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2008


第五章 立岩真也との対話

出席 新田 勲(全国公的介護保障要求者組合委員長)
立岩真也(立命館大学先端総合学術研究科教授)
大坪寧樹(介護者・介護福祉士)
加来史明(全国公的介護保障要求者組合副委員長)
高浜敏之(全国公的介護保障要求者組合書記局次長)
三井絹子(全国公的介護保障要求者組合執行委員)
川口有美子(さくら会)
日時 二〇〇七年一〇月八日(月)
場所 全身性重度障害者のケアライフ研修所

新田 今日はありがとうございます。

立岩 どういたしまして。

新田 あと二、三年で介護保障がどうなっていくかわからないでしょ。ひとつは統合の問題もあるし、それをやられたら本当に全身性障害者の自立は破滅していくと思うのです。その辺を、いま現実に起こっていることをどのように対処して保障につなげていくか。
いま自立支援法以降、ヘルパーの賃金の低さのなかで、どんどん人材そのものが辞めて事業所もつぶれているでしょ。そういう中でもALSとか重い障害者を抱えている事業所はどんどんつぶれている。最近もALSの事業所が人材不足でつぶれた。そういう現実がどんどん起こっているでしょ。このことは僕ひとりの問題でなくみんなの問題ですので、この場ではみんなして意見を交わしていきたいのです。

立岩 今回、新田さんからこんなに分厚い書き物を送ってもらって、それでもってざっと読ましていただいて、思うところはあったんですけれども、その一端を先にお話させていただければと。この気合いの入ったというか、怒り満載みたいな、新田さんの原稿を読ましていただいいて、とりあえずはそういうことかなというところを。

障害者運動の明るさ

立岩 しゃべってどうなるような話でもないんで、しゃべるのがつらいっていえばつらい話なんだけど、どこからしゃべったらいいのかよくわかんないんですけど、ここ5、6年ですかね、2000年に介護保険が始まって、2003年のはじめに上限問題というのがもちあがって、介護保険との統合だ云々だという話が始まって、それから4年かそんな感じですけど、それから暗い話がつづいてて、なかなかしんどいんですけど☆。
☆ 「上限問題」については、http://www.arsvi.com「内」を「上限問題」で検索すると、当時の状況、運動の様子を伝えるファイルがある。
 ただまあ暗い話ばかりしていてもなんなんで、こんな話をしても暗いことは同じなんですけど、ひとついえることは新田さんたちが70年代初め半ばくらいから作ってきたものがあって、それがいったんいいとこまで行ったわけですよね。それが広がっていった。数が少ない人だけが使う限りの制度においては、まあ総額としてはそんなに金もかからないし、世間にも目立たないしというあたりで、なあなあで行けたといえば行けたのかもわからないけど、全国にいる介護が必要な人のために、使えるような制度を広げていこうというところを皆さんがやってきて、それが実際に増えていったときに、「このまんまで大丈夫なんかい」ということがあって、この間のことが起こっている。
 そういう意味ではたんに悪いことが起こっているというよりも、成功したがゆえに、今まで70年代80年代どうしようもない状況を皆さんが変えてきて、まがりなりにも制度というものができてきて、広がってきて大きくなって、その成功ゆえにですね、それに対して枠をはめよう、はめざるを得ないというふうに、官僚というか行政のサイドが思うようになって、それがこの間の動きを規定していると思うんですね。
 という意味でしんどいと言えばしんどいが、ある意味では運動の成功がもたらしたものではある。そういう意味では大きな反撃というか抑制を食らうところまでは、この国の運動は現実を変えてきたと、作ってきたということは誇っていいことだと思うんですね。
 そして、これ、いつの間にやらと思うんだけれども、他の国を抜いたと言える部分も、局所的にはですが、ある。ずっと北欧であるとか北米であるとか、そういうところと比べて日本は何たることかというふうに言ってきたわけで、今も実際そういうところはもちろんあります。けれども、そういう先進国でも、こうなったら積極的な治療やらなんやらというのもやめてしまってっていうふうなやり方でやっていたりするところがある。この国の運動が、しぶとくというか、最重度と言われる人であっても、死ぬまで介護を受けれるような仕掛けをまがりなりにも作らせてきたということの意味はけっこう大きくて。
 われながらこれ言ってどうだという気もいつもするんですけど、ただほんとうに作るものを作ってきた。それはある意味、世界に誇れるようなものだと思うんですよね。それは一点確認しておかないと元気ももたないんで。やることはやったと。やったんであって、それでこのままで伸びていってはえらいことになるかもしれないとお役人の人たちが思ってですね、枠を作ると、その一環として介護保険みたいなものに移っていくと、そういう仕掛けを作っていくというふうになったんじゃないかというのがまず一つ。
 いま起こっている悲しいことは、新田さんや三井さんやその他もろもろですね、そういう人たちが20年30年かかって、僕も80年代終わりごろから90年代にかけて、傍からそれを見ていた部分があって、本当にいまでも尊敬に値するというんですかね、「ようやってるなあ」と思ってきました。もちろんいろんな意味での運動論の違いであるとか、組織論の違いであるとか、それはありました。それにはさて置けないところがあるとは思いますけど。ただ、まずはやはり東京ですよね。東京をはじめとするところの制度の獲得運動が全国に広がっていったその帰結だろうと思うんですよね。
 組合の運動でどこまで一緒でどこまで一緒でなかったか僕にはわかってないですけれども、高橋修☆が、僕は彼とずっと親しくて、彼が亡くなる前くらいですよね、まだ介護保険後のいまの情勢が現実になってなかった頃ですけれども。彼としゃべってて「これからこのままじゃ行かねえぞ」と。「絶対枠はめてくる、型にはめてくる動きというのは来るよな」と。「そこでどういうことをやれるのかというのは難しいよね」という話をしたのね。10年くらい前の話ですけれども。
☆ 1948年〜1999年。新潟県生。自立生活センター立川代表他。高橋について立岩が書いたものに「高橋修――引けないな。引いたら、自分は何のために、一九八一年から」、全国自立生活センター協議会編『自立生活運動と障害文化――当事者からの福祉論』、発行:全国自立生活センター協議会、発売:現代書館、pp.249-262
 以下は追悼のために書いた文章(「高橋さんの死を悼む」、『CILたちかわ通信』、1999年)の一部。
 「1980年代後半から1990年代の障害者運動のもっとも力強い部分が辿った道は、まったく高橋さんが悩みがら通ってきた道なのだった。理想家肌の運動家だけでも、商人的あるいは行政官吏的実務家だけでも通れない道だった。理想を持ち続けながら、同時に「勝つためのいくさ」をするということの厳しさとその魅力を、私たちは彼から、彼がやってきたことから感じた。彼は取るべきものを取るための戦略をもって臨んだ。雨が降ろうが雪が降ろうが、傘をさして、市役所の課長さんがやってくるのを役所の前で待ちかまえるといったこともやった。何もないところから作っていくというその大きな流れを象徴するような人だった。障害者の運動は、これからもっと大きくなるとともに、より難しい舵取りを迫られる部分もでてくるだろう。私は、これから高橋さんは、これまでの10年より、ある面じゃあ――というのは高橋さんの口癖だった――厄介なところに乗り込んでいくのだと思っていた。そう思っていたら亡くなってしまった。」


