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たんに、もっとすればよいのに、と

立岩 真也 2013/09/30 『社会と調査』11:148
http://jasr.or.jp/online/content/aisr/aisr.html


◆安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩 真也 2012/12/25 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版,666p. ISBN-10: 486500002X ISBN-13: 978-4865000023 [amazon][kinokuniya] ※
ISBN 978-4-86500-002-3, 1200+60

『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版表紙』

 現地に出かけて直接人の話を伺うという類の調査をしたのは、博士課程に入った1985年からの数年だけのことだ。それは『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』という共著書になって、1990年に初版、95年に第2版、そして2012年に第3版を文庫版で出してもらった。ずいぶん長い期間・時間、話をうかがった。実はそこで得られた話は、そのままの「引用」のかたちではほとんど私が担当した章には使われていない。「聞き取り」で論文を構成するといったスタイルがなかったわけではない。そのころからそれはわりあいよくあるかたちになりつつあった。たんに私の担当した章はそのように書く必要がなかったということだ。けれどそうして聞いた話は、その本のすべての「もと」になったし、そしてその後、私が「机上の空論」を延々と続けていく時の「もと」にもなった。まず「調査」とはそういうものではないかと思う。あたりまえだけれど、言いたいことの一つがそのこと。
 そして、もう一つ思うのは、信じられないほど調査されてよいことが調査されていないということ。社会学者だけでもこんなにたくさんいるのになんで、と思うことがある。私たちのさきの本になった調査については理由があった。(当時の、と言っておくが)社会福祉(学)の「主流」にとって快くないものだったからだ。そして今でも、様々な事情・力学のもとに調べられるべきが調べられないことが多々ある。そこをどういう手練手管を使って調べるか。ときには「調査倫理」的にぎりきりの(しかし妥当な)線を狙う必要もある。そこが工夫のしどころなのに不要に無駄に慎重になってしまっていることがあると思う。そしてそんな「きな臭い」ことと関係なく、本当にまったく単純な意味で調査されていない領域が広大に残されている。私は、COEという仕組みがしばらくあったために「〈生存学〉創成拠点――障老病異と共に暮らす世界へ」というものに関わってきたのだが(今は大学内の研究センターになっている)、その仕事をやっていて、あきれるほど何も調べられていないところがあまりにたくさんあることを思った。他方では、「ねたさがし」に苦労しているという大学院生がいたり、同じようなことを多くの人がやっていて妙に混み合っていたりするらしい。世の中に何があるか、調べるとおもしろそうか、事実・ヒントを示す側にも問題があるのかもしれない。何十でも今すぐにできる、したらよいことがあげられるはずなのにと思う(→生活書院刊の『生存学』3・4号での天田城介氏との対談)。
 そしてもう一つ、そうやって気がつかれず、なされないうちに――このごろそのことばかり言って書いているのだが――もう幾つのものことが、あるいはその記憶が、なくなっているか、なくなりかけている。私たちのその本も初版から22年だから、当然のことではあるが、幾人もの人が亡くなっている。その多くは長い文章など書き遺さなかった人たちだ。例えば、若くして突然亡くなった人(1948年に生まれ1999年に没した高橋修という人がいた)について、文字として残されているのは、私たちが行なった3回の聞き取りを文字にしたもの、他に限られる。その3回の聞き取りができただけで、私はあの時期、論文も書かず――一番書かねばならなかった博士課程3年から4年、1本も書かなかった――調査をしていてよかったと思う。これからしばらくを逃すと何も残らない。そんなことがたくさんある。

□cf.
◇立岩 真也 2012/07/10 「これからのためにも、あまり立派でなくても、過去を知る」,『精神医療』67:68-78
◇立岩 真也 2012/03/20 「五年と十年の間で」『生存学』5:8-15
◇立岩 真也 2008/09/01 「集積について――身体の現代・3」,『みすず』50-9(2008-9 no.564):48-57 資料,
◇立岩 真也 2008/01/31「学者は後衛に付く」,『京都新聞』2008-1-30夕刊:2 現代のことば


UP:2013 REV:20131008
立岩 真也 
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