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飽和と不足の共存について

日本生命倫理学会第24回年次大会・大会長講演要旨
立岩 真也 2013 『日本生命倫理学会ニューズレター』
https://sites.google.com/site/seimeirinri24/


 その要旨は以下。「生命倫理学」をなにかできあがったものとして受け取ることはできず、受け取るべきでない。それはまず、(論者によっても異なる)複数の「原理」が併存していること自体からも示される。その学が決定のための指針を示すものであるなら、それは、その複数のものの優先順位とその理由を――むろん常に一定である必要はないが、場合に応じてという時のその変更の理由を含めて――示す必要がある。しかし、それは多く明確にはされていない。教育や応用、そのための組織の要をすこしも否定しないが、「原理」に関わる問いはすこしも終わっていない。
 次に、明確にされていないなかで、しかし現実は動いているし、決定はなされている。とすればいったいそれは何をしていることになるのか、何がなされているのか。考えるためにも、起こってきたことを知らねばならない。そうした研究が、香川千晶の著作や小松美彦らのグループによって進められているのは貴重なことだが、それが貴重であることは、そうした作業が全体として不足しているということでもある。
 さらに、知られ、それをもとに考えられ、それに対して言われねばならないのは、狭義の「学」の範囲にとどまらない。様々な場からの言葉があり、様々な水準でなされてきた行いがある。むしろ、通常生命倫理学として想定されているもの自体が、そうした言説・営為の一つの流れであるとさえ言えるのであり、もし私たちが、それを反芻すること自体を目的とするのでなく、存在する主題・問題に対峙することを目的とするなら――そうあるべきだと考える――、世界の至るところに存在してきたし存在している別の言葉・実践を知るべきである。ただそのように語る演者が何を調べ考えたかをこの時間の内に示すことはできない。文字となったものを読んでいただく以外になく、そのためにこれまでの書きものに加え、『生死の語り行い・1――尊厳死法案・抵抗・生命倫理学』(有馬斉との共著、生活書院)をこの大会にまにあうよう刊行してもらったのでもある。

◆2012/10/20 「飽和と不足の共存について」(大会長講演要旨)
 『日本生命倫理学会第24回年次大会予稿集』 p.26

◆立岩 真也・有馬 斉 2012/10/31 『生死の語り行い・1――尊厳死法案・抵抗・生命倫理学』,生活書院,2000+

『生死の語り行い・1――尊厳死法案・抵抗・生命倫理学』表紙


UP:2013 REV:

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