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なんのための「緩和」?

立岩 真也 2010/10/16
『日本医事新報』
http://www.jmedj.co.jp/magazine_iji.html


 *依頼をいただいたのは「プラタナス」というコーナーで、毎回違う方が担当する、巻頭言?というのではないのでしょうが、雑誌の最初の方に掲載される短文です。1100字までということで、書くべきことを書けておりません。またそのままのかたちで掲載されることにはならないはずです。

 8月の末に日本難病看護学会の学術集会に呼んでいただいた。「難病」という言葉はもとは行政用語の曖昧な言葉ではあるが、その説明はこの雑誌ではよいだろう。ALSといった人たちに、かなり早期から、モルヒネなどの薬物・麻薬が使われ始めているが、それでよいのか。その懸念から企画されたシンポジウムに出た。私はごく短く次のようなことを述べた。
 私はなにより辛いのはきらいだ。だから、薬が効くなら、使うことになんのためらいもない。モルヒネだって、試したことはないが、きっと好きだと思う。けれど、適切に世話すれば、格別の身体の痛みのない人、なくてすむ人に、痛覚だけでなく意識を鈍麻させる薬を与えるのはどうか。すこし昔のことを思い出してみよう。
 かつて、たしかに効き目のある精神科の薬剤が入ってきて、精神医療の様子がずいぶん変わった。その全体がよくないことだったと私は思わない。ただ、それは多くの病院で大量に使われ、そして身体や頭脳の活動のだいぶを鈍麻させ、それでたしかにその人たちはおとなしくなった。閉鎖病棟をなくしたとか減らしたとかいう話もその頃あったのだが、それは結局、かなりの部分、そうしておとなしくなったので、鍵をかけたりする必要が少なくなったという事情によっていた。だから開放がまやかしだったとか、薬がだめだと言うつもりはない。ただそんな事実があった、今もあることは押さえておこう★01。
 それと今、難病の人に与えることが推奨されつつあるらしい薬剤の使用とは違うのだと言われるはずだ。たしかに同じでない。それも認めよう。けれどもまず、その分、周囲が楽になるという事実・事情はやはりある。もちろん楽になること自体がわるいことであるはずはない。ただ、言うまでもなく、痛みは多くなにかの不具合を示すものでもある★02。例えば体位の微妙なずれによって苦痛が生じるのだが、それは周囲が対応すれば和らげることもできる。それを知って、まずするべきことをした方がその人の身体のため生命のためによい。またそれ以外に、たんに身体的と言えない苦しみがある。そんな場合でも薬剤を使うとよい場合があることはある。ただそれは、ときに、生きようとすることをあきらめてもよいという方向に、というか、そんなことを思ったりすることのない方向に――しかも機器を使い制度を使えば、あと何年も何十年も生きていける状態なのに――働いてしまうことがある★03。それは癌のどうしようもない身体の疼痛を緩和するために薬剤の適切な使用が有効であることとは違う。今進められようとしていることは、もし「緩和ケア」がよいものであるなら、その言葉を誤って使っている。それはよくない。

 cf.
◆2010/08/27 「なんのための「緩和」?」,第15回日本難病看護学会学術集会 特別シンポジウム 於:山形県立保健医療大学
 http://square.umin.ac.jp/intrac/convention.htm

 *以上で字数ちょうどで書き切れなかったことあり→以下の註は送付した原稿にはない。シンポジウムの録音記録はいずれ文字化され、公開されるとうかがっている。

■註

★01 精神医療における薬の使われ方の歴史について、私の勤務先(立命館大学大学院先端総合学術研究科)の大学院生である松枝亜希子が研究を進めている。既発表のものとして松枝[2008][2009][2010]がある。
 また、精神医療の「改革」を巡っては、やはり同じ研究科の大学院生の阿部あかねが研究を進めている。阿部[2009][2010]がある。
★02 他方にはその伝達回路自体が故障してしまうCRPS(複合性局所疼痛症候群)といった病・障害もあって――その人たちのことを研究している大学院生がいて初めて知った――そんな場合には、痛みをとるには、その間違った伝達がなされないようにするしかない。ただうまい方法がいまだないのだという。cf.大野[2008]。
★03 私はかつてある病院の「倫理委員会」に関わっていたことがあり――それはよい経験でもあったが、なかなかたいへんな経験でもあって、そのことについては、拙著『唯の生』(立岩[2010:252-263]、第4章「現在まで」第4節「倫理委員会で」)ですこし触れている――、そこでは「セデーション」についても論議された。(この部分書きかけ)

■文献
◆阿部 あかね  2009/03/00 「精神障害者<反社会復帰><働かない権利>思想の形成過程――1960年〜1980年代の病者運動から」,立命館大学大学院先端総合学術研究科2008年度博士予備論文
◆――――― 2010/03/31 「1970 年代日本における精神医療改革運動と反精神医学」,『Core Ethics』6:1-11(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 [PDF] http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2010/aa01.pdf
◆松枝 亜希子 松枝 亜希子 2008/03/31 「向精神薬への評価――1960年代から80年代の国内外における肯定的評価と批判」,『Core Ethics』4:465-473
 [PDF] http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2008/ma01.pdf
◆――――― 2009/03/31 「抗うつ剤の台頭――1950 年代〜70年代の日本における精神医学言説」『Core Ethics』5:293-304
 [PDF] http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2009/ma01.pdf
◆――――― 2010/03/31 「トランキライザーの流行――市販向精神薬の規制の論拠と経過」『Core Ethics』6:385-399
 [PDF] http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2010/ma01.pdf
大野 真由子 2008/03 「CRPS患者の苦しみの構造と和解のプロセス――慢性疼痛と生きる人たちのM-GTAによる語りの分析」 立命館大学大学院応用人間科学研究科修士論文 2008年3月
◆立岩 真也 2009/03/25 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] ※ et. [English]

 cf.
◇『Core Ethics』5 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2009.htm
◇『Core Ethics』6 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2010.htm

■言及

◆2010/10/29 http://maseratishamal.seesaa.net/article/167592454.html


UP:20100908 REV:20100916, 1102
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa
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