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書評:浮ケ谷幸代『ケアと共同性の人類学――北海道浦河赤十字病院精神科から地域へ』

立岩 真也 『北海道新聞』2009-9-6朝刊:12


 「浦河ベテルの家」は全国的にたいへん有名になって、今や、一万五千人の町に年間の見学者が二千人だという。
 それだけのことはあって、おもしろいところである。それで何冊も本がある。値段は安いが分厚いこの本は、そうした中の「学術的」な本なのだろうかと思って読むと、そういうところもある。他の本がおもしろい部分を取り出すその外側のこともわかり、それはそれで興味深く、役に立つ。
 だが、この本の中心は浦河赤十字病院精神科の看護師たちだ。その人たちがどのように働いていて、どんなことが起き、どんなことを思うのか、それをていねいに調べ、書かれている。
 そんな本は、あるようでほとんどなかった。とくに日本になかった。不都合なことが知られてしまうと思うのか、調べたくても調べさせてもらえないのだ。だが筆者は、とくに看護師たちを調べてほしいと申し出を受けて、調査できた。登場人物は実名で出てくる。
 生死の「人間ドラマ」が起こる「病棟」はテレビで毎日やっているが、もちろん病院の日常はもっと地味だ。だがいろいろ起こっている。とくに精神科というのは、とくにそこでの「看護」というものは、いったいどんなものなのか。
 病院で働いていない人は知らず、読んでそうなのだとわかることもある。ただそれだけでない。働いている本人たちも、いろんなことが「わからない」でやっている。そのことが書かれている。
 それはいけないことではないか。そんなことはない、むしろ大切なことだと筆者は言う。
 「看護学」の人が書くと違ったかもしれない。もっとまじめで、厳しく反省しつつ、看護の意義を正面から説くかもしれない。けれどそう堅苦しくするとかえってよくない。「べてる」のおもしろさ、看護という仕事の大切さは、別のところにある。そのことを、看護師にも、また看護師養成者として働く人にも、筆者は伝えたいのだ。

 *掲載された文章では「毎日やっているが」→「毎日のようにやっているが」

◆浮ケ谷 幸代 20090520 『ケアと共同性の人類学――北海道浦河赤十字病院精神科から地域へ』,生活書院,379p. ISBN-10: 4903690377 ISBN-13: 978-4903690377 3570 [amazon][kinokuniya] ※


UP:20090819 REV:200909014
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