厚生労働省という難敵

立岩 もう一つは今の新田さんの話じゃないけど、厚生官僚というか厚生行政ですよね。厚生労働省をどういうふうに見るのかという問題がやはりあって。
 これちょっと戦術論に関係してくるんですけれども、ちょっと微妙かなという感じはするんです。昔は、僕も知らないくらい昔の話でもあるんですけれども、全障連(全国障害者解放運動連絡会議)なりその他諸々の過激だということになっていた団体だと、話し合い自体が成立しない状況がありました。門閉めて入れないようにしてっていのうはけしからんとしても、それはある意味当然と言えば当然だったんですよ、大方針が違うわけですから。養護学校にしてもなににしても、一方は「いる」、一方は「そんなものいらん」と言っていたわけですから。ある意味話し合いができないということがありました。いまでもそういう争点、医療観察法であるとかについてはあるでしょうけれども、ただテーマによってはそう真反対ということにはならず、そしてそういう部分については、それなりの交渉も成立するようにはなってきた。
 基本的に厚生労働省というのはなんだかんだいって、厚生というか、福祉というか、そういう仕事を担っている役所であることは間違いない。そうすると少なくとも介護であったりということに関して、「何もせん」という話にはならないわけだし、それなりに、これはかなり個人差ありますけれども、中央官庁であれば厚労省というのは、たとえば財務だとか外務だとかああいうのに比べればめっちゃエリーティズムというかそういう官庁ではないわけで、ある種の心意気というんですか、「厚生労働行政をなんとか」という、そういう根性、そういう気分がある。そういう連中は、相対的には、いるにはいるんですよ。
 その中で、そういう意味でいえば、厚労省の官僚そのものがいわゆる福祉の後退ということに関してそれに拍手を送っているとか、そういうことではないんですよね。ただはっきり言ってというか、ありていに言ってしまえば、財務との関係の中で予算の総枠をどうするのかと、それに対して少なくとも厚労省という行政の単位の中では、その財布の元締めに対して、そう強いことがいえないと。そうするとあとは削れるものを削らなければならないということになって、色々じたばたしてみているというのがいまの状況なんじゃないかなと。
 そういう意味でやる気はなくはないと、でも財布の元締めから言われて削らなければならない部分は削らざるを得ないと。そういう時にやっぱり一つに連中は、もちろん事務官の長年障害行政に携わってきた人はそれなりに現場を知っていて、机上の空論しててもそんなものは通用せんよとわかっている人もいるんだけれども、でもあそこも入れ替わりもありますし、若い人もいますし、いろんな人もいる中で、「まあこのくらいだったらいくんちゃうか」ということを思いたいわけですよね。上からは予算のどうのこうのといわれると、なんかして制約をかけざるを得ないと。「このぐらいのやり方でやれば何とか世の中まわるでは」と。そういうことにしたいわけですよね。
 そこん中でこちらから見れば非現実的というか、世の中うまくいかなくなるということがわかっていることをいちおうプランとして出して見ざるをえないというか、それでうまくいくと思いたいわけですよね。というのがいまの状況なんじゃないかなと思います。
 そうすると2つあって。要するに結局厚労省を責めても、これはなかなか難しいところはあって、政治の大状況、とはいかなくても、そこそこのところを動かさんことには、厚労省をめがけて何か言っても、財務がこれからどっちに舵を取るかというあたりの変更がないと何言っても難しいだろうなというのがまず一点ですよ。
 ただもう一点は、厚労省にしても何にしても、まあ地方行政もそうですけれども、現実がわかって言ってるんではなくて、むしろ希望的観測というんですか、このぐらいやっても何とか事業所まわるだろうと思いたいところで、この間動いているんですよね。
 そこの部分はまたちょっと違う戦術、戦略というかそれしかしようがないわけであって、結局そういうやり口でやっていっても、結局それは、先ほど新田さんおっしゃったようにね、事業所がある部分では根絶やしになってしまうとか、「これじゃ現実はけっしてまわりませんよ」ということを、現場か現場に近い担当の役人ですね、教えるというか、それを、地道な仕事になりますけれども、やっていかざるを得ないのかなと。

資格ではなく、当事者が育てる

立岩 そして、ヘルパーの位置づけがこの間どうだったのかなという話です。ヘルパーが足りんという話ですわ。一つ目には端的に言って労働条件ですよね、労働条件よくする以外の解決の道はありえない。たしかにこの間、景気が少しはよくなって、ほかの就職口があるといったことも影響してます。
 で、ただ、新田さんのもう一つのポイントというのはやっぱり資格制度の問題ですよね。これをどうするのかという話も、これはけっこう大切なところがあります。これに関して言えば、資格制度が誰のためにあるのかという話があります。
 いわゆるお金の出し手、つまり、行き着くところは税金払う人がおって、それを集める人がおって、それを財務から厚労省に渡すと、そういう仕掛けになっているんですけど、そのサイドと、それから新田さんなり何なり、その事業やったりそれから最終的にはユーザーですよね、使う側の利害は、この点でいえばめちゃくちゃ正面から反しているわけではない。まあ言ってみればそこそこのお金でちゃんとした仕事をしてくれればそれでええやんと。お金の出し手にとってもサービスの使い手にとっても、それは言えると。
 にもかかわらず、そんな必要あるんかいというような制約を掛けていると。それは、場合によっては、どちらにとっても不合理だという可能性がある。つまり、こんな資格のための講習、学校に何年も行かせて金掛けて、あんまり使えるんか使えないんかわからない技能というんですか、そういう資格を与えて、その時にかかる金の何百万のほうが、それから1年か2年かしかヘルパーの仕事できなくて、差し引きしたらマイナスやんかという、そういうやり方というのが、もちろん使い手にとってもあまりいいことはなくて、お金をやりくりする側にとってもそんなに合理的でないかもしれませんよね。
 そういう意味でいえば新田さんらが、自分たちは自分たちで介護者は育てる、それだから国がよけいなことをする必要はないんだという主張は、これからの状況の中でも、本来は一定の実現可能があるはずだと、そう思います。
 では誰がこうさせているのかという話ですけれども。新田さんの文章はけっこうきついこと書いてあります。つまり福祉業界・学界が悪いんだと。僕はそちらの業界には利害関係なくて、私はかまわないんですけど。実際問題、資格をとるための学生をとって教えて、そこの教員を輩出する大学院を作り、という仕事で、さほど儲かっていると私は思いませんけれども、それでもそれで飯を食っているということは事実なんですよね。そういう意味で言うと、そしてある人たちに福祉に関わる政策への影響力があるんだとすると、ユーザーの側から見ても金の出し手から見てもそんなに役に立たんような資格の制度というものを、作りだしたり、維持したり、あるいは拡大したりするという、こういう部分に対しては確かにあの勢力というのは加担していると、そういうふうに言えんことはないだろうとは思います☆。
☆ このことについて書いた文章として以下。 1999 「資格職と専門性」,進藤雄三・黒田浩一郎編『医療社会学を学ぶ人のために』,世界思想社,pp.139-156
2002 「だれにとってのなんのための、資格?」,『ばんぶう』2002-06

