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倫理規約

立岩 真也・高田 一樹 20080115
http://www.geocities.jp/li025960/index.html
『応用倫理学事典』,丸善 http://pub.maruzen.co.jp/


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◆加藤 尚武 他 編 20080115 『応用倫理学事典』,丸善,1100p. ISBN-10: 4621079220 ISBN-13: 978-4621079225 [amazon][kinokuniya] ※

■[倫理規約] 36×67行(草稿)

【概要】Code of Ethics。倫理綱領、倫理規定、倫理規程とも訳される。集団、その成員に適用される明文化された行動規範。とくに専門家とその組織集団に求められる義務が記された規範を指す。政府や政府間機関が規定することもあるが、学会、協会、業界、企業など、当該の組織が、自主的に決定し、自らに義務を課す形をとることが多い。規約のある分野も多岐に渡る。医療や社会福祉の従事者、法曹、学術研究、経営者や従業員、公務員等の規約がある。
 倫理規約には専門性の「善用」を専門家とその組織に義務づける役割がある。典型的には、患者を治療する医師、依頼人の立場を代弁する弁護士、被験者を対象とする学術研究者などそれぞれに向けた専門家としての配慮義務が記される。そうした当為の正当化は、専門的な知識や技術の社会的意義のもとで確認される場合が多い。医療行為、弁護活動、学術研究などは、社会において価値が認められる知や技であり、それゆえその専門性を発揮できる立場には特別な使命や義務が課されると説明される。職責に伴う使命や理念は、医療従事者の「ヒポクラテスの誓い」だけではなく、ビジネス業界での自主規制コード、個別企業の社是・社訓などの倫理規約に幅広く見られる。
【歴史】とりわけ人の治療と研究を対象とする倫理規約は、専門家の非倫理的な行ないに対する猛省を契機に作られてきた。たとえば「ニュルンベルク綱領」(the Nuremberg Code)は、人体実験についての初めての国際的な規約として1947年に制定された。その背景には、第二次世界大戦下で、ナチス・ドイツの軍人、医師、研究者といった専門家とその組織が、捕虜や敵国民を対象として同意を取らずに人体実験を強要したことに対する非難があった。
 そのため倫理規定では、利害相反を特定し、解消に向かわせる手続きや仕組みが提示されてきた。さきのニュルンベルク綱領では、人体実験に関わる専門家−被験者間で合意が形成されることの重要性が強調された。さらに「ヘルシンキ宣言」(1964年、世界医師会第18回総会で採択。最新のものは2004年改訂版)では、@専門的な情報が実験・治療の対象となる非・専門家に十分に説明されたうえで、患者や被験者が自発的に参加する意志を確認する専門家の義務(インフォームド・コンセント)に加え、A研究・治療を担当する専門家とは独立した委員会によって、その目的や手続きが評価される制度の必要性が明記された。今日、この宣言は世界各地の研究倫理審査委員会(Institutional Research Board: IRB/ Research Ethics Committee; REC)によって広く採用されている。
 ただ、戦後の反省の後も、専門家・専門家集団の行ないの非倫理性は、数多くの事件を通じて指摘され続けた。とりわけ1932年から72年まで米国で行なわれたタスキーギ研究(Tuskegee Syphilis Study)は大きな波紋を呼んだ。これは主に低所得者層の黒人約600人を対象とした梅毒の経過観察研究で、実験の参加者には無償の食料と医療、そして埋葬手当が支給された。研究は梅毒の治療薬ペニシリンの発明(1947年)以後も治療が行なわれないまま継続され、さらに米国保健社会福祉省の管轄組織である公衆衛生局によって実施されたことに対して厳しい非難が浴びせられた。1974年の米国国家研究規制法(the National Research Act)の制定を受け、諮問委員会は1979年にベルモント・レポート(the Belmont Report)を作成した。この報告書では、人を対象とする治療・研究の倫理原則として、人格の尊重、善行、正義が掲げられ、インフォームド・コンセント、リスク−便益の評価、被験者の選択に関する手続きが制度的に義務づけられた。
 倫理規約が制度化されることによって、専門家個人の裁量権は縮小され、専門家からは独立した研究倫理審査委員会が専門性の「善用」を評価するしくみが作られた。第三者評価の目を通すことで、手続きや目的の公平さが保障されるという発想が支持され、それに準じた規制や条件が倫理規約と呼ばれるようになった。
【課題】まず、倫理そのものに内在する問題、とくにそれを現実に適用しようとする時に常に生じる問題がある。専門性の「善用」が複数ある場合、そのどれに優先的な価値を置くのか。たとえば、倫理原則として掲げられる人格の尊重・善行・正義の間に生じる利害関係はどのように解かれるべきなのか。個別の利害をどのように保障し、あるいは退けることが正しいのか。社会−専門家−非・専門家の間に生じる利害調整は容易ではない。
 次に、規則が明文化されることによる利点はたしかに存在しつつ、その規約さえ遵守すればよいという傾きが生ずることもあるだろう。また、その規則の遵守が強く求められている場合、それに反する可能性はあるがより適切であるかもしれない行い、あるいはその可能性についての考慮・検討が妨げられることがありうる。ただ、その可能性があっても、規約を制定し実効あるものにする必要は依然としてあるなら、いっそ規則を作らなければよいともならない。
 また、組織自らが規約を作り自らに課すなら、それは結局、当該の組織・組織人を護るもの利するものにならないか。とくに専門性の高い部分については、外部の人たちに自らの利害を隠したまま制定・運用されることはないか。その危険は、第三者による評価を導入しても、例えば都合のよい人が倫理委員会の委員に選ばれるなら、解消されないのではないか。だが、組織を外から制約する規則によってだけでは行き届かない部分が残るなら、やはり内的な規制も必要だとは言えよう。外からの規制も自主的な倫理規約も万能ではない。幾種類かの規則を、どのように配分し配置するのがよいか、考える必要がある。

倫理規約


UP:20070105 REV:
立岩 真也
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