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補足――もっとできたらよいなと思いつつこちらでしてきたこと

立岩 真也 2011/11/30
新山 智基 2011/11/30 『世界を動かしたアフリカのHIV陽性者運動――生存の視座から』,生活書院,pp.185-198

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1 まず確認

 数でものごとの重大さが決まるというものでもないだろう。しかし、それも一つ、大きなことではある。震災で何万人の人が亡くなったとか、ビルが崩壊して何千人の人が亡くなったとか。その数からいえば、大きくは貧困によってということになるだろうが、その貧困・経済・社会と関係して、エイズで、毎日[「毎日」に傍点]、あの建物の倒壊の日に亡くなったその何千といった数の人たちが――亡くならなくてよいのに――亡くなっている。
 それが日本では予防の対象になり、検査の対象になっていて、それでも少しずつ増えているといったことは時々報道されて、知っている。それから薬害エイズのことも記憶にある人がいくらかはいるだろう。けれどもこのこと、アフリカのことは知らない。前進はあったが、解決は――できるのに――されていない。それはまずいだろう。というごく単純な理由で、私たちは、いくらかそのことに関わってきた。というのは正確ではなく、そのことに関わる(日本の)人たちにすこし関わってきた。そしてそれを受けて、この本を新山さんが書いてくれた。
 それにしても、なぜアフリカなのか。と、問わないこともあってよいと思う。今度の震災の時、その被害を受けた人たちを緊急に支援するべきことをもちろん認めながら、そしてそう余裕のあるはずのない外国の人たちからの援助に感謝しながら、「国内」が大変だから、海外支援の方をいくらか減らしてもってきて、といった話になると、それは違うだろうと思う。後で紹介するアフリカ日本協議会(AJF)の代表の林達雄さんは今度の地震が起こった5日後の3月16日、「こんな時こそ「国際連帯」の灯を消すな 」という文書をAJFのサイトに載せている。
 たしかにヨーロッパは距離的にもより近い。かつての植民地であったりもする。言語もその言語が「公用語」として使われていたりする。移民や留学生も多い。様々な思惑もあろう。比べれば、たしかに日本は遠い。いや、じつはこれこれの理由で――例えば天然資源のこととか――アフリカとこちらは近いのだと言ってもよいが、私は、わざわざそんなことを言う必要もないだろうと思う。自分(たち)にとって面倒なことが起こった時、起こっている時に、「近い」(から助ける)とか「遠い」(ので遠慮しとく)とか、もっともらしいものを持ってくるのだとも思う。なぜそう思うかについては幾度か書いているから略すが、小さい範囲については「義務」があるが、より広い範囲については「善意」で足りる、そのまともな理由など、探してもない。

