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生存学という企み?

立岩 真也 2009/04/25
『日本生命倫理学会ニューズレター』41:3(日本生命倫理学会


  学問の数を一つ増やそうなどという、だいそれた、はた迷惑なことはまったく考えていない。グローバルCOE(学際・複合領域)の一つとして2007年度から始まっているものがあり、申請にあたり短い字数の看板が必要だと言われ、捻り出したというだけのことである。何をしようとしているか、何をしているか。すべてをHPに掲載している。「生存学」で検索すると出てくる。それを見ていただきたい。予算が限られている中で成果はあがっていると思う。ここでは「生命倫理(学)」との関わりについてだけ述べる。この企画では「集積と考究」「学問の組換え」「連帯と構築」と三つの柱を立てたが、以下は一つ目に関わる。
  一つに、考えるべきことがまだ考えられていないと思う。だからそれがなされるべきだと考えている。もちろん、既に基本線が決まっていて、それでよいのなら、その決まったものを持って来て、受け手に合わせて難易度等々を変え整理して、教え、習得度を試験し、その知識を認定された人が「現場」でそれを応用する…、という営みを進めていけばよい。そして同時に、基本線を踏襲しつつ新しい技術・事態に応用し、いくらかを加えていくことが学的な営為ということになる。既に現実に存在する「生命倫理学」のかなりの部分はそのようなものになっているように見える。繰り返すが、それでもう決まりなのであれば、それでいっこうにかまわない。答を引き延ばすのはよくない。しかし残念ながら、まだ基本的なところから考えるべきことが多々あってしまっている。思考をやめるわけにいかない。
  もう一つ、そのためにも、集めるものは集めておく必要がある。これまで様々な考えや思いがあってきた。そして時にそれは「学問」の外側にあったものでもある。とすれば、教科書や事例集を読めばそれでよいということにはならない。図書館のデータベースで拾える論文を集めるだけでも足りない。それらの論文には様々な事件を扱ったものもあるが、たいていその記述はごくあっさりしたものに留まっている。もっと詳しい記録が必要だ。雑多な文献、とりとめない言葉を集めておくことが必要なこともある。そしてそれらをいくらかまとめ、それを誰もが読み、考えることができるようにしたらよい。それで私たちは書庫に本の類を集め、たんに刊行年順に並べ、一つひとつについてHPのファイルを作るといったことをしている。まだまだするべきことがある。それほどまずなされるべきことがなされていない。
  雑誌『生存学』の創刊号が出た(生活書院)。そこに例えば、「死の決定」を巡る英国での裁判の検討があり(堀田・有馬・安部・的場論文)、生命倫理学的前提の再検討の試みがある(有馬論文)。ご覧いただきたい。また同じ主題に即し、以上に記したことを思いつつ、COEの仕事に執筆を妨げられながら書いた拙著に『良い死』『唯の生』(筑摩書房)がある。以上で言おうとしたことを具体的に理解していただけるものと思う。

cf.
◇立岩 真也 2009/06/25 「『良い死』」(医療と社会ブックガイド・95),『看護教育』49-5(2009-5):-(医学書院),


UP:20090426 REV:
生存学創成拠点・趣意  ◇日本生命倫理学会
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