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もらったものについて・9

立岩 真也 2012/09/10
『そよ風のように街に出よう』*83:- *おもしろい雑誌なので定期講読するとよいと思います。

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※下記した精神医療関連のことについては以下の本に書きました。
◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.
『造反有理――精神医療現代史へ』表紙
◆大野・山本インタビューは『現代思想』2014年5月号に掲載されると聞いています。→掲載されました。

*次の資料集を作りました。購入していただけるとありがたいです。
◆立岩真也編 2014/12/31 『身体の現代・記録00――準備:被差別統一戦線〜被差別共闘/楠敏雄』Kyoto Books

 以下、宣伝だけさせていただきます。

震災と停電
 今年の夏はどうなるのか。私は京都にいて関西電力ということになるのだが、停電が起こるとか、どこまで本気の話なのか、私にはわかりかねる。ただどこでも、すくなくとも地震の類があれば停電はどこでも起こりうるし、実際、昨年起こった。とくに呼吸その他をするのに電気が欠かせない人にとっては、文字通りの死活問題だ。それで、もう昨年の9月のことになるが、「震災と停電をどう生き延びたか――福島の在宅難病患者・人工呼吸器ユーザー(他)を招いて」というシンポジウムが京都で開催され、私はその司会みたいなことをした。福島でどうだったか、また千葉で起こったことを聞いた。
 それはずいぶんな盛況で、バッテリーとか発電機とかに関わる具体的な質問も相次いだ。その記録を文字化した。そして、誰がどうなっているかわからない、人が来ない、そして停電でおたおた、といったことは東京でも、その中でも緊急時の対応体制がいちおうできていることになっていた地域でも起こった。そのことを、中野区の区議会議員を長く務めた(そして私の勤め先の大学院生でもある)佐藤浩子さんが書いてくれた。そういうものを集めて『医療機器と一緒に街で暮らすために――シンポジウム報告書 震災と停電をどう生き延びたか――福島の在宅難病患者・人工呼吸器ユーザーらを招いて』という冊子(権藤眞由美・野崎泰伸編)を作った。最初の部分は加藤福【さき】さんが描いてくれたイラストで、緊急時になった時に、また緊急時に備えてどうするかがわかりやすく解説されている。勤め先の大学で、震災関連の研究・活動にお金を出すというのがいくつかあり、外れたのもがあるが、当たったのもありで、当たった方のお金で作った(ので送料実費でお送りできる)。冊子の題名で検索すると、目次とか、注文方法とか出てくる。私(TAE01303@nifty.ne.jp)に直接連絡いただいてもよいです。
 それから『福祉社会学研究』という福祉社会学会という(社会福祉学会ではない学会の)学会誌(発売:東信堂、本屋で買えます)の第9号の特集が「東日本大震災と福祉社会の課題」で、そこに私のものでは「後ろに付いて拾っていくこと+すこし――震災と障害者病者関連・中間報告」という文章が載っている。基本会員向けの雑誌だが、この号は震災関連の特集号だから、いくらかでも宣伝になると(こちらで勝手に判断して)私の文章とこの号の案内をHPに載せている。
 自分でもこのごろどこにこのいつ何を書いたかはっきりしないのだが、この連載の第7回(昨年7月)で震災関連のことを書いたのだった。それらにも記したことだが、もし起こったからどうするかということも大切なとなのだが、その前のこと、その前のつながりがあって、「いくらかでも」「まし」な対応・活動ができた、できているということがあると述べ、阪神・淡路の時(以来)のことにすこし触れた。私自身は現地にも行けてないし、書類を書いたり集会の司会をしたりといったことしかできないけれど、わけわからないまま福島に古井正代さんやら福永年久さんやらに(介助で)ついて行って以来、本業(研究テーマ)は他にある人が調査や報告を続けてくれている。こうしたことについて第7回にいくらかふれたのだったが、こんどの原稿ではその後のことをいくらか紹介しているということである。やはりそこで紹介したHPによる情報提供の方も、若干滞りながら、続けてはいる。
 さらにもう一つ、昨年の十月の初め、障害学会の大会(第8回)で「災厄に向かう――阪神淡路の時、そして福島から白石清春氏を招いて」という特別企画トークセッションというのをやらせてもらって、かつて古井(旧姓:鎌谷)・福永と青い芝の会でいっしょだったこともある白石さんに長めに(といっても全体としてとてもあわただしかったのではあるが)話していただき、本誌でその著書『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』が紹介された野崎泰伸さんに阪神・淡路の時以降のことを少し加えていただいた。質疑応答はいつまでも続けられそうだったがとうぜん時間は決まっていたわけで、少しオーバーして終わった。その時の記録の全部『障害学研究』の第8号に掲載されている(これは発売:明石書店、やはり本屋で買えます)。

