそもは重要な部分のはずである。
 そして、死生学といった領域ではキューブラー・ロスがたいへん有名だが、その「死の受容」に段階的に向かう話も死後の世界があることによって可能になっている。そのように読まれる。川口武久の著書『ひとり居て一人で思う独り言――筋萎縮性側索硬化症と闘う』(川口[1989]に以下。
 「八年前にキューブラー・ロスという精神科女医の『死ぬ瞬間』『続・死ぬ瞬間』(読売新聞社)を読んで大いに感動した。」(川口[1989:49])「死によって肉体は朽ち果てるが、霊魂は昇華されて新しい世界に導かれることを、キューブラー・ロス女史は語るのである。我々より先に死んだ親愛なる人たちに、死によって再会できる希望は何にもまして大きな歓びになるはずである。」(川口[1989:51])
 言及されているのは『死ぬ瞬間――死にゆく人々との対話』(Kubler-Ross[1969=1971, 2001])、『続 死ぬ瞬間――最期に人が求めるものは』(Kubler-Ross[1975=1977,1999 →2001])。
 来世や天国を言うのは、その言説が宗派や宗教を超えて存在しようとする時に、そしてそれが実証を旨とする学問であるする時、ためられるようになる。ただ、それでもそれを言う人はいる。例えば「臨死体験」について書いてきたカール・ベッカーは、デーケンも著者の一人である『潔く死ぬために――「臨死学」入門』(ベッカー・デーケン・福間誠之・柏木哲夫・河野博臣[1995])に収録されている「潔く死ねますか」で、次のような言い方で言う。
 「少なくない数の日本人が「死んだらすべての終わりだ」と思っているように見えます。
 実は、そこまで信じる人間はめったにいません。全世界の文明、文化を探してみても、死の後に何もないなどという文化はまずありません。どの時代を見てもそうです。[…]そう考えているのは、ここわずか百年の、わずかの国の人たちだけなのです。[…]何もないなどと本気で信じている人は少ないです。
 おそらく、多くの日本人は、何もないとは信じていないけれども、明確に来世があるとも信じ<0010<ていない、というところなのではないでしょうか。日本ては信仰が薄れてきています。来世があるんだという信仰がなければ、死は怖いかもしれません。死はすべての終りかもしれません。[…]」(ベッカー[1995:10-11])
★04 臨床死生学会については、記せたら別に記す。私は二〇〇八年の大会のシンポジウムに呼ばれて話をした。このときの記録が『安楽死問題と臨床倫理――日本の医療文化よりみる安らかな生と死の選択』(石原邦彦編[2009])。私の報告は「あらゆる生を否定しない立場とは」(立岩[20091215]、題は与えられた題)
★05 この文章が収められている同じ『死生学』第一巻に収録されている安藤泰至「死生学と生命倫理―――「よい死」をめぐる言説を中心に」(安藤[2008])には次のような記述がある。
 「一見積極的安楽死や自殺幇助の是非については少なくとも判断を留保しているように見える(従来の)死生学の中に「よい死」という観念を介して、生命倫理(学)における「死の自己決定権」の主張と同様の危険性が内在しているということに注意しておくべきだろう。」(安藤[2008:42])


■紹介・言及

◆2015/01/31 「死/生の本・1増補――「身体の現代」計画補足・17」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1553411651592483
◆2015/01/30 「いまさら優生学について――「身体の現代」計画補足・16」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1552887091644939
◆2015/01/08 「不定型な資料をまとめ出したこと――「身体の現代」計画補足・15」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1542932532640395
◆2014/12/20 「不定型な資料を整理し始めたこと〜横田弘1974――「身体の現代」計画補足・14」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1532834723650176
◆2014/12/10 「安楽死・日本・障害者の運動(予告)――「身体の現代」計画補足・13」
 [English]https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi.en/posts/1500472513573729
 [Korean]https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi.ko/posts/674499219334578
◆2014/11/27 「韓国の人たちと・続――「身体の現代」計画補足・12」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1522712254662423
◆2014/10/12 「これからの課題としての障害者運動と在日・被差別部落…解放運動との関わりに関わる研究――「身体の現代」計画補足・11」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1502938869973095
◆2014/10/06 「尾上浩二さん・広田伊蘇夫さんからのいただきもの――「身体の現代」計画補足・10」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1500213176912331
◆2014/10/01 「『そよ風のように街に出よう』/『季刊福祉労働』――「身体の現代」計画補足・9」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1498119143788401
◆2014/09/28 「『精神医療』という雑誌――「身体の現代」計画補足・8」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1496630793937236
◆2014/09/26 「資料について、の前に書いてしまったもの幾つか――「身体の現代」計画補足・7」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1495845864015729
◆2014/09/21 「「レア文献」――「身体の現代」計画補足・6」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1493567090910273
◆2014/09/06 「『現代思想』9月号特集:医者の世界・続/勧誘――「身体の現代」計画補足・5」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1484426548490994
◆2014/08/31 「『現代思想』9月号特集:医者の世界+『流儀』――「身体の現代」計画補足・4」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1479236585676657
◆2014/08/29 「今のうちにでないとできないこと(『造反有理』前後/広田伊蘇夫文庫)――「身体の現代」計画補足・3」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1477360962530886
◆2014/08/28 「調査について(『生の技法』の時)――「身体の現代」計画補足・2」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1476388215961494
◆2014/08/27 「『自閉症連続体の時代』刊行他――「身体の現代」計画補足・1」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1476171985983117

■言及



UP:20150202 REV:20150204
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