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『現代思想』特集:ケアの未来――介護・労働・市場

医療と社会ブックガイド・92)

立岩 真也 2009/03/25 『看護教育』50-3(2009-3):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


  この雑誌について、近いところでは、2008年2月号「患者学――生存の技法」、3月号「医療崩壊――生命をめぐるエコノミー」、6月号「『現代思想』特集:ニューロエシックス――脳改造の新時代」を紹介した。その今年の2月号の特集が「ケア」。この号の特集も――去年とりあげた号のように、他であまり見ない、偏った、おもしろいと思う人にはおもしろい文章やインタビューが並ぶ特集に比べれば、配列はいくらか「普通」ではあるが――価値のあるものになっている。
  目次、書誌情報その他は、いつものようにHPに掲載した。詳しくはそちらを。目次を見ると【介護保険】【外国人福祉士】【社会】【家族】【市場】【労働】と分けられている。文章の他に対談が一つ。上野千鶴子・立岩真也「労働としてのケア――介護保険の未来」。【社会】という項目に置かれた鼎談が一つ。市野川容孝・杉田俊介・堀田義太郎「ケアの社会化」の此/彼岸――障害者と介助者の敵対的自立へ向けて」
  すべての主題が大切だが、むろん全部を紹介できない。ここでは、人によってはよくわからないかもしれない部分について、すこし解説しておこうと思う。
  ちなみに、その前に、私と上野との対談は、いくつか積み残しの論点はあるが、わかりやすい話になっている。お金の話から始まり、そしておおむねその話に終始している。今回は対談だったから、別の人なら別の話になったかもしれない。ただ私はこの話が必要だと思うし、対談の相手もそう思っていたから、そうなったし、それでよかったと思う。この主題について私の言いたいことはまったくはっきりしている。このところの幾つかの文章でも、論じようと思えば様々ある中からそのことを選んで書いていて。そしてそれを幾度も繰り返している。
  他方、難しいのはまず天田城介「「脆弱な生」の統治――統治論の高齢者介護への「応用」をめぐる困難」。紹介できることがあったら紹介しよう。ちなみにこの論稿は、今度創刊される私たちの雑誌『生存学』(生活書院刊)に収録される天田城介・大谷いづみ・立岩真也・小泉義之・堀田義太郎の座談会「生存の臨界V」で、小泉から提起された問いに、天田が応えようという試みでもある。この雑誌のことについては、出たらまたお知らせしよう。
  さてこの論文を別として、なにか話が難しくなっているように見える部分は、以下のようなことによっていると思う。
◇◇◇
  第一には、やはりお金の話だ。ただ、それがすこし複雑になる。ケア労働のある部分は有償の労働として行われていて、価格がついている。それが安い、安すぎるという話がある。むろんこのことは、この特集でも幾度も出てくる。私と上野の対談にも出てくる。
  ただ他方で、そして同時に、ケアの「市場(化)」「市場原理」に対する批判、反発がある。
  二つは矛盾するようでもあり、また両立するようにも思われる。私の考えは後者であり、そのことは、この二つがしばしば同じ人によって言われることからも示されていると思う。しかしどのよう辻褄が合っているのか。その説明はそうすぐには終わらない。すこし複雑だから、ここで考えてしまう人もいるはずだ。
  第二に、このお金をめぐる二つに貼り合わさってもいるのは、もう一つの対である。
  一つに、ケアはすっきりした話として語られる。私がケアを必要とするから私が得る。私に必要なものを決め指示するのは私である、終わり。そんな筋の話がある。そのように受け取られる話がある。
  それに対して一つ、他方に、そんなに単純でない微妙でやっかいなところがあると言う。それは見る見方によっては困難として現れるものでありが、しかしなにか肯定的なもの、あるいはそれにつながるようなものとして感じられるようなものでもある。
  そしてこの二つの対はつながっている。あるいはつながっているとされる。(元手は税金であっても)お金を払う側に立つことによって、利用者の意志を通すことができるようになる。例えば中西・上野の『当事者主権』(岩波新書)といった本に書かれていることがそう受け取られる。実際そう読める。雇用することによって、必要なものを得、厄介事を減らし、それでよいではないかというのだ。
  しかし、そういうものであるのか、あってよいのかという疑念が提出されることになる。金を払えば問題はなくなるのか。なくなりはしないだろう。そしてなくなりはしないものが大切なのではないか。こんな気持ちだ。
  こんなことに(も)関わって書かれているのが、竹田茂夫の「「周辺的」身体と市場原理」。岡野八代の「家族の時間・家族のことば――政治学から/政治学への接近の可能性」も関係がある。竹田の文章には上掲『当事者主権』への言及もある(pp.210-211)。