 そうするとそれに対してですね、これはさっきお話したところですけど、介護福祉士という資格そのものをぶっ潰せという、そういう勇ましい話をするかどうかは別としてね、ただ少なくとも自分たちの歴史を見た時に、三井さんでも新田さんでもいいですし、他の自立生活センター系のところもそうですし、それから難病系のさくら会もそうですし、自分たちが自前で作りだしてきたノウハウ、介護者というものの方が、実際、使えるやろと。で、そこのところを制度の中に組み入れて、それを厚労省の官僚にわからせるというやり方が、今でも可能なんじゃないかなと、僕はそう思っています。
 だから全部をなくせというわけにはいまさらいかんだろうけれども、いわゆる向こうが言っている正規のルートに乗らんかっても、まあ介護者は作れると。それにはあまりコストはかからんという言い方もあるだろうし、たとえば難病なら難病のヘルパーもやっぱりある種の専門性というんですか、難しい技をできるようになるまでに時間がかかると、そうでない場合もあると、かかる場合はかかる場合で手当してくださいと、そうでない場合はオンザジョブトレーニングですか、べつに学校に行かんかって利用者本人の指示でやっていけると。代わりに、そんなもんに金をかけん代わりに、やっぱり1時間1時間の金を、ヘルパーに金をきちんとあげて、人が逃げ出さんようにということはしましょうよと。その方向の運動の余地というのは、いちおう実現可能性としてはあるじゃないかなというようには思っています。

詐術を認めない

新田 ひとつは障害者の実権から健常者に実権が握られてしまったでしょ。
もうひとつはさっき小規模からでかい規模というなかで厚労省は変わったと言っていたでしょ。そこは少しちがうと思うのです。組合の全国の動きのなかで、ずいぶんでかく発展したと思うのです。厚労省としてはそこまでは認めてきたと思います。
 だけど、厚労省の考えのなかで、ひとつには三障害一本化という思惑があったと思うのです。ひとつに、精神障害となると相当な施設や医療がかかっていたと思う。そこのかかる予算を切っていこうとしたし、それをやるには障害者のなかに組み入れたほうが都合のいいやり方でしょ。そこがあって、こうなって同時に障害者のかかる予算も一本化を口実として切ることを基本に置いたと思うのです。

立岩 いまのお話は3つか4つお話はあったと思うけど、一番最後のものだけで言うと、要するに3障害1本化という問題をどう見るかということであって、特に精神障害の場合は、医療というくくりのなかでそれなりの金が使われていたと。で、それの削減ということが一つの課題としてあったと。それを医療という領域から障害者福祉という領域に持っていくことによって、医療という名目でかかっていた金を切り詰めていると、精神のほうの予算のコストカットを3障害1本化という名目でしてきたんじゃないかというお話だったんじゃないかと承りました。
 それは、そう理解できるところはあると思うんです。ただまず、1本化という話をどう受けるかという話のときに、病院にいなくていい精神障害者が病院にいさせられたと。医療の対象というくくりである必要のない人たちが医療というくくりでしか対象にならなかったと。それはその精神障害の当事者の人たちにとっても良からざることであったわけで、それで言えば、医療の対象になる前に、というかあるいは同時に、障害者福祉の対象でもあるべきであるというのは、知的のあるいは精神のほうなり、またはその関係の人としてはあったんだろうと。それで、理念としては、1本化というのはええんやということもあったんだと思うんですよね。
 そうするとね、結局はそのこと自体はそれとして受けとめるというか、たとえば精神障害のもっぱら医療の分野ではなくて、障害者というくくりというところに関しては、それはそれとして肯定するというか、そうしたうえで次の手をどう考えるかという話になると私は思うんですね。そうすると、これ当たり前といえば当たり前の話ですけど、医療にかかっていた金を障害のところに移すことによって、医療にかかっていた金だけをカットして、精神障害のほうにだけは金をつけないで、合計としては金が減りましたと、ある種のはぐらかしというか、詐術というんですかね。それを認めないというか許さないというか、そういう戦略というか方向でしかないんだろうと。
 たとえば精神障害を医療のところに戻せというのはいまさらだし、精神障害の人、本人にとっても望ましくないわけだから、そうすると結局医療で削った分を、たとえば精神病院を作ったり維持したりするのにかかった金を減らしたとして、それに少なくとも同じ、同じじゃ足りないのでそれより多い分を精神障害のほうに、というふうに、まあ筋論といえば筋論ですし、筋論にすぎないともいえるんだけど、そういう予算の使われ方の変化を、それはそれとしてこちらがきちんと把握した上で、そこにだまくらかしがあると、いつの間にやら金が減らされてるじゃないかと、精神障害のほうに使われている金がそういう名目で減らされているやんかと、これはそまかしであるというかペテンであるということを言ったうえで、「医療ではなくて精神障害者福祉のほうにもっと金をかけえ」と、そういう道筋で言うて行くしかないんだろうなと。
 あと、実際福祉のほうの行政に対して言ったとしても、じゃあ精神障害で、病院でないタイプでどういうやり方でやったらいいのかと、はっきり言ってよくわかってない部分もあるんだと思うんですよ。たとえば、身体障害者の介護というとそれなりにイメージがつきやすいと。作られてきたものがあると。他方、それでは精神障害の介護といったときに、それをどないにしてやるんだと。どれだけの時間をかければいいんだと。そういうことは素朴にわかっていないというか、いまのところはつかめてない部分はあると思うんですよね。そこの部分はけっこう難しい話だと思うんですけど、当事者のほうで、精神障害の場合だったら地域で暮らしていくためにはこれくらいのサポートというか、あればいいあるべきということを言っていくのがいいのかなというのが、一番最後に新田さんがおっしゃった話でいえば、そういうやり口しかないんだろうなと思うんですね。
 最後に言うと、結局、障害者が「医療から福祉へ」という、いちおう建前としては受け入れてもいいスローガンとして、医療から福祉に移ったとして、障害者福祉になんぼの金が使われているかというときに、やっぱりいわゆる先進国のレベルからいって、めちゃくちゃ低いことは確かなんですよ。それはおかしいだろ、と。障害者のほうにもっと金をまわしたって別にこの国は何ともならんはずだと、だいじょうぶだと、そのくらい他の国も出しているという話、これはやっぱり言っていくしかないんかなと思いますけどね。

掛け声に乗ってしまわない

新田 だから、これでも府中時代からテント座りこみのなかで、重度障害者を医療の管轄のなかに置くか、それとも身体障害者福祉法の管轄に置くか、そこが一番ネックの闘いだったのです。いまから45年前のその経費が医療のなかでは月に200万円ひとり出ていたの。いまは800万円くらいでしょ。