2 方法

 できるのに、可能なのに、と述べた。できないこともある。天災や、そして人災から、そして病、そのすべてからは逃れきることはできない。ただ、本書に書かれているように、この場合は可能だ。それはどうにもならない、はずのないことなのだ。
 普通に考えてみよう。必要なものはまず「もの」である。ものの原料と、それを製造する場所や機械と、人と人の労働、そして流通・利用の仕組みがあればよい。そしてこの場合の、原料は、稀少な鉱物とか、人間の生きた臓器だとか、そんなものではない。その他のものにしても同様だ。他方、人は――これも何度も言ってきたことだが――ありあまっている。だから、死なずにすむようになることは十分に可能なのだ。まず、そんな単純なこを確認しておこう。
 しかし、その薬のその値段が高いという。どうするか。二つ(あるいはその組み合わせ)だけである。一つには、買えるだけの金を人々がもつことだ。それもわるくはない。ただなぜ高いか。技術(についての権利)が独占され、結果として販売を独占するかそれに近い状態になると、値段が上がる。もちろん、そのことを言うと、開発には金がかかるから、その費用を回収するためにも、開発のための「動機付け」のためにも、その権利の付与は必要だとされる。それはいくらか認めてよい。ただそれは、その権利を排他的なものとしていつまでも持ち続けてよいということを意味しない。実際、特許権の付与というのは、一方の見方からは、その権利を保護するためのものだが、それは同時に、その権利をいついつまでと制限するものでもあるのだ。
 むろんそこには種々の利害が絡み、ことは複雑なことになっている。それをきちんと分析する仕事が一つにある――が、どれほどなされているのだろう。ただ、それはそれとして、おおまかにでもなすべき方向がある時、急ぎがなんとかせねばならない場合、人々や企業や政府にことを訴えて、変えていかねばならない。それはどうにもたいへんなことのように思える。しかし、そんな人がいたり、組織・運動があって――後で書くようなきっかけがなかったら、私は、ザッキー・アハマットという人のことも、ケニア他での運動のことも、つまり本書で書かれていることを知らなかっただろうと思う――だから、というほど世の中甘くはないとしても、それでも変えがたいと思われたものがいくらか変わった。アハマット氏はいっときノーベル賞の候補という話があったそうで、実際にそんなことでもあったらすこし違ったかもしれないが、そんなことも今のところなく、やはりほぼまったく知られていない。そのことだけでも知ってもらってよいだろうと思う。要求がかなえられるまで薬を飲まないとか、そんなことをさせてはならない、もっと容易にことが叶えられるほうがよいだろうとは思う。そう思いつつも、それでもこういう人たちがいること、そのことが無駄にならない(こともある)ことを感じ、希望をもつことができる。
 ついでにもうすこし大きなことについて。すくなくとも、HIV/エイズはなんとかなる。しかし現在ある貧困の全体を変えることはたしかにもっと厄介ではあるだろう。しかしまず、ではそれはよいこと、仕方のないことであるかといえばそうではない。では実際にどうするか、できるか、ということになる。
 例えば、こんなことが「グローバル・ジャスティス」といった看板のもとで、考えられたり、書かれたりもしている。私たちは、本書の出版社である生活書院から、2010年に、その領域では著名なトマス・ポッゲの『なぜ遠くの貧しい人への義務があるのか――世界的貧困と人権』を出してもらった。(原著の題名は訳本の副題 World Poverty and Human Rights。2008年の第2版を訳した。)著者は、そうたいした負担なく世界の最悪の貧困は解消可能だと述べる。そして訳された第2版に新たに収録され、その書の最後に置かれる第9章「新薬開発――貧しい人々を除外すべきか?」では、まさにそのことが論じられている。彼の案は、必須薬品向けのグローバル特許を新たに設けて、その特許の有効期間中は、それが与える効果・影響に比例した報酬を公的で国際的な財源から与えられる権利を有するようにするというものだ。これもよい案だろう。
