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ALSの本・6

医療と社会ブックガイド・69)

立岩 真也 2007/03/25 『看護教育』48-03(2007-03):
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http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/



  以前の3回の後、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に関わる本をまた紹介していて、合せて第6回目ということになる。1月号2月号と続けて紹介した「生きる力」編集委員会編『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』(岩波書店、2006、840円)は値段も手ごろだし、まず1冊というのに適切で、よく読まれているらしく、まずはめでたい。私は出版社に 100冊送ってもらい、販売の仲介のようなことをやっているが、ぼいぼつと注文がある。よろしかったらHPからどうぞ。
  そして前回、その本の企画にもかかわった佐々木公一『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』(ひとなる書房、2006)の紹介を始めたのだった。書かれていることは様々、実際に読んでもらうのが一番だが、私が一つまだこの本を読んでもらってない人にも知ってほしいと思ったのは、佐々木が「事業」をしていることだ。
  1997年の11月に「府中地域福祉を考える・わの会」を結成。この時に佐々木は50歳、発症してまだ翌年のことだ。この組織は2003年にNPO法人になり、佐々木はその理事長。2004年に介護保険事業開始。2005年2月の『週刊ALS患者のひとりごと』(これがもとになって本はできている)には次のように書かれる(p.169)
  「デイサービスりんりん(現在通所者35名)とヘルパーステーションあいあい(現在利用者21名、ヘルパーさん38人)が順調に2年めを迎え、「わの会」の活動も9年めを迎えました。ほかに配食サービスもはじめました。今年6月からケアマネの事業も開始する予定です。そこでみんなで新年のお祝いをすることになりました。
  人の数だけ物語があります。」
  その「物語」は本のところどころに、本当はもっといろいろあるのだろうが、いくつか短く紹介されている。また、たとえばデイサービスの場がどんな場なのかについても記述がある(p.195-196)。これらについては読んでもらうとして、まず、サービスを受ける側の人、しかも重い障害があってサービスを受ける側の人が、そのサービスを供給する組織を運営しているという事実を、多くの人はこの本で初めて知るはずだ。
  そして考えてみれば、それはそう奇妙なことではない。ものを考えたりする力がALS自体によって少なくなることはない。むしろその活動の時間は長くなることもある。また他の仕事を辞めたりした場合、かつては働いていたその時間に何をしようかということになる。そして自分はサービスを受ける立場だから、その大切さを実感しているし、また何が大切でどこに気をつけなければならないかを伝える側としても適していることがある。消費者が自ら経営に携わり、消費者にとってよいものを提供するのだと言われると、たしかにそれはありだと思う。
  私も書き手に加わった『生の技法』(藤原書店、増補改訂版1995)を以前紹介した。そこにも出てくる「自立生活センター(CIL)」という組織はそんなことを考えて作られてきた組織で、もう20年余りの歴史がある。全国自立生活センター協議会(JIL)という全国組織もある。決定権を有する組織(NPO法人では理事会)の構成員の過半が障害者本人で、実際に動く事務局の長も本人、といった条件がある。私もわりあい長くそうした組織の一つに、きわめて半端・不十分にでしかないのだが、関わらせてもらっている。活動が多様化し組織が大きくなり、予算規模も数億といったことになった時、この「本人原則」をどこまで貫くのか、貫けるのかといったなかなかに難しい問題が、以前からあったのではあるが、より顕在化する。なかなかに悩ましい。ここは様々工夫して乗り切っていくしかないのだろう。こうした組織が実現してきたことは、私はとても大きいと思っている。
◇◇◇
  佐々木たちの組織にはこうした組織との共通性がある。そしてALSの人たちだけをとっても、こういう組織の形成・運営は佐々木だけに限られたことでない。そこでもう1冊、やはり最近出た本をということになり、表紙写真を載せてもらったのだが、その前に一つおことわりを。
  当たり前のことだが、みなが佐々木のように何十人という組織を束ねられるわけでもないし、またそんなことができる必要もないということだ。障害者をしているからといって、障害者に関わる仕事を上手に切り盛りできる、とは限らないということだ。佐々木の場合には、それまでの職歴、活動歴、そして人・組織とのつながり、そういう資産があったはずである。そういった部分についての個人差は当然あるし、好き嫌いもある。では、ならばやはり、こういう「事業」に関与するのは、限られた、才能のある人ということになるのか。そうではないというのが、ここで言いたいことになる。