立岩 いろんな意味で、前から言うてきたことが言葉としては先方も使うようになってきた。すると、言葉に騙されないというんですかね、騙されないように頭を使わなければいけない時世になってしまって、そのこと自体が厄介なんですけど。
 たとえば障害者運動はずっと「医療から福祉へ」ということを言ってきたし、それはおおむねというか原則的に間違っていないと思うんです。それは正しかったと思うし、今でも正しいと思うんです。ただ、その掛声を行政がパクっているというか、そういうことがあるわけじゃないですか。そこで何が行われているかというと、先ほどの新田さんの話は「医療から福祉へ」という掛声のなかで、「医療切って福祉もやらん」と。「結局切っただけやんか」と。そういう話だったと思うんですけど、実際そういうことはあると。
 それと同時にね、たとえば医療なら医療で、病院にいなくてもいい人が病院にいるのと同時に、医療なら医療を必要とする人も同時にいるわけですよね。そういう人たちが結局その「医療から福祉へ」、あるいは「施設から在宅へ」という掛声のなかで、必要な医療というようなものを削られてしまって、あるいは「病院から在宅へ」という美名のもとで、いまの現実から考えたら病院くらいしかいるとこないのに、「そこはあなたのいる場所じゃないでしょ」というような、そのなかで「地域へ」という名前のもとで、まあ放り出されて、行く場所なくてというか行ける場所なくてどうにもならなくなるというのがここのところ起こってきた出来事だと思うんですよね。
 そういう意味で言ったら「医療から福祉へ」というのは原則正しいし、「施設から地域へ」というのも原則正しい。しかし、そのことを昔は敵だった人が言うてる、やってるという現実があって。この辺が難しいなと。医療なら医療に関して言えば、医療を必要な人も医療を削られていると、その掛け声のもとで、ですね。それから、地域はいい、在宅はいい、けれども、在宅やら地域やらで何もないまま、医療の場所しかとりあえず使う場所のないような人たち、あるいは実際に医療の必要な人たちが病院追っ払われてやってるっていう現実ですよね。それに対してごまかされないというようなことも必要だろうと。
 そういう意味で言うと、昔だったら「障害者と病人は違うよ」という言い方で、「おれたちを病人扱いするな」という言い方をしてきたわけだし、それもまったく間違いないと僕は思っています。ただ、病人でもあるし障害者でもあるような人たちもおるなかで、状況がさっき言ったような状況だとすれば、ここんなかでは医療を受けている人たちと福祉という文脈にいる人たちが、やっぱり共通する利害を持ってですね、「やっぱり医療もいるときはいる」というふうに言ってくしかないんじゃないかなというふうには思うんですね。
 そこら辺がここ10年20年のことで。昔は向こうが言ってることと、こっちが言ってることはっきり180度違ってて、昔はある意味シンプルに言っていけばそれですんだんだけれども、いまは言うてることは同じなのに「全然違うやんか」ということが、ここ10年20年多くなっていると思うんですよね。そこんなかでこっちとしてもというか、ある程度頭使って、数字のトリックというようなものに、だまされんようにしていく必要があるなと思うんですよね。

新田 だから、障害者の基本は「措置から契約へ」というのは、厚労省もずいぶん言ってきたでしょ。医療となると措置という強制が基本でしょ。そこではまったくちがうでしょ。

立岩 そうですね。現実に医療というのが医者なら医者の指図で動いていると、これはそうですわ。ただ医療の部分についても、言われたことをそのままにという話ではないだろうなということは、障害者が障害者について語るのと同じように、患者が医療のサイドに言っていくことはできたわけだろうし、実際に言っていく話もあるんだろうけれども、そういう意味ではそこでも患者なら患者サイドが、障害者運動が言うてきたことというのを真似してというか、引き継いで言ってくことはあるんだろうなと思います。
 それからさっき新田さんが言った「措置から契約へ」という話もね、「医療から福祉へ」、「施設から在宅へ」というのと同じように、運動側が言ってきたスローガンを向こうも「そうです」という話のなかの一つでしょうね。そこでもやっぱりどこかで話のすり替えというか、話が違ったんだろうなというね。
 「あれをやれこれをやれ」と言われているのは嫌だと。どういうものを食ってどういうところで生きていくか、誰からサービスを受けるかということは自分で決めることだと、決めたほうがうまくいくことだと。それが運動サイドがずっと言ってきたことだし、それはその通りだと。その話はそれで正しいと思うんですよ。ただ、その話、「本人が選んだほうがいい、本人が選んだほうがうまくいく」と、「もらうもんは、受け取れるべきもんはきちんと公的な責任において与える、受け取る」という話は本来は両立するわけですよ。ところが、「措置から契約」という話が政策の流れになった段階で、「選ぶ」ということと「選ばんかったらあんたの責任よ」というか、「後のことは知らんよ」という意味での公的な責任の放棄というものが「措置から契約へ」というスローガンの中でなんとなく入ってきてしまったと。なんとなく入ってきてしまったというか、そういう意味を持たされてしまったわけですよね。そこはね、騙すというか、話が違ってしまったうちのもう一つだと思うんですよね。
 そこのところは、まさに公的介護保障を要求してきた人たちが、はっきりとしたことを言ってきたと僕は思うんです。契約というか、保障というか、誰を育てて、誰に介護してもらって、そういうことは自分たちでやっていくほうがうまくいくと。だけど、それを自分たちがちゃんと使えるためのお金その他の責任というのは、まさに公的なものとしてあるということをはっきり言ってきたと思うんですよね。その線で行けば、「措置から契約へ」でいいわけですよ。ところが、ここ10年20年で起こってきた「措置から契約へ」という流れのなかでは、「やらんかったらあんたのせい」、「うまくいかんかったらあんたのせい」と。そういうふうに「措置から契約へ」という話がある種の自己責任とかですね、そういう話の流れのなかに取り込まれたというか、そういう色合いを持つものとして、受け入れられてしまったと。
 これはすこしややこしい話ですよね。自分たち運動のサイドが言ってきたことと同じ言葉を言うけど、でもやっぱり意味が違ってしまっているということ、もう一つのかなり大きいことだと思うんですね。やっぱり、そこんなかで原則的にはいままで言うてきたことでいいわけですから、「自分たちは選ぶ、だけどそのための責任は公的なレベルにある」ということは確認していくというんですかね。
 これはちょっと話は飛ぶようですけど、介護の財源をどこから持ってくるかという話のときにあった保険なのか税金なのかという話とも多少は関係ありつす。公的な保険は基本的に強制的な責任ですから、税金と変わらんという話は基本的に可能なんですけど、ただどちらかというと責任という部分が薄くなるんだとすれば、これは税金で、という話はさっき言ったあくまでも最終的な責任、基本的な責任というのは公的な部分にあるというのは、いままでの流れでいえばね、やっぱりちゃんと税金取れと、税金から出せという話を言っていくという話になるんじゃないかなと思います。あるいは保険でもよしとして、それを民間の保険のようなものと考えてしまうと、やはり社会的責任という部分が薄れてしまう。

実権を取り戻す

立岩 障害者の主権というか実権というか、といったものから健全者の実権の方に実権握られてしまったとさっき言ったんですけど、それは具体的には介護者養成の資格の問題だとかというのが自分たちを離れて、その介護者の養成校であったり大学であったり、そっちの方向に行って、そこで教えている人は誰やというたとき、それは学者だと、そういう話ですか。それともそれだけではなくてもっと大きな、他にも言える話なんですか。

新田 そこだけでなく、東京都の福祉の活動というのは障害者の主権とその役人だけですすんで保障されてきたでしょ。そこはいっさい学者の意見とか入ってこなかったでしょ。

立岩 いま新田さんは東京都のことを言っている、まずは?