 ただ、全体としてそのポッゲの本は、世界全体の流れから見れば十分に「ラディカル」なのだろうが、私から見るとずいぶん控えめな慎ましやかなことを言っているようにも思える。そのことについて、訳書が出た後、著者が来日した時に私たちの大学院で研究会をしたその後の居酒屋で通訳を介して伺ってみたところ、私が受けとったところでは、米国で出版された米国人(だけでないにしてもそういう傾向の人たち)向けの本なものなんで(こんな程度の書き方で仕方がないのだ)、というような応答であったと思う。それに比べると、私の立場は、慎ましくない、「極貧」のラインを決めて、そこをなんとかしましょうというのでなく、もっと「上」を目指してよいのだというものである。そして、さしあたりの実現可能性を別にすれば、その方が筋は通っているはずである。(そのことは、その本の末尾に付した「思ったこと+あとがき」他に書いた。ウェブ上で読んでいただくことができる。)
 そして、必要で有効なことは、(国境を越えた)所得や資産の分配、いわゆる「再分配」――この言葉は通常――いったん市場において分配されたものを対象とするので「再」分配という――だけでない。さきにも述べたように、(他に対してその性能において優位な)生産財――(例えば製薬の)技術も、また土地も、生産のために使われるのだから生産剤であると言える――について所有権が一部に独占されているなら、その結果、生産されるものの市場での競争力もそれに規定されるから、(市場で競争力を持つ)生産財を持たない人たちの作るものは(投下される労働に比して)ひどく安く買いたたかれるか、そもそも市場で製品として流通させることができない(よって人は就業できない)か、そんなことになる。だから、繰り返すけれど、人はたくさんいるのだから――失業率が50%を超えるといった国々があるが、これは「先進国」における(ここでも必然的に生ずる)失業とは事情が異なる――生産剤をうまく配分すればよい。(だから、これらの部分については私は「成長論者」であるということになるのだが、それは私が「停滞する資本主義へ」等と述べてきたことと矛盾はしない。)  以前から――『自由の平等』(2004、岩波書店)、『人間の条件』(2010、現在はイースト・プレス)等で――私は、お金(や場合によっては消費財の現物)の分配の他に、生産財・労働と三つ分配の対象になるものがあり、基本的には三つともの各々がなされてよいこと、その上でそれぞれの長所と短所を考慮し、組み合わせの仕方を考えるのがよいと主張してきた。生産財の所有権の変更を主張するということは、かつての言葉では、つまりは革命を主張しているということになる。そう受けとってもらってもかまわない。ただ、私は、私は現在の形態に代えて国家による所有を主張するものではなく、その意味ではかつての社会主義者とは異なる。現在の私的所有のあり方に対して別の私的所有の形態を対置しているのであり、それに加えて公有・共有の部分があってよいとする、思うに至極「穏当」な――しかしあまりそう受けとってもらえない――ことを述べている。そして生産財の所有形態を変えるべきことがあることを言う時、頻繁にHIV/エイズ関連の薬のことを持ち出してきた――『希望について』(2006、青土社)に収録されている幾つかの文章、等。ことは直接に命に関わることなのだから、これを持ち出せば容易にわかってもらえるだろうという、いくらか容易な言い方であったことは否定しない。ただ、ものごとはそういうところから考えていかねばならないのだし、本書に描かれているように実際に問題にされたことはまさにそのことだったということだ。

