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『税を直す』

医療と社会ブックガイド・100)

立岩 真也 2009/11/25 『看護教育』50-11(2009-11):
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  今回で100回ということになり、101回というなんだか美しい回数で終了となる。最終年は徹底して「手前味噌」にさせていただくとことにした。それで1年もってしまうというのは、実際たくさんの本を出してきているからでもある。この世に紙を増やす迷惑な行ないではあるが、書くべきことがたくさんあるので仕方がない。
  ただ、この連載に直接に関係する本の刊行はすこし後になる。今そのための連載を、みすず書房の月刊誌『みすず』に、「身体の現代」という題で、2008年7月月号からさせてもらっている。この11月号でもう15回になるが、それがいったんまとまるまでにはまたさらにいくらかかかるだろう。なにを思ってその連載をしているのかについては、この10月末刊行の藤原書店の季刊誌『環』39巻の特集が「「医」とは何か」なのだが、そこに載った「「反」はどこに行ったのか」に書いた。ただここでもすこし紹介しておく。
  かつていくつか医療社会学の本を紹介したことがあるが、そのあるものは、「医療化」とか「専門家支配」とかそんな言葉を使って医療を批判的に記述してきた。また本人の病気のせいにして、社会を免罪している、それではいけないといったことを言ってきた。そうして支配される本人の味方になろうとしてきた。
  それに当たっているところがあると私は思う。けれどそれだけを言ってもな、とも思う。例えば一つ、「関係の病」だとか言われるよりも、「脳の病気」だとなった方がよいと言う人たちもいる。
  原因が家族や親にあるとされても、自分たちには思いあたるところがない。しかしそう言われ、自分たちに責任があるとされる。また努力しなければならないとされる。それが、家族・親は関係ない、脳の機能障害だと言われたら、納得もいくし楽にもなる。これはこれでもっともだ。この場合には、「社会的要因」とされない方が家族や本人にとってよい。
  となると、本人(たち)のために「社会」を問題にするという立場はどうなるのか。ここには、いくらかの矛盾があるように思われる。どちらかが間違っているのか。そうではないだろう。ではどうなっているのか。そんなことを考えないと「学問」の言説も現実に追いつけないと思った。
  それは以前「「生存の争い――医療の現代史のために」」という連載を『現代思想』で行なった際、その第2回・第3回(2002年5月号・6月号)「原因の帰属先のこと」で少し書いたことでもあった。ただ14回続いたその連載は、第4回からALSの人たちの話になってしまった。それはだいぶ書き足した上で、医学書院から刊行された『ALS――不動の身体と息する機械』(2004)になった。裏話になるが、青土社の『現代思想』に書かせていただいたものをもとにした本が医学書院から出たことで、私は連載でお世話になった編集者に「借り」を作ることになった。こんどはこちらで本をということになった。そしてその編集者は、今はみすず書房に移って本を作っている。『みすず』で連載を始めさせてもらったのにはそんな事情もある。
◇◇◇
  自閉症について、家族要因論の否定が本人たちや親に歓迎された。私は自閉症のことはすこしも知らず、とくに関心があったわけでもない。ただ、私の書きものを読んでくださった方から、地域の親の会の機関紙を送っていただいていたことがあった。また、上野千鶴子の河合塾での講演が、自閉症について間違った認識に基づく部分かあると批判され、謝罪するといったことがあったことを知りはした。それでいくらかふれた。
  今回の『みすず』連載では、それを引き継いで考えてみようとしている。そしてそのために、新たに本をいくらか買い込んだ。
  それは主に本人たちが書いた本だ。そして、そういう本がたくさん出ているのがここしばらくの特徴なのだ。かつてニキ・リンコの本を紹介したことがあった(2004年4月号・6月号)が、彼女はその後も次々に本を翻訳したり書いたりしていて、それもずいぶんな数になる。それ以前には、ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』(原著1992、訳書1993、新潮社、2000新潮文庫)といった本がある。連鎖するように多くの本が出版されている。
