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「ダイレクト・ペイメントについてのメモ」

立岩 真也 2009/07/24 ver.1☆01 English(英語版)
「ダイレクト・ペイメント、その論点――Simon Prideaux氏と話す」,立命館大学
ダイレクト・ペイメント


■A 日本において
 1)1970年代以降、日本の障害者運動が要求し獲得した生活保護の介護加算の支給はダイレクト・ペイメントのかたちをとっている。ただしこれは低所得者だけが使える制度である☆02。
 2)ダイレクト・ペイメントについての議論は日本でもおもに1990年代以降行われており、それを肯定する主張が障害者運動の中にある。例えば1994年に立岩も関わってヒューマンケア協会によって作成されたプランにもその主張がある☆03。

■B 利点とされるものについての検討・1
 1)ダイレクトペイメントでは利用者が雇用主であり、そのことによってPA(personal assistant)をうまく利用できるという主張がある。雇用する側に立つことによってコントロールできることがあること、また、そのことがよい効果を利用者にもたらすことがあることにも同意しよう。
 2)ただ、資金源をもっているから制御できるという主張であるとすれば、それには問題もある。結局、その資金は政府が支給し、さらにそれは納税者が出すものである。となると、権限は、行政、そして納税者、資源をもっている人にあるということになってしまう可能性がある。ゆえに、かえって利用者の決定が尊重されないことにもなってしまう。したがって、対価としてPAに払う資源を有するが「ゆえに」PAを制御できる、だから望ましいという論は取らない方がよい。その資源(市場において配分された財)がどこにあるか、誰に帰属しているかにかかわらず、利用者に権限があると主張するべきである☆04。
 3)ただ、2)を確認した上であれば、利用者がPAを選択し契約して仕事を依頼できる仕組みが採用されることは、利用者にとってよいことである。
 4)しかし、3)を実現するために、ダイレクト・ペイメントが必須であるわけではない。利用者が選択し契約した人に対して政府が対価を支払う形でも3)は実現できる。

■C 利点とされるものについての検討・2
 1)利用者がPAを雇って管理する側になることによって、それを仕事にでき収入を得ることができる、それが利点であるという主張がある。Prideaux[2009]でもこのことが言われる。その可能性はたしかにあることを認めよう。
 2)ただ、それをどれだけの人ができるかと言われるだろう。それに対しては、この仕事ができる人、それを望む人がこの仕組みを採用すればよいのというのが答になる。それを受け入れよう。ただ、その上で、できる人はすべての人でないという点は押さえておこう。
 3)雇って管理することができる人にとっても、複数の利用者・PAの雇用・管理に関わるなら違うとしても、自分一人に必要なPAを雇用し管理するだけであるなら、それで一人が暮らせるだけの額を稼ぐことができるか。それは難しいだろう。もちろん、この仕事からの収入だけで生活できるようになることを目指しているのではないにしても、この仕組みが経済的な自立をもたらすとまでは言えないだろうことは確認しておく必要はある。

■D 利点とされるものについての検討・3
 1)ダイレクト・ペイメントではコストが安くなるという主張がある。では、安くなると言えるのはなぜ、どのような場合だろうか。大きくは二つだろう☆05。
 2)一つには、自由契約という形態をとることによって、PAの賃金を抑えることができるということである。これは資金を負担する側にとってはよいことかもしれないが、PAにとってよくないし、またそれでPAの質が低下するなら、利用者にとってもよくないかもしれない。☆06
 3)一つには、管理コストが低くなるというということである。その可能性はなくはないだろう。ただこれも場合による。多くの人がこの部門で働いてて高い費用がかかっている組織に比べ、一人で管理するならその方が安い場合がなくはない。しかし利用者一人あたりのコストを考えた場合、むしろ一つの組織が多くの利用者とPAを管理する方が安くなる可能性もある。そしてその場合より安くしようとすれば、雇用者である利用者の得る額が少なくなるということであり、それは3の1)の利点を減ずることになる。

