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考えなくてもいくらでもすることはあるしたまには考えた方がよいこともある

立岩 真也 20110630 『思想としての3・11』,河出書房新社

災害と障害者・病者:東日本大震災


※ 河出書房の本の4年後、『大震災の生存学』が出て、そこにも一つ書いています。

◆河出書房新社編集部 編 20110630 『思想としての3・11』,河出書房新社,ISBN-10: 4309245544 ISBN-13: 978-4309245546 1680 [amazon]/[kinokuniya] ※ d10.

『思想としての3・11』表紙    『大震災の生存学』表紙
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  様々に必要なことは既に多くの人が語り、書いている。例えば『現代思想』の五月号がその特集をしている(「東日本大震災――危機を生きる思想」)。私はそれに加えて何かを知っているわけではない(知らないことはたくさんあった)。そして加えて、いま、なにかとくに新しく考えねばならないことがあるとも思わない。様々なことが言われるだろうし、言えるのだろうが、まずするべきことをすればよいのであって、その大方ははっきりしている、あとはやればよいと思っている。ただ、ここに書かせてもらうのは一つには宣伝のためだ。その後、もう一つ、それでもすこし気になることがあるので、そのことについて書く。
  「「生存学」創成拠点――障老病異と共に暮らす世界の創造」というものがあることになっており、そのウェブサイトがある(「生存学」で検索すると出てくる)。私も関係している。そこに震災関連のページ群がある。三月一四日に立ち上げた。ご覧いただければと思う。小さな「拠点」だから、震災関連のあらゆることを、というわけにはいかない。所謂「災害弱者」と呼ばれたりする人たちに関係する情報提供を主たる目的にしている。
  そうした人々に対応が十分でなく、ゆえにせねばならないことも言われるし、それはそのとおりだし、それに加えることはない。まずはそれはとても具体的な問題だ。電気がないとみな困るのだが、とりわけ電気で動いている人工呼吸器を使っている人は困る。固形物が摂取できないので栄養剤など言われるものを食べている(胃に入れている)人たちもそういうものの供給が困難になるととても困る。この辺の情報自体、ときに錯綜し混乱しているのだが、それでもいくらかは伝えようと思った。ただ、それはさしあたり、いっときの大きな混乱は過ぎたのかもしれず、あまり最近更新は多くない――ただもちろん、夏が来てどうなるかといった問題はある。毎日たくさんの情報がおもにEメールで届く。それをHPに貼っていく作業をしている。
  そして例えば、動けと言われても動くに動けない人がいる。誰かの手助けで動くとして、「普通」の避難所では対応できないということになり、それで死んでしまうのでなければ、死ぬよりはたしかにましなことであるとして、ぜんぜん知らない場所の施設にということになる。普通に避難所やら仮設住宅にいる人はやがて戻れるかもしれない。しかしその人たちは、比べて、さしあたり「とりあえず」ということであったとしても、もとのところに戻れるなり、あるいは住みたいところに住める可能性は(ずっと)少ない。そんな現実的な危機感がある。というより既に起こっている。それで、やがて戻るにせよ戻らず新たな場所に住むにせよ、もっとまともな住む場所がほしいと、またそれを提供しようと思う人たちがいる。そんな人たちからの要請を受けて、関連情報を提供することも始めた。それでどこまでうまくいくかわからない。厳しいと思う。阪神淡路の時と比べても難しい。あの時には同じ場所(の近く)でどうやってやっていくかということだった。しかし今回は原発の問題が絡んでいる。ただそれでも、さしあたりやれることはやっていこうと思う。
  そして、関連する報道がたくさんなされている。それをおもにネットから拾ってきて、貼って並べる。そんなこと様々なことを、その研究資金を使って、引き受けると言ってくれた大学院生にやってもらっている。(資金は文部科学省から出ていて、その「COEプログラム」というもの(五年もの)自体は今年度で終わるらしい。あとは現在も相当の部分を占める大学からの資金援助を継続してもらいつつ、資金を出してくれるところから出してもらって「生存学研究センター」なるところでやっていくことになる。)
  たしかに私はものを考えるのが研究者の仕事だと思っている。だが同時に、あるいは、べつに考えたりしなくてもよいから、現場で日々体力と知力を消耗し、自分たちがやっていることも含めて、集めたり知らせたりする仕事などできない、そんなことをするより別のことをする、せざるをえない、するべきである人たちがいる時、そのうしろ・裏で、その人たちのやっていること等々を拾って集めて知らせる仕事をするのも仕事だと思う。べつにそんな仕事をする人のことを「研究者」とか呼ぶ必要もないのではあるが。実際、報道の収集、それから(仮の)住処に関する情報提供の仕事は、こっちではそこまで手が回らないからと、以前からつきあいのある人・組織から依頼されて始めた。
  そしてその人たち、今、震災の翌日からその現場に入っている人たち、金をかき集めている人たちの相当部分は、一九九五年一月、阪神淡路大震災を体験し、以来、自分たちが助かるため周りの人たちを助けるために活動してきた人たちだ。その十六年があって、今のことがなされているところがある。このことも知らせたいと思う。ご存じの方もいると思うが、神戸大学附属図書館が当時の資料をたくさん集めて、ウェブでも公開している(「神戸大学附属図書館・震災文庫」)。そこまでのことは――まずは予算的に――できない。ただいくらかでもやっていこうと思う。さしあたり必要とされる情報を蓄積していくと、その時に何が起こったのか、何がなされたのか(なされなかったのか)のいくらかがわかる。何が起こったのか(がどのように知らされたのか)を集めていくと、それがなんであったか、知らされ方がどんなであったのかがわかる、それはではこれからどうしたものかを考える材料になる、かもしれない。まず私たちが考えているのは、やっているのはそういう単純なことだ。原発関連の情報も掲載している。ときどき見てもらえたらと思う。そして役に立てられる人は役に立ててほしいし、役に立つものを知っている人もっている人は、知らせてほしいし、ほしい。