新田 まず東京都から発展して全国に波及する段階でも、いっさい学者の意見なんて入らなかったのよ。

立岩 私は16年くらい東京に暮らした後に、東京出てから13年くらいたつのかな。という感じなので、この間東京都の雰囲気とうかやり方というのはどうなっているのか知らないには知らないんですけど。僕は東京から松本の方に移ったんですけど、ちょうどその頃の記憶をたどってみると、ケアマネージメントをどうするんだという話があって、それで中西[正司]さんやらあの辺が「このままケアマネージメントを障害者の方に導入されたらいかんだろ」みたいなことになって、東京都に談判しに行ったりして、それで委員会みたいなものをやるということになって、それで私も、東京都のなんたらという会議に、2年ぐらいかな10回か20回か、出た記憶があるんですが。それは、当事者が仕切るまではいかんけれど、当事者にどっちらかというと発言力があって、いわゆる学識経験者というのはポツポツ、もちろん来てはいたんだけど、まあたいしたことないなと。
 その時はある種運動のサイドが強くて、言ってみれば「自分たちの言うことにおまえ知恵貸せ」という、結局たいした結論は出なかったけれども、さしあたって高齢者福祉のケアマネージメントを障害者にはやめようと、やるんだったら違うものをやろうというところまで持って行ったような気がするんですよ☆。
☆ 設置されたのは「東京都障害者ケア・サービス体制整備検討委員会」だった。1998年の4月から始まり、翌1999年3月に「東京都障害者ケア・サービス体制整備指針」を発表した。その間私は、7月の委員会に意見「こうしたらよいとおもいます」を提出、11月に「メモ・2[案・ver.1]」を提出している。いずれもHPhttp://www.arsvi.comで読むことができる。また関連して、この委員会が始まった年の1月に刊行された報告書にヒューマンケア協会ケアマネジメント研究委員会『障害者当事者が提案する地域ケアシステム――英国コミュニティケアへの当事者の挑戦』があり、中西正司との共著の文章「ケアコンサルタント・モデルの提案――ケアマネジメントへの対案として」が収録されている。
 たとえば、それが10年くらい前だったと思うんですよね。それがその時点ですでに変わっていたということなのか、どうなのかというのは僕はまず端的に知らない部分があって、あともう一つは学識経験者だとか、僕は福祉の業界の学者ではないけれども、という意味では福祉の業界の学者の生態というか、影響力だとか知らんわけですけど、ただ知らんから何とも言えん部分はあるんですが、そんなにあの方々の影響力というのは強いんかなというのはちょっと素朴に疑問の部分はあるんですけど、それは新田さんの見立てではどんな感じですか。

新田 やはり、いまはそこが仕切っているでしょ。

立岩 そこがというのは学者たちがということですか。たとえば、国の審議会だとかですか。

新田 厚労省の審議会のお抱えの福祉学者K氏。知ってる?あのひと昔、世田谷の福祉に首突っ込んで、障害者のほうから追い出されたの。

立岩 おおむねだいたい言うた通りにしてくれるというふうに官庁に受け止められているじゃないでしょうかね。審議会ってそういうものなんですよ。あんまり突っ張るやつがいるとちょっと面倒くさいから、はずすと。ただ全部イエスマンでもこれでは審議会の体をなさないんで、いちおうすこし文句言いそうな人もちょっとは入れると、でもまあ最終的に話もこっちの方に持ってくるから、座長はこの人だったらだいたい話をこっちの方向に持ってくるやろうと、そういうふうにして、物事を決めていくという日本流の政治的な意思決定というか、審議会政治のやり口だと思うんですよ。
 そういうふうに見たときに、そういう使われ方で自分はいい、かまわないと思っている学者がいるということはあると思うんですけど、どうなんですかね。そこは私、新田さんと見立てがちょっと違うかもしれないですね。学者そのものの発言力というかあるいは権力というんですかね、そういうものがここのところに来て強くなっているのかどうかということはね、少なくとも現場というか知らんところもあってよくわからんですけど、どうなんですかね。

新田 一番でかいでしょ。

障害者運動第一世代の介護保険反対闘争がはじまる

三井 私もうすぐ介護保険でこれから大変になるので闘わないとと思って。また昔に戻ってる私すごいと思ってるので。重度障害者だから重度障害者の制度をやろうと思ってます。介護保険になると生きた屍になる。

立岩 三井さんもそうだけど、結局65歳をまたいで今まで障害者の制度でやってきた人が介護保険の制度の適用になるということがこれから出てくるわけですよね。新田さんの世代というか、それ以降の人たちなわけで、いままでの人たちよりは文句あったら言うという人たちの割合が少しは増えるんじゃないかと。そうした場合に「介護保険がこのままでいい」という話じゃないやろうと。「どうするんだ」という話はいままでに比べたら出てくると思ってますし、いまそういうので、八王子の中西さんあたりなんですけど、高齢者福祉のことやってきた人たちと、障害者の制度を見てきた人が、話して「じゃあどうするんだ」ということを提言するというような企画があることはあってですね☆。
☆ 上野千鶴子・中西正司編の本が2008年に医学書院から刊行される。立岩はそこに「楽観してよいはずだ」という題の文章を書いた。

 実際にはじゃあどうしたらいいのかというのはけっこう厄介なところがあって、そうすぐにうまくいくとも思えませんけど、でも一つには三井さんが言ったように迷惑だけどその制度に巻き込まれた人がその制度に対してものを申していくというのが、言ってみればだからあまり表立って文句を言われんかった介護保険みたいなものに対して、これはどうなんやという話をしていくことにつながるんだと思います。

三井 力になってくださいね。

立岩 非力でございますが。

ヘルパーの人材不足問題

新田 いまのヘルパーの人材不足をどう解決するか。そこが一番でかい問題でしょ。

立岩 昔だったら、施設職員、役所のヘルパーは労働組合にいて、そのときは労働組合として反対運動をしたりした。いまはみんな組織労働者ではなくなった。とすると働いている人の側からの運動が難しくなります。いま不安定就労の運動をしている人たちがいて、その人たちの動きなんかといっしょにやっていくというのはあるでしょうけど。

新田 でも、いまのやり方している以上、介護料の時間単価が増えても障害者の介護は絶対よくならないと思うのです。

立岩 厄介な問題だとは思うんですけど、ひとつは介護保険型のヘルパーの労働形態というのが、基本的にピンポイントで20分とか30分とか、そういう短時間のところを転々とまわるというかたちであると。そうすると結局1時間当たりの総経費で言ったらけっこう出てるやんと思うんだけれども、そういった人をいろんなところに配置したり、順番にまわったりとか、いわゆる間接経費というんですかね、そういう部分に金がまわって、ひとりひとりの労働者の労働時間というのは細切れのやつで、1日合わせても何時間しかならないというかね。そういうなかで実際に働く人にまわらんということがあると思います。
 そういうピンポイントの巡回で足りるんだったらそれ自体が悪いとは言わんけれども、実際には足りないのは明らかです。必要に応じて長い時間いて、単価はそれほどではないにしてもかける何時間としたときに、一人の人の生活に足るような、そういう労働形態というか介護の使い方というかね、そういったものを認めさせていくしかないのかなと。
 今の介護保険の在り方だったら、実際に介護に入っている人じゃないところにお金が流れてく状況は変わらないだろうと。そういう意味では新田さんたちも言ってきたというか、みな言ってきた滞在型のね、ヘルプというか介護/介助という部分をすべてじゃないにしても、必要に応じて認めさせるしかないかなと。

川口 一つには介護保険の中にも長時間の滞在型をつくってもらう。ただそうするとそういうヘルパーは安くていいじゃんと言って、自立支援法の重度訪問と一緒の単価にされてしまう。いないじゃん、そんな安い仕事やる事業者。

介護給付と事業所経費の別立て支給を

新田 いまお二人が言ったことの前にそれ以前の問題があるでしょ。ひとつにいま福祉そのものを社会のもうけのために置くことがいいのか、利潤のために置くことがいいのか。そこからみんな始まっていると思うのです。このまま介護料が高くなってもヘルパーのほうにもいかずに、事業所がみんな吸い取ってしまう。

立岩 それけっこう厄介な問題でね、僕は細かい数字のこととかよくわかってないんですけど、日本でいま介護事業をやっている、もちろんコムスンとかひっくるめてどの程度営利企業がシェアを持っているのかという数字は僕はわかんないんですけど。

