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田舎はなくなるまで田舎は生き延びる

立岩 真也 2015
天田城介・渡辺克典編『大震災の生存学』,青弓社,pp.188-211


■2015/11/01 「田舎はなくなるまで田舎は生き延びる」,天田城介・渡辺克典編『大震災の生存学』,青弓社,224p. pp.188-211
田舎はなくなるまで田舎は生き延びる
立岩 真也 2014

これまで
 震災について様々がなされ書かれてきたし、これからも書かれるべきだし、書かれるだろう。他方私自身はなにごともできたわけではないが、いくつかの短文を書いてはきた。そこに記したことをまず簡単に紹介しておく。すべてウェブ上で読めるので、興味があったら読んでいただければと思う。次にそれがこの文章の本体ということになるのだが、金の使い方について、とくに「田舎」のことを念頭に置いてすこし考えてみようと思う。災害がなくてもまたあっても、何にどのように金を使うのか、そうしたまったく基本的なことが問われていると私は考えている。
 ごく短いものを別に書いたものは四つある。「考えなくてもいくらでもすることはあるしたまには考えた方がよいこともある」([2011a]、以下拙文について筆者名略)、「まともな逃亡生活を支援することを支持する」([2011b])、「後ろに付いて拾っていくこと+すこし――震災と障害者病者関連・中間報告」([2012a])、「災厄に向う――本人たち・後方から」([2013])である。ウェブにあるから繰り返す必要はないが、簡単に紹介しておく。
 私たちがあの地震の後に始めたのは(とくに病気や障害のある人に関わる)情報を集めてHPに掲載し、それをまた紹介するといったことだった。震災において、また震災に対して、情報を集めるぐらいのことはしたいと考えていることは書いてきた。いくらかのことはした(してもらった)が、なかなか続かない。その紹介の紹介は以上のいずれでもしている。また他(「生存学研究センター」のメールマガジン等)でもしている。(その他こちらで行なったことについては別章で紹介されている。)
 そしてそれらとも関わって、現地で障害者・病者がどのようであった/あるのか、またどのように行動を起こし、続けているのかについても少し書いた。東北で/東北に向けて、活動をしている人たち、それを支援している人たちには、それぞれの過去があり、過去からのつながりがある。それは、この約五〇年近くの、さらに阪神淡路震災後の障害者運動の継承・展開によって支えられているところがある。関西からも人が行き、阪神淡路震災を契機に立ち上がった金を集め配るところ(「ゆめ風基金」)が一定の役割を果たしている。これらについて[2011a][2011a]で少し、[2012a]では紙数が与えられたのである程度細かに書いて、[2013]でも短く繰り返した。そしてそこでは、これは本章の「本体」にも関わることだが、こんな時であってもあるいはそんな時であるからこそ、必要な助けを得て住みたいところに住めることが主張されていること、そのためにその人たちが動いていることを紹介した。
 加えて[2011a]では、「近さ」「悲惨」からものを言っていく考えていくことについて、それはまことにもっともなことではあるが、その難点・限界についても思ってみることが必要だと述べた。それは私がずっと言っていることの繰り返しでもある。私が最初の(そして最後の)まともな調査をしたとき(それが安積他[1990][2012]になった)に感じたことでもあった。誰かと「友達」にならなければ、何かを、たとえば悲惨さやあるいは魅力を、与え示さないことには生きられないのはおかしいと、家を出て施設にも入らずに暮らす障害者たち言われて、それはもっともだと思った。このことも本章の本体に関わっている。
 また[2011b]――精神医療関連の雑誌や本を出している出版社の刊行物に掲載された――では心理面での支援をまったく肯定しつつ、しかしその支援をしている人たち自身がよくわかっているように、その上で実際に実現されねばならないことがある、でなければいつものようにその支援は「アリバイ」としてしか機能しないという当たり前のことを述べた。
 そして[2011a][2013]では――後者は日本学術会議の雑誌に掲載された――では、たしかにこの国でもなくはなかった科学論・科学批判についての検証がなされるべきだと述べた。例えばある国立大学の大学院で関連の企画に呼ばれて話をしたおり、高木仁三郎といった人の名を知らない人の割合が大変高くていくらか驚いたといったこともあった。
 こうしたものを書いたが、私自身がそれから何かできているわけでもない。被災の前後に人々が何を経験してきたのか。人々にどのような対応がなされたのか、具体的には、在宅や施設で生活してきた人たちのなかに住む場を変えざるをえなかった人たち、変えさせられた人たちがいる。仮設住宅に住む人の境遇はどうか。その手前で、どのような経緯で、どこに行ったのか。すくなくともかなり長い間、その消息がつかめなかった人たちがおり、状況があった。役所の個人情報についてのきまりがその理由にされもした。そうしたことごとについて土屋葉たちが調査している。その報告がその都度なされていくだろう。
 ここでは現場を知らない者が大まかなことを書く。そしてとくに「田舎」の「平時」を念頭に置く。まず私は二〇一一年に起こったことがなにか時を画するようなできごとだとは考えていない。もちろん特別の事態への特別の対応は必要だが、それを一部を含みながら、普通の社会のあり方を考える必要があると思う。そして田舎について。もちろん本書が主題とする問題の全体が田舎の問題であるとまったく考えてはいない。ただそれでも、田舎にかなり長く、生まれてから十八年はいた者としても、考えてみてよいように思った。
 言いたいことは単純なことだ。いくらかの人たちはとどまろうと願ったり今さら動くことも考えられない。そうしてとどまっている。移動することができるとともに、その場で生活できるようにすること、普通にその地にとどまれるための工夫はいろいろとあると思う。それをどのようにして行なうのか。人を手伝う仕事をもっとまじめにやったらよい。そしてそうした仕事に就いて暮らせるようにしたらよい。それを基幹産業としたらよい。このことを述べる。単純な話だがそれをきちんと言うには、多くの人があまり理屈としては考えたことのないことがいろいろとある。その幾つかも示せればと思う。

