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書評:松井彰彦・川島聡・長瀬修編『障害を問い直す』(東洋経済新報社、2011)

立岩 真也 2012 『季刊社会保障研究』48-2(Autumn 2012):240-243
国立社会保障・人口問題研究所→http://www.ipss.go.jp/
[Korean]


◆松井 彰彦・川島 聡長瀬 修 編 20110623 『障害を問い直す』,東洋経済新報社,332p. ISBN-10:4492314121 ISBN-13:978-4492314128 \3780 [amazon][kinokuniya] ※ ds w0105 dr01

  障害(者)と経済(学)について調べたり書いたり、それを刊行することはとても大切だと思う。思ってきたし、思っている。しかし私だったらこの本は出さないと思う。
  と書いてしまったのではあるが、その前になぜそういう研究がいるのに、(あまり)なされてこなかったか。いくつか理由があるが、素朴に障害者と経済(所得・労働…)についての調査・研究があまり行なわれてこなかったこと、障害学」の本や雑誌――障害学会という雑誌があって『障害学研究』という雑誌がある(明石書店刊)――にそういう論文があまり(というかほとんど)載らない理由――の一つは、なんとなく(を説明することはできると思うが、略す)「そり」が合わないところがあるからだが――の一つは単純だ。調べるにはいくらか手間がかかり、いくらか人がいるし、お金もいる。だが、障害学の学部や学科などというものはないから、研究者には個人営業のような人が多くて、自分の身体を動かして調べられる範囲で、聞き取りをしたり、資料にあたったりして調べるといった仕事をしている人が多い。必要性を認識していないわけではないと思うが、なかなかそんな研究ができない。そういう場合に組織や一定まとまった資金が役立つことがある。もちろん、調査・実証研究は経済学の一部ではあり、他にも使いようはいろいろとあるはずだ。
  この本は、文部科学省の科学研究費の学術創生部門に当たって発足した研究プロジェクト「総合社会科学としての社会・経済における障害の研究」(略称:READ)の成果ということになる。2007年度から2012年度、5年間のプロジェクトだった。じつはこの「学術創生部門」は――評者が同時期に関わっていたCOEと同じく(「事業仕分け」で仕分けられ、制度自体がなくなった)、というよりそれ以前に――もうなくなっている。他の科研費と異なり、著名な研究者の推薦によって採択される(この制度の廃止にあたっては、この推薦という仕組みの妥当性が問題にされたとも聞く)。READの推薦者は青木昌彦で、申し分なく著名な研究者である。もう終わったので記してよいと思うが、「いちおう」「外部」の人の評価を得ることになっていたようで、私にその役がまわってきた。前記したように研究の組織化には意義があり、(ごく素朴な意味での)経済も(あるいはそれこそが)大切だと思っていたので、期待していると記した。代表は『慣習と規範の経済学――ゲーム理論からのメッセージ』(2002、東洋経済新報社)等で知られる松井彰彦。誰もが知るように、ゲーム理論を専門とし、その第一人者である。このプロジェクトは松井の所属する東京大学大学院経済学研究科に置かれ、上記した障害学会の立ち上げにも関わり最初の事務局長でもあった長瀬修が特任准教授というかたちで入った。さらに本書の編者の一人である川島聡や著者の臼井久実子・瀬山紀子らが研究員というかたちで加わり、そして経済学研究科の大学院生他も関係した、のだと思う。(ちみなに松井と長瀬は東京大学の障害者雇用・支援の仕事で知り合った。長瀬は、本書終章「盲ろう者と障害学」を担当している福島智のところでやはり特任准教授をしていて、松井は副学長で、障害者雇用・支援の担当ということで知り合ったのだという。)さらにちなみに、長瀬は、今年度から評者が関係する「生存学研究センター」――COEと同時に立ち上げまたCOEの後継研究機関でもある学内の研究組織――の(ほとんど経済的にはなんの見返りもない)特別招聘教授を務めてもらっている人でもある。