  そして、市野川・杉田・堀田の鼎談。この鼎談で、三人の発言は、ときに明示的なものにはならない差異を含みつつ、「あっさりしない部分」を巡ってなされる。
  そして、そこでは――残念ながら――そう広く知られていないだろう、障害者運動の組織・人・本がたびたび出てくる。私はこれまでその流れについていくらか調べたりものを書いてきたので、知っているが、この3人と私と他にどれだけの人がここに出てくる名詞を知っているだろうとは思う。
  例えば「JIL」「CIL」といった言葉が幾度か出てくる(p.128,133等)。これは中では1十分にメジャーな言葉だが、それでも残念ながらそう知られている言葉ではないのだろう。「自立生活運動」となるとすこしは知られているのだろうか。CILは「自立生活センター」である。JILはそのセンターの全国組織である「全国自立生活センター協議会」である。『当事者主権』の著者の一人であり、この連載で前回・前々回紹介してきた『ニーズ中心の福祉社会へ』(医学書院)の共編者である中西正司(もう一人が上野)はその活動を中心的に担ってきた人である。自立生生活運動すなわちセンターやその全国組織運動ではないのだが、その全体の中の「JIL系」の動きは、図式的には、さきに記した、お金を使って、話をすっきりさせようという流れであると捉えられる。
  そして3人は、三者三様に、こういうあっさりした話ではないところがおもしろいと思ったり、大切だと思っていたりする。そしてそれは、障害者の社会運動の中の「JIL系」の流れの以前に存在し、また今も存在する流れの中で思われ言われ、そして実践を規定し実践に存在してきたことでもある。そこで、さらに多くの人たちが残念ながら知らないだろう固有名詞が示されることになる。
  だいたいそんなふうに捉えると、話はすこし見えやすくなるかもしれない。
◇◇◇
  そのうえで3人のそれぞれの強調点は異なる。ケアの仕事を自分の仕事にしている人でもある杉田は、はにかみながら、ケアする人とされる人の間の「実存的」なできごとに目を向ける。市野川は、これは以前からの彼の主張だが、(金をもらって働く)「特定の人」でなく「みな」がなすべきことなのではないかという思いを絡ませながら話をしていく(p.120等)。堀田は、両人を受け、応じつつ、金を貰うために働くことがはたしてどうなのかという従来からの考えを述べる(p.129)。
  こんなことをどう考えるか。この鼎談でも、私の名や、私が使ったことのある「冷たい福祉国家」といった語に言及がなされているのだが(p.121,136)、私はどういう位置にいることになるのか。まず私は、「JIL系」とされる運動を基本的に支持するのがよいと考えてきた。それは、1980年代の後半にこの動きが始まった時から変わらない。その上で、その主張に間違いがあるなら、言い方に誤解を招きかねないところがあるがあると思う時は、そのことを書く、言うことにしてきた(この号の対談の中では例えばp.50)。
  ただ、ひとまずは「あっさり」系の論者ということにもなるのだろうし、まずはそれでかまわない。それを選択したのでもある。けれど、「その先」、「余剰」を考えることは私自身の課題でもあり、たとえば、今度の『良い死』『唯の生』(筑摩書房)は、「本人の言う通りにする」とすれば問題なしとされる安楽死・尊厳死について考えた本ということになる。しかしそれは、一つの問題系である。他にもたくさんある。その一つひとつを「分析的」に考えていくしかないと私は思っている。
  たとえば「みな」がケア・介護をするのがよいという主張をどう考えるか。それを私はこの雑誌で延々と連載させてもらっている文章の中で考えてみた。その部分については、この号の特集では、鼎談の他に原稿を書いている堀田の「ケア・再分配・格差」の中で紹介されている(p.213)。

このHP経由で購入すると寄付されます

■表紙写真を載せた本

『現代思想』37-2(2009-2) 20090201 特集:ケアの未来――介護・労働・市場,青土社,246p. ISBN-10: 4791711920 ISBN-13: 978-4791711925 1300 [amazon][kinokuniya] ※

■言及した文献

◆中西 正司・上野 千鶴子 20031021 『当事者主権』,岩波新書新赤860,214+2p. 700 [amazon][kinokuniya] ※ d
◆上野 千鶴子・中西 正司 編 20081001 『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』,医学書院,296p. ISBN-10: 4260006436 ISBN-13: 9784260006439 2310 [amazon][kinokuniya] ※ a02. a06. d00.
◆立岩 真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01. et.,
◆立岩 真也 2009 『唯の生』,筑摩書房


UP:20090128 REV:20090104
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