基本的な見立て
 田舎の人たちは(都会もそうだが、比べればより早く)減っていく。私はそれをどうしても止めねばならないとは思わない。いくらかの産業がそこで営まれること、また新たに営まれる可能性はある。そしてそれはけっこうなことだと思う。しかしそれはどこででも起こることではない。
 各地で産業を振興したりする必要そして/あるいは可能性がどれほどあるのだろうか。とくに何もなくてもかまわない、そして人が住むその地域がそのうちそっくりなくなればなくなってもよい、だが誰か生きている間は生きさせてもらう。そのように考えればよいと思う。そしてそれはもちろん考えただけでどうなるものでもない。そのように実際がなされればならない。すると荒唐無稽なことだと思われる。しかし原発の誘致にしても、地域間の格差が問題だとはさんざん言われたのだったし、それは当たっていた。とすれば、原発をやめるやめないの問題とともに、なしでもやっていけるとようにするというのが論理的に残されている方向になるはずである。
 しかし、あるいはだからこそ、田舎は様々に工夫していて、がんばっている。そのあるものはうまくいくだろうし、実際いっているのだろう。しかし競争もあるし、この社会に格別に足りないものがあるわけではない。企業の立地の場所はどこでもよく田舎でもよいという業種もあるが、そう多くはない。するとなにか特別のものをということになる。「付加価値」を地域ごとにつけた「特産品」の種類を増やすことはできようが、それでそうそううまくいかないところの方が多い。それでもやってよいだろうが、無理はしてほしくないと思う。また、そういうことを請け負おうなどと言ってくる人にだまされることはしてほしくないと思う。その方面に金をかけるなら別にかけた方がよいと私は考える。
 以上が前提になる認識である。仮にでもそういうところから進める。そして、すくなくともこのように低温な話をすると、この震災後に(もその前からも)言われていることがそれとはかなり違うことが多いことには気づくはずである。
 私はそう間違っていないと思うが、間違っていると言うなら、また議論せねばならない。ただここはその場ではないから簡単にする。私は日本一国をみても、人が余っていると言ってきた。世界(地球)全体を見たときそれはいっそう明らかである。働けるが(労働市場で)働く機会のない人が膨大に存在する。その一部が、様々な困難なもとで様々な問題を生じさせながらも、世界市場における働き手になっていく。生産物が作られ流通する。グローバリゼーションとはまずは、少なくとも一つ、そういう過程である。そこに生ずる様々な問題には対応すべきだが、その流れそのものを止めることに正当性はない。
 そのうえで、各地で各自が身につけてしまった「なりわい」はそう簡単に外的な事情でなくされてはならないとは思うから、「自由化」にはながながと反対したらよいだろうとは思う。しかしずっとそのままというわけにはいかない。農業も工業もそうだ。すると残るのは、おおむね工業の「先端的」な部分と第三次産業のある部分だ。前者の立地もまたとくに大都会である必要はないだろうが、全国通津浦々ということにももちろんならない。そして人相手の仕事も今のところ人が集中しているところに集中している。ネットの関係でいくらかの変化はあるがそうは変わらない。なにより接客業――だからこそその相当部分は国内にとどまる――は客が一定数いないと成立しない。冷静にみたときこんなことになっている。
 するとこの国全体について暗い感じがする。私はそう考えないのだが、このことをきちんと言ってみるのもまたにしよう。ただ次のように考えておく。現在においても全体としてそこに住む人が暮らせる財は、その種類を分けていっても、大部分についてはある。足りないところは増やせる。貿易にしても、それが成立するのは相手方に与えるものがある限りであり、外国から得るものは内部で調達するより容易に得られるからである。その上で、(労働以外の)生産財・労働・市場で各自に渡る分の分割・分配は正当であり可能である。すると当然手取りが少なくなる人たちがいる。かつて税の累進性を下げる時にはするとその人たちはやる気がなくなって働かなくなると言われた(『税を直す』)。だが反対にその人たちはもっと働こうとするかもしれない。すくなくとも本当に困るのであれば確実に生産によりいそしむことになるだろう。ならば問題はない。

受け取りについて
 その上で、考えるべき全体のなかで各人の受け取りだけを見ることにしよう。それは三つに分けられることを述べてきた。(1)基本的な所得と、(2)個別の事情に応じた加算と、(3)労働という労苦に応じた支給である。このうち(1)と(2)との区別がまったく便宜的なものであり、そのことを間違えてならないことを繰り返してきたのだが(立岩他[2012:37ff.]他)、ここでもそれを繰り返したうえで分けることにする。そしてこれら、所得保障・所謂社会サービスと労働(による収入)との兼ね合いについて、ごく基本的なことは別に記した(立岩他[2009:24-28]立岩他[2010:16-22])。
 (1)について。田舎の人は貧しいことが言われてきた。それは半ば当たっていて半ば外れている。何を計算するかによる。むろんずいぶん金をもっている人もいる。ただ以前の制度(の不在・不備)をひきずっている年金制度の関係があり、また金になる職がないことによって、少なくしか収入を得ていない人もたくさんいることはたしかだ。
 そして、生活保護という手立てを具体的に現実的なこととして想定できない人もたくさんいる。人々に生活保護に対するより強い抵抗感があるという話がもし本当なら、一つには、その抵抗をどうやって減らすということになるが、実際にはまったく逆向きの言説が全国に流通してしまっている。そしてそれだけのことでもない。金にはならないが手放し難い土地などある人がいることがその仕組みをさらに使いにくくしている。またこれも長く言われてきたことだが、勤め人でない人について所得の補足が難しく、各業種従事者間において「水平的公平」――同じ金をもつ人は同じだけ税を払うこと――が実現されていないのは現実だ。それは人々の間での猜疑・怨嗟を生じさせることにもなり、そうした疑念を避けようとして公的扶助を得ようとしないという状態を生じさせ継続させてもきた。
 だからなかなか難しそうではある。理屈としては査定なしの給付が支持されることになりる。現実的には――私は生活保護の拡充の方を支持してきたし、その基本は今でも変わらないが――一つに年金制度を部分的にでもまともにすることである。どんな名前のものでもよい。ただ拠出(徴収)の仕組みは分配的正義に適ったものに変える。それが(きちんと金勘定の管理さえされていない)貯金、保険会社がやっている保険のようなものであるなら、ない方がよい。「ばらまき」と言われるそのどこがいけないかを考えることになる。基本的にわるくはない。とただ居直らないなら、あるべき仕組みにおいては(3)勤労者に対する「加配」は肯定される――現行の生活保護はそのような制度ではない――から、その部分における不公平も生じないことを付言しておく。
 次にこの移転(徴収と給付)と範囲が広い方がよいことを述べてきた。そしてすくなくともこの意味における、つまり財源も含めた「分権」がまったく間違っていることを述べてきた(立岩他[2009]立岩他[2012:289ff.])。とくに人がだまされやすいのは(1)についてはまだ国の責任は認めるが、(2)についてはそうではないとすることである。この時「近さ」という話が入ってくる。つまり「ナショナルミニマム」は認めるが「ケア」といった「共」「地域」「親密圏」…にあるものについては地方が財源的にも担うべきであるといったことが言われてしまう。これはまったくおかしい。それで地震の後に前記した[2011a]を書いたのでもあった。
 そして「補償」と「保障」について。追及し確認され償われるべきことはたしかにある。それはまったく否定されえないしされるべきでない。けれど[2014]――発達障害と括られる状態(を巡る言説)について考えた本だが、末尾の補章で公害・薬害等に関わる補償について記している(発達障害・自閉症となんの関係があるかと思われるかもしれないが関係はある)――にも記したことだが、生活が困難な時、そして補償を金を得ることによって得るしかない時、それは事実認定(の境界)の問題やそのことをめぐる内部での分岐・対立を生じさせる。金目当てだという外からの疑いが辛く圧し掛かることにもなる。そのような不幸を軽減するためには、補償と別に生活が可能であることが求められる。

土地に関わる権利と追加費用のこと
 (1)所得保障は個別給付で現金給付というかたちが基本的にとられる。次に(2)人の身体とそれが置かれている状況に関わる経費がある。これまで私は身体に関わる差異に関わって必要になる部分を論じてきた。その人が住まう土地に関わる部分についてはわずかしか述べてこなかった。そして一般にもあまり論じられることがなかったと思う。
 居住の権利というとき、抽象的には移動の権利と同時に移動しない権利もあるとはされるだろう。けれどその権利をどんな意味に解するかである。強制はしない程度のことであれば簡単に言えるだろうが、それ以上になるとどうか。とくに国家間のことを考えるとき――地域と国家の間にある問題と国家と世界との関係としてある問題とが構造的に同一の問題であることも幾度が述べてきた――移動しなくてすむ権利の確保はとても大切なことだと思う。「自由」だとは言われるが、その「自由」のもとで人は動かざるをえなかったりとどまらざるをえなかったりする。いずれの自由をも実質的に保障することが基本的には正当化されるだろう。それはどのような基準によってどのように、そしていかほど正当とされるか。いくつかの論点だけについて述べる
 身体の不如意はあるとしか言いようがなく、そしてその身体は自らから離れない。その不如意に関わる対応を求めるのに難しいところはない。比べて土地は離れることができなくはない。するとそもそも土地に対する権利をどのように言うか。たぶんほとんど気づかれてないと思うのだが、『私的所有論』にそのことに関わる部分がある)。例えば三里塚闘争のことをどう考えるか、以前からいくらか気になっていたということもある。

