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政権交代について

立岩 真也 2009/09/17 『京都新聞』2009-9-17


■第4版

 政権交代が実現したのには、変化を求める思いと、交代しても大きく変わらないだろうという読みと両方の要素があった。
 変わらないだろうという面では、防衛や外交で、結局自民とそう差はないだろうと受け止めた上で、これまでよりはすこし自主性を重んじ、アメリカに文句を言うぐらいはいいだろうといった気分があった。国際競争下の経済運営についても、そう大きくは変わらないと思われた。選挙を受けた今度の組閣でも知られている顔が並んでいる。
 他方、変化は求められたが、選挙の時点では、政党も国民も、どちらに向かうか、はっきりしなかった。
 自営業・農業・土建業等の人たちが自民を支持してきた。他方、正規雇用の労働者の組合は野党を支持してきた。雇用が流動化する中で、既存の枠組みで保護されず不安定な状況で苦労している人たちが、政治や組織に守られていると見える人たちに反感を抱き、小泉改革を支持した。その改革では、自由化し合理化し競争し成長したら、結果的にみなの生活がよくなるという宣伝もされた。だが貧困がさらに広がった。支持した人たちは自分の首を絞めることになった。
 自民は改革の宣伝で一つ前の選挙に勝ったが、結果はよくない。旧来の支持層もいる。揺れるのは当然だった。それに対し、業種や雇用形態に関係なく誰もが生活できる政策をとると言えば、はっきりした。だがそれで多数派をとれるか、民主もためらったかもしれない。それ以前に、事態をどう捉え何を言うか、わからなかったところがある。これまでがあまりだったから選挙の結果はこうなったが、民主に投票した人も、何がどう違うのか、よくわからなかったはずだ。
 障害者自立支援法や後期高齢者医療などは大きな反対に会ったが、決めた自民は引っ込められなかった。新政権の公約が実現して、いくらか生活がよくなる人は出るだろう。また年金制度の一本化はより大きな改革だ。基本的に一本化はよい。だが所得比例で「たくさん払った人がより多くを受け取る」という路線は従来と変わらない。
 貯金や保険なら政府が担う必要はそうない。たくさんある方から少ない方へ、医療や福祉が多く必要な人へ、渡す。民間でできず政府しかできないのはこの仕事だ。例えば税の累進性を直す。それで経済はわるくならない。むしろよくする方向に働くだろう。
 厚労大臣に年金問題で名をはせた長妻氏がなった。役人と摩擦があっても、それなりに筋は通すだろう。ただ大切なのは、制度の無駄を省き明朗にすることだけではない。基本は予算全体の組み方だ。政治全体をどちちに持っていくかだ。
 民主のマニフェストは全部できないだろう。むしろ実行しなくてよいと思うものもある。高速道路の無料化もそうだ。マニフェスト通りかどうかという観点で新政権を評価する必要は必ずしもない。きちんと説明できれば取り下げてよい。国民はそれを許すべきだ。
 対立軸ははっきりしている方がよい。立ち位置がしっかりしていれば、個々の政策遂行の手際が少し悪くても冷静に見ていられる。
 今度の大臣には古くからの人たちもいる。事情通の強みはあるが、様々なしがらみもある。他方に、今回初めて議員になった人がたくさんいる。真面目さは評価するが、社会も政党もぐちゃぐちゃになった後に出てきた人たちで、何が政治の基本的な争点なのか、見当がついていない感がある。勉強の必要がある。それはこれからのことになる。


■第3版

 政権交代が実現したのには、変化を求める思いと、交代しても大きく変わらないだろうという安心感と両方の要素がある。
 変わらないだろうという面では、防衛や外交で、結局自民とそう差はないだろうと受け止めた上で、これまでよりはすこし自主性を重んじ、アメリカに文句を言うぐらいはいいだろうといった気分があった。国際競争下の経済運営についても、そう大きくは変わらないと思われた。選挙を受けた今度の組閣でも知られている顔が並んでいる。
 他方、変化は求められたが、選挙の時点では、政党も国民も、どちらに向かうか、はっきりしなかった。
 自営業・農業・土建業等の人たちが自民を支持してきた。他方、正規雇用の労働者の組合は野党を支持してきた。雇用が流動化する中で、既存の枠組みでは保護されず不安定な状況で苦労している人たちが、政治や組織に守られていると見える人たちに反感を抱き、それが小泉改革を支持した。その改革では、自由化して、合理化したり競争したり成長したら、結果的にみなの生活がよくなるといった宣伝もなされた。だが、貧困がさらに広がった。支持した人たちの自分の首が絞まることになった。
 自民党は改革の宣伝で一つ前の選挙に勝ったが、結果はよくないし、旧来の支持層もいる。揺れるのは当然だった。それに対して、業種や雇用形態に関係なく、誰もが生活できる政策をとると言えば、はっきりした。だが、それで多数派がとれるか、民主党もためらったかもしれない。それ以前に、この事態をどう捉え何を言うべきか、わからなかったところがあると思う。
 これまでがあんまりだったから選挙の結果はこうなったが、民主党に投票した人の多くも、何がどう違うのか、よくわからなかったはずだ。
 障害者自立支援法や後期高齢者医療など、実行してみたら思いのほか反対があったものの、いったん決めた自民党としては引っ込められなかったことがあった。新政権の公約が実現して、いくらか生活が改善される人たちは出るだろう。また、民主党のマニフェストにある年金制度の一本化はより大きな改革の提案ではある。基本的に一本化はよい。だが所得比例で「たくさん払った人がより多くを受け取る」という路線はこれまでと変わらない。
 貯金や保険なら、わざわざ政府が担う必要はあまりない。たくさんあるところから少ない方へ、そして医療や介護など多く必要な人に、渡す。民間でできず政府しかできないのはこの仕事だ。税の累進性を回復することもその一つだ。それで経済がわるくなるということにはならないはずだ。むしろよくする方向に働くだろう。
 厚労大臣に年金問題の追究で名をはせた長妻氏がなった。役人たちと摩擦があっても、それなりに筋は通すだろう。ただ大切なのは、無駄を省き明朗な制度にすることだけではない。基本問題は、予算全体の組み方だであり、政治の全体をどちちに持っていくかだ。
 民主が掲げたマニフェストは全部できないだろう。むしろ実行しなくてよいと思うものもある。高速道路の無料化もそうだ。マニフェスト通りにやれたかやれなかったかという観点で新政権を評価する必要は必ずしもない。掲げてしまったものでも、きちんと説明できれば、取り下げてよいし、国民はそれを許すべきだ。
 対立軸ははっきりしている方がよい。立ち位置がしっかりしていれば、個々の政策遂行の手際が少し悪くても冷静に見ていられる。
 今度の大臣たちには古くからの人たちもいる。事情通という強みはあるが、組合や業界に様々なしがらみもある。他方に、今回初めて議員になったという人がたくさんいる。真面目さは評価するが、社会も政党もぐちゃぐちゃになった後に出てきた人たちで、何が政治の基本的な争点なのか、見当がついていない感がある。歴史を知り、理論を鍛える必要がある。それはこれからのことになる。