新田 そこの数字はどうでもいいけど、やはり、ヘルパーの時間単価と事業所の経費は別としてたてておろすべきだと思うのです。

立岩 込みで渡して、あとは一人一人のヘルパーに払う金はその事業所のなかでやってくださいというんじゃなくて、ヘルパー、ヘルパーで1時間なんぼというのは、それはそれとして払い、間接経費というんですか、事業所の運営の金は別におろせということですか。

新田 ひとり雇えばいくらと事業の経費として、その保障は補助金としておろすべきと思うのです。

立岩 その案はあると思うんですよね。働く人が1時間なんぼでそれで決めちゃうというのは、そういう意味では制度が簡単になるということですよね。そうすると事業にかかる間接経費というんですかね、間接経費という言い方はどうかわかりませんけど、それをどういうふうに基準でやっていくかということを、なんかの基準で決められれば、現実的に動かせる制度にはなると思う。あとは、基本的な枠組みはあまり変えないで、働く人の賃金を一定以上に決めてしまうとか。
 お金のことは難しいところあります。利用者の側を査定して細かにランク決めるのもどうかと思う。ただ、手間はかかるけれども金額の加算はないといった人をたくさん入れてるようなところだと赤字になってしまう。だからそういう人は利用者としてあまり入れないとかね。そういう現実も一方ではある。ただ、そのでこぼこを事業所内で融通してという事業所も他方にはある。

新田 そういうところは時間に加算つけていけばいい。

立岩 介護派遣のための経費ってどういうところにどれだけいるのかということは、こっちの方で示してもいいと思いますね。

新田 やはり、ヘルパーの時間単価とそこに雇われるヘルパーの身分保障は全国一律にすべきだと思うのです。

立岩 これはありだと思います。新田さんの話は働く者の働くお金は全国ほぼ一律でいいと、それ以外の経費は経費の必要に応じて別途というやり方ですよね。それは筋通っている話だと思います。

新田 それならヘルパーの人材も集まるし、働く権利も保障されるでしょ。

立岩 この原稿の中に出てましすよね。社会保険料であるとか、税金だとか、そんなの抜いた手取り、まあ試案というか、1500円くらいは手元に残るという。で、社会保険とかの名目としては2500円くらいの額。それにさっきの話じゃないけどけっこうしんどいヘルプもあれば、そうでもないヘルプもあると。そういうあたりの加算というのはどうするのか。けっこう、だからその線で行くのはありだと思いました。
 全国一律でいいかどうかという話はきっとあるでしょう。介護保険の単価でも微妙な差がつけられている。けれどあえて一律でいいじゃないかという主張もありかもしれませんが、その是非はそう大きな問題ではないでしょう。結局、一つは時間あたりの手取りをどのぐらいにもっていくか。どのぐらい働けるかによるけれども、1500円から2000円というのはありだろうと。あとは、働きたくてもまとまった労働時間がないと、結局たいした収入になりませんから、それが確保されることでしょうね。
新田 身分保障がされたらヘルパーも少しぐらいきつくてもやるでしょ。公務員時代なんてこっちが喧嘩して断っても、いやでも来ていたの。

立岩 利用者の利害とそれから働く人の利害というのは一致する部分と一致しない部分と両方あってね、それをどういうふうにあんばいするのがちょうどいいかというのはけっこう技術的には面倒なところがありますよ。以前は、むしろヘルパー側の力が強くって、してほしいことをしてくれないとか、そういう人を交替させたくてもできないとか、そんなことがあって。まさにいやでも来てた。それに対して利用者主権・消費者主権を対置させたのが、自立生活センター系の運動だったんだろうと。ただ、その消費者運動にしても、自分のために働いてくれる人の労働条件が悪くって、来てくれないのは困る。
 身分保障というのでもどういう意味での身分保障にしたらちょうどいいのか。たとえば、失業保険なら失業保険がちゃんと出る、という意味での身分保障というのでいいか、それとももうちょいそれにとどまらないところを考えるのか。いろいろ具体的なところでは細かい話はいろいろあると思いますけど。

新田 やはり高齢者や障害者が亡くなれば、そのヘルパーが生活できなくなること自体おかしい。そんなところに誰が務めるの。

立岩 そこら辺の一番いいかたちを考えんとということですよね。たとえば、新田さんの原稿の中にもダイレクト・ペイメントとかパーソナル・アシスタンスというのが出てます。一つの形態として個人事業主が一人の人が自分の必要のために雇うと、そういう形態もあるというわけですよね。そうすると、その人がいらなくなれば、あるいはいなくなったらその時点で契約はなくなり、仕事はなくなるという。そういうふうにもなりうるわけですよね。それはどうなんやというたときに、それはこの人があかんようになったときに別の人のところで働けるような、そういう仕掛をどのように作っておくかということでしょうかね。どのくらいの範囲で人を回せるような、それくらいのかたちというのをどこにどれくらい作っていくという問題はあると思うんですよね。

新田 そこはある程度、社会保険でカバーできる。その間に勤め先を探す。

立岩 それが一つの形態ですよ。割とこう1対1も含めたある意味雇用の流動的な形態もいったん認めた上で、そうやったらつなぎが難しいと、そのぶんは失業保険できっちりカバーするという、「それでええやん」という解決もまあそれでけっこういけそうな気もしますし、もうちょい人材をプールするようなあるいは流通させるような仕掛けというのが、どっかのレベルであった方がいいという考え方もあるだろうし。それはどの辺がいいのかというのはある意味技術的な問題なんだけれども、考えた方がいいだろうなという気持ちはあります。
 とりあえず絵に描いた餅でもいいから、こういうやり方あるじゃないかと、それの方がよいのじゃないかというのは、まあ筋論として提示する、新田さんの案をね。そういうやり方は、僕はあると思う。現実にはなかなかそうはならんでしょうけど、やり方としてはこれでええやんかと。それで現実との距離はあまりにも大きいと、まあこっちの側に寄せるかたちでやっていけばいいという主張は今回の本でなさるというのは、これは世間に対するというか、社会に対する提起としてはありやと思うんですよね。

新田 やはり、いまは何もかもいっしょくたでしょ。そこがすごくまずいからこうなってしまったの。

川口 新田さんとこは事業所じゃないよね。

新田 他のところに登録して、そこで個人個人で介護料をいったんプールして、それで事業所には社会保険つけさせてるの。だから僕が死んでも、労災とかそこの事業所に勤めて行くこともできるでしょ。

大坪 そこのケアマネが理解ある人で、事業所方式が始まったときに、ここの研修所もそうだけど、どこも障害者介護をやってくノウハウがないわけでしょ。やりましょうという時にどうしたらいいかわからなくて、そこの事業所と持ちつ持たれつになったんですよ。地元に元々あった事業所と新田さんの事務所と。ここの事務所で研修をやった人が地元の事業所で働くようになってる。

介護は市場原理ではうまくいかない

川口 じゃ、操さんは新田さん方式なんだね。重い人はそっちの方がさあ。よりパーソナル・アシスタンスっぽい。

立岩 おなじ介助・介護の仕事といってもわりあい誰でもできる仕事もあるし、そうでない部分もある。利用者の側でも誰でもいいという人もいれば、コミュニケーションのこともあるから、やっぱり経験があったり付き合いとが長かったりする人でないという人もいる。そういう人はそれほど多くないとしても、特定の人にきちんと来てもらった方がいいわけでしょう。それはいろんな人がいる。そういう人にあった事業の形態もあるだろうし、そうじゃないのもあるだろうし、一つの事業所が二つの事業形態を併存させることも不可能じゃない。やりようはいろいろあるんですよ。それはまぁ工夫の話、こちら側のね。
 もとの話は金の話で、金の話はこっちじゃどうにもならんところあるじゃないですか。そこですよね。そのヘルパーというか介護やっている人に、どのくらい金を払うんか。でもそれだけで介護が回るわけではない。そしたらその部分の事業を回す、それこそ研修をさせる、そういう部分の間接的、それ以外の経費をじゃあどういう計算でどこに出せるのかという話だと思うんですね。その話さえできれば話自体すっきりできると。