 「例えば、ある者にとって、その者の住まう土地が、あるいはその者の作りあげるものが、単なる生活の糧ではなく、その者があることを構成する不可欠のものとしてあることがあるだろう。生存のための手段である/手段でないという判断を誰がどのようにするのか。個々の人の心的な世界を直接に知ることはできないのだから、全ての具体的な場合についてあれかこれかと判断できるものではない。しかし直接に知ることはできないとしても、試すことはできる。事実、それを自らのもとから切り離すこと、他者に譲渡することができず、それをその者のもとに置こうとする場合にだけ、その者のもとに置かれることを認めることである。」([1997→2013:220]、[1997→2013:311,347]にも関連する記述あり)

 つまりその土地を(売らなくても暮らせるという条件の上でというのが正しい前提になるのだが)売らないのであれば、その限りにおいてその土地を他の誰もが得てならない、その土地に住み続ける権利があるとするのである。ただ私たちは財産は基本的に一代限りと考えるから、その権利はその人の死とともに終わる。(それでも問題は残る。子もまたその土地で暮らし始める。とすれはその者についてどうか。同じ前提からは、住み続けそして手放さないことによって、その者にもやはり権利は発生していくと考えることになるだろう。)
 また例えば――(2)に限った問題ではないが――「総合評価」が正しいかである。その人は自然環境がたいへん豊かなところに住んでいて、それでずいぶんな満足を得ている。だからその分不便は我慢してもらってよいではないかというのである。これはかなり私たちの実感に沿う部分があって、まったく否定できるかといえばそうではないだろう。だが基本的には採用しない方がよいことも明らかである。その人が幸福であろうとなかろうとある部分――その部分がどの部分かが問題なのだが――は保障されるべきとしないと(ある部分において)幸福な人は必要な財を受け取れないということになる。全面的に可哀そうでなければ得るものがないという妙なことになる。そのことを『自由の平等』[2004:188ff.]で述べている。
 次にそれがどのような形で供給されるのがよいか。個人に直接に(あるいは個人の使用や請求に応じて供給者に)渡すのとそうでないのと大きくは二つある。私はどちらかというと前者の立場を支持してきた。ただ場所の差異に対する対応についてはさらに考えるべきことがあるはずである。そのことについての議論もじつはたいしてなされていない。
 「公共事業」は、経済学の教科書的には「公共財」を供給する場合になされるものとされる。その定義に照らしたときに公共財と言えないものが公共事業によって提供されているのだが、そもそも公共財についての経済学の定義があまり使えない。だから、政府を介して供給されるべきはなんであるかを別様に言った上で――それは私としてはもう言っているから略す――個別支給でなく供給した方がよいのはいかなる財・場合かを考えることである。たしかに堤防はそういう財の一つだと言ってよいだろうが、それが現物を設置するといいう形で供給されてよいのと同じ理由をあてはめていくと、そうでなくてよいものが様々にありそうだ。様々が建てられた。今はそれは「箱もの行政」と言われ近頃は予め否定的な意味を伴って語られるから、その問題はみながわかっていることだと思いたいのだが、実際にはそれほどでもない。
 例えば道路・交通はどうか。もう長いこと様々の力が働いて道路はできた。そして壊れたものの補修がいったん終わったとしよう。その利用の費用はどうか。手段が複数あるところで無料のものを残すならかえってそこに偏りが生ずる。経済学的には道路の公的な供給は「非排除性」によって――要するに個別に料金をとれないという理由によって――正当化されるのだが、すでに有料道路があるように課金は可能であり、技術の進展によってさらにそれを拡大することは可能である。そうした場合にはむしろ料金を取った方がよいかもしれない。そして田舎では物流と人の移動に関わる追加費用が生ずる。それは多く身体と土地と両方がかかわる。例えば多くの人は自ら自動車を使えるが、そうでない人がいるということである。その分は追加支給されるべきだと主張できるが、どんなやり方がよいのかである。
 これまでのように立派なものではないにしても「公共交通機関」しかないかと思われる。しかし例えばタクシー券のようなものを支給するという手もある。とくに上限を定めず実績が確認できるならそれに応じて支払うこともできるかもしれない。そしてそこから収入を得る事業者が合理的に行動するなら、結果として「寄り合いバス」的なものができる場合がある、かもしれない。

人を世話する仕事のこと
 そして次に右記したこととまったく別のことと考える必要もないのだが、人の世話をする人が必要であり、その人たちが日々の暮らしを手伝うことをすればよいということになる。
 するとまず一つ、人手不足であるというお話があるが、それはまちがっている。ここではこのことは言わないが、この分野での不足はまずたんにわりにあわない仕事であることによっている。ならばわりにあうようにすればよい。
 これが「産業」と言えば言えるものになる。そしてその金はすぐに個人、働き手に渡ることになる。人がまったくいなければ人に対するなにごとかをする必要もなくなる。他方人がいる限り、そしてその人が世話を必要とする人であればその仕事は、世話の必要な人がすっかりいなくなるまではなくならない。
 そしてここではいくらか贅沢に人を配置した方がよい。自力で動けない人動きにくい人が逃げ遅れて死ぬことが多いのは、実際調べてもそうなのだが、いくらか致し方ないようにも思える。そしてそれを減らすための壁や建物のことについては専門の人たちいるから略して、人について。本章冒頭で紹介した文章で、常に機能的に機能しているわけでないつながりがあった人たちについては消息の確認と対応はわりあい手早くできたらしいことを紹介した。日頃はどういう場かわからないような場、そこで不定形な仕事をしている人たちが、こういう「いざ」という時に活躍したし、している。阪神淡路の時に動き、今動いている人たちにもそういうところがある。「自立生活センター」だとか「作業所」だとか、いちおう名前はあって、一方ではたしかにきちんとした仕事・活動もやっているのだが、それだけでもなく、どういう用でと言われるとすこし困るような、用があるようなないような場に集まったりたまたま寄ったりという関係・場があってきた。それがその時も今も困っている人たちの助けになっている。
 そしてそんな場だけがそうした機能を果たすわけではない。私自身もそうかもしれないのだが、そんな場が肌に合わない人もいる。基本的に一対一(以上)の関係があり、その関係が組織・事業所において把握されていて連絡がつくようになっているというあり方は、もちろんそれでもだめな時はだめなのではあるが、非常時に人を多く救えるかたちでもある。とくに田舎では人は散在して住んでいるから、人も手間もかかるものはかかって当然である。ここで留意していおいてよいのは人を一か所にたくさん集めたほうがうまくいくという「規模の経済」の利得がここには「あまり」ないということだ。施設で多人数をまとめて世話するという形態は、多くの人にとって平常時にも非常時にも望まれないし、そして非常時には人手不足になるのだがら、人が思うほど有効ではないはずであり、実際、このたびの地震の後も少なくとも幾つかの実例において有効ではなかった。
 逃げるのがたいへんだった人がいる。だからとって山奥に集められて、安全に、ではないずだ。しかし「避難」がそのまま見知らぬ場所の施設への「収容」になってしまうことがある。そのようでない暮らしを、その場に留まるにせよ、例えば原発から逃れ、別の場で暮らすにせよ、どのように可能にしていくかが問題であってきた。それはなかなか困難ではある。ただ、一つごく単純な契機が生き延びる方向に作用した、しているということだ。自分が居る(行く)ところに他人が付かざるをえないということ、そんな事情でつながりがあってしまうということは、ときにうっとうしいことでもあるのだが、事実それが存在するなら、いつもでも、いかなる場面ででもないが、かえって、このような大きな災厄においても、助かることにつながることがある。実際そんなことが起こったのでもある。
 私は「働きに応じた分配」を基本的には否定する立場の者だが、(3)「労苦に応じた加算」は肯定する。ここで見ている仕事に対する対価は(準)公定価格にすることができるから適正な対価を設定することができる。現状の水準が低いことははっきりしている。人手が足りないことはない。その現所を失業率が低いとかまして人手が足りないなどというのは単純な誤りである。たんに条件がわるいだけのことであり、条件を変更すればよい。
 とくに田舎に手助けを要する人が多くいる、その割合が高いというのはその通りだが、他の職が少ないこともあって、手助けできる人もまたたくさんいる。震災のせいで、震災がなくても、すくなくとも今さしあたり仕事がない人の仕事になる。そして人がすっかりいなくなるまで人はいる。であるかぎり仕事はある。そして人に付く仕事についてはその仕事をする人は近くにいなければならない。その仕事はその土地にあるしかない仕事なのである★01。(他方、被曝した地域では、出る/残るについて、介助の要る人/介助する側の人たちの双方の事情・気持ちが錯綜して、複雑な問題が起こっている。)

