現在、心理学の諸領域において、人を対象とした研究や実践的行為そしてその公表に関して、研究倫理の制度・規定の設定が、研究者の所属する研究機関に義務づけられつつある。その意味で研究倫理は、研究者と研究機関の長期的観点からの存続だけでなく、現状での活動遂行の不可欠な条件となっている。
人に関する研究倫理においては「インフォームトコンセント」「プライバシーの保護」「成果のフィードバック」という主要な原則が挙げられるが、それらはいずれも研究の対象となる人々の人権侵害(研究による侵襲)を避けることを主眼として、研究の開始から公表に至る「方法」について言及するものである。
そのような研究倫理は、極めて当然の内容であるものの、いったんこれが規定として研究組織の規定として具体化する際には、「研究する者」と「研究される者」の関係は対立的な存在として表れ、研究に関する倫理は継続的に追求するものではなく、むしろ思考停止さえ招きかねないコンプライアンスと混同されていく傾向がある。このことは「研究倫理」の運営上の問題に加えて、人に関する研究のあり方という、本来の倫理性についての再考を必要としているように思われる。
このシンポジウムでは、「対人援助学」(Science of Human Services:「たすける」)、「生存学」(Ars Vivendi:「いきる」)という新たな学範・プロジェクトの立場から、当事者、研究者、オーディエンスという三者間での、かかわり-かかわられる(あるいは『かかわらない』も含めた)関係としての「人称性」を確認しながら、学範設定の経緯、そして主題となる関係やその表現行為としての研究(=「みせる」)の倫理について検討してみようというものである。