  そうしてREADの5年間が終わった(その期間中、私も同僚の後藤玲子も研究会に呼んでいただいて話し<0240<たことがあるし、いくらか様子を聞いたこともある)。本書は「そのとあえずの成果」(p.v)である。
  前述のように、私は期待していると書類に書いたが、いくつか、けっこう難しいだろうなという予感もあった。その所以はやはり説明しないが、もしこれが成果であるなら、いくらかそれは当たったように思える。
  以下では、いま記した、もうベテランということになる、編者たち(川島はそんな年ではないけれども)や福島の書いた章(福島のは講演の記録だが)――それぞれに有益ではある――ではなく、(たぶん)「若手」の、このプロジェクトから生産されたはずである章について。
  単純といえば単純な枠組み・筋ではあるが、しかし、まず第2章「障害女性の貧困から見えるもの」(臼井久実子瀬山紀子)は押さえて知らせるべきことを知らせている。調査自体は「国立社会保障・人口問題研究所に基盤をおくチーム」(p.58)による調査他をもとにしたものであり、そして、つまりは、障害のある同時にある女性である人たちはとくに経済的に厳しいことを示している。それだけと言えばそれだけであり、とくに意表をつくことが言われているわけではない。ただ、その度合いが甚だしいことが具体的に示されている。こういう仕事はそれとしてきちんとしておかねばならないし、なされてよかったと思う。
  第1章「顔の異形(いけい)は「障害」である――障害差別禁止法の制定に向けて」(西倉実季)の主張は明快である。障害差別禁止法における障害に「異形」を含めるべきであると主張している。そして予想される三つの反論に再反論している。それはほぼ妥当なものだと思う。例えば、その一つめは、「パイの奪い合い」になるという懸念に対して差別禁止を求めているのであり給付を求めているのではないからだいじょうぶというものなのだ。ただ、論理的には「奪い合い」の可能性は否定しつくせないという反論はさらに可能であり、とすれば、奪い合いがあってもよいと居直る、そして/あるいは現実に生じうる奪い合いは無視できるほど軽微であると言うかである。それ以前に、異形による差別であることをどのようにして(証明が求められているとして)証すのか――障害による差別の証明が困難で、それでADA(障害のあるアメリカ人法)がうまく機能していないことの報告は、私たちのCOEでPDをしていた経済学専攻の研究者(坂本徳仁)によってなされている――、そして、どこまでを(そしてどんな場合に)差別禁止の対象である異形とするか。筆者は当然そんなことも考えているはずだが、それはそのプロジェクトでどこまで議論され、その結果はここに生かされているかである。
  他は、例えば査読付雑誌だったらどうだったか、と思うものが多い。
  第3章「きょうだい――文化と障害」(河村真千子)は、なるほど(親子の関係と異なり)こんな関係であるのか(というか、あることもあるのか)と思わせられる点では、まずまずおもしろくは読める。ただ、「障害の有無にかかわらず、その人らしい◇りが可能となる支援や施策づくりをしていく。そして、お互いに支援し合える心の関係が作られることによって、きょうだい関係にも真の調和が生まれていくのではないか。」(pp.125-126)と終わらせようとしたら、たいがい指導教員は「それでいいの?」と思わず言ってしまうだろうと思う。
  各々の章で大切な問いが問われてはいるのだ。しかしそれは途中で終わる。あるいは始まるあたりで終わる。第7章「障害者は「完全な市民」になりえるか?」(星加良司)。私たちの社会では「互恵的」であれるような人間であることをもって「完全な市民」とされるのだが、(仕方なく)その条件を免除してもらうということでは「二級市民」にしかなれない。さてどうしたものか。『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』(生活書院、2007)の著者である著者であれば、このような問いは最初からあったはずであり、それに答えようとしてきたはずである。しかしその章は「粘り強い知的探求が求められている。私たちが取り組まなければならないのは、そうした困難で、野心的な問いなのである」(p.254)と終わる。