■ボランティアについて
 併せてボランティアについて確認しておく。ボランティアはけっこうなことだが、すこし距離感をもって考えると、それは緊急時に適したかたちである。そういう人をいちいち把握し、公平に支払うといったことに事務コストがかかるということがある。それ以前に、より重要な契機として、ふだんいらない人手が一時的に要り用だということがある。そうした事態に即対応できる人間たちや、調整の体制を日頃から一定――かなりの数・程度――用意しておく必要はあるが、現場の人数が足りない時に、いったんいつもの仕事をやめて、という人がいた方がよいことはある。滅多に起こらないことについてそれ用の職業人を十分に抱え込むより、日頃は別のことをしている人が、こういう時だからと日頃のことをいっとき休んでも働くことは――実際には調整が大変だったり、できることが少なかったりで、なかなかたいへんな部分はありつつ――理に適っている。次に、こうした活動に一時的にせよ従事する人は「ボランティア」なのだから金を払わなくてよいとは必ずしもならない。いらないという人に払う必要はないが、面倒だからいったん払ってしまって、それでもいらないという人はそれをまた寄付するという方法もある。
 ただいったん一段落すれば、そして現地の人たちの人手があるのなら、その人たちに――その仕事は今までのその人の仕事ではないことが多いから、それはときに嫌なことで、面倒なことであって、そのことに応ずる周囲の工夫も必要になることは考えにいれたうえで――働いてもらい、それはそれとしてきちんと払うのがよい。そしてその仕事は必ずしもフルタイムの仕事である必要もない。まず、あいてしまった期間、時間でよい。他方、とくに遠いところの人たちは、たいていの場合、なにかしたいと、するべきだと思うのなら、金を送るのがよい。
 そしてその仕事のいくらかはやがてなくなるだろうし、それは好ましいことでもある。(他方、その仕事、とくに危険で辛い仕事が今後何十年と続くことはまったくよいことではない。)ただ、人の、個々の生活、生活のための細々したことを成り立たせていくための細々した手伝いの仕事は、多く災害とはいったん別に、常に必要な仕事である。そしてそうした人がいくらかの余裕があるような形態で働くことができるようになるならそれは災害のときにも役に立つと述べた。

■産業であること
 (2)身体とその身体がある限り具体的なものであるしかない土地に関わって必要になるものについて、それがそのまま(3)仕事になるようにすればよいと述べた。それは「公費」を使ってなされる。
 それは他にも比して有効な公共事業であると、言いたい人は言える。簡単にすると公共事業の与える効果はより多く生産することを促すことである。するとその増分について生産した人はその対価を受けとるというかたちで他の人の生産物を受け取る。つまりその増分が新たに生産される。これが常によいことであるという保証はない。ただ、その促しに応ずる人がいるなら、その人はそうして(働くことの労苦を考えてなお)生産することを自らにとって益になることとして選んだのだから、その限りでは問題はないことにはなる。
 では何を生産させるか。なんでもよい――穴を掘ってまた埋め戻すといった仕事であったもよい――といった極論もあるが、有用なものであった方がよいにはよいだろう。では何をするべきなのか。復旧についておおまかには異論はない。防災について。しばらくは同じところに大きなものは来ないというのが仮にたんなる私の思いこみでないのであれば、それはいくらか慎重であってよいことになるだろう。そちらはだんだんとやりなから、まずは日々の生活を楽にすることだ。仕事の量は同じで、その担い手が(家族から)変わり、不払いのものに払いがなされるようになっただけなら、それは名目的な成長ということになるが、その(有用な)仕事自体が増えるなら、それは実質的な成長ということになる。
 次に他に比較してそうわるくないことを言うことになる。結局うまくいかない可能性の高い産業に比して、ここでの生産・消費は確実である。そして金が人に直接にわたる。貯蓄と消費のどちらが歓迎されるかは理論や時世や状況によるが、今はすぐに使う方がよいとしよう。多くの人はそれを消費にまわすだろう。つまり別の人の生産を促す。人件費に使われる金の部分はより大きい。そしてその人はその場に住んでいるから、すくなくともその多くはその地で使われることになる。
 もちろん税から出されるからより多く拠出する側にいる人の手元に残る分は減る。しかしその(多く都市にいる)人たちはすくに消費しないか、消費するものも多くの人にはあまり関わらないものだろう。それより多くの人にいくらかずつ渡るものの方が各地での細々とした消費につながる。

■誰がどうして抵抗するのか
 にもかかわらずそれが支持されないとすればなぜか。なにか明るい未来が見えないからだろうか。だが私は冷静に考えてさほど期待できないものに熱心になる必要はないと言っているだけである。そして述べたように私は成長を否定していない。それは基本的によいことである。そしてそれがここには生ずる。
 なお言われてることは足りないということだ。そういう状況を想定できないわけではない。二人の人しかいない社会で、一人の人の暮らしのために一人の人の労働のすべてが費やされるといった場合、その世話を続けるなら、二人ともが死んでその社会は終わるだろう。しかし実際にはそのようになっていない。
 このことに裏付けが必要だとされるだろう。「世界」を見れば明らかだとは簡単に言えるが、国内に限っても、どんなに――ということ自体そもそもありえないのだが――高齢化が進んでもそのことは十分に言えると考えている。だが、そうした方面の具体的な計算は私の仕事ではないと思ってやってこなかった。ただ必要なら、『税を直す』(立岩他[2009])で村上慎司の力を借りたように、やってみてもよいと思う。そしてその際気をつけた方がよいと思うのは、金の計算もときに大切だが、その手前で、世界には実際には人と人以外のモノしかないのだからその多寡を考えるべきだということである。すると人はいることがわかるはずだ。次に金がないというのは金をきちんと集めることを怠ってきており、それか累積されて今のようなことになってしまったことがわかる。このことも『税を直す』で述べた。
 もう社会によっては百年以上人は余っていて、その処理に困っていると私は近・現代社会を見る。だからむしろ、なぜ逆のことが言われているのかの方が不思議に思える。これも考えておいてよい。
 一つに国際競争が持ち出される。グローバリゼーションについてさきに少しふれたが、それに対応して一つにある産業の空洞化→技術立国という筋の話がある。この、そうした成長部門に金を使わねばならないからというお話は、数ある論の中では考えておくに足る話ではある。ただその「振興」にどれだけの金と人が要り用かを考えてみてもよい。そしてどれだけ成果が(どれほどの投資で)期待できるかを考えてみればよい。またそんなことに邁進するために、そのことには直接に寄与できない人間を捨ててしまおうというのでなければ、きちんと生きられるようにしたうえで、そういう部門で仕事に邁進する人が邁進できるようにすればよいというだけのことだ。そして邁進して産業が高度化する結果、人が働かねばならない部分はさらに減っていくのである。
 もっと素朴なところから考えてよい。過剰は個々の雇用主にとっては歓迎される。選りすぐることができるからであり安くすることができるからである。ただそれは余って雇われない人のことは顧慮しない場合である。その状態を放置すれば全般的な社会不安・危機を招くことになりうるから、それを考慮せねばならないといった場合には違ったことになる。だから個別の雇用者と古い言葉では「総資本」とは区別されねばならないし、それと国家との関係が問われることにもなる。
 だから国家はただ放置するわけことができないい。ただ、そうして零れることになる人たちのことを顧慮せねばならないとされる国家にとっても、実際には余っているのに足りないというお話は、自らが余剰に関わる対応、財の移動を怠るときに都合がよい。そして所得も労働でも分けねばならない人たち、つまりより多くを手にしている側もそれを避けることができる。そしてこれらがすべきことを怠ってもなんとかなってきた要因の一つに、家族の利用があった(『家族性分業論前哨』)。ただその歴史と現状に対して、たんに家族の力の減退といった――それ自体は間違っていない――事実を指摘して足りるわけではまったくない。
 こうした素朴なそして古くからあるはずの話を、私は今だからせねばならないと思っている。

