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書評:加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』

立岩 真也 2007 共同通信配信記事

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 人の生き死にに関わる様々の是非を論じる「バイオエシックス(生命倫理学)」という学問がある。それは、こんな人は生きていてよいと言う。あるいはよくないとする。それ以前に、ある存在は「人」ではないなどとと言う。それはおかしいと感じる人がいる。ただまったく間違っているようには思えず、話としてはよくできてもいる。
 他方に、「いのちはすべて等しく大切だ」といった言い方もある。さきのものと比べて、なにか平和でよいようにも思える。しかしそんなきれいごとが通るのか、通せるのか。この言い方も、また違うのではないか。
 どう考えたらよいか。話はすこしややこしくなる。著者はこの問いに答えようとする。というのも、著者はもう二十年も前から、人工妊娠中絶への批判を批判せねばならないと思い、同時に、人の性能によって差別する思想に反対しようと思って考えてきたのだ。
 今度のこの本では、もう一つ、その思考の延長上に、障害をしょって生まれてきた自分は「生まれない方がよかった」と言って、自分が生まれることを阻止しなかった責任を問い、損害賠償を求める「ロングフル・ライフ訴訟」についての考察が加わっている。このなんと言ったらよいのか言葉に困ってしまう行いについて、裁判の事例など初めて一般向けにまとまって紹介され、考察が加えられる。そしてこれらを考えていく時、著者が読み込んできた様々な作品、例えば「風の谷のナウシカ」(漫画版)等の解読がはさまれる。
 ただ問いの基本は同じだ。著者には、はっきり明確に言いたいことと、これから考えようという部分とがある。私は、まったく同意できることとともに「穴」が幾つかある、違うように考えられることがあると思った。
 暗い主題のようだが、そうでないように考え抜ける道もあるはずだ。あなたならどう考えるか。答を先延ばしにしたくはないと筆者は切実に思いながら、二十年かけ、考えることがここでまた始まっている。私たちはそれに続くことができる。

加藤 秀一 20070930 『〈個〉からはじめる生命論』,日本放送出版協会,NHKブックス1094,245p. ISBN-10: 4140910941 ISBN-13: 978-4140910948 1019 [amazon] ※

 この本についての検討が『唯の生』(立岩真也、2009、みすず書房)の第1章第3節でなされています。読んでいただけましたら。

第1章 人命の特別を言わず/言う cf.Singer, PeterKuhse, Helga加藤 秀一
1 新しいことは古いことと同じだから許されるという説
 1 伝統の破壊者という役
 2 既になされているからよいという話
2 α:意識・理性…
 1 α:意識・理性…
 2 それは脱人間中心主義的・脱種差別的な倫理ではない
 3 それは人の生命の特別を言わない
 4 ただそれが大切だと言っているがその理由は不明である
3 関係から
 1 〈誰か〉への呼びかけ
 2 関係主義の困難
 3 かつて親などというものはなかったかのように
4 別の境界β:世界・内部
 1 世界・内部
 2 人間/動物
 3 復唱


 

 *草稿

 人の生き死にに関わる様々の是非を論じる「バイオエシックス(生命倫理学)」という学問がある。こんな人は生きていてよいと言う。他の人はよくないとする。それ以前に、ある存在は「人」ではないと言う。それはおかしいと感じる。ただまったく間違っているようにも思えず、話としてはよくできてもいる。
 他方に、「いのちはすべて等しく大切だ」といった言い方もある。さきのものと比べて、なにか平和でよいようにも思える。しかしそんなきれいごとが通るのか、通せるのか。この言い方も、また違うのではないか。
 どう考えたらよいか。話はすこしややこしくなる。著者はこの問いに答えようとする。というのも、著者はもう二十年も前から、人工妊娠中絶への批判を批判せねばならないと思い、同時に、人の性能によって差別する思想に反対しようと思って考えてきたのだ。
 今度のこの本では、もう一つ、その思考の延長上に、障害をしょって生まれてきた自分は「生まれない方がよかった」と言って、自分が生まれることを阻止しなかった責任を問い、損害賠償を求める「ロングフル・ライフ訴訟」についての考察が加わっている。専門の法学論文は幾つかあったが、このなんと言ったらよいのか言葉に困ってしまう行いについて、裁判の事例など初めてまとまった紹介がなされ、考察が加えられる。そしてこれらを考えていく時、著者が読み込んできた様々な作品、例えば「風の谷のナウシカ」(漫画版)等の解読がはさまれる。
 ただ、問いの基本は同じだ。著者には、とてもはっきり明確に言いたいことと、これからの部分とがある。私は、まったく同意できることとともに「穴」が幾つかある、違うように考えられることがあると思った。
 暗い主題のようだが、そうでないように考え抜ける道もあるはずだ。あなたならどう考えるか。答を先延ばしにしたくはないと筆者は切実に思いながら、二十年かけ、考えることがここでまた始まっている。私たちはそれに続くことができる。


UP:20071120 REV:1121
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