■第2版

 政権交代が実現したのには、変化を求める思いと、交代しても大きく変わらないだろうという安心感と両方の要素がある。
 変わらないだろうという面では、防衛や外交で、結局自民とそう差はないだろうと受け止めた上で、これまでよりはすこし自主性を重んじ、アメリカに文句を言うぐらいはいいだろうといった気分があった。国際競争下の経済運営についても、そう大きくは変わらないと思われた。選挙を受けた今度の組閣でも知られている顔が並んでいる。
 他方、変化は求められたが、政党も国民も、どちらに向かうか、はっきりしなかった。
 自営業・農業・土建業等の人たちが自民を支持してきた。他方、正規雇用の労働者の組合は野党を支持してきた。雇用が流動化する中で、既存の枠組みでは保護されず不安定な状況で苦労している人たちが、政治や組織に守られていると見える人たちに反感を抱き、それが小泉改革を支持した。その改革では、自由化して、合理化したり競争したり成長したら、結果的にみなの生活がよくなるといった宣伝もなされた。だが、結果はこのとおりだ。支持した人たちの自分の首が絞まることになった。
 自民党は改革の宣伝で一つ前の選挙に勝ったが、結果はよくないし、旧来の支持層もいる。揺れるのは当然だった。それに対して、業種や雇用形態に関係なく、誰もが生活できる政策をとると言えば、はっきりした。だが、それで多数派がとれるか、民主党もためらったかもしれない。それ以前に、この事態をどう捉え何を言うべきか、わからなかったところがあると思う。
 これまでがあんまりだったから選挙の結果はこうなったが、民主党に投票した人の多くも、何がどう違うのか、よくわからなかったはずだ。
 障害者自立支援法や後期高齢者医療など、実行してみたら思いのほか反対があったものの、いったん決めたことで自民党としては引込められなかったことがあった。新政権の公約が実現して、いくらか生活が改善される人たちは出るだろう。また、民主党のマニフェストにある年金制度の一本化はより大きな改革の提案ではある。基本的に一本化はよい。だが所得比例で「たくさん払った人がより多くを受け取る」という路線はこれまでと変わらない。
 貯金や保険なら、わざわざ政府が担う必要はあまりない。たくさんあるところから少ない方へ、そして医療や介護など多く必要な人に、渡す。民間でできず政府しかできないのはこの仕事だ。税の累進性を回復することもその一つだ。それで経済がわるくなるということにはならないはずだ。むしろよくする方向に働くだろう。
 民主が掲げたマニフェストは全部できないだろう。むしろ実行しなくてよいと思うものもある。高速道路の無料化もその一つだ。マニフェスト通りにやれたか、やれなかったかという観点で評価する必要は必ずしもない。掲げてしまったものでも、きちんと説明ができれば、取り下げてよいし、国民はそれを許すべきだ。
 対立軸ははっきりしている方がよい。立ち位置がしっかりしていれば、個々の政策遂行の手際が少し悪くても冷静に見ていられる。
 今度の大臣たちには古くからの人たちもいる。事情通という強みはあるが、様々なしがらみもある。他方に、今回初めて議員になったというたくさん人がいる。真面目さは評価するが、社会も政党もぐちゃぐちゃになった後に出てきた人たちで、何が政治の基本的な争点なのか、見当がついていない感がある。歴史を知り、理論を鍛える必要がある。それはこれからのことになる。

→◆立岩 真也・齊藤・拓 2010/04/10 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』,青土社,ISBN-10: 4791765257 ISBN-13: 978-4791765256 2310 [amazon][kinokuniya] ※ bi. 文献表


UP:200909 REV:20091229
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa
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