  つまり、自分が使っているサービスの分について、自分で維持・管理する、そしてその部分については、従来はそこは供給・仲介組織が行い、そしてお金を受け取ってきたのだから、その分を自分で受け取るようにする、場合によっては自分が関わりがあり、責任をもつことができる1人、2人、3人を担当するということもあってもよいかもしれない。このような基本は自分のためのサービスに関わるという小さな「事業」を行うことができなくはない。そのように制度を使うことができるし、都合がよいように変えることができなくはないし、実際、そのような仕事をしながら暮らしている人もいるということである。
  これは昨年の11月号(第64回)「「社会人(院生)」の本・1 」という回に紹介した、岡部耕典の『障害者自立支援法とケアの自律――パーソナルアシスタンスとダイレクトペイメント』(明石書店、2006)に出てくる「ダイレクトペイメント」という仕組みに近いところがある。ダイレクトペイメント=直接支払いとは、おおまかに言えば、サービスのための費用を政府から利用者が直接に受け取り、利用者はサービスの提供者を直接に雇い、そしてその人の仕事に対して、利用者であり雇用者である人が支払うという仕組みである。 やはり以前、2003年の6月号(第28回)で紹介したエーバルド・クロー『クローさんの愉快な苦労話――デンマーク式自立生活は、こうして誕生した』(ぶどう社、1994)に出てくる「オーフス方式」という方式がそんな仕組みのものである。また、スウェーデンでもそうした主張をし、その仕組みを作ったきたアドルフ・ラツカの本『スウェーデンにおける自立生活とパーソナル・アシスタンス――当事者管理の論理』(現代書館、1991)もある。
  この仕掛けで、「事務経費」みたいなものがその人のもとに残り、その人の収入になるかかどうかは、いちがいに言えない。しかし雇用したり管理したりするのも仕事であるのはまちがいないから、その仕事の分を受け取るのは基本的に理に適っている。
◇◇◇
  ただ、それでうまく行くかという問題はある。自分で雇うといったって、既に様々に介助する人とのつながりがあればよいとして、なかったらどうして探すか。また、人はいたとして、とくにALSとなれば、介助・介護の仕方にしても、なかなか難しいものがあるし、すくなくとも初期にはALSの人本人にしてもどのようにしてもらったらよいのかがわからない場合があり、どのように伝えたらよいかがわからない場合もある。となるとやはり完全に単独では難しい。そこにやはり組織が関わったいた方がよいということになる。人探しの部分、それから人の使い方の部分、それを教えるプログラムといったものがあってそれがうまく機能すれば、あとは一人で、利用者一人の「事業所」を運営することもできるだろう。
  だから様々な方式があり、その組み合わせがあり、その辺りがとてもおもしろいところだ。と、呑気なことも言っていられない。これは政策に直接に関わる今現在の課題でもある。その際、お金を出す側は「経費節減」という思惑でこの方式に乗ってくるかもしれない。だが、節減自体はよいとして、うまくサービスが行き届かなくなってしまったら困る。また既にある組織にとっては、今まで組織として活動し経営を成り立たせてきたのに、収入が減って困るという事情もある。「直接支払い」という制度は「自立生活運動」と呼ばれる主張・運動によく馴染むのだが、その主張のもとに作られてきた「自立生活センター」の活動との兼ね合いを考えたときにどうかという問題があるのだ。ただこれは基本的には技術的な問題であり、解決不能な問題ではない。
  さて、紹介するつもりだった山崎麻耶『マドンナの首飾り――橋本みさお、ALSという生き方』を紹介する場所がなくなってしまった。なので次回に。

このHP経由で購入していただけたら感謝

 [表紙写真を載せた本]
◆山崎 摩耶 20061125 『マドンナの首飾り――橋本みさお、ALSという生き方』,中央法規,275p. ISBN-13: 978-4805828038 ASIN: 480582803X 1890 [amazon] ※ b
 [他にとりあげた本]
◆「生きる力」編集委員会編 20061128 『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』,岩波書店,岩波ブックレットNo.689,144p. ASIN: 4000093894 840 [amazon][kinokuniya] ※, b d als
佐々木 公一 20060601 『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』,ひとなる書房,239p. ASIN: 4894640910 1680 [kinokuniya][amazon] ※,


UP:20070214 REV:(誤字訂正)
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