■E 困難とされる点
 1)現金で渡されるなら、それが確実にPAに用いられているか確認が困難であるという理由が付されることがある。
 2)利用者がうまくPAを調達し、コントロールできるのかという論点がある。この点については、一つに、利用者が管理できるようになるための支援がなされるならよいとされる。そのこともPrideaux[2009]で述べられる。一つに、それでも管理できない人またしたくない人は、この仕組みを使わなければよいとされる。Prideaux氏も研究会でこのことを強調した。

■F 対価の設定について
 1)一定の額を利用者に提供し、それを(PAに使うという条件→E1)は守りながら)どのように使うかを利用者が自由に設定できるなら、同じお金を効果的に使えるかもしれない。
 2)しかしその場合、総額をどのように決定するのかという問題がある。他の制度における時間あたりの金額×必要時間か? それが決まったとして、例えばPAとして雇用する家族の対価を高くし、他の人を低くするといったことが起こらないか☆07。そういった場合に統制が必要だとされ管理が強められることになるかもしれない。そしてこれも、予算の使用に責任をもつ行政機関がダイレクト・ペイメントに積極的でない理由であるかもしれない(cf.Eの1))。

■G 再び日本について
 1)日本では、まず行政の側からは、費用の軽減を目指し、個々のサービスを積算するのでなく、月あたり定額を支給する制度が構想され一部実現もされたが、それは利用者に直接に支払うという形態をとることはなく、事業所に支給し、さらに事業所に登録されたPAに支給されるという従来の形態をとるものである。そこにはEの1)、Fの1)の懸念があったかもしれない☆08。
 2)このように、一つに現実の政策においてダイレクト・ペイメントの導入が困難な中で、一つにCの2)、つまり誰もがこの仕組みを使えるわけではないということを考え、一つにCの3)、つまりPAの管理・調整で生計を立てるだけの仕事にするためには複数のPA・利用者に関わる仕事を担う必要があるので、そしてBの4)、つまり選択し契約した人に対して政府が対価を支払う形でも利用者の自律性を担保することはできるという判断から、日本の運動はダイレクト・ペイメントの実現を、今のところ、強く主張することはしていない。
 3)その代わりに、障害者が運営の中心を担うCIL(Center for Independent Living)が事業所となり、そこに利用者とPAを登録し、利用者とPAの関係を調整し、政府からサービス時間に応じた金額を受けとり、その大部分をPAに支払い、その一部を事業所に残し、CILで働く障害者がこの仕事で生活を立てていくという方向をとった☆09。
 4)ただ、実質的には、一人の利用者が一つの自分のためだけの事業所を設立し、自分に関わるPAの採用・管理の仕事をし、そのPAの介助(assistance)を利用するといった形態も取られている。これは事実上はかなりダイレクト・ペイメントの仕組みに近いものである。
 5)実際には事業所の設立・運営については様々な制約がある。運営に関わる人やPAに資格(certification)が要求されることによって、利用者にとって制度が使いづらいものになっている。それに対する反対の主張・運動はあるが、その傾向はむしろ強くなっていて、そこに争点の一つがある。
 6)日本の運動はこのようにサービスの供給形態を問題にし、またその供給に自らが関わることによってその改革を志向し一定実現させてきたが、同時に、強く主張してきたこと、主張せざるをえなかったことは、どれだけ重い障害があっても、生きていくことができるだけの量のサービスが獲得されるべきであるということだった。それは一部で実現している。最大1日24時間の、公的な費用提供による、介助保障を得て暮らす人たちが1990年代から現われている。そしてそれは、人工呼吸器(ventilator)を使い夜間も吸引(sunction)や体位交換(changing position)等を必要とする人たちの方にも拡大してきている☆10。ただ、制度・供給量の拡大に伴い、その量を規制しようという力もまた強くなっており、なかなか厳しい状況になっている。
 7)そこで日本の人たちは、各国の介助の供給・利用の形態にも関心をもっているのだが、それ以上に、英国その他の諸国で、いったいどれほどの量の介助が得られているのか、それは最も重度の人であっても家族に依存せずに暮らせるだけのものかを気にかけている☆11。