3 資料集

 いきさつについては、いくらか個人的なことでもあり、どうでもよいことでもあるので、事項にすこし触れることにするが、ともかく、1・2に書いたようなことを思っていたから、資料集を作ろうということになった。情報はほぼすべてAJFから得て、またその資金のためにということもあり、当時――今はすこし別の研究をしている――この主題で博士予備論文(修士論文に相当)を書いていた三浦藍さんにおおいに手伝ってもらって、資料集を作っていった。MS(マイクロソフト)ワードを使用、A4サイズのもので、私のところにあるプリンターで印刷し、簡易製本機(熱で頁の糊づけするもので、うまくいかないとけっこう外れたりする)で製本した。注文に応じて発送した。どのぐらいお送りしただろう。しばらくで三〇万円ほどにはなったようで、AJFに送ったという記録は残っている。
 それは、本題というか副題というか、それ自体が長いもので、「貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争」というものだった。その上に全4部の各々のタイトルが付いている。
 ◇第1部 アフリカ日本協議会+立岩 真也 編 2005.06 『アフリカのエイズ問題』(44p. 127k bytes) 第1章「サブサハラ・アフリカにおけるHIV/AIDSの現状」(三浦 藍)、第2章「エイズ治療薬の知的財産権をめぐる動き」(三浦藍)、第3章「エイズ治療薬を巡る新聞報道」、第4章「立岩の書きものから」
 ◇第2部 アフリカ日本協議会+三浦藍 編 2005.09 『先進国・途上国をつなぐPLWHA自身の声と活動』(66p. 350k bytes) 第1章 ザッキー・アハマットという生き方/第2章南ア以外の国の状況/第3章「ARVを巡る先進国での争い」/第4章「途上国でのエイズ治療の可能性を開く――ブラジルの挑戦」/付 紹介:林達雄『エイズとの闘い―世界を変えた人々の声』(立岩真也)
 ◇第3部 アフリカ日本協議会+三浦藍 編 2005.09 『貧しい国々でのエイズ治療実現へのあゆみ――アフリカ諸国でのPLWHAの当事者運動、エイズ治療薬の特許権をめぐる国際的な論争 第3部』(これだけとくに題なし、104p. 563k bytes) 第1章「エイズ危機への国際的な対応」、第2章「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)」、第3章「AJF活動の流れ」、第4章「日本の新聞報道」、第5章「国際エイズ治療体制構築サミット最終報告書」。
 ◇第4部 アフリカ日本協議会 編 2007.05 『課題は克服されたのか? 南アフリカの現状報告を読む』(54p. 281k bytes)「証言する裁判官:HIV陽性者エドウィン・キャメロンの見た南アにおけるエイズ対策の課題」(斉藤 龍一郎)を先頭に置いて、後は「Development Update南部アフリカのエイズ問題特集」ということで、編集者序文(マーク・ヘイウッド)、「西ケープ州における抗レトロウイルス薬治療実施の錯綜する諸課題」(ファリード・アブドラ)、「南アフリカの農村部における草分け的ARV治療アクセス」(ベリンダ・ベレスフォード)、「なぜ彼女たちは参加するのか―トリートメント・アクション・キャンペーンの活動から」(牧野久美子)。
 これらは印刷・製本したものはもうないが――というか、その手間をかける時間がなくなってしまっているので、製造(印刷・製本)を中止したが――ワードのファイルのかたちでは今でも提供できる(有料、売上げの一部をAJFに寄付)。合わせて41万字、本書全体の2.5倍ほどの字数になる。本書を手元に置いてもらった上で、それらも合わせてご覧いただければと思う(ひとまず本書の書名か私の名前で検索していだければ、入手方法がわかるようにしておく)。