  まずそれらを集めた。『ALS』で使ったのと同じ手口である。その時も、ALSの本人や家族が書いた本を手当たり次第に集め、引用を連ねて本を作った。そうした作業は難しいことではない。本・資料の入手も困難ではない。というか、容易に入手できるものを使って、調べて書いていける。だが意外にそうした書きものは少ない。なぜみなそういうことをあまりしないのだろうと不思議だ。
  自閉症とADHD(注意欠陥・多動性障害)・ADD(注意欠陥障害)――これらと自閉症が同じだといったことを言いたいのではない――に関わる本80冊ほどがすぐに集まった。そのリストを作り、その引用集を作った。それを見ていただくこともできる。私たちのHPに入ってから「自閉症」で検索するとある。
  それらに自閉症と診断されてどのように思ったのか、何が変わったのか、書かれている。それを集めて、書かれていることについて考えてみようというのだ。
  ではその話はどこに行くのか。それはその連載と、やがてその構成をだいぶ変えてまとめた本に書くつもりだから、読んでください。ただすこし予告すれば、私は、病気だとか病気でないとか言うこと、またこれが原因であるとかあれが原因であるとか言うことが――なくなりはしないし、なくなるべきだとも思わないが、減らせるし減らした方がよい場面では――減り、そのことにこだわらなくてすむようになったらよいと思っている。そんなことも、話を進めていくと、言えるだろうと思う。
◇◇◇
  さて『税を直す』だが、なんでこの連載でこの本を?、今回の今までの話の続きにこの本を?、と思われるだろう。
  私もこの連載でこの本を紹介するのにためらわれるものがないではない。だが、この連載との関係はもちろんある。つまり、医療に金がかかる、その金が足りないという話がこの社会を覆っている。それで重苦しい感じになっている。だが本当に暗くならなければならないのか。暗くならずにすむならその方がよい。だからお金のことを考えてみようということだ。
  表紙だけみると単著のように見えてしまうのだが、三人の共著の本である。
  貧困や格差については多くの人が関心をもっている、またもたざるをえないでいる。それでこの主題についてとても多くの本が出ている。出ているらしいことは感じている。けれど、その全体がどうなっているのか、その数か多いこともあって、よくわからなくてが当然だと思う。そこで橋口昌治が第2部の第2章「格差・貧困に関する本の紹介」を書いている。とても役にたつ。
  そして私は、第1部「軸を速く直す――分配のために税を使う」で、日本で税、とくに直接税、所得税について、何が起こったのか、それをごく簡単に紹介し、そしてそのことについて何を人々は言ってきたか、それを集めて並べて、考えた。つまりここでも私は『ALS』で行なったこと、また『みすず』の連載で行なっていることと同じことをしている。税に関わってここ20年余りの間に出された本を120冊ほど買い集め、引用し、それを並べていった。そしてそこに言われていることがどこまで本当か考えて言おうと思った。
  医学・医療にもそんなところがあるのだが、また自然科学全般がそうだとも言えるが、経済のことを言う人たちもまた、基本的に前向きな人たちなので、過去に誰がどんなことを言ってきたのかといったことにあまり関心をもたない傾向がある。それでよい場合もあるが、そうでないこともある。するとその業界の人には委ねられないので、素人は素人なりに、調べてみようということになる。
  日本は、この20年ほどの間に税の累進性、つまり多くあるところには大きな割合で税をかけるという性格を弱めてきた。その時、累進性を弱めるのがよい、あるいは仕方がないと言われた。例えば、金持ちの税を多くすると、その人たちは働かなくなると言われた。そんなことはないという、少なくとも同じぐらいもっともな説もあったが、そちらは無視された。そして累進性は弱められていった。まず知らない人は知った方がよい、そして考えたらよい、自分でも考えようと思って、書いた。
  さらに第2部の第1章「所得税率変更歳入試算」では、村上慎司が、所得税率を1987年のものに戻した場合の試算をしている。所得税からの収入が、にわかに信じがたくもあるのだが、約1.5倍になるという。

◆立岩 真也・村上 慎司・橋口 昌治 2009/09/10 『税を直す』,青土社,350p. ISBN-10: 4791764935 ISBN-13: 978-4791764938 2310 [amazon][kinokuniya] ※ t07, English


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