■註
★01 誰もが知っているかきちんと論じられてはいないことが幾つかある。介助・介護は「ながら」の仕事としてなされてきた部分がある。このような仕事の仕方はいつもいけないことであるわけでばない。それをどう算定するか。その(ながらの)仕事は家族によって担われてきた限りで、その労働や対価のあり方は問題にされなかったのだが、家族の位置づけ――これについては介護保険導入の際にいくらか議論された――[…]

■文献
安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』,藤原書店
安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 2012 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版
河出書房新社編集部 編 2011 『思想としての3.11』,河出書房新社
―――― 2011a 「考えなくてもいくらでもすることはあるしたまには考えた方がよいこともある」,河出書房新社編集部編[2011:106-120]
―――― 2011b 「まともな逃亡生活を支援することを支持する」,『別冊Niche』3:61-70
―――― 2012a 「後ろに付いて拾っていくこと+すこし――震災と障害者病者関連・中間報告」,『福祉社会学研究』09:81-96(福祉社会学会)
―――― 2013 「災厄に向う――本人たち・後方から」、『学術の動向』18-11:19-26(日本学術会議)
―――― 2014 『自閉症連続体の時代』、みすず書房
立岩真也・堀田義太郎 2012 『差異と平等――障害とケア/有償と無償』、青土社
立岩真也・村上潔 2011 『家族性分業論前哨』
立岩真也・村上慎司・橋口昌治 2009 『税を直す』,青土社
立岩真也・齊藤拓 2010 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』、青土社


 
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 ※最初は以下を収録してもらうことを考えていた。ただ、やりとりは忘れたが、たぶんそれではいけないということになって収録された文章になったのだと思う。

■■災厄に――後方から、基本的なことから 2014

■はじめに
 ためらったが、本章は、ある程度長い分量のものとしては地震のあと最初に書いた「考えてなくてもいくらでもすることはあるしたまには考えた方がよいこともある」の再録とした。二〇一一年五月八日に原稿を送り、六月三〇日付で河出書房新社から刊行された『思想としての3・11』に掲載された文章である。他の文章は「生存学」HP→「東日本大震災」→「本拠点の活動」からご覧になれる。比較的長いものでは、二〇一二年に「後ろに付いて拾っていくこと+すこし――震災と障害者病者関連・中間報告」(『福祉社会学研究』9:81-97・福祉社会学会)、二〇一三年に書いたものでは「災厄に向う――本人たち・後方から」(『学術の動向』18-11:19-26・日本学術会議)がある。いずれも全文をウェブでご覧になれる。
 こうして過去のものを持ち出した理由について。一つ、「もの」からの切断、とくに(在宅で使う「医療機器」等の)電源の問題への対処については一定の「成果」がある→『医療機器と一緒に 街で暮らすために――シンポジウム報告書 震災と停電をどう生き延びたか:福島の在宅難病患者・人工呼吸器ユーザーらを招いて』(権藤眞由美・野崎泰伸編 二〇一二、生存学研究センター報告18)。具体的にどうするのがよいのか、ウェブからもみることができる。
 一つ、再録した文章で広告している情報収集・提供のこと。思ったほどのことはできていない。ただその意義はやはりあると思っている。なので、広告のままにした。
 一つ、「障害者運動」の過去とそれを継承した現在と未来について。過去については長くなるし、本書でも別の章で書かれる。そして私が書いてウェブ上にある文章からは種々にリンクされているから、その方が情報的価値が高いだろう。他方、現在と未来について私はまったく追えておらず、その部分は他の人に委ねるほかない。すると以下が残る。
 『思想としての3・11』(河出書房編集部編)の執筆者を列挙しておく。佐々木中・鶴見俊輔・吉本隆明中井久夫・木田元・山折哲雄・加藤典洋・田島正樹・森一郎・立岩真也小泉義之・檜垣立哉・池田雄一・友常勉・江川隆男・高祖岩三郎・廣瀬純・『来たるべき蜂起』翻訳委員会。未読の方は手にとっていただきたい。
 では以下、再録。【 】内はこのたび補った。

■広告
 様々に必要なことは既に多くの人が語り、書いている。例えば『現代思想』の【二〇一一年】五月号がその特集をしている(「東日本大震災――危機を生きる思想」)。私はそれに加えて何かを知っているわけではない(知らないことはたくさんあった)。そして加えて、いま、なにかとくに新しく考えねばならないことがあるとも思わない。様々なことが言われるだろうし、言えるのだろうが、まずするべきことをすればよいのであって、その大方ははっきりしている、あとはやればよいと思っている。ただ、ここに書かせてもらうのは一つには宣伝のためだ。その後、もう一つ、それでもすこし気になることがあるので、そのことについて書く。
 「「生存学」創成拠点――障老病異と共に暮らす世界の創造」というものがあることになっており、そのウェブサイトがある(「生存学」で検索すると出てくる)。私も関係している。そこに震災関連のページ群がある。三月一四日に立ち上げた。ご覧いただければと思う。小さな「拠点」だから、震災関連のあらゆることを、というわけにはいかない。所謂「災害弱者」と呼ばれたりする人たちに関係する情報提供を主たる目的にしている。
 そうした人々に対応が十分でなく、ゆえにせねばならないことも言われるし、それはそのとおりだし、それに加えることはない。まずはそれはとても具体的な問題だ。電気がないとみな困るのだが、とりわけ電気で動いている人工呼吸器を使っている人は困る。固形物が摂取できないので栄養剤など言われるものを食べている(胃に入れている)人たちもそういうものの供給が困難になるととても困る。この辺の情報自体、ときに錯綜し混乱しているのだが、それでもいくらかは伝えようと思った。ただ、それはさしあたり、いっときの大きな混乱は過ぎたのかもしれず、あまり最近更新は多くない――ただもちろん、夏が来てどうなるかといった問題はある。毎日たくさんの情報がおもにEメールで届く。それをHPに貼っていく作業をしている。
 そして例えば、動けと言われても動くに動けない人がいる。誰かの手助けで動くとして、「普通」の避難所では対応できないということになり、それで死んでしまうのでなければ、死ぬよりはたしかにましなことであるとして、ぜんぜん知らない場所の施設にということになる。普通に避難所やら仮設住宅にいる人はやがて戻れるかもしれない。しかしその人たちは、比べて、さしあたり「とりあえず」ということであったとしても、もとのところに戻れるなり、あるいは住みたいところに住める可能性は(ずっと)少ない。そんな現実的な危機感がある。というより既に起こっている。それで、やがて戻るにせよ戻らず新たな場所に住むにせよ、もっとまともな住む場所がほしいと、またそれを提供しようと思う人たちがいる。そんな人たちからの要請を受けて、関連情報を提供することも始めた。それでどこまでうまくいくかわからない。厳しいと思う。阪神淡路の時と比べても難しい。あの時には同じ場所(の近く)でどうやってやっていくかということだった。しかし今回は原発の問題が絡んでいる。ただそれでも、さしあたりやれることはやっていこうと思う。
 そして、関連する報道がたくさんなされている。それをおもにネットから拾ってきて、貼って並べる。そんなこと様々なことを、その研究資金を使って、引き受けると言ってくれた大学院生にやってもらっている。(資金は文部科学省から出ていて、その「COEプログラム」というもの(五年もの)自体は今年度で終わるらしい。あとは現在も相当の部分を占める大学からの資金援助を継続してもらいつつ、資金を出してくれるところから出してもらって「生存学研究センター」なるところでやっていくことになる。)【実際そのとおりになった。「事業仕分け」でCOEはなくなった。大学のセンターの活動は続いている。】
 たしかに私はものを考えるのが研究者の仕事だと思っている。だが同時に、あるいは、べつに考えたりしなくてもよいから、現場で日々体力と知力を消耗し、自分たちがやっていることも含めて、集めたり知らせたりする仕事などできない、そんなことをするより別のことをする、せざるをえない、するべきである人たちがいる時、そのうしろ・裏で、その人たちのやっていること等々を拾って集めて知らせる仕事をするのも仕事だと思う。べつにそんな仕事をする人のことを「研究者」とか呼ぶ必要もないのではあるが。実際、報道の収集、それから(仮の)住処に関する情報提供の仕事は、こっちではそこまで手が回らないからと、以前からつきあいのある人・組織から依頼されて始めた。
 そしてその人たち、今、震災の翌日からその現場に入っている人たち、金をかき集めている人たちの相当部分は、一九九五年一月、阪神淡路大震災を体験し、以来、自分たちが助かるため周りの人たちを助けるために活動してきた人たちだ。その十六年があって、今のことがなされているところがある。このことも知らせたいと思う。ご存じの方もいると思うが、神戸大学附属図書館が当時の資料をたくさん集めて、ウェブでも公開している(「神戸大学附属図書館・震災文庫」)。そこまでのことは――まずは予算的に――できない。ただいくらかでもやっていこうと思う。さしあたり必要とされる情報を蓄積していくと、その時に何が起こったのか、何がなされたのか(なされなかったのか)のいくらかがわかる。何が起こったのか(がどのように知らされたのか)を集めていくと、それがなんであったか、知らされ方がどんなであったのかがわかる、それはではこれからどうしたものかを考える材料になる、かもしれない。まず私たちが考えているのは、やっているのはそういう単純なことだ。原発関連の情報も掲載している。ときどき見てもらえたらと思う。そして役に立てられる人は役に立ててほしいし、役に立つものを知っている人もっている人は、知らせてほしいし、ほしい。

