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多くあるところから少ないところへ、多く必要なところへ

立岩 真也 2010/10/01
『月刊公明』2010-10:42-47
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 *以下は原稿であり、雑誌掲載時の題名・見出し等はこのままではありません。
 *雑誌掲載時の題名は「ベーシックインカムが語る税の思想――税制は所得再分配機能の強化を主眼に」

ベーシックインカムという案もある

『ベーシックインカム』』表紙   所得保障制度として、日本では生活保護としてあるような制度ではなく、つまり収入や資産の調査をして貧しい人を選別してその人たちにだけ所得保障をするのでなく、誰にでも同じ額を支給するというベーシックインカム(BI)という所得保障のあり方がいくらか注目されている。日本でこれが広く論じられるようになったのはわりあい最近のことだ。今年出版された立岩真也・齊藤拓『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性――分配する最少国家の可能性』(二〇一〇・青土社)で齊藤が担当した第3部「日本のBIをめぐる言説」で、日本での議論は網羅的に紹介されている。それを見ていただければ、論文、雑誌記事等々でどんな人がどんなことを言っているか、だいたいのことがわかる。さらに私たちのHP(「生存学」→「ベーシックインカム」で検索すると、齊藤が集めたこのところの言論からの引用集があるから、それで補っていただければと思う。
  他のことではずいぶん意見の異なるはずの人たちがこの案については賛成であったりする。どうしてそうなっているのか。
  まず、生活保護といった制度の網の目からこぼれる人たち、しかし生活が困難な人たちががとてもたくさんいる中で、この仕組みの導入がそうした人たちが暮らしていくために使える制度だと考え、それを導入するべきだと考える人たちがいる。山森亮『ベーシック・インカム入門――無条件給付の基本所得を考える』(光文社新書・二〇〇九)が新書ということもあって、多くの人に読まれている。この本では、BIの主張が近年突然に現れたのではなく、多くの思想家によって、また、社会保障からこぼれてしまってきた世界の様々な人々によって考えられ要求されてきたものであることが記されている。
  他方、この制度が、面倒な手続きを省くことができ、今の制度よりも効率的であるとして支持する人たちがいる。他の制度をつぶしてしまって、これだけにすれば、全体として安くあがるとして支持する人たちもいる。
  この二つの方向はまったく別のものであるとは言えないかもしれない。しかし、やはりずいぶんと違うもののように思える。もちろんそれは、どんな性格の税を使って財源を調達するのか、どれだけの額のBIを支給するのがよいのかと考えるかによる。
  私がベーシックインカムを支持するとしたら、それはいまあげた二つのうちの前者による。本来であれば、生活保護を受給でき受給すべき人で、していない人たちがたいへん高い割合でいる。これはとても大きな問題である。日本の生活保護の補足率――生活保護を受給できる人のうち実際に受給している人の割合――は、さきの山森さんの本にも出てくるが、二〇%を下回っているという。これは他の国々に比べてもひどく低い。今の五倍の人たちが――現行の制度のもとでも――生活保護を使えてよい。制度と制度の運用の仕方を変えて、補足率を上げるというやり方もある。ただ、それがどこまで有効に機能するのか。ならいっそのことすべての人に支給することにするというやり方の方はたしかによいようにも思える。
  ただ、結局その財源は税によってまかなわれる。消費税だけでまかなうというのでなければ――私はそれには反対だ――収入や資産は把握されることになり、それに応じて徴税はなされる。金持ちからは――その金持ちにも渡る分も含めて――多く取って、その金持ちにも定額を支給するというやり方はあるだろう。これがベーシックインカムの基本的な方法ということになる。ただ、私は、結局、収入・資産が把握されるなら、多くをもっている人には出さないというやり方でよいのではないかと思う。この二つのどちらを採用しても、名目的なお金の移動の違いだけで、実質的には人が実質的に使える額は同じにすることはできる。ただ一番目の場合、名目的な政府の収入と支出が増えて、そのことを人々は気にするだろう。それで保障される金額も押さえられるかもしれない。ならば、私は、無条件の同額給付という方法にこだわる必要はないと思う。
  そういう意味では、私はベーシックインカムの熱心な支持者というわけではない。また、この仕組みが働けるのに働かない人を不当に優遇することになるといった批判もある。『ベーシックインカム』で私が担当した第1部「BIは行けているか?」ではいくつかの基本的な論点について考えている。こうしたことに関心があるなら読んでいただければと思う。