新田 やはり、問題はこういうコムスンとかニチイ学館とか、利潤を一番重くおいて、「もうかる仕事だからやる」ということになったでしょ。厚労省もそこを容認したわけでしょ。

立岩 その話のポイントは、一つは、ああいうところが参入してシェアをとれたということは、かなり初期投資に資金はいると。そういうなかで全国展開してて、豊富な資金源を持ってて、それを新しい事業所作るのにどんどんどんどん使えると。そういう仕組みを持ってったために、やっぱり全国津々浦々というかできたと思うんですよね。
 地方、地域の小さなNPOだと、結局自分たちの今やっているところは精一杯で、それ以外のところは手がまわらないという状況なんですよね。そういう意味でいえば、営利企業の参入みたいなものを、原則ペケにするというやり方もあると思うんですけど、それ以外にもね、資金調達のやり方みたいなものを、非営利のところでもより容易にするというやり方が取れれば、そして非営利のところのほうがいい仕事しているということになって評価されれば、それでやっていけるはずなんですよね。
 だから、そこのところの考えがあって、そういうふうにして非営利のところでも資金調達して、いままで事業展開できなかったところでも展開できるという仕掛けを作らなくて、でも営利もだめだということになると、結局難しいところ、田舎、客があんまりおらんところまで、まあ客がおらんところはもともと営利はいかんだろうけれども、事業を伸ばしていくというのは難しくなると思うんですよね。
 そういう部分の手当をしないなかで、コムスンなり何なりは、そういう弱小の事業所がやれんところまで手を伸ばして、重い人の介護であったり、24時間のケアであったり、やった部分があって、あれが事実存在するときにその代りを、非営利なら非営利の部分をきちんとやりきれるような仕掛けを作っとかないとまずいということですよね。そういうものを作らないといけない。

新田 そこもあるけど、この介護を社会の経済の流通の流れに置こうとしたわけでしょ。

立岩 一方で営利企業の参入を認め、一方でそれで足りん部分は依然として家族を頼りにし、それと中間ぐらいのところで、主婦であり、ヘルパーの仕事だけで暮らしを立てなくてもなんとなる人にNPOをやらせるというのが高齢者の介護保険。それで一切がっさいなんとかやろうとしてきたのが厚労省のやろうとしてきたことだし、ここ10年20年の特に高齢者に関する部分。で、それがうまくいっていない。
 他方、障害者の部分に関しては、それと違う形を模索してきたわけだから、いまあるものが最善のものではないとしても、こちら側からというかな、こういう事業形態で行けばいけるはずだと、いけますと言えるとは思うんですよ。例えば時給は時給で、このぐらいでフィックスというか、設定しましょうと。それ以外の事業所の経費は事業所の経費で何らかの合理的な基準を設けてそれはそれで別途金を出すような仕組みを提案して、他の人、他の団体もそういうのはある。違うかもしれんけど、そんなに大きく違うものにはならんように僕は思うんですよ。そうやって、あと数年の中でバタバタとしてゆっくりもかまえてらんないんだろうけど、まあなし崩しに今のシステムがすべてに及んでしまう前にというか、対抗的な提案をしていく、その意義はあるんではないか、この本に関してもそういう意義があるのではないかと思います。
 だから、これはこじつけではなくて、新田さんたちが70年代から模索してきたかたち、ある意味、ある意味じゃなくてまさに、やってきたそのものが基本だと思うんです。公的介護という話をきっちり通して、その点では譲らず、なおかつじゃあそれ全部役所まかせなのか、専門家まかせなのかというとそうではなくて、自分たちが作っていった方がいい部分は自分たちで作っていく。そういう基本ラインはオッケーなわけで、その線を素直にというかまじめに考えていったら、こういまのそこらへんに出まわっているんではない、こういう合理的なというか、理にかなった仕掛けになるんはずなんですよね。そういう話を、過去の話をひっくるめながら、それを踏まえた上でこれでというふうな言い方で言ってもらったら僕はいいんじゃないかと思うんです。
 税金からきちんと出してもらうと。あとは事業の形態はけっこういろんなパターンあるんだけれども、全部本当に適不適があるわけじゃないですか。まあ誰でもいいからという人もおれば、やっぱり気心知れている人というか、やり方知っている人が長い時間やってもらわなければ困るという人もおれば、いろんな人おるわけですよね。でもそれぞれに合った事業形態というのは、繰り返しになりますけど、そこはけっこう自分たちの側で工夫できることだと思うんですよね。CIL(自立生活センター)的なやり方でうまくいく場合もあるだろうし、組合的なやり方でうまくいくパターンもあるだろうし、それと中間的な、あるいは両方合わせたようなものもあるだろうし、それはまあこっちでいろいろ工夫できる。

新田 僕が最初に入った町田荘という施設が民間だったの。そういうやり方で、職員を何人雇えばひとりいくらという人件費が降りて、やめると切るけど、また雇えばその一人分はお金が降りるという仕組みだったの。職員の人件費と施設経費とそこの在所生の生活費は別個にしておりるの。

立岩 町田荘というのは三井さんの本☆にも出てきましたよね。そこを出て、そしてという最初の方に出てきてましたね。普通は、定員が決まっていて、その定員通りに人がいれば、それに応じて職員が何人という決め方ですよね。例えば施設なら施設で、在所者というかそこに住んでいる人の実人数に働いている人の数が大まかに対応すると。これはある意味仕方のないことですよね。それはそうだと思うんです。利用に応じて働いてもらって、働きに対して出す。ただ、実際には、一人ひとりに渡る額が少ない。そこをなんとかしないと実際に介助・介護が成立しない。一人がすくなくとも一人分、たす今の制度を前提にすれば子どもの一人分ぐらい暮らせるだけの金を出させるしかない。
☆ 三井 絹子 20060520 『抵抗の証 私は人形じゃない』,「三井絹子60年のあゆみ」編集委員会ライフステーションワンステップかたつむり,発売:千書房,299p. ISBN-10: 4787300466 ISBN-13: 978-4787300461 2100 [amazon][kinokuniya][JUNKDO] ※, b d

新田 それなら職員の何人という雇い入れのなかで、24時間の見守り介護も体制がとれる。

立岩 細かい話をするといろいろ出てくると思うんですわ。同じ介護労働といっても、時間は同じでも労働の質によって重さってあるわけじゃないですか。そういったときに一律でやってたら、言ってみれば楽な仕事にみんなが集まってしまってということもあるだろうしね。そうすると、ちょっとしんどい介護にはちょっと多めにとか、あるいは夜間寝ていいよというところにはなんぼという、その場合議論はいろいろ必要だと思うんです。全国一律ヘルパー時給なんぼという、大まかにはそれでいいけど、足したり引いたりする部分は必要だと思うけど、まあそれはオプションというか、プラスアルファの話なんですよね。基本はそういうラインでいこうやないかというところで。