■[補]科学技術論
 まずはそれだけなのだが、一つ、前から気になっていることを加えておく。上記したこの一六年のこともたいして研究がないのだが(まったくないわけではない)、おもに一九七〇年代から八〇年代にかけて、科学技術論・科学技術批判というものがあったにはあったはずだ。『技術と人間』とか『クライシス』といった雑誌もあった。本も出された。それらでは原発についてもずいぶん多くのことが書かれた。もちろん、その後もずっとするべきことをきちんとしてきた人たちはいるのだが、(批判派にとって)なかなか厳しい状況が続いてきたことは多くの人が認めると思う。なぜだったのか。それ自体はそんなに答えにくい問いではないかもしれない。ただ、それにしても、それなりに多くの人が、そして多くことが論じられたそのこと、その時代のことを、とくにその時代以降に生まれて生きてきた人は知らず、そしてその時代を担ったり、それを知らないはずはない人たちも、それを記録したり分析したりすることをあまりしてこなかったように思える。「環境倫理」やら「技術倫理」やらを輸入し紹介することもそれはそれでけっこうなことだが、あれがなんであったのか。科学史だとか科学論だとかいった学問はそんなことをするのも仕事のうちではないのだろうかと思ってきた。(この出来事が起こってから「環境倫理学・環境哲学緊急集会」が開催されたりしたようではあるが。)高木仁三郎はやはり正しかった偉かったぐらいのことしか言えないなら、それはやはりまずいのではないか。
 論にせよ運動にせよ、ああいうやり方だからだめだったとか、そういう見方もあるかもしれない。しかし「ああいうやり方」とはどういうやり方か。それはどこまで行けていたのか。そうでもなかったのか。なにか豊穣なものがそこにあるはずだ、と思うのではないが、それでも、振り返って、そして吟味しておいてよいと思う。(私がこのごろ書いているものの幾つかはそういう「現代史」に関わってはいる。しかし私自身はこの方面についてはまったく無知で、まったく触れることができていない。そしてその無知は、当時の科学技術批判のすくなくとも一部はそんなに行けていると思えなかったことにもよっている。しかしそれもひとまずはその当時の私の感触のようなものに過ぎない。)

