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ALSの本・7

医療と社会ブックガイド・70)

立岩 真也 2007/04/25 『看護教育』48-04(2007-04):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


  前回書名だけを紹介し、表紙写真だけ載せたのは山崎摩耶『マドンナの首飾り――橋本みさお、ALSという生き方』(中央法規、2006)。本誌の読者ならその名を知っているだろう著者が、1985年にALSを発症、現在日本ALS協会の会長その他を務める橋本みさおのところに半年、毎週インタビューに通ってできた本である。
  で、橋本みさおはどんな人なのか。それはこの名か「さくら会」で検索し、さくら会のHPをご覧になるとよい。私はたぶん2000年頃に見て、「おっと」と思った。拙著『ALS』(医学書院、2004)でもそこからたくさん引用している(後に記す「生存学創生拠点」のHPhttp://www.arsvi.comにも橋本ファイル有)。また一度インタビューしたことがあって、その記録からほんの一言を同じ本に引用している(引用番号413)。
  そして、ここ数年、たいてい双方ばたばたしていて話をする機会はあまりないのだが、集会等で幾度か会ってもいる。また、私が勤めている大学院を訪問してくれたこともある。大学院生やら教員やら、わりあい多くの人が橋本を囲んで話を聞いた。その時のことで記憶していることが2つある。
  一つは、橋本の溺愛犬ポンちゃん(本ではp.182)が演習室でしっこをしたことである。一つは、「研究者」に何を期待しますかという真面目でありがちな質問に対して、とある業界では有名な、役所関係の文書などでよく名を見る人物を「刺す」ことを命じたことである。学問というものが、言葉を学的に点検し、間違っていればそれを正し糾すのはまったくその本業である(べき)なのだから、その要望・指図はまったくもっともなものであり、初心に立ち戻らねばならない、と一同心を新たにした、かどうかはわからないが、人々にこの発言は「受けた」のだった。その言葉を残し、介助者を含む御一行は京都観光へ出かけていった、ように思う。
  そんな具合に私は御本人をいくらかは知っていて、もちろん、御幼少の頃のことなど、この本で初めて知る話もあったのだが、多くはそうだそうだという話で、初めてこの本を読む人がいったいどう思うか、見当がつかないところがあり、どう紹介してよいのかわからない。そのうち本人の本が出るだろう、出てほしいと思いつつ、まずはHPでこの人を知り、するときっと興味をもつと思うから、そうしたら買って読んでください。
◇◇◇
  ただそれでも加えると、この本の意義の一つは、2005年から2006年の頃、「尊厳死」を巡って何が起こり、橋本がどうそれを考えたのかが記されていることだ。この原稿を書いているその翌日、3月3日にも埼玉で関連する集会があり、私はそこでまた、日本尊厳死協会の副理事長といった方々とともに橋本に会うのだが、そんなこんなをその時々に記録し、伝えることは必要な、しかし忙しさにかまけてしまって、本人もなかなかできないところがある。この本は橋本を巡る様々を描くから、この主題が詳しく取り上げられているのではないが、それでも橋本の見識はここからうかがわれる。
  もう一つは、橋本たちが「さくら会」という組織を運営していること(pp.260-266)。ここはさらにあっさりとした記述になっているが、さらに重要なところだ。前回、自分の使うサービスを自分が管理するというやり方があることを述べた。ただ、介助の仕事をさせるとして、仕事を介助する人に教え伝えねばならない。それはALS等の場合にはなかなか難しいところがある。そうした場合に、研修等についてはまた別のところで担う、それもそんな事業をすることのできる当人たちが運営するという形態がありうる。1993年に設立された「さくら会」は、当初は橋本自身の介助体制を作り出し維持していく組織としてあったのだが、やがてそうした事業を始める。そうすると、その部分はそうした組織に委ね、個々の利用者は、そこで訓練された介助者の日々の仕事の管理をする、そうした小さな「事業」を行うだけですむことになる。障害者自立支援法の成立とその後の制度の右往左往があって、どれだけのことができるか予断を許さないのではあるが、実際そうした形が実現されている。これらの諸々は、既に「さくらモデル」として、昨年の横浜での国際会議でも報告され注目を集めたのだが、さらに調査され検討されるべきことである。
  もう一冊、長谷川進の『心に翼を』。長谷川は1938年生、東京在住、1999年に発症、その年には人口呼吸器をつける(pp.47-48)
  「私の場合、最初に呼吸筋が侵されて呼吸停止の発作を起こし、考える時間もなく人工呼吸器をつけるハメになりましたので、人工呼吸器をつけて生きるべきか否かを悩む余裕はありませんでした。」
