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損しないために、知ること

立岩 真也 20070331
栄井香代子・竹村正人・村上潔 20070331
『「平成18年度京都市男女共同参画講座受講生参考資料(女性解放運動関係)収集調査」報告書』
NPO法人京都人権啓発センター・ネットからすま (pp.27-28)

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last update: 20201025


 ここに収められた各々の文章に個々の主題について考えたことを述べるのを略し(さぼり)、収集し整理することの意義について、既発表の文章から2箇所を引用する。

 「なぜ近い過去を辿る必要があると考えるのか。この間に考えるべきことが提出され、いくつかの道筋が示されたと思うからだ。出来事としても様々なことが起こった。いくつもの対立点が現われ、今に継がれる批判がなされ、その答の試みが途上のままになっている問いが示された。その後を考えるためにそこに何があったかを知っておく必要がある。加えれば、医療社会学も医療人類学もここ数十年の変動と別に現われたのではなく、そこから生じた。最初から規範的な議論をその仕事の中心とする医療倫理学・生命倫理学に限らない。医療と社会に関わる学自体が近代医学・医療批判と関係をもちながら、その中で始まった。だからこの時期以降の動きを検討することは、それらの学が言ったことを再考してみることでもあり、これから何をするかを考える上でも必要だ。
 さまざまなことが起こりそしてまだそう時間のたっていない部分について記述がない。例えば精神障害と犯罪についてどんな議論があったか。どのように高齢化が問題とされ議論されたか。いつハンセン病者に対する差別が差別だということになったのか。いつからどんな経路で自己決定という言葉が使われ広まったのか。少子化・高齢化に対する危機感をいつ誰が言い、どのように普及したのか。優生学という言葉が否定的な言葉となったのは、いつ、どのような人たちの間でだったのか。その他、「自分らしく死ぬこと」といった言説の誕生と流布について。そして様々な治療法の栄枯盛衰、いつのまにか消えてしまった様々なものの消え入り方、学会や業界の中での様々な(中にはひどく重要な論点を含む)対立、等々。ある年代以上ならある程度のことを知っている人もいる、それ以降の人たちはまったく何も知らない。そこにいた人しか覚えておらず、その人たちも記憶は定かでなく、覚えていたくないものは忘れているか、忘れたことにしている。だから、特に論争的な主題については「これまで語られてこなかった」という枕言葉がよく置かれるのだが、それをつい信じてしまうことにもなる。ところが、例えば安楽死について、医療に使える資源には限界があることについて、今までタブーとされ語られてこなかったからあえて私が語ると言うのだが、それは間違いなのだ。まさにそのような前言とともに繰り返し語られているのである。」(「医療・技術の現代史のために」,2003,今田高俊編『産業化と環境共生』,ミネルヴァ書房,講座・社会変動 2)

 「私に[…]大言壮語的でなおかつ「学問」として確立したりはしなかった問いの歴史、「能力」や「自己決定」を巡る逡巡の歴史が考えることを始めさせた。それはたんに何ごとかが「社会的」であったり、「歴史的」であったりする「相対的」なものであることを指摘して終わる――それは結局とても単純なところで落ち着いてしまう、あるいは行き止△27/28▽まってしまう――ことができず、どちらをとるか、どのような態度をとるかという、なにかとなにかとの間での逡巡だったのであり、そしてそのような問いが、いまこれから正面に据えられてよいと先ほど述べた問いなのである。そして考え出すと、私たちはたった三〇年前のことを忘れている。少なくとも記録されていない。だから知ること、そしてそれをもう少し冷たく、しかし問いを受け取りながら、考え直してみることだと思う。」(「たぶんこれからおもしろくなる」,2000,『創文』426,再録:『希望について』,2005,青土社,p.21)

 私が属する組織に「生存学創成拠点」なるものができてしまった。相当の部分は「外圧」によるのだが、しかし同時に「内発的」な企画でもある。その一つの大きな仕事にも「記録」を掲げている(HPはhttp://www.arsvi.com)。「障老病異と共に暮らす世界の創造」がその企画の「副題」。このたび収集され整理された資料もまた「異」に関わる。むろん、無限にある差異の中の何を取り出し、そしてその差異を何につなげるかということがあり、そのやり方によっては、すこしもうれしくないことが起こるのではある。差異があるとも同一であるとも言いたくないことがあったりもする。そんなことをよく考えて、あまり損をしない道を進みたいと思う。そのためにも、そのことを考えるためにも、今まで、私たちが、私たちの前にいた人たちが、何を考え言ってきたのか、知って、感心したり、こけにしたり、ほめたり、けなしたりしよう。


UP: 20070328 REV: 20201025
立岩 真也
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