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『流儀』

医療と社会ブックガイド・98)

立岩 真也 2009/08/25 『看護教育』50-8(2009-8):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


  公開で行なった2つのインタビューを並べた本。いかにも安直な作りの本だ。ただ中身は濃い。おもしろい本になった。今のところあまり売れていないのだが、こういうものが売れると、この国もなかなかよい国だ。
  副題は「アフリカと世界に向い我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話」。第1部「アフリカ/世界に向かう」。アフリカ日本協議会というNGOで働いている稲場雅紀さんに話してもらった。また稲場さんの文章を収録している。アフリカ日本協議会は様々な活動をしているが、HIV/エイズに関わる活動に力をいれている。そのことに関わる話や文章が当然多いのだが、それだけでもない。この部分については次回に紹介できればと思う。
  第2部は「告発の流儀」。東京八王子で小児科の医師をしていて著書多数、近いところでは同じく小児科医の毛利子来さんとの共著で『育育児典』(2007、岩波書店)他がある山田真さんに聞いた。
  2つのインタビューのいずれもCOE生存学創成拠点の企画として行なわれ、その記録は『現代思想』に掲載された。前者は2007年9月号、特集:社会の貧困/貧困の社会。後者は2008年2月号、特集:医療崩壊――生命をめぐるエコノミー。雑誌では全体を収録できなかったので、今回は完全版に様々を加えて作られた。
  「序」は次のように始まる。
  「私たちはどんな世界に生きているのか。これまでどんなことがあったのか。そこから、今、そしてこれから何を考えて、何をしていったらよいのか。この本を読むと、それがわかる。だから、このまえがきを飛ばして、すぐ[…]読んでくれたらよい。」(p.3)
  序の全文は当方のHPに掲載されている。どんな思いでこの本が作られたのか、すくなくとも私にとってどんな本なのか、それが書かれている。
◇◇◇
 この本の効能はいろいろとあるのだが、一つに、日本で起こったことを足りたいし知ってほしいと思った。山田さんは1941年の生まれで、いわゆる全共闘世代より手前に生まれているのだが、医学部生は長く学校にいるといった事情も関係して、1970年前後の大学闘争・紛争に関わり――山田さんの場合は東大医学部闘争ということになる――以後、様々に関わってきた人で、昔の話をいろいろとしてもらっている。
  なぜ聞こうと思ったか。彼を知らない人はいないと思うから、著書の紹介などはいちいちせず、個人的なことから記す。
  山田さんが書いたものは1980年代から読んできた。小児科医として子どもの病気のことを易しく優しく書く本も知っていたが、例えば『バイオ時代に共生を問う――反優生の論理』(1988、柘植書房)といった本を読んだ(そこに山田さんが書いているのは「われらの内なる優生思想を問う」)。それらには1983年に生まれた山田さんの娘さんが障害をもって暮らしていることも書かれていた。また 『ノーマライゼーション研究』というよい雑誌だったがもうなくなった雑誌に「ぼくの青春グラフィティー」という連載の昔話を書いているのも読んだことがあった。
  ただ「現物」に会ったのはずっと後だ。山田さんやさきの毛利子来さんたちが作っている『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』(ジャパンマシニスト社)というとてもためになる脱力系の雑誌の発刊10周年記念で『子育て未来視点BOOK』(2004、ジャパンマシニスト社)が上・下2冊で出たのだが、その下巻に上田さんと私の対談を載せたいということで、初めて会ったのだった。次は2007年の8月、「障害児を普通学校へ全国連絡会」の第12回全国交流集会eが愛媛県松山市であって、講演で行った時。この連絡会の世話人として長く活動してきた山田さんも来ていた。またその娘さんに初めて会った。同じ年の10月、山田さんとその友だちの本田勝紀さんが企画した終末期医療に関わる集会に呼ばれて、やはり話した。
  たぶんその年のある日、山田さんから電話があった。どんな流れだったか忘れたが、「森永ヒ素ミルク(中毒事件)」の時にも、表に出ている部分は少ないんだけれど「いろいろあったんだよね」といった話をされた。「そうですか、それは大切ですよね」といったようなことを言ったはずだ。それで、『現代思想』の特集企画の相談を受けた時、よいかもと思って、2007年の12月に京都に来ていただいて、インタビューをした。