■近さと深さについて
 こんなできごとがあってしまい、それに出会ってしまう。人によっては精神に変調をきたりたりしながら、それでもテレビ画面を見てしまう。もうすこし冷静に、あるいは積極的に受け止められる人もいるだろう。いずれにせよ、それで何かをせねばということになる。そして募金をしたり、ものを送ったり、ある人たちはボランティアとして赴いたりする。それはよい、と言うのも呑気なものいいだが、よい。それが人の心情として「自然」であるという人たちもいる。そうかもしれない。私は社会学者で、社会学者はそういう考え方をしない(「社会化」によるものだと言い張る)癖があるのだが、このことで争う必要もないと思う。もともとそういう心情は備わっているものだと言われても反対はしない。そしてそうすることによって、結果、その人が被った害がいくらか軽減されることになる。それは、まず結果としてそれ以前よりも、それがなされなかった場合よりも、よいことをもたらすだろう。
 ただ、そのことを言う時に、「私たち」「仲間」「ニッポン」等々の言葉が用いられる。そして、具体的に、国際援助の方を削減するという動きがあり、そのことを巡る攻防がある。世界で起こっていることよりもこちらの方が「優先度」が高いというわけだ。まずそんなできごともあることは知ってもらいたいとは思う。ただこの辺りのできごと、例えば削減に抗議する文書等もやはりHPに掲載あるいはリンクしているから、それはそれで知ってほしい。もう基本的に言うべきことは言った、というか宣伝するべきはしたということで、以下、すこしこのことを考えてみる。もちろんこの震災を巡り「ナショナリズム」について多くの指摘がすでになされている。それらはもっともなことを言っていると思う。ただここでは、もうすこし素朴なところから、いくつか確認しておきたいと思う。
 まず、ナショナリズムは、また(人間)関係が大切だといった主張は、むろんまったく定義によるのだが、自分一人が大切というのではなく、他人(たち)も大切にしようという契機を含んでおり、そのことがよいことなら、その限りにおいて、よいものである。その上で、その思いの理由は、近い・同じものに対する同情・共感から発している言うところがある。それは、支援し援助する理由そのものとそのままつながってもいる。それはその濃淡、優先度を言う。この立場をA1としよう。他方、基本的には濃淡があることを望ましくないという「普遍主義」の立場をA2としよう。このことをどう考えるのかである。
 まずA1は何を言っているのか。第一に、それ自体を規範的な言明と考えるか。つまり、近い者であるからその者を助けねばならない(そうでない者は助けなくてもよい)と言っているのか。しかしその根拠は不明だ――以下に記す以外のことでなにか理解できることが言われたことがあると私には思えない。第二に、業界用語的には「帰結主義」的な正当化はある程度できそうだ。助ける側において近い者を助けられなかった時の悲しみ・苦しみはより大きいというのである。これはわかる、すくなくとも仕方がない思う人は多いはずだ。とくに極限的な場合には、近い人の方を救うことを非難したりできないとは思う。ただ、そうした「究極の選択」が迫られることは、たしかにあるが、多くはない。また、この度のような災厄においても、とくにいったんの急場の後では、そう多くはない、すくなくともいくらかは減らすことができる。第三に、これは事実を述べていると考えることである。人の性質・傾向としてそういうことがあると言うのである。この場合には、そして第二の場合も、人を助けることはよいことであることは認められている。そして近いがゆえに、というその根拠を見出すことができないのでもあるから、近いこと・濃いことはそれがよいことを言う上で必須のことでもないということになる。となれば、A1を言う人にとってもA2は否定されるべきことではないことになる。
 では次にその近さとは何だろう。私たちの多くが見たのは、見てしまったものは、多くは映像だった。実際にその場にいたのでも、近くにいたのでもない。物理的な距離ということであれば、五百キロ離れていても、二万キロ離れていても、そうは違わないということがある。地球上のこの国の裏あたりで鉱山の地下に取り残された人について、その個々人のゴシップの類も含めて、全世界の人が知っているといったこともあった。ことのよしあしは別として、知ろうとすればという条件が付くことはあるが、人々は知ってしまうのでもある。
 すると、物理的な距離ではない、すくなくともそれだけではないということになる。では実際の「つきあい」のある/なしということになるだろうか。これはたしかに大きな契機であるようには思える。東北に友人がいたり親戚がいたりするからひどく心配になるということはある。ただ、この震災について心を動かされた人たちの多くは、その強弱はたしかにあるとしても、直接にその人たちを知ったりつきあいがあったわけではない。(そのことは、つきあいが連帯の強度を増すこと、だから日頃から異国・異文化の人たちともつきあっていた方がよいという主張に反するわけではない。ただ、ここではまず「普遍」がよいものとしてあった上でその「手段」としての「異文化交流」が位置づけられてもいることは確認しておこう。)
 すると次に、同じ言葉を話すとか、似たような顔をしているとか、そんなことがあるかもしれない。ただ、たしかに同じ言葉の方が伝わりやすいといったことはあるかもしれないが、たいへんな時に人が表わすのは、たいがい、悲しい表情であるとか、「子どもが見つからなくて心配だ」といった、ひとまずはわかりやすいことだ。すくなくとも「人」ぐらいの範囲については、似たようなことを思うと考えることもできるように思う。(様々なものに人は同情したり共感するとして、救うことの義務がどこまでかという問題はあり、これを人間に限ってよいのかという点は少なくとも理屈の上では「難題」なのだが、ここでは略す。拙著『唯の生』(筑摩書房)でいくらか検討している。)
 こうして、「近い」「深い」関係にある時に人は人を助けるというのは、それを事実命題と考えた場合にも、いくらかは事実だが、それほど強く見積もることはないと言えそうだ。「想像の共同体」といった捉え方は、普通には、以上の恣意性・可変性を――多くさほど明示的にではなく――前提した上で、そのまとまり・共同体が(ときに何らかの意図によって)「創造」されたものとするものだとされる。その把握がかなり当たっていそうであることは認めよう。ただ、想像され、創造されること自体がわるいわけではない。利口な人であれば、創り上げるものであることは承知で、それを推進しようとする。また、創造・捏造の要素が多分にあったとしても、同時に、様々に盛り上がってしまう私たちは、それにいくらかの「核」のようなものがあることも感じでいる。だから、こういうものの成り立ちの機制(の解明)も大切なのだが、結局そうすっきりとはしないだろう。むしろ、まずここでしておくべきは、「近さ」とか「関係」とか言われるもの自体が、はっきりしているようでじつはそうでもないという、誰でもすこし考えてみれば思い当たる当たり前なことの確認だと思う。
 問いを変えよう。A1のように考える場合にまずいところはないか。
 一つにすぐに思いつくのは、現実的には、孤独である人、係累のない人が残されるということだ。孤独であること自体が悪いわけではないのだが、この構図のもとでは生きることが困難になる。であるなら、A1もまた人を助けることを認めているのだから、その理由そのものによって、Aを自ら制約しようとすることになる。
 そして一つに確かなことは、多くの人々の側にとっては――豊かな側、拠出を求められる側にとってはということだが――その方が拠出・負担が少なくて済むということだ。私たちは昨年【二〇一〇年】、トマス・ポッゲのWorld Poverty and Human Rights(の第二版)の日本語版を、原題を副題にした上で『なぜ遠くの貧しい人への義務があるのか』(生活書院)として出版したのだが――この題はこちらの大学院生が考えて付けた――「義務がない」と答えてしまった方が――著者はその義務を果たしたとしてもたいした負担にはならないと言うのだが(本には書いてないが、著者に聞いたところ、それは米国民他を説得させるためのものいいであるとのことだった)、貧しくない人たちにとっては便利である。とすると、この手もとに多くを残しておきたいという欲望によると疑ってよいかもしれない。これもまた人の「本性」であることは認めてもよい。ただ、それはAとして認めようとするものを否定する、少なくとも弱いものにすることになる。(このことはその欲望そのものを滅亡・滅却させるべきであるといったことを意味しないことには留意しておこう。)
 もう一つ、そういうところがあるとして、それは、その否定したい事態が存在することによって始まるということになっているということだ。それは、この度のことのように現実のことでなく、仮想におけること、表象を介してである場合も含めて、悲惨な事態があることを想定している。とすると、否定したいものがあることを否定しようとしているのに、それがまずあることが前提になっていると言えないか。いやそんなことはない、そうした事態(の可能性)に「思い至る」ことで十分であるとも言われよう。けれども、すくなくとも想像されることが前提になっている。A1においては、苦しみが大きくなり高まるにつれて、それを救おうとする心性が高まり強まることになる。とすると、身近な現実でない場合には、なおさら創造され表象される悲惨の強度は強くないと「効かない」ということにもなる。「身近な問題もたしかに大切だろうが、遠くでは(遠くても)こんなに極端にひどいことが起こっている」と言うことになる。
 私には、得られるべきものを得るために有効な手段ならなんでも使えばよいと言いたいところはある。(実際、多くの社会運動は悲惨を訴えて、それで世論を「動員」してきたのだし、多くその悲惨は事実だったのだし、さらに、多少の誇張があっても、それでも正義がこちらにあるのならそれでよいとも思う。)ただ、「こんなにかわいそう」が強調されることは、やはり基本的にはよくないことだ。「悲惨でかわいそうでなければ(そういう姿を見せなければ)自分たちはまともに暮らしていけないのか、そんなのはとんでもない」と障害者たち、障害者たちの運動は言った――それはまことにもっともだと思って、それで私はその人たちのことをすこし追いかけてきたのでもある。A1で想定されている心性は、たしかに「自然」なことであるとしても、その人々に悲しいことがあってはならない、というか、なくなることなどけっしてないのだが少なくできるのであれば少なくした方がよいという同じ「自然な心性」Aを否定していることになる。だから、たしかに私たちは悲しいことの大きさや深さに応じて揺さぶられるし、行動するのだが、できることならあまりこのことをことさらに言いたくはないということにもなる。
 もちろん私たちに好悪はあるし、なくせないし、なくすべきだと言うのでもない。しかしその上で、価値Aはその人をその人として――すくなくともその命に関わる場面においては支え、またその人の生活を支えるために手段として提供できるものについては提供することによって――認めよということだ。とすると、その人が自分にとってなんであるか、その人との関係がどんなものであるかによって、その人に対してなされること、結果としてその人が生きていけるのかそうでないのかが左右されることは、すくなくとも避けられる場面においては避けようということになる。価値A2はときに人を超えて天から降りてきた「命令」のようなものとして、非人間的で非現実的なこととして捉えられ、そのことを非難されることがあるが、そんなことはない。現実的な日常的な感覚に発している、あるいはそのような感覚として存在している。すくなくともそのような感覚「も」存在している。
 たしかに私(たち)の行ないは私(たち)の心性から発する。そのことは否定できない。そして、(今回の場合には悲惨の)近さ・強さが、例えばときに多くの募金を得ることができるといった結果をもたらすことはある。そして、身近な関係から人々は心性Aを自らに確かなものとして獲得するのだというよく言われることにも、たぶん当たっているところはあるのだろう。しかし、そのような契機を経て――「かもしれない」、とやはり私には留保したいところはある――獲得された価値・心性Aを、人称・関係と別のところに置いておきたいと、その人々自身が考えて(も)いるということだ。
 加えて、というほど軽いテーマではないのだが、自己犠牲について。最後まで津波からの避難を呼びかけるアナウンスを繰り返して亡くなった人のことを聞くと、たしかに人々は泣いてしまったりする。それはそれでもっともなことだと思う。このことについてどう考えたらよいものか。難しい。ただまず、単純にはっきりしているのは、その行ないによって人は死んだのだから、その(他の人たちのために)その人が亡くなるというできごと自体は、人を救ったことが称えられることと同じ人は生きていられる限りは生きていたらよいという理由・価値Aにおいて、ない方がよいことであったということである。そしてこれが、さきにあげた身近な人とそうでない人とどちらを救うかという極限的な状況と基本的に同じ状況であることも明らかだ。その既に行なわれた行ないを称えることはよいだろう。ただ「その上で」、「人を救うことはよいことだが、しかしそれは自分の命まで失ってしなければならないことではない」、と言うしかないのだと思う。もちろん前者の称賛が自己犠牲の方に人を促すことはある。ちょうどよい言い方というものはないのかもしれない。しかし、それでも両方を言うことはできる。そして、さきと同様に、そうした極限的な選択をせねばならない状況を、やはり根絶することはできないとしても、減らすことはできる。