  1月号でとりあげた「生きる力」編集委員会編『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』(岩波ブックレット、2006)では「呼吸器をつけるかどうか、ということ」という文章も寄せている。『心に翼を』では、発症した後の、告知、そして呼吸器装着前後の経緯が書かれる。そしてALS協会、その東京都支部、その多摩ブロックへの参加についての記述もある(pp.134-135)。そして、長谷川が使っている機器のこと、また移動・旅行等に関わる様々を記していく。この病を得る人たちの誰もが一度は「初心者」となるわけだが、自らもそうであった著者、そしてALS協会の機関紙や集まり等から情報を得てきた著者は、知ってる人はみな知っていることだと思うが、と断りをいれつつ、使えそうだと思う知識・情報を記していく。
  そして、介助について。まず働いてもらうその時間がどれだけあるかが重要であり、それに対して政府からどれだが支払われるかが重要である。この長谷川の本の方では、どのように「支援費」を増やしていったか、それが月460時間(p.119)に達するまでの経緯が書かれている。こうして基本的な支給がある上で、その管理を本人がするとかしないとかといった話が成立しうる。だから、この基礎の部分は大切であり、その獲得の仕方について、私たちは長谷川の本で一つの筋道を知るのだし、それをどのように生かして使いよくしていき、またそれを自らの仕事にしていくかについて、前回に紹介した佐々木公一の『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』(ひとなる書房、2006)、そして橋本についての山崎の本から得るものがあるのだ。
◇◇◇
  人はとてもたくさんいて、それぞれの人生がある。そしてその数は人類が滅亡しない限り増えていく。その一人ひとりの記憶・記録が堆積されていって、それでどうするんだと、懐疑的になることもある。予め疲労してしまうようなところがある。しかし、そんなふうに話を大きくしなければ、直接に見知ることができるよりも広い範囲で、実際に接するよりは長い期間、人々の生き方について知っておいた方がよいことはやはりあるのだと思う。自分を語ることのすべてに肯定的になれない。何か残したとして、結局はみな消えてしまうのだという思いはある。しかし、それでも語ったり書いたりすること、語ってもらったり書いてもらったりすること、それを集め並べることの必要もまた確かにある。いくつか「闘病記」を集め、その情報を提供するという試みもあるようだが、まだすべきことはいくらもあると思う。
  ご存知かと思うが、COEという人騒がせなものがある。「卓越した(研究)拠点」と認めるものに大きめのお金を出すという。私がいる大学院も応募することになり、1月ほどその書類作成に関わってきた。面倒でうんざりする作業だった。ただ、そこに書いたことは実行する。その一つが言葉を集めることである。その申請書類を、順次その「拠点」のHPに掲載している。書類の最初の方に記した一番短い「構想」は以下。   「様々な身体の状態を有する人、状態を経て生きていく人たちの生の様式・技法を知り、人々のこれからの生き方を構想し、あるべき社会・世界を実現する手立てを示す。」そこで3つのことをするとしたのだが、その一つ目が以下。 「第一に、その歴史と現在とを知り、考える。障老病異を巡って起こり語られてきた、膨大に知られるべき事実があり資料もある。だが、その集積はどこでも本格的にはなされていない。実践的な諸学においては自らの仕事に直接に関係する範囲の情報だけが集められてきたためでもある。またその含意が十分に深く検討されることはなかった。多くの学術論文は、事実の記述をいくらか行い、その後少し考察を行うと終わってしまう。共同作業・共同研究によって集めるべきものを集めきり、それを土台にして、本格的な考察がなされるべきである。」

 [表紙写真を載せた本]
◆長谷川 進 20060505 『心に翼を――あるALS患者の記録』,日本プランニングセンター,191p. ASIN: 4862270034 1260 [amazon][kinokuniya] ※, b als
 [他にとりあげた本]
◆山崎 摩耶 20061125 『マドンナの首飾り――橋本みさお、ALSという生き方』,中央法規,275p. ISBN-13: 978-4805828038 ASIN: 480582803X 1890 [amazon] ※ b
◆「生きる力」編集委員会編 20061128 『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』,岩波書店,岩波ブックレットNo.689,144p. ASIN: 4000093894 840 [amazon][kinokuniya] ※, b d als
佐々木 公一 20060601 『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』,ひとなる書房,239p. ASIN: 4894640910 1680 [kinokuniya][amazon] ※,


UP:20070302 REV:(誤字訂正)
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