  山田さんはおおらかな人で、それで小児科医に向いてもいるのだが、当日の話もそう細かな話にはならななかった。すこしこちらでも調べた方がよいと思って、いくらか本を集めた。それはCOEの活動の一環としても、どうせやらねばならない仕事でもあった。例えば医療に関係するが医学部の図書館にはないような本を集める。そんな集め方をしているところはあまりない。まだたいしたことはないが、これから使える書庫になっていくだろう。本を並べるだけでなく、一つ一つの本について一つのHP上のファイル(ページ)を作ってもらっている。それが今約5000冊分ある。
  こんどの本関連では160点ほどの文献があがっているが、その多くは2008年の正月の前後に買い込んだ。金がないので安いものから集めた。当初は『現代思想』の注にとも考えたが、分量があまりに多くなってしまうのであきらめた。その年の11月刊の『流儀』に載ることになった。引用を連ね、400字詰換算で約150枚、長いインタビューと同じぐらいの長い長い注になった。私はとてもおもしろいと思うのだが、どうなのだろう。こういうものがおもしろがられるようになったらよいなと思う。
◇◇◇
  森永ヒ素ミルクの事件について何がどうであったかについては、本にいくらか出ている(pp.175-182、201-206)。そして薬害スモンについても山田さんは少し語り、それは山田さんの本『闘う小児科医――ワハハ先生の青春』(2005、ジャパンマシニスト社 )にも出てくるから注に引用し、他にも本をいくつか買ったりして引用を並べた。もちろんほとんどの本が品切れ絶版になっていた。ネットでの古本の入手が楽になっているので入手できたものがあった。
  山田さんの話は、古賀照男さんという人の話だ。古賀さんはもう亡くなった人だが、皆が和解をした後でも裁判を続けた人だ。山田さんはこの人を直接に知っていて、肩をもっていてそれもわかるのだが、私自身は、周囲はけっこう困ったりもしたのだろう、つきあい続けると疲れそうだなと思いもした。そして被害者の間におこる分岐、分裂、対立は幾度となく、いろいろな裁判闘争等において起こったことを思った。そんなことが知られることは争いにおいて不利でにもなるから、争われているその時点ではあまり表には出ない。けれどもとても多く起こる。そしてその闘いが終わってしまって、人が亡くなったりして初めて、語ったりすることができるようになる。それではもう遅い。けれどこれからのことを考えるためには、振り返っておいてよいとも思う。
  分岐は、大きくは、補償を受けとるか、あくまで責任追及や謝罪を求めるか、そこに生じる。また補償を求めるにしても、いまいくらかの金を受けとるのか、もっとがんばって我慢して先になってもよいから十分な補償を受けとろうと考えるのかで分かれる。
  金のための裁判ではないという人たちの方が立派そうだが、そう単純でもない。外からやってきて支援する人たちは、金による解決に不満をもつかもしれない。他方で生活のために必要なものがどうしてもあるという本人たちもいる。こんなことをどう考えたらよいだろうか。181-188頁にそのことを巡っての話が出てくる。
  これはやはり、いくらかは考えて言っておいた方がよいと私は思った。その頃、こららのCOEの報告書刊行の準備が進んでいた。それは医療過誤裁判に関わるシンポジウムの報告他を収録したもので、山本崇記・北村健太郎が編集にあたり、2008年10月、『流儀』が出る1月前、『不和に就て――医療裁判×性同一性障害/身体×社会』という題で刊行された(こちらにリクエストしていだだければ送料実費でお送りできる)。私はそこに「争いと争いの研究について」という文章を書いて、入れてもらった。また、今みすず書房の雑誌『みすず』に連載している「身体の現代」第4・5回に「争いと償い」1・2(2008年10月号、11月号)を書いた。この部分も収録した本が、早ければ来年、みすず書房から出るだろう。
  所得や医療や福祉サービス等必要なものは、何が原因であるにせよ、受けとれるようにした方がよいというごく単純なことを述べている。もちろんそうはいかないから苦しみもあり対立もあった。それはわかる。しかしその上で基本はそう考えたらよいと述べた。

◆稲場 雅紀・山田 真・立岩 真也 2008/11/30 『流儀――アフリカと世界に向い我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話』,生活書院,272p. ISBN:10 490369030X ISBN:13 9784903690308 2310 [amazon][kinokuniya] ※

◆立岩 真也 2009/10/25 「本拠点の本」(医療と社会ブックガイド・99),『看護教育』50-10(2009-10):-(医学書院),


UP:200902727 REV:20090825
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