■金のこと
 では「具体的に」どうするのか。亡くなってしまった人たちのことについては、とりわけ近くにいた人たち――たしかにここでに「距離」は大きく作用するし、それは、この場面では、当然のことだ――が悲しむ。そのことについてさらにその周囲の人たちは何ごとかはできるのだろうが、そのことについて私が何か言えるとは思えない。こういうことについてはものをたくさん言える(言っている)人がたくさんいる。ここでは、津波に流され壊されたものがあり、暮らすためのものがなくなっている、そのことだけについて。
 すこし冷たく考えてみることにしよう。このような場合、もちろんこうした事態への対応を専門にし、それを職業とする人たちが一定――かなりの数――必要であるのと同時に、ボランティアは、もっと正確には日頃はそうした仕事を専門にするのではない人たちが働くことは、合理的なことだ。滅多に起こらないことについてそれ用の職業人を十分に抱え込むより、日頃は別のことをしている人が、こういう時だからと日頃のことをいっとき休んでも働くことは――実際には調整が大変だったり、できることが少なかったりでなかなかたいへんな部分はありつつ――理に適っている。それと同時に、その中間あたり、日頃はどういう場なんだかわからないような場、そこで不定形な仕事をしている人たちが、こういう「いざっ」という時に活躍している。最初に書いた人たち、阪神淡路の時に動き、今動いている人たちにもそういうところがある。「自立生活センター」だとか「作業所」だとか、いちおう名前はあって、一方ではたしかにきちんとした仕事・活動もやっているのだが、それだけでもなく、どういう用でと言われるとすこし困るような、用があるようなないような場に集まったりたまたま寄ったりという関係・場があってきた。それが、その時も今も、一番困っている人たちの助けになっているということだ。(そして、間違える人はいないと思うが、このことはさきに私が「関係」や「距離」について述べたこととまったく矛盾しない――この辺りの混乱から間違いが始まる。)
 そして次に、こうした活動に一時的にせよ従事する人は「ボランティア」なのだから金を払わなくてよいという理由はない。いらないという人に払う必要はないが、面倒だからいったん払ってしまって、それでもいらないという人はそれをまた寄付すればよい。そして実際に働いている人たちの圧倒的に多くは「現地」の人たちだ。私は、「働きに応じた分配」を基本的には否定する立場の者だが、「働き(労苦)に応じた加算」は肯定する。震災のせいで、すくなくとも今さしあたり、仕事がない人の雇用対策にもなる。
 その金のことも含め、金のことについて。今度のことは考えられる限り最も「自発的」に拠出される金の集まりやすいできごとだ。そしてその金集めに私たちもいくらかは加担しようとは思っている。私の売れない本も含め、提供に応じてくれた人たちの本を売って、その売上げを全部寄付することにしている(これもHPを参照のこと)。そしてさらにボランティアが働いている。またものが送られている。その全体はいかほどのものになるのだろうか。もちろん税が使われることを想定しているからこそ、寄付する額はこの程度でよかろうと、コンビニの釣り銭ぐらいでよいと人が思うといったことはありうる。税や公的保険がなかったらもっと多く集まるはずだとは言えるだろう。そしてその具体的な額は、普通に考えれば実験することはできないから、結局はわからないということになる。だが、その「自発性」で必要をまかなえるとは思えない。額が足りないだろうから、というのは大きな理由だが、それだけではない。悲惨である、と思うから、何かする、それがよい、それでよい、とだけ思ってしまうならそれはよくないだろうということもある。そしてなにより、起こっているのは、既にあった大きな格差が、この事態でさらに大きくなってしまうというできごとだ。格差自体が一番の問題だと言いたいわけではない。その格差を保存し、拡大させることによって、多くの人々が満足に暮らせないことが問題だ。
 それについての私自身の立場は既に幾度も書いているから、例えば税については『税を直す』(青土社)に書いているからここでは繰り返すことはしない。簡単に言えば、その立場は――その徴収の仕方については様々議論があり、その一部はわかるし、その一部は相手にしないでよいと思うが、そうした詳細を一切省けば――さっさと取るものを取って、必要なところに使えばよいという、ただそれだけだ。ただそれだけであるその上で、誰かは、今の、そして今後の「財源論」を巡る、おそらくおおいに奇妙で困った部分を含む動向について、追うべきを追って、言うべきを言うべきだろう。これもまた研究者の仕事ということになる。

 以上に記したことは、いくつかこれまで明示的には記さなかった部分もあるが、だいたいはこれまでに書いたものの中にある。『良い死』(筑摩書房)の第3章に「思いを超えてあるとよいという思い」という節がある。心性・自発性と強制――税はもちろん強制される、徴税は国家権力の発動である――の関係については『自由の平等』(岩波書店)、とくにその第3章「「根拠」について」。しかし、心性・好悪と社会の諸部分・諸契機との関係はさらに多く複雑にあり、考えることが多くある。ほとんどまとまったことを言うことをしてこなかった。河出書房新社のHPでさせていただくかもしれない連載で書くことになるかもしれない。しかし書けるかどうか今の私にはわからない。始められるなら始める。【二〇〇八年から中断をはさみ二〇一二年まで「好き嫌いはどこまでありなのか」という文章を九回書いたが、終らないまま止まってしまった。終らせられるなら終らせ、本にしていただく。】
 また、以上に記したことについて、この【二〇一一年の】三月に刊行された安部彰の『連帯の挨拶――ローティと希望の思想』(生活書院)がある。「身近な他者への共感」(の漸次的な拡張)という(ローティの)路線が検討され、ヒュームを読み直しながら「他者の受苦の経験」が対置される。そこに答を見出せるのかどうか、読んでみてほしい。また、「究極の選択」という問題設定(「救命ボート問題」などと言われる)自体を典型的な「例題」として示してしまうといった(生命)倫理学他の発想自体が倒錯している等々のまっとうな指摘はこの五月刊行の野崎泰伸『生を肯定する倫理へ』(白澤社)にある。合わせてご覧いだたきたい。


UP:20140131 REV:20200513
立岩 真也  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 
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