■西のこと
 その障害学会の大会の時のことだ。私はすっかり出無精になってしまっていて、学会とかほぼ出られてないのだが、そのときにはその白石さんに話してもらったそのセッションの司会ということでその日だけ出た。そしたら、その大会の会場は愛知大学で名古屋で、そこに大野萌子さんが赤堀政夫さんとともにいらしていた。赤堀さん・島田事件のことを御存知ないとなるとこれは(たいへん)困ったことなのだが、解説は略(いつものようにこの文章全体をHPに掲載して、そこから関連ページにリンクさせてある)。大野さんはずっと赤堀さんの再審請求・奪還の活動に関わってきた人であり、ご自身もこないだ怪我されたということだが、解放後の赤堀さんの生活を介助者として支えてもいる。全国「精神病」者集団(一九七四〜)の結成以来のメンバーである。実はお会いするのは初めてではなく、二〇〇六年の十月、「東海地区医系学生フォーラム」というところで話をさせていただいた時、やはり赤堀さんといっしょに来られていて、驚いた。赤堀さんは静かなただずまいの方だった。お目にかかることがあるとは思っていなかったので感激した。大野さんは、その「フォーラム」に呼ばれた私を含む幾人かがひとしきり話した後、「がーっ」と話をして、おおこの人があの大野さんか、と私は思ったのだった。(テーマは「医療における自己決定を考えよう――あなたは「尊厳死」を望みますか」というのだった→この話はまた後で。)
 私たちは、この「病」者集団の途中からのメンバーで、その活動に関わってきた山本真理(筆名:長野英子)さんに公開インタビューというのをしている。これは昨年の十月八日のことで、事前に決まっていて、山本さんにはわざわざ京都にきていただいて、長々と話をうかがったのだが、その一週間前の十月一日の大野さんとの遭遇は偶然で、しかしこの機会をと思ってしまったものだから、そしてそこには「「病」者集団」の、より若い、といってもそれほどではない安原壮一さんと、たぶん本当に若い桐原尚之さん(彼は今年からこちらの大学院生になってしまった)もいたから――この二人のどちらかがボイスレコーダーをもっていた――お願いして、三人で、きゅうきょ、会員控室みたいなところで――さっき記した特別セッション(のための打ち合わせ)が始まるまでということであわただしかったのだが――インタビューということになった。
 それで聞いたのは、やはり、名古屋からだいたい大阪あたりまでの地域でも、精神障害者たちの、そしてそれにすこし先んじての医療者たちの動きがあったということだ。大野さんが保護室を「占拠」して(一九七二年)、入院している人たちの待遇改善を要求したことついては彼女が二〇〇六年に書き、たしか掲載依頼の連絡をいただいてこちらのサイトに掲載させてもらっている「保護室占拠 NO.1」で知ってはいたが、それが名古屋市立大学の付属病院で、その占拠がそこの医師かどうかはよくわからなかったがとにかく名古屋あたりで反保安処分の運動をやっていた人たちに見込まれ、大野さんはそこに入っていく。そして一九七四年に「「病」者集団」結成。第二回・第三回大会は京都で、第四回大会は名古屋で開催されている。名古屋(の大野さん宅)はたまり場、会議の時の宿泊場所になり、さらに大阪にも暮らす場が作られる。そこで障害事件が起こり、起こした方の鈴木国男(以下故人のみ敬称略というのはいかにも変だが、そうさせていただく)――――が留置場に放置され、亡くなる。場が作られ、そして争いが起こることに、自らの位置をどこに置くか、医療・医療者たちとの関係をどうしていくかが絡んでいる――鈴木が仲間を刺したのもそのことに関わっていたという。
