HOME > Tateiwa >

最低限どころでないこと

唯の生の辺りに・3

立岩 真也 2010/07/01 『月刊福祉』93-(2010-7):
全国社会福祉協議会 http://www.shakyo.or.jp/

    3              10  11  12


ベーシックインカムという案

  前回は「最低限を保障せよ」という主張はわかるけれど、という話をした。
  それと関係することで、まずお知らせを。とくにここ数年ということになるのか、「ベーシックインカム(基本所得、基礎所得、以下BI)」という案がすこし話題だ。それは、一定の所得を、誰でも無条件に得られる、そんな制度だ。
『ベーシックインカム』』表紙   青土社の月刊誌『現代思想』の6月号がBIを特集している。私も、BIの国際的なネットワークにも参加し、日本での制度化を熱心に進めていて、四月には「ベーシック・インカム日本ネットワーク」の設立にも関わった同志社大学の教員の山森亮さんと対談させてもらった。そして四月には、私と齊藤拓の共著で、同じ出版社から『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』を出してもらった。その本がBIの一面だけをとらえていると山森さんから言われ、それはそうだよと思いつつ、しかし気になっててしまうことを私は書いた。
  そして共著者の齊藤は、第2部「政治哲学的理念としてのベーシックインカム」で自らの論を展開している他に、第3部「日本のBIをめぐる言説」で、ここ数年の日本での論議がどんなものであったか、それをかなり網羅的に紹介してくれている。どうも話題になっているらしいけど、だいぶ立場が違うはずの人たちがこれについては賛成しているみたいだ、どうなっているのだろう、などと思う人は、この部分だけでだいたいのところはつかめる。役に立つと思う。

■生活保護が使われていないこと

  その私は、一面では「最低限」とか慎ましいことを言わなくてもよいではないかという立場に立つのだが、現実の当面のこととしては、もっと生活保護が使える制度であった方がよいと思っていて、そのことをさきほどの本にも書いた。
  その生活保護の受給者が増えていると言われる。というか、実際に増えている。私は京都に住んでいて、関西圏のニュースが多く報道される。数日前は、生活保護の受給者が全国で一番たくさんいるという大阪市でケースワークの臨時職員を雇って関係の仕事にあたってもらうことになったというニュースをやっていた。
  窓口他での対応にあたるのだというその人たちはとても真面目そうに見えて、きっと実際そうだろうと思う。市長さんも真面目な人で、他からの転入者が多いとか、貧困ビジネスに利用されている人たちがいるとか、そんな現状をなんとかしようと思っている。それもまた真面目な思いに発しているのはまちがいない。
  けれども、もとのところから見ておいた方がよい。日本における生活保護の補足率――生活保護を受給できる人のうち実際に受給している人の割合――は、さきの山森さんの『ベーシック・インカム入門』(光文社新書)にも出てくるが、二〇%を下回っている。これは他の国々に比べてもひどく低い。今の五倍の人たちが本来は生活保護を使えてよい。そんなことを言われてもと「現場」の人たちは言う。財布のことを気にせざるをえない首長もたいへんだと思う。だが、だとしても、まずこういう基本的なことは知っておく必要がある。「本来は」などと言っている暇のない人たちがいるのは承知の上で、そこから始めるべきなのだ。
  だから、テレビや新聞の報道も、すくなくとも「公平」であってほしいものだと思う。これもやはり山森さんが本に書いていることだが、誰かが不正に受給していたといったニュースはたくさんある。たしかにわかりやすいし、受給者を、また役所を非難するのも簡単だ。ただそのぶん、窓口は「慎重」になりすぎてしまったりする。他方、露骨で大規模な審査・支給拒否はときに報道されることもあるが、それはかなり極端な場合だ。そして先ほどの「捕捉率」のこと等は、ほぼまったく知らされない。
  こんど採用された人たちがどんな人か知らないが、社会福祉の学校で、生活保護について、その現実についてどの程度のことが教えられているのだろう。また例えば「厳格な運用」が果たしてよいことであるのかについて、考える手がかりが与えられているのだろうか。ずっと前、日本社会事業大学で、そしてその敷地にある日本社会事業学校で、短い間だったが非常勤講師をしていた。とくに後者での授業は社会福祉士志望者のための授業だったが、なぜこんな問題が出されるかわからない――今はよい問題が出されているのかもしれない――社会学の担当だったから、「公的扶助論」で何がどのように教えられていたのかわからない。きちんと教えられていてほしいのだが、どうなのだろう。
  すくなくとも実際の政策は、もっとたくさん生活保護を使ってもらおうという方向で遂行されてはいない。それはよくない。では、それに代わるものはBIなのか。それはさきに紹介した雑誌や本を読んでいただき、考えていただこう。
  あるいは、どんな制度にしたって財源が、と思われるだろうか。こうして、お金の話をしているのだから当然のことではあるが、結局、お金の話になって、それがたいへんだという話になる。
  しかし私は、すくなくとも生活保護の拡充程度のことであれば、すこしもたいへんだとは考えない。基本は簡単で、全体を一定としても、右にあるものを左に渡せばよいだけのことである。それで税のことを書かねばと思って、初回に紹介した『税を直す』(青土社)という本も書いたのだった。また、『朝日新聞』の「私の視点」欄に、「所得税の役割」という文章が――依頼されて原稿を送ってから、これで新聞と言えるのだろうかと思うほど、ずいぶんたって―――5月の末に掲載された。この話は次回にしよう。

 *校正済

◆立岩 真也・齊藤 拓 2010/04/10 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』,青土社,ISBN-10: 4791765257 ISBN-13: 978-4791765256 2310 [amazon][kinokuniya] ※ bi.


UP:20100507 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa
TOP HOME (http://www.arsvi.com)