事業所を運営することが自立ではない

加来 絹さんのところでやってる加来といいます。いまずっと話を聞いてて、そもそも事業所形式というのが支援費で始まって、それでよかったという話もあるかもしれないけど、悪かったという点で。いま二つ考えたのは、行政の責任を事業所の責任にしてどんどんどんどん、さっきの公的な介護、命の保障というところの責任を、たとえば単価下げるというところで言っても、国立の役所が言ったのは、「ちょっとここで単価下がりますけど、事業所努力で何とかして下さい」とかね、「事業所の中で1時間いくらで出ているお金を2時間に延ばして何とかやれ」とか、「ヘルパーの賃金を100円下げて、浮いたお金で時間数伸ばせ」とか、そういうふうなそれはもともとは行政の方が時間の保障をちゃんと出すとか、単価をちゃんとしなければいけない所を、事業者の責任でなんとかしろということを、けっこう強気に言う。
 それでこっちも事業所をなんとかということになって、国立だと基準該当とか自分とこでやったりとか、そうすると自分たちは事業所なんて今までやったことないのに「やれ」なんて言われて、それで頭がいっぱいで、なんか「事業所努力しなきゃいけないのかな」なんて気にもちょっとなってきて。それをやっている労力がすごい。他のこともそうだし、その事務で死んじゃった人いるんですよ。大変すぎて。60歳のおじいちゃんしかいなくて、その人に事務やらせていたら死んじゃって、それで自分も、障害持っている本人も家族にも顔を合わせられない、ちょっと気まずくて出られない。でもそうやっていくと、何とか俺のまわりではやっているけど、「事業所なんてできないよ」ということで、自分の周りに大手もなかったらどうすればいいんだという話がかなりある。
 で、行政の方で、行政が措置時代にやっていたものを完全になくす方向でやっていて、どんどん請求の方法も介護保険の統合に向かっているという流れの中で、事業所というのは行政としては事務の手間が省け楽なんだけど、いろんな最終的な保障の問題というところまでも投げていっちゃってて、例えば事業所と言っても自分ではできないし、自分でも見つけられないといったら、そうしたらその部分では行政が肩代わりしていくというか、残さなければいけなかったという部分もあるんだろうけど、そういうのもなくして全部事業所の方でということになっている。

立岩 本人がやったり民間がやったり小さいところがやったり大きいところがやったり、それはそれでいろんな形があるということはたぶん悪いことじゃないんですよね。でもそうやっていろいろやってもカバーできない部分というのはほとんどの場合出てくるというね。そこの部分はなければないでいいのかというとそういう話じゃないだろうと。筋論なんだけど、結局そういうところで最終的に「落ちこぼれたら知りません」というふうになっちゃってるんですよね。そこはそうじゃないというのは一つ。
 そのあと事業所という形態も人によっては敷居が高すぎるという部分を、どういう形でやりきれるかという、一人でやりきれるという方はそれはそれで結構だけれども、出来ない場合に自分で全部やりきるか、全面的に大手に委託するかという、半分くらいしかやれないし、やる気ないけれども、半分は自分でやるからという、ですから事業の書式にしても何にしても手続き的な煩雑さみたいなもの、およそ素人がやってもいいと言いながら素人ができるような形式になってないという、それは改善できる、本来ならば改善できるやり方だと思うんですよね。

加来 感覚的なんですけど、結局事務みたいなものが自分に覆いかぶさってきたのが一点と、あとどうしても資格というものが付いてくるもんで、今度介護者の質のところで言うと、新田さんなどは厚労省の役人に対して、特殊な介護を要する介護、という言葉をこれまでつかってきて、やっぱり障害もそうだし、その人の人となりということも含めて、こう付き合いの中で深めて学んでいかなければしょうがないという介護の種類があるじゃないですか。そういうものを教えるにしたって本人とやっぱり一緒にやってきた介護者が新しい人を迎えて、介護の部分も含めて生活全般というかその人の人となりも含めて教えていくというか、やっていくという形のものじゃないと、やっぱり地域で生きていくというのもいろんな応用を利かせないとね、その場その場での介護というのが活きないから、あの対応できないはずなんだけど、やってる暇も気力も失せてしまっているというか。
それで何が気になるかというと、「この人入って来たから、資格を取らせなければ使えない」というのが先に来てしまって、で、その人の介護というか生活というか親身になって考えてくれるというところは後回しになってしまう、一緒に見届けようというところまで届かなくなってしまう。

立岩 もっと簡単にシンプルな形でいい。書類を全然書かなくていいということにはならないと思うんですよ。だけど本当はもっと簡単になるはずなんですよね。僕も役所じゃないけど大きい組織に勤めているから、書類の煩雑さみたいなものはある程度わかるんですけど、そういう大きな組織の人たちって、書類というのはあるもので、書類というのは面倒くさいもので、なんかそのことに不感症になっているんだよ。経理のことなんか本格的にやったことがないといった人にとって、そういう書類がいかに煩雑なものであるかという、面倒くさいものであるかという感性のレベルが落ちてるわけね。でも本当は、もっとシンプルな形でもそんなむちゃくちゃ不正とか、起こらない形はできるはずだと思うんですよね。
 それは頭の固い人にどこまで通じるかわかりませんけど、例えばよその国ではこのシステムでけっこう回っているやんということであれば、それを研究者やらなんやらが調べて、こういう仕掛けになっていればわりあい簡単にやれると言うとかね。お金をきちんと使うことは大切ですけど、誤差みたいなものをまるっきりゼロにすることは不可能なわけでね、そこそこでいいんですよ。コストに見合っただけ、そういうことをゼロにしよう思ったら無限のコストがかかりますから、監視があって、監視の監視があって、監視の監視の監視…。そんなことやったら切りがないから、たとえばそこそこ起こらないような仕掛けというのを、あるはずなんですよね。

新田 とにかく立岩さんに言うけど、介護保険との統合だけではさせないように食い止めて下さい。

立岩 政策をやれる研究者というのが、とにかく人が必要ですよね。人といっても20人も30人も必要なわけではないんですよ。そんな人たちが幾人かでも出てくれればなと思っているんですが☆。まあそれまで、言えるだけのことは言わないと、と思います。
☆ もっと政策の研究をする研究者を、という文章は以下。
2004 「問題集――障害の/と政策」『社会政策研究』4:8-25
2006 2005年の障害学会大会シンポジウム「障害者運動と障害学の接点――障害者自立支援法をめぐって」での発言,『障害学研究』2
 また介護保険に関して書いたものとしては、以下等。これらの文章の多くはHPhttp://www.arsvi.comで全文を読むことができる。
2003 「介護保険的なもの・対・障害者の運動 1〜2」,『月刊総合ケア』13-5,13-7:46-51(医歯薬出版)
2004 「介護保険制度改革の方向」,『生活経済政策』2004-11
2006 「障害者自立支援法、やり直すべし――にあたり、遠回りで即効性のないこと幾つか」,岡崎 伸郎+岩尾 俊一郎 編 20060210 『「障害者自立支援法」時代を生き抜くために』,批評社,メンタルヘルス・ライブラリー15,176p. 1900+ ISBN4-8265-0436-5 C3047 pp.43-54 [amazon][kinokuniya] ※,
200* 「障害者運動・対・介護保険――2000〜2003」平岡 公一・山井 理恵 編『介護保険とサービス供給体制――政策科学的分析』,東信堂(2004年に書いたもので、刊行されるはずだが、されていない。HPで全文を読んでいただける。)


UP:20080126 REV:
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