 私は一九七九年から一九九五年まで十六年東京にいて、なんとなくその時期の東京近辺の雰囲気はわかる。大学(学園)闘争(紛争)は、東京大学医学部での学生の不当処分がきっかけになったということになっているということもあり――この辺のことは稲場雅紀・山田真・立岩『流儀』(生活書院、二〇〇八)の山田さんの話、及び私が付けた註を読んでください――、またその流れで所謂「赤レンガ病棟」「占拠」が起こり、そこが「刑法改正・保安処分に反対する百人委員会」といった組織の事務局を担ったこともある。そこの人たちと、私がいた文学部の自治会(学友会)とは関係があった。そこでのことだって、わからない部分はいろいろとあるのだが、「占拠」はサンケイ新聞が告発キャンペーンをやったり国会でも取り上げられたりしたし、占拠した側が書いた本もそれを告発した側の本もある。比べても、関西のことはもっとわからない。ただ、行きがかりのようなことで、精神医療改革のことを調べかけたことがあって(『現代思想』の連載で、すこし始め途中でたんに止まっている――二〇一〇年十月号から二〇一二年十二月号までの計十四回が「社会派のゆく先」)、いくらかでも見ていくと関西の部分の力・影響が大きいことは感じる。日本精神神経学会における「造反」が始まったのは一九六九年の金沢での大会だとされるのが、それを「煽動」したのは、京大出身(→洛南病院・他)の小澤勲らだった。名古屋を関西と言ってよいのかわからないけれど、二〇〇六年に私を名古屋に呼んでくれたのも、後での飲み会で知ったことだが、ずっとその地で地道にやってきた医師他の小グループで、その人たちが「若い世代に」ということで企画をやっているのだった。(ついでに加えると、一緒にインタビューした安原さんに初めて会ったのは、二〇〇五年十月のことで、仙台での「ハートインみやぎ二〇〇五」という企画に二人が呼ばれた時。その仙台での企画も、やはり終わった後の飲み会で知ったことだが、東北大学で「造反」した浅野弘毅さんらが続けてきたものだという。)
 精神医療の場合は専門職の「自己批判」みたいなものとして始まった、こうした医療者たちの運動についてはいまあげた雑誌などでいくらか――しかしほとんど断片的にだ――知れることはあるのだが、今で言う「当事者運動」の始まりのところは、個々の事件については書かれたものを読んだことはあるが、わからない。それが今回、大野さんに話を聞いて、そのつながり方がいくらかつかめたように思った。造反組の医療者たちに「そそのかされて」と言ってわるければ、「期待されて」という部分もある。しかしいつまでも一緒に?、ということにもならず、時には厳しい対立が起こることにもなる。だから書かれにくいということもあるだろう。行動第一で、いちいち書いていられないということもあっただろう。
 いちいち書いてられないというのは同じだが、それでも、比べれば、視覚聴覚等含む身体障害者人たちの運動については本誌の関係では河野秀忠さんのも含め、何冊か本が出されている。定藤邦子さんの博士論文→本『関西障害者運動の現代史――大阪青い芝の会を中心に』(生活書院)を以前に(やはり第7回で)紹介した。こちらの大学院生では岸田典子さんがいま楠敏雄さんへのインタビューを重ねている。
 そしてこれらには表立って書いてないのだが、大阪近辺では部落解放運動との関係が強くあってきた。それをどう見るかも一つ大切なところだと思う。そして部落解放同盟と共産党およびそれと関係する団体との間に強い対立があったことも関係するだろう。最初からそんなふうに陣営が分れていて、その成り行きで、あの人たちが言っているから賛成とか反対とか、というところも多分にあったとは思う。ではそれはつまらない、争いのための争いであったか。そうは思わない。そして、部落解放運動や在日の人たちの運動における「とるものをとる」やり方を障害者運動が学んできた部分がある。そしてそれがもたらしたものはたしかにある。と同時にそれが、今、既得権批判だの、特別扱いはしないだのいう簡単な筋の話で崩されようともしている。そのことをどう考えるのか。なんて、悠長なお話をしている場合ではないかもしれないのだが、考えるためにも、わかることはわかっておいた方がよいと思う。