  第6章「知的障害の歴史――イギリスと日本の事例」(大谷誠・山下麻衣)。もちろん主題は重要な主題である。しかし序章・終章を含めれば13章ある本で、この主題についてそもそも何ごとかを書けるのかと思ってしまうわけであって、その予想はそう裏切られない。「補助学級は低能児学級ではない。[…]特殊的であるが特殊ではない。[…]出来る限り普通学級と連絡を保ちつつ一般児童と共に指導して行こうと願っているものなのである」(p.220に引用)といった言説が1930年に既に(日本に)あったと――つまりはずっと人は同じことを言っているのだなと――知ったのは、<0241<この領域についてはまったくの素人である評者が、本書から得た多くない一つではあった。
  第8章「ディスアビリティ経験と公/私の区分」(飯野由里子)。主題の設定はたいへん正当である。オリバーがそんなに単純なことをほんとに言っているのだろうか――評者は「もと」を確かめていない――とか、フィンケルシュタインの危惧はもっともだと思う、などと「障害学」の業界をいくらか知っている人は読んでいく。そして、フェミニズムが「公/私」の境界をあらためてあるいは初めて問題にしたのは事実だろう。しかしそれはすくなくともそれを学んだ人は聞いて知っている。それを障害という主題にもってきた時に何を言うかだ。しかしそれは記されていない。加えれば、(普通の言葉の用法において)私的な場における(あるいは置かれる)差別が、日本で(に限らず世界のどこでも)いくらでも問題されてきたはずだが、それはどうなのか、とも思う。
  さて以上には、代表で編者の一人である松井(の執筆したのは序章「社会の中の障害者――なぜ、「障害」を問い直さなければならないのか?」と第5章「「ふつう」の人の国の障害者就労」)を別とすれば、経済学を専攻する人たちはいないようだ。(編者の川島の専攻は法学で、担当しているのは第9章「差別禁止法における障害の定義――なぜ社会モデルに基づくべきか」。そして長瀬の担当は第4章「障害者制度改革の取組み――日本の障害者制度の課題」。)福島による終章の前の2章が「経済学と障害学の対話から」(帯)ということになる。
  第10章「障害等級を定めることの困難性」(関口洋平)。アローの不可能性定理をもってきて「不可能性」が言われる。それは――設定されている周知の人には周知の条件下で――当然である。証明されているのだから。そのあと、ドゥオーキンの補償と責任アプローチをもってくる。そして「同一責任に対する同一福利」という公理1と「同一障害に対する同一移転」という公理2とを立て、この二つの条件・公理を満たすルールが、きわめて特殊で非現実的な仮定を置かない限り、存在しないと言う。その節は「いずれにしろ、平等な障害者保障を考えるのは厄介な問題であり、さらなる規範論的分析が必要とされる」 (p.346)と終わる。例えばドゥオーキンの方について。詳しい解説はないので、なんとも言えないところがあるが、ここでは、責任の有る無し(多い少ない)は障害の無い有る(少ない多い)に対応するとされる。それはそういうモデル設定になっているので、よしとしよう。とすると、同一障害について、同一の「福利」と「移転」(=「所得補償」)とを両立させようとしてもそれは無理だという話ではないか。しかしそれは当たり前のこと、「資源主義」と「厚生主義」(「福利主義」)とが別れてあるということ自体が示していることではないだろうか。
  第11章「「障害を定義する」ということ」(坂原樹麗・佐藤崇)。「われわれが[…]示したのは、一言語使用者としてのわれわれ「一人ひとり」がどのように障害者や障害を認識しているのか、の理解についての提案だった。しかし、そこからどのように障害が「社会的に」認識されるのか、の理解に至るまでにはまだずいぶん遠い距離がある。[…]そもそも、考えてみれば、何かが「社会的に」認識されるとはことなのか、ということすらよくわからないのだから、じつは終着点でどこなのかもわからない道のりであると言ってよいのかもしれない。しかし、これは誰かが通らなければならない道すじであることは間違いないように筆者たちには思われるのである。」(pp.379-38)このように終わるこの章から、僣越ながら、私はほぼ何も新たに学ぶことがなかった。