税制をまともにする

  さて、むしろこちらが本題。私は、「多くあるところから少ないところへ、多く必要なところへ」という、政府の、の、本来的な機能が、弱くなってしまっていることが大きな問題であり、その機能を強化するべきであると考えている。それを行なえばよいと考えている。
  そしてそのことを本に書いたり新聞に書いたりしている。新聞に書いたものなど短いものはやはりHPで見ていただける。本としては立岩真也・村上慎司・橋口昌治『税を直す』(二〇〇九・青土社)がある。そこには共著者の村上による税収の試算の部分もある。やはり共著者の橋口による「格差・貧困に関する本の紹介」というパートもある。御存知のように、このしばらくの間に格差・貧困を巡ってたくさんの本が出されてきた。それを概観し、どの本から読もうか考えたり、どの本を読むのを忘れているのか点検するの役立つものになっている。そして私が担当したのは、基本的な政策の方向を提示すること、そして歴史の検討だ。日本――に限られるわけではないのだが――この二十年あまり、税の再分配機能を弱めてきてしまったその過程を辿り、その時に言われたことを拾い、それを点検する作業をしてみた。
『税を直す』表紙   その本を読んでくださった峰崎直樹財務副大臣からEメールをもらったりといったことがあり、つい一昨日(八月二五日)、財務副大臣が主催し、主税局長他の方々も出席した「税制に関する意見交換会」という朝食会でをさせてもらった。いっしょに呼ばれたのが、日本で最初に公刊されたベーシックインカムについての本『福祉社会と社会保障改革―ベーシック・インカム構想の新地平』(二〇〇二・高菅出版)の著者小沢修司さん(京都府立大学)で、小沢さんはベーシックインカムの効能を力説されたのだが、私は、税の話をした。
  もちろん専門的・技術的なことは議員や官僚の人たちの方がよく御存知なのだから、そんな話をする必要はなく、また私は税制の専門家でもなんでもないのだから、そんな話ができるわけでもない。税を徴収する仕事にあたる人たちは、原則を明示した上で――つまり変更した上で――きちんとその仕事を行なうと言い、堂々とその仕事をすればよいと話した。
  もちろんこれは政治的な争点である。賛成の人もいれば反対の人もいる。しかし、すくなくとも何と何とが政治的な選択の対象であるかははっきりしている。それが先日の参議院選挙ではなにがなんだかわからなかった。あるいはわからなくなった。あるいはわからなくされてしまった。首相の消費税に関わる発言は、財源を確保せねばならないという真摯な思いから来ていると私は思うし、それ自体は責められないところがあると思う。しかし、一般に税が増えるのに多くの人が抵抗するのは当然のことで、相手方の批判の材料になる。それを受けて言葉を左右してしまうことになり、そしてそのことがまた批判の対象にもされた。そして結果はあの通りということになった。
  私は負けた側にいくらか同情したいところがある。ただやはり、基本的には言うことも言うことの順序も間違ったと思うし、別のことを前面に出して言うべきだった、言うべきだと思う。つまり、再分配をきちんと行なう方向で行くのか、それともそうでないのか。もちろん私の考えでは前者を言うべきだった。

