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最終回です。

医療と社会ブックガイド・101)

立岩 真也 2009/12/25 『看護教育』50-12(2009-12):
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 どんないきさつで始まったのかもう覚えていないのだが、この連載、9年も書いてしまった。今回は最終回。紹介すべき本はもちろんいくらもあるが、それを拾っていくのは到底無理だから、今年はひらきなおり、徹頭徹尾、私や私が関係する企画に関わる本だけを紹介してきた。最後のこの回は少し違う、ただ関係はあることを。
 「ケアをひらく」というシリーズが医学書院にある。担当の編集者の白石正明さんに、シリーズの一冊でもある『ALS』(2004)でお世話になった。たまに話をした。本のことを知らせてもらった。
 第18・19回で浦河べてるの家『べてるの家の「非」援助論』(2002)、第38回で石川准『見えないものと見えるもの――社交とアシストの障害学』(2004)、第44回で『ALS』、第61・62回で小澤勲編『ケアってなんだろう』(2006)、第90・91回で上野千鶴子・中西正司編『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』(2008)を紹介した。他にもたくさんある。今さら個々の紹介は無理だ。ここではもっと漠然としたことを。いったいこのシリーズは何なのか。編集者の好み・偏りがあり、販売戦略・戦術があり、出そうと思ったものを出しているというのが一つの答ではあるが、もうすこし。
 ときに、こんな本たちが他の国で出版されることがあるだろうかと思う。世界の出版事情を知らないから、憶測でしかないのだが、ないような気がする。
 どこの国にも、専門書・学術書があり、ハウツー本があり、ノンフィクション・小説がある。中には「本人」が書いたものもある。そのいくつかは紹介してきた。他国と比べ、実際に調べて書かれた厚みのある学術書がこの国には少ないことに不平も述べてきた。
 ただ、この国には、これらのいずれでもないような本の群れもあって、それにはよいところもあるように思う。つまり、理論・学問を知らないではないのだが、心底信じているわけではなく、ある距離感を置くという態度がある。関係して、普遍的なことというより、個別のことやその細部を大切にしようという傾きがある。割り切れないことは割り切れないのだという開き直りがある。原理を「建て前」と捉え、それをあまり信用しないところがある。言葉にできないといったことにあまり引け目を感じない。そしてもう一つ、言ってならないことになっていることも言えばよいではないかといった気持ちがある。そんな場から書かれるものがある。
 それはなにか素人っぽい営みでもあるのだが、知った(つもりになった)上で、斜めから、あるいは後ろから、見るという態度でもある。「目利き」という人たちがいて、その人たちが「これはしぶい」とか「あれはつまらない」とか言う。小林秀雄が晩酌に使っていた徳利はやはりよい、とかそんな感じだ。爛熟という言葉を使えそうなところがある。江戸もアニメも、そんな流れのものだ。
 もちろん「ケアをひらく」シリーズの本の多くは普通の素直な本である。ただ同時に、とりわけ本を数見てきた編集者の方に、「そんなの飽きてしまったよ」という倦怠感と、「おもしろがることにした」みたいな好奇心というか邪心というか、そんなものがある。
 医療社会学なら医療社会学の作法がある。看護学にもある。他もそうだろう。「ナラティヴ」もそうだし「ライフ・ヒストリー」もそうかもしれない。そこそこにおもしろいが、それを決まったものとして繰り返してもつまらない。
 そして例えば「体制側」にしても「反体制側」にしても、「これはふれないでおこう」という部分があるのだが、そういうことを気にしないことにする。例えば、暴力をふるう患者は現にいる。となれば、それにどう対抗するかはやはり大切ではないか。こうなる。
 それに対して私は、まず図式主義者であり原理主義者であると、すくなくともありたいと思ってきた。「現場は複雑」なのは当たり前で、それで話を終わらせてしまうのが嫌いだ。また自分自身がどうかは別に、建て前は建て前として大切で、人権主義者である、あるしかなかろうと思ってきた。
 だから、私の建て前はこのシリーズのやんちゃなスタンスと同じではないと思う。ただ、流行を紹介したり決まった単純なお話を再唱したりはつまらないと思ってきた。そして、『ケアってなんだろう』の紹介の時にも述べたように、理屈じゃないんだと(例えば故・小澤勲が)言うしかないような部分にこそ理屈がある、原理があると言いたいとも考えてきた。だから、このシリーズのものはこれからも気にしようと思っている。
◇◇◇
 その最新作が川口有美子の『逝かない身体』。拙著『ALS』もALSの本だったが、それは書かれたことを並べた本だ。多くの人は字を書かないし、また、やがて書かなくなったり話さなくなったりする。しかしではそこになにもないかいえば、むろん、まったくそんなことはない。そのことを想像はできる。だが私は椅子にすわって字を書いているだけだ。
 対して、こちらの大学院の大学院生でもある川口は、その母がALSになって、それ以来、介護の生活があり、様々があり、やがて自ら事業所を始める。ALS協会の活動もあり、各地を日々駆けずりまわっている。
 第1章にその母親が発症してからの話があり、昨年に亡くなられる前後の話が第4章にある。その間に2つの章がある。
 第2章「湿った身体の記録」は、こんなことを書いても(書いたら)よいのだと言われたりしないと、たぶん本にならなかったと思う。闘病記や家族の記録はかなりたくさんあるが、摘便のことや涎(よだれ)のことが、在宅介護の技術指南というわけではなく、書かれることは、そうはない。
 さて「それでどうした?」ということにはなる。身体観だとか羞恥だとかいった「主題」につなげられなくはない。ただその前に、介護の苦労話は山ほどあることを知った上で、ここを書いてもらったらおもしろかろうと編集者は考えたと思う。その趣向をどう評価するか、読んでみてください。
 普通におもしろいのは、第3章「送信から受信へ」だろう。口が動かなくなり、だんだん伝えにくくなる。動くには動くが「超」ゆっくりになる。すると「通訳」する人は代弁者のようにもなる。それはよくない、か。たいていよくない。けれどいつもそうか。また、やがてその方法もとれなくなる。しかしその人に伝えたり、その人から何かが伝わったりすると感じる。すると、前者は無駄だとか、後者は想像にすぎないとも言われる。前者の非難はもちろん間違っている。受信しているのだから無駄ではない。では後者はどうか。送信があると思うのはたんなる思い込みではないと本では示されている。その記述になるほどと思うか。次にそれと別に、想像に「すぎない」として、それではいけないのか。そんな話にもつながる。
 ただここでも、そんなことの前に、様々が微妙に微細になっていく様子・過程が詳細に――というほとでは、今度の本はないのだが、しかしそもそも書けることかとも思う――書かれることがなかった。私は、幾人かから聞き知って、なんだか驚かなくなってしまっているところがあり、どう受け取られるか予想できないところがあるのだが、知らない人は知ってみたらよいと思う。他方に「現場」にいて知っている人もいる。でもその人は近すぎたり、慣れすぎたり、疲れすぎたりしている人でもある。この本の著者はいくつかのきっかけもあって、すこし距離をとることができた。すると書けることがある。またそれを読んで、知っているつもりの人が新たに知ることがでてくる。ときに「学」はそんな距離を得ることを助けることができる、こともある。
 それにしても、約10年の、長くない時間に、しかし長くもある時間に、かくもいろいろなことが起こる。この本では記述が抑制されているが政治方面も慌ただしかった。動かない状態を生きる人も、関わってしまうと慌ただしかった。ではそれらから離れた人は、たしかに忙しくはなかったとして、時間は無限に続く単調な時間だったろうか。たぶんそうではない、それは私たちの妄想に近い。そのことがこの本で示されている。
◇◇◇
 近い過去から現在まで、身体と社会を巡って書かれ言われたことを振り返りながら考えることを、月刊『みすず』の連載「身体の現代」eで少し行なってみている。みすず書房から出される本になる。本連載の「死/生の本」の数回他を『良い死』『唯の生』(筑摩書房)に続く本にという案はすこし考えなおそうかと思っていて、さしあたり公刊の予定はないが、これまでの原稿はすべてウェブサイトに掲載されている。これから書くものも、禁じられない場合には掲載していく。ではさようなら。