■G まとめ
 1)C・Dより、ダイレクト・ペイメントの利点として経済性・効率性を主張することには――もちろん無駄を省くこと自体はわるいことではない――慎重であった方がよいと言える。
 2)Bより、利用者による選択・決定の尊重について、ダイレクト・ペイメントの利点はあるが、他の仕組みでもそれを実現するのは不可能ではない。
 3)もちろんそのことは、ダイレクト・ペイメントの有効性を否定するものではない。ただ、それを採用する場合に提出されるだろう、Eの1)やFの2)といった疑問、実際に示される懸念について、ある程度応える必要はあるだろう。(「ある程度」と言うのは、その懸念を完全に払拭することは不可能であるが、完全に払拭しなければならないわけではないからである。)

■注

☆01 このメモは、研究会「ダイレクト・ペイメント、その論点――Simon Prideaux氏と話す」(於:立命館大学)で交わされた議論を振り返りながら書かれた。今後よりまとまった文章にして発表する予定である。
☆02 立岩[1990→1995]で紹介している。また辞典でこの項目を担当している。
☆03 「社会的支援の供給形態として、国・自治体のレベルでは主に資源の給付を行ない,それを用いて個々人がサービスを受けられるようにする。 」(ヒューマンケア協会地域福祉計画策定委員会[1994])
 「行政が所得を保障し、また福祉サービスを提供するかたちには、大別して、直接本人に現金を支給するかたちと、物・サービスを直接に提供するかたちとの2つがある。基礎的な所得保障については当然前者の形をとるべきだが、個々人の必要に応じた物・サービスの提供についてはどうか。これまで社会福祉サービスと言われる時には、当然のように後者とされ[…]てきた。  だが、その問題点は、行政が一方的に依託先を決定し、しかもサービスの質にかかわる責任の所在が曖昧にされ、利用者の側の要求が何ら反映されなかったところにあった。この点を変更し、利用者側の選択が保障され、その要求に応えなくてはサービスの供給主体として存続できないようにすれば、行政が唯一サービスの直接的な供給主体としてある場合よりも、むしろサービスの質は向上するはずである。ゆえに、現金による給付を行なう範囲を従来よりも拡大すべきである。」(ヒューマンケア協会地域福祉計画策定委員会[1994])
 この主題についての学術的な書籍として小川[2005]、岡部[2006]がある。
☆04 このことについて最も基本的なことは立岩[1997]に記した。介助に即しては立岩[2000]に収録された論文に記した。
☆05 他には、オフィスをかまえる事業所に費用がかかるのに対し、自身の居宅でPA管理の仕事ができるならその分安くなるということもありうるだろう。
☆06 前者については、Prideaux氏は、最低賃金は保障されるべきであること、各種の労働に関わる法的規定を遵守させることが重要であることを述べた。そして英国における最低賃金が低いことも指摘した。同様の議論は日本にもある。賃金等の労働条件の改善は必要である。ただそれが実現されるなら、安く雇用できることができることによる経済性という主張は成り立たなくなるということでもある。
☆07 家族をどう位置づけるかという問題がある。原則的には、家族もまた他の人と同じ くPAとして社会的な支払いを受けるべきであると考える点では、私もまたPrideaux氏らと見解を同じくする。  社会的な費用負担のもとに介助を「実際に行なう人は、基本的には介助する人とその介助を使う人の合意が得られるなら、家族の成員も含め、フルタイムであるいはパートタイムで、一生あるいは人生の一時期その活動に就こうとする人のすべてである。」(立岩[2000])
 ただそれを実施しようとすると問題はある。一つには、とくに他にPAが容易に得られない場合、家族が介助の仕事から逃れなくなってしまう可能性である。日本では公的介護保険(public long term care insurance、2000年〜*)の導入の際にこのことを巡る議論があり、その議論があったためにということではないのだが、家族による介助に対する公的な支払いはなされていない。
 もう一つは、家族がこの仕事を生活の糧にしようとして、利用者が家族から独立しようとしていても、利用者から離れないといったことが起こる可能性である。
 もちろん、以上について対応策がないわけではない。根本的な解決には至らないとしても、生じうるし実際に生じている問題を軽減する必要はある。その対応がうまくいけば、家族にも払うという方向をとることはできるし、またそうするべきである。
*法令(Long-Term Care Insurance Act)の英訳:http://www.japaneselawtranslation.go.jp/law/detail/?ft=1&re=01&dn=1&co=01&x=75&y=8&ky=%E4%BB%8B%E8%AD%B7%E4%BF%9D%E9%99%BA&page=1
☆08 これについても我々の調査報告書がある。別途紹介する。
☆09 この仕組みの正当性については立岩[1995a]、実際の組織の活動については[1995b]。
☆10 ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)の人たちの生活について立岩[2004]。病院を出て一人で暮らすことになったALSの人の生活とその支援について、我々の拠点の雑誌『生存学』に掲載された西田[2009]、長谷川[2009]、山本[2009]、堀田[2009]。やがて人工呼吸器を必要とすることになる人が多いALSの人で、呼吸器をつけて生き続ける人は、日本では全体の3〜4割と言われる。欧米諸国ではさらにその割合は低いという。つまりその「選択」の後に、多くの人が亡くなっているということである。安楽死・尊厳死(euthanasia/death with dignity)についての立岩[2008][2009]
☆11 研究会で川口有美子伊藤佳世子らが知りたがっていたのはこのことだった。二人はCOEのメンバーでもある大学院生だが、同時に、川口はALSの人たちの支援に関わり、伊藤は筋ジストロフィー(muscular dystrophy)の人たちの支援に関わっている。どれだけの社会サービスが供給されるか、どれだけの予算が投じられるのかは、その大きな関心事である。その質問に対して、Prideaux氏は、サービスの実情は英国内でも地域で様々であると答えた。