心配しすぎることはないこと、今すぐでもできること

  もちろん反対する人たちはいる。多く持つ人たちの中に多くを払うのに抵抗する人がいるのは当然のことだ。しかし、基本的な方向として、賛成する人も十分に多くいると思う。
  その上で、「懸念」について対応することだ。それをさきに紹介した本で追った。この二十年あまり税の再分配機能を弱める側が言ってきたのは、大きくは二つのことだった。つまり、一つに、税を多くとると人が働かなくなるという懸念、一つに、人や企業が税の低いところに逃げていくという懸念だった。
  後者から。それはたしかに根も葉もない懸念ではない。ただすくなくとも個人について言えば、金持ちが逃げて失う税収より、わざわざわ逃げる気まではない金持ちから得られる税収の方が多いはずだ。また、個人・企業の逃避を防ぐための対策は既に様々に取られているし、それを強化することもできる。税収を失うことは他の国々にとっても損失だから、互いに協調することはできるし、既に――そういうこともほとんど知られていないのだが――その方向での国際的な対応策も取られている。
  前者について。税を多く払うようになる人がそれで働く気がなくなり働かなくなるか、あるいは、もっと働くことにするか。これは理論的には決着しない。また実証的にも、働かなくなる、よって税収が得られなくなったり、経済がうまくいかなくなるといったことは確かめられていない。むしろそれを反証する調査結果があったりする。
  にもかかわらず、この二十年あまり、きちんとした学者たちがまともなことも言っていたにもかかわらず、その部分は取り上げられず、再分配機能を低める方向の議論がもっぱら前面に出され、事態がその方向に動いてきた。それを辿り、不要な心配をすることはないと、対応は可能であると言い、方向を変える、そう宣言するべきだった。実際、昨年秋から今年の前半、そのようなことも首相その他は語り、また政権交替後、総入れ替えということになった税制調査会、その専門家委員会は、基本的には、その方向を向いていてもいる。そちらで言っていければよかったのに、と私は思う。
  その上で、私は消費税を引き上げることに必ずしも反対ではない。ただ、誰もが知っているように、それは累進的な制度ではなく、むしろ逆進的に作用する場合がある。「給付付き税額控除」といった対応策――これはベーシックインカム論者たちの多くも支持する――を明示し、実施する必要がある。
  そして、所得税の最高税率の引き上げぐらいのことでたいした税収が見込めないのもまた事実ではある。最高税率の引き上げは多分に象徴的なものであり、所得税の税率全体を再検討して累進性を高める――さしあたり過去にあった制度にいくらか戻す程度のことでしかない――こと、また資産・相続を含め、全体としての再分配を獲得・確保することである。そのために、資産・所得に限って――つまり「国民総背番号」に対してあった当然の懸念・批判が当たらないようなかたちで――捕捉する必要がある。それはまともな給付を行なうためにも必要なことである。金がないのに、ないことを知らないことにして、給付していないというのがこの国の現状だからだ。
  そして、「無駄」を減らす程度のことでどれだけのことができるのかといえば、たいしたことにはならないこと、このことは冷静に把握し伝える必要はある。もちろん無駄とはなくせばよいもののことなのだがら、なくせばよい。しかし、その掛け声のもとで実際に何がなくされてきたのか、減らされてきたのかである。
  そして、主税局長他の皆さんに私は応援のつもりで言ったのだが、所得税等では取りはぐれが出て――実際には同じだけ金のある人でも、多く払う人少なく払う人が出て――公平性に欠けるから消費税でというのは、まったくわからない話ではないのだが、その前に、なんならそれと同時に、きちんと取るものを取ることを公言し、そのための体制を取ったらよい。税務職員の仕事に金を使えばその五倍から十倍(以上)の――本来は当然に得られるはずの――税収が得られるという計算もある(『税を直す』六五頁)。そして使うべきに使う。私はその方向を支持するし、そのことをはっきり言う人たちであれば、その人たちを支持する。そしてそのような人たちはたくさんいると思う。

◆立岩 真也・村上 慎司・橋口 昌治 2009/09/10 『税を直す』,青土社,350p. ISBN-10: 4791764935 ISBN-13: 978-4791764938 2310 [amazon][kinokuniya] ※ t07, English
◆立岩 真也・齊藤・拓 2010/04/10 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』,青土社,ISBN-10: 4791765257 ISBN-13: 978-4791765256 2310 [amazon][kinokuniya] ※ bi.

◆峰崎直樹(みねざき直樹)の公式Webサイト http://www.minezaki.net/


UP:20100803 REV:20100912
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