■[補]科学技術論

  まずはそれだけなのだが、一つ、前から気になっていることを加えておく。[…]

■近さと深さについて

  こんなできごとがあってしまい、それに出会ってしまう。人によっては精神に変調をきたりたりしながら、それでもテレビ画面を見てしまう。もうすこし冷静に、あるいは積極的に受け止められる人もいるだろう。いずれにせよ、それで何かをせねばということになる。そして募金をしたり、ものを送ったり、ある人たちはボランティアとして赴いたりする。それはよい、と言うのも呑気なものいいだが、よい。それが人の心情として「自然」であるという人たちもいる。そうかもしれない。私は社会学者で、社会学者はそういう考え方をしない(「社会化」によるものだと言い張る)癖があるのだが、このことで争う必要もないと思う。もともとそういう心情は備わっているものだと言われても反対はしない。そしてそうすることによって、結果、その人が被った害がいくらか軽減されることになる。それは、まず結果としてそれ以前よりも、それがなされなかった場合よりも、よいことをもたらすだろう。
  ただ、そのことを言う時に、[…]
  →『思想としての3・11』をお読みください。

■書評・言及

◆2011/08/01 http://d.hatena.ne.jp/hatehei666/20110801
◆仲倉 重郎 2011/07/25 「何かの始まり 共感の共同体に危うさ環境に安住」
 『東洋経済』
 http://www.toyokeizai.net/life/review/detail/AC/10281f70bc65ef19bbb0ff9e66346ec4/
◆鈴木 英生 2011/07/28 「バラバラ日本でトカトントン」(論の焦点:7月)
 『毎日新聞』2011年7月28日 東京夕刊
 http://mainichi.jp/enta/art/news/20110728dde018040043000c.html


UP:20110517 REV:20110806, 20160312 
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