4 経緯・活動

 新山さんが書いた本書の経緯について触れておく。始まりは覚えていないが、アフリカ日本協議会の斉藤さん――大学の先輩ということにはなるが、学年も離れているし、その時には会っていない、そして当時は、まだ事務局長に専念ということではなく、解放書店というところにつとめていた――――経由で情報を得たりはしていて、そういえばたしか滞納してしまっているのだが、AJFの会員ということにもなった。2002年には、「エイズ・結核・マラリアと闘う世界基金」に円を!世界的なエイズ危機にビッグ・マネーを!――\ for GF! \ for the Global AIDS Crisis キャンペーン」というもの――GFはGlobal Fund、要請文の宛先は当時の内閣総理大臣・小泉純一郎――の「呼びかけ人」に、池田香代子、市野川容孝、勝俣誠、土井香苗、西浦昭雄、林達雄の諸氏とともに――私自身は、真に、何もしなかったのだが――にさせてもらったりしている。その時の関連文書・文章もHPにある。私は1で述べたこと、つまり、以下のようなことを書いている。「この事態に対してできることをするのは、言葉そのままの意味での、あるいは強い意味での、義務である。つまり、それはただ善意によってなされることでなく、私たちが否応なくすべきことであって、こんなことにこそ、政府に集められた税金が使われるべきなのである。それを、してもよいがしなくてもよい選択の対象であると、拠出をためらうことのできることだと、錯認してはならない。」
 そのうちに、そのNGOの代表を務めている林達雄さんが、突然――電話はいつでも突然だが――電話をかけてきて、お会いすることになって、話をした。林さんの書かれた岩波ブックレット『エイズとの闘い――世界を変えた人々の声』(2005)も――市野川さんと私に相談いただき、市野川さんが紹介して、といった経緯があったように思う――出版され、そして私たちの作った前記の資料集の第1部から第3部までを出した2005年の11月、林さんに大学院に来て話してもらった。
 そんなことをしているうちに、国が数を限ったところにわりあい大きめのお金を出して研究をさせようというグローバルCOE(直訳すると「卓越した研究拠点」になる、5年ものの)プログラムというものに応募しなければならないことになった。それで「生存学創成拠点――障老病異と共に暮らす世界へ」という題・企画を考えた。その全体についてはそのHPを見ていただくのがよいのだが、その企画の一部に「連帯と構築」という項目がある。文部科学省・日本学術振興会に提出した計画書のその項目の一部の説明として、次のようにある。

 「医療援助等に直接に関わる組織とともに世界規模での政策転換・推進を目指す組織に着目する。アフリカのエイズの問題に関わってきたNGOの代表を特別招聘教授に迎えた。さらにアジア、アフリカ等の研究機関・研究者、NGOの活動との連携を強化し研究を遂行。国際医療保険の構想等、国境を越えた機構の可能性を研究、財源論を含め国際的な社会サービス供給システムの提案を行う。」

