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書評:『分別される生命』『生命というリスク』

立岩 真也 2008/09/05 『週刊読書人』2753:4


 二〇〇三年から二〇〇六年、同志社大学と慶應義塾大学で開かれた〈生命の比較社会史〉研究会での報告および討議にもとづいてまとめられた論文集。
 二冊を合わせれば、全部で一五章からなっている。それぞれについて紹介したり論評したりできるはずはない。分担執筆の本には盛りだくさん過ぎて、散漫で、各々の章が短く、内容の希薄なものが少なくないが、この二冊には、それぞれの主題について実績のある研究者の本格的な論文が並ぶ。そのどれかに関心がある人には買って読む価値がある。だから、章の題と執筆者をたんに列挙するのはよいことだ。そこでただ列挙する。
 『分別される生命――二〇世紀社会の医療戦略』の方は「二〇世紀社会の生命と医療」(川越修)「リスク・パニックの二一世紀」(美馬達哉)「近代日本における病床概念の意味転換」(猪飼周平)「明治期日本における看護婦の誕生」(山下麻衣)「治療の社会史的考察」(鈴木晃仁)「世紀転換期ドイツにおける病気治療の多元性」(服部伸)「世紀転換期イギリスにおける「精神薄弱者問題」」(大谷誠 )「「危険な年齢」」(原葉子)「誰が「生きている」のか」(柿本昭人)
 『生命というリスク――20世紀社会の再生産戦略』の方は「生命リスクと二〇世紀社会」(川越修)「人口からみた生命リスク」(友部謙一)「乳児死亡というリスク」(中野智世)「農村における産育の「問題化」」(吉長真子)「戦時「人口政策」の再検討」(高岡裕之)「「生命のはじまり」をめぐるポリティクス」(荻野美穂)「出産のリスク回避をめぐるポリティクス」(中山まき子)「生命リスクと近代家族」(川越修)
 例えば荻野論文では、一九六〇年代から七〇年代の日本の「プロライフ」系の動きが記述される。わりあい多くの文献がある主題であるにもかかわらず、今まで記されたことがなかったように思う。中山論文からも、出産・助産をめぐる仕事の取り合いに関わる日本産婦人科医会の、悲しくもあり予想の範囲内でもある動きなどを知ることができる。むろん、おもしろいと思う論文は人によって違うだろうが、この二冊が対象とする範囲に関心のある人にとっては得るところの多い論集になっている。
 ただ、この二冊がなにか新たな枠組を示そうとしているのなら、それはよくわからない。ベックの『危険社会』が持ち出され、そこにある「個人化」とか「再帰性」といった語が使われる。それらが指し示す事態はたしかに起こっているのではあるだろう。そして、それらの語を用い、そして、「生命リスク」――「とは、新生児・乳幼児期、妊娠・出産、病気、加齢などを契機に顕在化する、生活・生存を不安定化させる身体をめぐる問題群とそれに対する社会の対応策を捉えるための仮説的な概念である。」(『分別される生命』一頁)――といった語を使い、「産業社会」と異なり、二〇世紀の社会と異なり、なにか新しいことが起こっているのだと、『生命というリスク』の序章「生命リスクと二〇世紀社会」は、言いたいようだ。だがよくわからなかった。そこでは、少子高齢化問題について政府は「国民運動」を推進しようとしているのだが、それは――中野論文に記されているように――二〇世紀的な発想のものでしかない、「どうなのだろう」というトーンで記述は進められる。「いまさら国民運動でもなかろう」という、その感触はわかる。ただその続きは、この序章でも、またこの二冊の全体においても、示されているとは思われない。
 私は、まったくの歴史の素人として、一九八〇年代後半頃から、この書に参加している人たちでは柿本昭人、川越修、荻野美穂といった人たちの著作から多くを教わってきた。それらでは社会による身体の攻囲の様が描かれる。その把握は、むろん、その社会がなんであって、攻囲とはどのような攻囲なのかを問いながらの営みとしてなされるのではあるが、間違っていない。そして、歴史を調べ記述するとは、その、なんであって、どのように、を明らかにすることだから、ただ調べればわかるというものでないにしても、調べながら考えながらやっていけばよい。しかし自分ではできないから、誰でもいいから、とにかくきちんと調べて書いてもらえれば、と思ってきた。だがそのわりには、その後――歴史を記すという書き方が他より優勢である状態がずっと続いてきたにもかかわらず、例えば社会学者でさえそんな書き方を素人なりにしてみたりといったことが多かったにもかかわらず――きちんとした書きものはたくさんはない。もっと書かれてほしい。例えばこの二冊の一つ一つの章が長くされ、一冊ずつになっていってほしいと思う。そうした営みにおいて、その上で、何が起こってきたのか、何が起こっているのかがわかるかもしれない。

◆川越 修・鈴木 晃仁 編 20080523 『分別される生命――二〇世紀社会の医療戦略』,法政大学出版局,332p. ISBN-10: 4588672096 ISBN-13: 978-4588672095 3675 [amazon][kinokuniya] ※ h01.
◆川越 修・友部 謙一 編 20080523 『生命というリスク――20世紀社会の再生産戦略』,法政大学出版局,318p. ISBN-10: 4588672088 ISBN-13: 978-4588672088 3570 [amazon][kinokuniya] ※ h01.

◆Beck, Ulrich 1986 Risikogesellscahft : Auf dem Weg in eine andere Moderne, Suhrkamp Verlag=19981020 東 廉・伊藤美登里訳,『危険社会――新しい近代への道』,法政大学出版局 492p. ISBN-10: 4588006096 ISBN-13: 978-4588006098 5250  [amazon]


UP:20080731 REV:
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