そしてそれは経済学に存在する問題に由来するわけでもなんでもない。筆者たちは「障害なる概念を定義するという「行為」を問うという視点」(p.379)で論じた(正確には「論じたいと考えた」)と言うのだが、実際には、自ら(筆者たち)がしていることがわかっているように思えなかった。川島の第9章「差別禁止法における障害の定義――なぜ社会モデルに基づくべきか」――私はその主張の一部(米国流の定義をよしとする主張の一部)については全面的には同意しないが、意義ある章だと思った――への言及がこの章にまったくないわけではない。けれども、はたしてそこで「対話」のようなことがなされたのか。私はその痕跡を見出すことができなかった。
  「難しい話」はときに必要である。そういうものが嫌われる傾向があるとするなら、私はそれは残念なことであると思う。そしてその残念なことは「現場」に近いところに多く現われることなのかもしれない。また逆に、それが「学」を称したりするようになると、たいした理論でもない理論をたてまつったりすること<0242<があってしまうこともあったりして、それもまた残念に思うことがある。何を言うのかが自分でわかること、そのために何をどう使うかがわかるためには、学問的なものあろうがなかろうが、勉強しないといけないというあたり前のことだ。そして異なるものの間の対話も必要で有意義なことはあるだろう。ただそのためには、あるいは――話しあえばうまくいくなどと私はまったく思っていないので――だめであることがわかるためにも、まず論と論をつきあわせてみる必要がある。障害に関係することなら、障害学の「もと」になったもの、なっているものについて、謙虚に知ることがもっとなされたらよかったのに、と思う。<0243<

cf.
アローの不可能性定理
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86
◇フィンケルシュタイン=Vic Finkelstein(そのうち人ページが作られるでしょう)
・→http://www.arsvi.com/b1990/9801hc.htm etc.
・立岩[2012],安積他[2012](第11章)
 「☆05 滞在中にダイアナ妃が亡くなった。ヴィック・フィンケルシュタイン(Vic Finkelstein、南アフリカ共和国出身、反アパルトヘイト闘争で投獄、英国へ、オープン・ユニバーシティ教員、初代英国DPI代表、元DPI世界評議員、英国障害学の創始者の一人)の話も(通訳の中西由起子氏を介して)聞いた(この時の講義概要はヒューマンケア協会ケアマネジメント研究委員会[98]所収)。同行した高橋修(○頁)と「(日本でも)昔からそんな話をしてきたよな」といった会話をした記憶がある。[98D]でもその報告と、ではどうするかについて述べている。」
 以下にある注
 「介護保険で結局決まったのは要介護認定の仕組みであり、ケアマネージャーには供給量決定の権限はなく、その仕事は決められた総額をどう使うかに関わるものになったのだが、当初、マネジメントに危機感をもった人たちはマネージャーにより強い権限が付与され、量も生活の仕方も決められてしまうこことを懸念した。それで(私も同行したのだが)、一九九七年の秋、英国に行ってそこでの「コミュニティ・ケア」を見てくることにもなった。(まじめな)マネージャーは予算を出したくない側と利用者の間にはさまれて辛い立場であるようだった([98A])☆05。 その仕組みはよくないだろうと考えた。ではどうするか。その英国報告と対案とを合わせた冊子(ヒューマンケア協会ケアマネジメント研究委員会[98])で、中西正司らの案を私が文章にするかたちで「ケアコンサルタント・モデル」を提案してみたりした(中西・立岩[98])。」
◇立岩 真也 2008/04/26 「有限性という常套句をどう受けるか」(報告),学術創成研究費「総合社会科学としての社会・経済における障害の研究」月例研究会 於:東京大学,


UP:20120716 REV:20121225 
立岩 真也 
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