 大言壮語ということはなろうが、それでもできるところからできることをしていこうと思った。「グローバル」という言葉が冠されているから――その一つ前のは「21世紀COE」というものだった――というのではなく、当然のこととして、国内に起こっていることに限らなければならないことはない。そして、世界でなにがえらいことになっているかといえば、それはエイズである。こういう単純な発想だ。
 そう思ったから、COEの選考の前、2007年の4月から林さんに特別招聘教授というものになってもらった。なんだか偉そうだが、月5万円、賞与等々なにもなし、という役である。気持ちとしては、林さん個人というより、AJFといっしょにやれることをやろうということでお願いした。そんな計画を作って書類を書いて出して、その年の5月末にヒアリングを受けた(それはそれ、さきの資料集の第4部をこの月に刊行)。結果、当たって、2007年の7月頃から始まった。そのCOEは、「事業仕分け」でその制度自体が消滅してしまうことになり、5年目のこの2011年度で終わりになってしまうのだが、COEと同時に立ち上げられた「生存学研究センター」という学内の組織・活動として、これからも続けていくことにはなっている。(そんなわけで、林さんの任期はこの年度で終わってしまう。本書が出るすこし前に林達雄さんにインタビューさせてもらって、私たちが――やはり生活書院から――刊行してもらっている『生存学』の5号に掲載されるはずだ。)
 全体としては着々と様々な仕事を進めてきた。ただ、今の手勢では、もうこの辺りまでという手一杯感はある。ハンセン病に関わる歴史的研究をしている人など感染症に関わる研究をしている人はいるが、アフリカをフィールドにしているのは本書の著者の新山さんぐらいのものだ。その新山さんは、神戸国際大学――そこでブルーリ潰瘍に関わる大学内のNGOに参加し、それ以来ずっと、その活動に関わってきている――を卒業後、立命館大学の大学院・社会学研究科の修士課程を経て、こちらの研究科に2008年度に3年次入学、論文「顧みられない熱帯病<ブルーリ潰瘍問題>に対する感染症対策ネットワーク構築と小規模NGOの役割」で博士号を得て2010年度に修了(その間日本学術振興会特別研究員(DC――博士課程在籍中に得られる)、2011年度はCOEのPD(ポスト・ドクトラル・フェロー)として働いてもらっている――そしてそれは、この年度限りということになる。新たに人が入って来れば、その人(たち)に仕事してもらいたいとは――強く――思っているが、このままなら、大きく展開していくことにはならないだろうと思う。ただ、先述したこれまでの作業をひとまとめし、本として読めるものにしたいとは思ってきた。このたびその仕事を新山さんがしてくれた。
 そして、これは誇ってよいことだと思うのだが、アフリカ関連の情報を斉藤さんたちに集めてもらい、こちらのHPに掲載してもらっている。そうして作ってもらったきたファイル(ページ)を調べてみたら、国別、テーマ別、その他計132ファイル、すべて文字だけのファイルで合わせて約13メガバイトという量になっている。だいたい0.5メガバイト程度(400字×600枚強)でそれなりに分量のある単行本1冊の文字量になるから、既に30冊分弱の情報があるということだ。私は、多くの主題について、「分析」の手前の基本的なデータを集めて公開することが、研究機関によってなされるべきだと考えている。そしてそれがあまりなされていないのが残念だと思っている。この作業の意義はとても大きいと思う。それをもうすこし目立つように、関心のある人に伝わりやすいようにすること、そんな工夫をしながら――なにせ今あるものはひどくあっさりしているので――、この種の作業はとにかく継続させることに意味があるのだから、続けて行こうと思っている(「生存学」と検索するとその表紙→そこに「Africa」)。
 そして幾つかの企画を行ない、そしてその記録を刊行してきた。COEが始まった2007年7月には、その企画として、AJFの事務局員をしている稲場雅紀さんに、私が聞き手になって公開インタビューをした。その一部は『現代思想』2007年9月号(特集:社会の貧困/貧困の社会)に掲載された。さらにその「完全版」が、林さんとともに特別招聘教授になってもらった栗原彬さん(社会学)の講義とのカップリングで、「センター報告」という報告書のシリーズの第2号『時空から/へ――水俣/アフリカ…を語る栗原彬・稲場雅紀』に収録された(これはぜんぶなくなってしまっている)。
 さらに稲場さんへのインタビューと山田真さん(小児科医)へのインタビュー他を合わせた『流儀――アフリカと世界に向かい我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話』として、2008年に生活書院から公刊された。そこで稲場さんは、アフリカについて語り、またロビイングをしときに政府から委託を受けたりして政策に関わっていくNPO・NGOが、別のタイプの直接行動に訴える組織と同時に存在することの意義、他を語っている。また稲場さんがそれまでに書いた文章を収録している。インタビューではアフリカのゲイ・アクティビズムについて語り、イランにおける同性愛者たちについて書かれた文章もある。(この本は、残念ながら、売れてないのだが、是非とも読んでいただけれと思う。稲場さんも山田さんも大切なことを語っているし、山田さんの話は基本的に昔話なので、そこにたくさん出てくる人や事件について――私は日本のことしか(調べても)わからないから、そちらということで――話してもらったのと同じぐらいの量の註を付けた。そうした情報をさらに増補して、各々の項目からHPのページに行けるようにした電子書籍版の増補版が出せたらと思っている。)
 他にも、アフリカから留学してきている障害のある大学院生と日本の大学院生が集まって話す企画や、南アフリカで長く活動してきた津山直子さん(JVC=日本ボランティアセンター)を招いての公開インタビュー、等、場所は京都や東京で、AJFの他、DPI(障害者インナーナショナル)日本会議等といっしょに催を行なってきた。そうした催――私自身は、催は、やるのだったら後につながるものでないと意味がないと思っている――も含め、新山さんに加え、動いたり考えたい人が来たら、それはやっていっていただきたい思う。そして、「手勢」+「手持ち」の範囲では、ここまで継続されてきた情報の蓄積を中断するのはいかにも惜しいから、それはどうしても続け発展させていきたいと考えている。そして、調べられる人には調べてもらいつつ、とくにアフリカ、HIV/エイズについて、に限らず、考えられることは考えていきたい、考えてもらいたいと思っている。