■資料・史料ください
 まだ今ならわかるかもしれない。わかりましょう。というようなことを――これもむしろ雑誌の宣伝になる、と思うことにして、全文を掲載しているのだが――その精神医療業界の「造反組」が始めた雑誌『精神医療』(最初は東大青年医師連合の刊行、現在は第四次で発売:批評社、やはり購入できる)に「これからのためにも、あまり立派でなくても、過去を知る」という文章に書かせてもらった。
 人は生きているうちしかしゃべれない。だから聞いとかねば、と思うのが一つ。そして紙に書かれたもの印刷されたものはそれはそれで。(印刷物はならなくならないかと言うとそんなことはない。いつのまにかなくなる。)そう思ってこのかん資料を集めてきた。ただ金はそうない。そして金があれば集められるというものでもないものもたくさんある。でも(収集自体もだが、とくに整理・公開に)金はあった方がよい。それで文部科学省の科学研究費というのに応募しているのだが、これは二度続けて〔2014年度も落ちたので3度〕。落ちてしまった。私にはそのわけがわからない――まあ欲張って金額を高く要求し過ぎたのかもしれない。それを哀れんで、というわけではなく、ここ数年の間にぼつぼつと資料の寄贈を受けている。まず、これはだいぶ前だが、尾上浩二さんがDPI日本会議の事務局長になってしまって大阪から東京に越さねばならなくなった時にダンボール箱で四つ、集会の報告集だとかいただいた。そして近いところでは、『福祉国家の優生思想――スウェーデン発強制不妊手術報道』(共編者:二文字理明、明石書店、二〇〇〇)の編者でもある椎木章さん――一九七〇年代、部落解放運動を巡る激しい対立の中に教師としていたことのある人でもあることを、資料の一部(大部分は箱詰めでお送りいただいた)を自ら持参してくださったおりうかがかった――から「レア」なものを多数含む、というかほとんどがレアな資料をたくさんいただいた(「椎木章」で検索するといただいたもののリストが出てくる)。そして昨年〔★〕亡くなった精神科医で、『立法百年史――精神保健・医療・福祉関連法規の立法史 増補改訂版』(批評社、二〇〇四)等の著書のある広田伊蘇夫氏の蔵書の一部(精神医療関連)を寄贈していただけるとのお話もいただいている。いただけるものをいただけるうちにいただき、やれるうちにやれることをやっていきたいと思う。大野インタビュー・山本インタビューも整理して(もちろん本人了解のうえ)公開・公刊したいと考えている。〔★〕
 最後にもう一つ宣伝。こんな事実を確認しつつ、ものを考えるという仕事もある。例えば、介助(介護)は無償がよいのか有償がよいのかという議論?がえんえんとあってきた。それをあらためてどう考えるか。この六月、堀田義太郎さんとの共著で『差異と平等――障害とケア/有償と無償』(青土社)という本を出してもらった。堀田が無償派、私が有償派という分担?で書いている。ほかにも「どれだけとっていいか」という主題について考えてみたりしている。昨年十二月刊の村上潔さんとの共著書『家族性分業論前哨』(生活書院)ともども買ってくださいませ。こちらから直送の場合、刊行記念特別価格ということで二冊セットで三割引き(+送料)になります。
 さらについでにもう一つ。「尊厳死法」制定という動きがあり、反対の運動も始まっている。生活保護についてもなんだかうっとおしいことになっていて、ごく最近も短文を依頼されたりした。これらもみなHPに関連情報あるのでよろしく。私のツィッターでもお知らせしています。


◇立岩 真也 2007/11/10 「もらったものについて・1」『そよ風のように街に出よう』75:32-36,
◇立岩 真也 2008/08/05 「もらったものについて・2」『そよ風のように街に出よう』76:34-39
◇立岩 真也 2009/04/25 「もらったものについて・3」『そよ風のように街に出よう』77:,
◇立岩 真也 2010/02/20 「もらったものについて・4」『そよ風のように街に出よう』78:38-44,
◇立岩 真也 2010/**/** 「もらったものについて・5」『そよ風のように街に出よう』79:
◇立岩 真也 2011/01/25 「もらったものについて・6」『そよ風のように街に出よう』80:-
◇立岩 真也 2011/07/25 「もらったものについて・7」『そよ風のように街に出よう』81:38-44
◇立岩 真也 2012/01/25 「もらったものについて・8」『そよ風のように街に出よう』82:36-40


UP:20120610 REV:20140219
『そよ風のように街に出よう』  ◇病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也 
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