■文献表

◇安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 19901025 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』,藤原書店,320p→19950515 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店,366p. 3045 [amazon][kinokuniya] ※
長谷川 唯 2009/02/25 「独居ALS患者の在宅移行支援(2)――二〇〇八年六月」,『生存学』1:184-200
堀田 義太郎 2009/02/25 「独居ALS患者の在宅移行支援(4)――課題・要因・解決方策」,『生存学』1:218-235
◇ヒューマンケア協会地域福祉計画策定委員会 19940331 『ニード中心の社会政策――自立生活センターが提唱する福祉の構造改革』,ヒューマンケア協会,88p.,1000
西田 美紀 2009/02/25 「独居ALS患者の在宅移行支援(1)――二〇〇八年三月〜六月」,『生存学』1:165-183
◇小川 喜道 20051201 『障害者の自立支援とパーソナル・アシスタンス、ダイレクト・ペイメント』,明石書店,146p. ISBN-10: 4750322334 ISBN-13: 978-4750322339 [amazon][kinokuniya] 2100 ※ dp.
◇岡部 耕典 20060605 『障害者自立支援法とケアの自律――パーソナルアシスタンスとダイレクトペイメント』,明石書店,161p. ASIN: 4750323551 2100 [amazon][kinokuniya] ※
Prideaux, Simon 2009/07 Disabled People and Self Directed Support Schemes: Re-Conceptualising Work and Welfare in the 21st Century(MS Word)
◇立岩 真也 1990/10/25 「はやく・ゆっくり――自立生活運動の生成と展開」,安積・尾中・岡原・立岩『生の技法』,第7章 pp.165-226
◇――――― 1995/05/15a 「自立生活センターの挑戦」,安積他[1995:267-321]
◇――――― 1995/05/15b 「私が決め,社会が支える,のを当事者が支える――介助システム論」,安積他[1995:227-265]
◇――――― 1997/09/05 『私的所有論』,勁草書房,465+66p.,6300 [amazon][kinokuniya]
◇――――― 2000/10/23 『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術』,青土社,357+25p. 2940 [amazon][kinokuniya] ※
◇――――― 2004/11/15 『ALS――不動の身体と息する機械』,医学書院,449p. ISBN:4260333771 2940 [amazon][kinokuniya] ※
◇――――― 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01. et.,
◇――――― 2009/03/25 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] ※ et.
山本 晋輔 2009/02/25 「独居ALS患者の在宅移行支援(3)――二〇〇八年七月」,『生存学』1:201-217


UP:20090724 REV:20090725, 0816
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