■表紙写真を掲載した本

◆川口 有美子 20091215 『逝かない身体――ALS的日常を生きる』,医学書院,270p. ISBN-10: 4260010034 ISBN-13: 978-4260010030 \2100 [amazon][kinokuniya]



◆浦河べてるの家 200206 『べてるの家の「非」援助論――そのままでいいと思えるための25章』,医学書院,シリーズケアをひらく,253p. ISBN:4-260-33210-4 2100  [amazon][kinokuniya] ※ m,
◆石川 准 20040113 『見えないものと見えるもの――社交とアシストの障害学』,医学書院,270p. 2100 [amazon][kinokuniya][kinokuniya][bk1] ※
立岩 真也 20041115 『ALS――不動の身体と息する機械』,医学書院,シリーズケアをひらく,449p. ISBN:4-260-33377-1 2940 [amazon][kinokuniya] ※ als
◆浦河べてるの家 20050220 『べてるの家の「当事者研究」』,医学書院,シリーズケアをひらく,304p. ISBN: 4-260-33388-7 2100 [kinokuniya] ※
◆小澤 勲 編 20060501 『ケアってなんだろう』 ,医学書院,300p ISBN: 4-260-00266-X 2000 [amazon][kinokuniya][kinokuniya]※ a06 b01 c04,
◆中井 久夫 20070525 『こんなとき私はどうしてきたか』,医学書院,240p. ISBN-10: 4260004573 ISBN-13: 978-4260004572 2100 [amazon][kinokuniya] ※ m.
◆綾屋 紗月・熊谷 晋一郎 20080910 『発達障害当事者研究――ゆっくりていねいにつながりたい』,医学書院,シリーズ ケアをひらく,219p. ISBN-10: 4260007254 ISBN-13: 978-4260007252 2100 [amazon][kinokuniya] ※ a07.d00.
◆上野 千鶴子・中西 正司 編 20081001 『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』,医学書院,シリーズケアをひらく,296p. ISBN-10: 4260006436 ISBN-13: 9784260006439 2310 [amazon][kinokuniya] ※ a02. a06. d00.


UP:20091025 REV:20091026
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