5 その地において

 で、何を調べたり考えたりするのか。私自身は、行ってみたいと思うけれど、一度もアフリカに行ったことがない――というか、ほぼどこにも行ったことがない。すこし行って、しばらくいて、はたして何かがわかるだろうかという思いもないではないが、それ以前のこととして、行ったことがない。わからない。何か知っていることはない。ただ、本書に主題的には描かれていないことで、すこし気になっていることがある。
 その一つは、「現地」にあるものとの関係がどうなっていて、これからどうなっていくか、どうやっていけるかということだ。医療人類学という学問の領域があって、世界各地の「伝統医療」「民間医療」について(だけではないのだが、わりあいその辺を丁寧に)調べてきた。私の勤め先の同僚で先輩の人類学者・渡辺公三さんにも、このごろは忙しすぎたりして遠くに行っての調査の類はできていないのだが、そうした研究業績がある――関連する著書に『身体・歴史・人類学T―アフリカのからだ』『身体・歴史・人類学U―西欧の眼』(いずれも2009、言叢社)。社会学にも医療社会学というのがあって、それをしている人たちも含め、その人たちは、無知で無効であった過去の・民間の・…医療から、より科学的で有効な近代医療へという図式を予め描くことはない。むしろそういう図式に対する懐疑から自分の仕事を始めている人たちが多いのだと思う。
 ただ、どんな名前がさきにつく医療であろうと、それはその効果をもって判断される技術ではある。だから、西洋近代医療と括られるものにしても、私は、それをなんらかの(例えば、要素還元主義的な「哲学」を有する)「体系」と考えるより――そのような性格がたしかに根強くあることは認めつつ――試行錯誤しつつ、ときにかなり乱暴なことをしつつ、要するに「効く」と思われるものを、なぜ効くのかといった機序の探求・説明はさておき、採用してきたというのが実際のところだと思う。他方、伝統…とか民間…とか言われる人たちの技にしても、「効く」と思われるから、お客も来るのではあるだろう。そして実際、とくに精神疾患と括られるもののある部分については――まず発症の具合・度合いがおおいに社会のあり様によって違うということがあるだろうが――今なされることよりも「効く」といったことがありそうだ。ただ、本書でとりあげているHIV/エイズ、筆者・新山さんが調べているブルーリ潰瘍の場合には、できることは少ない。ブルーリ潰瘍にしても、原因もはっきりせず、根治療法もないという意味では、西洋・近代医学もそれほどではないとは言えようが、それにしてもいくらかのことはできる。そしてHIV/エイズについては、当初はどうにもならないということであったのが、変わってきた。やはり根治はできないが、まずまず「効く」薬が出てきた。
 この時に、既にある技術・技術者はただ駆逐される(べき)ことになるのだろうか? そんな場合もあるかもしれない。しかし、何もわかっていない私ではあるが、私にはなにか「折り合い」のつけ方のようなものがあるようにも思える。西洋近代医療と称されるものが実際にはつぎはぎだらけの建物であるように、別の医療・医療者もまた、ときにその基本的な「世界観」については譲れないのだとしても、使えるものは借りてきて使う、そのことによってお客がやってる、お客を奪われないとなれば、それはそれでうまく行くのではないか。そしてそれは医療といった仕事に限らないのではないか。障害に関わる分野では、CBR(community based rehabilitation)というものがしばらく前からあって、やはり私はその実際についてほとんど何も知らないのだが、また「リハビリテーション」と称さねばならないのかといった疑問もないではないだが、つまり、その土地とその土地に住む人々の事情に合わせてやっていこうというものではあるらしい。実際それがうまく行っているのかどうか、知らない。けれど、あるものは使うのがよいことはありそうだ。そして、ときにはこれまで生きて暮らして仕事してきた人の面子というものも――同時に、ときには潰してしまった方があることも認めながら――それなりに大切にするべきであるとしたら、そういう関係のあり方がどうなっていくのか、どうしていったらよいのか、調べたり考えたりしてくれるとよいと思う。
 そして、受け取り方について。今述べたのも、供給するその方法に関わることであるとともに、受け取り方に関わることだった。それはどこの国でも問題になることである。やり方を間違えると、供給側がもっぱら得をするということにもなってしまう。さらに、政府であれ民間機関であれ国際機関であれ、本来は本人にわたるはずのものがそこに吸収されてしまうといったことがある。それでかえって独裁的な政権の延命・拡大につながってしまうといったことがある(そしてそれが援助に対する消極論に結びつくこともあってきた)。これもこれまでさんざん言われてきたことではあるが、やはり考えどころだ。さきに述べた、現地に既にあるものとどう折り合っていくのかという話と矛盾するように思われるかもしれないが、一つの方向は――中間で失われる部分を少なくして――できるだけ本人に直接渡るやり方がないかと考えてみることだと思う。薬の供給などの場合にはわりあい単純かもしれないが、もっと広い範囲で考えたら、これはなかなかに大きく重要な問題のはずだ。  そして、集め方。さきのポッゲの案にしても、資金の拠出をどうするかという話に続くことになる。(ちなみに彼の案は、国民総所得に――一定の累進性を導入しつつ――比例させて各国が拠出する国際条約を締結するというものだ。より詳しくは――というほどには詳細なことまでが述べられているわけではないのだが――さきの訳書を参照のこと)。ここからも、様々な「思惑」を消去し尽くすことはできないだろう。資源その他をあてにして、米国であったり中国であったりが、旧宗主国たちに加え、ときに代わって、進出してくるわけで、そのことをまったく止めてしまうことはできない。時にはそれはうまく利用したらよいものであるかもしれない。ただ、その力学を分析し、「よりましな」方法を示すこと。これも研究者の仕事だと思う。新山さんがそんなところまでやってくれるのかどうか。期待はしている。

 *34字×30行として約14頁

■言及

◆立岩真也 編 2014/12/31 『身体の現代・記録00――準備:被差別統一戦線〜被差別共闘/楠敏雄』Kyoto Books ※r.
 ※ご注文うけたまわり中→Kyoto Books
◆立岩 真也 2012/01/01 「どれだけをについてのまとめ・1――連載 74」,『現代思想』40-1(2012-1):-


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HIV/エイズ  ◇アフリカ  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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