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ALSの本・4

医療と社会ブックガイド・67)

立岩 真也 2007/01/25 『看護教育』48-01(2007-01):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


 まず、以下に関係もするのだが、すこし本の紹介自体からは離れたことを。諸般の事情から「研究拠点:生存学」(仮称)を立ち上げることになった。お金が付けばそれなりの規模のものにはなり、その一部に、過去から今まで、「障老病異」の人たちの生存とその困難について、なされたこと言われたこと書かれたことを知り、そこから様々を考えようという企画を置く。3年次(後期課程)入学の人も含む大学院生の活動・活躍をあてにしている。私のHPのトップからこの企画についての私設ページにリンクされているので、興味ある方はごらんください。
 また、そのための準備もあって、まず私の手許にある本から発行年順に並べたファイルを作っている。まだ1500冊ほど。7年目に入ってしまったこの連載で取り上げてきた本もむろん含まれ、連載で書いた文章も個々の本のところからリンクさせている。ご参考まで。
 さて、マイケル・オリバー『障害の政治』(明石書店、2006)の紹介が途中までだったのだが、それはまた別に。(こんなふうに途中で終わった紹介が他にもたくさんある。申しわけありません。)以前、拙著『ALS』(医学書院、2004)を出してもらったこともあって、3回に亘ってALS(筋萎縮性側索硬化症)に関わる本を紹介した(第44〜46回、2004年11月号〜2005年2月号)。その後も何冊か出ている。それらも含め、今回からまた「ALS本」を紹介する。そう思ったのは、昨年、佐々木公一『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』(ひとなる書房、2006)が刊行され、また年末には『生きる力』という本が岩波ブックレットで出たことによる。
 年末に「今年の何冊」といった企画がよくある。私も、ここ数年『週刊読書人』と『みすず』から依頼を受け、読書人でないので不適格だが、書かせてもらっている。『読書人』の方をつい数日前に送った。指定は3冊なのだが、あげたのは4冊。まずマーフィー&ネーゲル『税と正義』(名古屋大学出版会)、G・A・コーエン『あなたが平等主義者なら、どうしてそんなにお金持ちなのですか』(こぶし書房)。この連載とは関係なさそうだが、そんなことはない。お金の話は大切である。とはいえここでその解説を始めるわけにもいかず、3冊め、香川知晶『死ぬ権利――カレン・クインラン事件と生命倫理の転回』(勁草書房)。6年前、この連載の第1回に取り上げたのが香川の『生命倫理の成立――人体実験・臓器移植・治療停止』(勁草書房、2000)だった。別の機会に取り上げよう。ここでは関連した文章を一つ。前回もすこし紹介した「自立を強いられる社会」という特集の『現代思想』2006年12月号に堀田義太郎「決定不可能なものへの倫理――「死の自己決定」をめぐって」。
 そして4冊目が、原稿を送るその日に届いた「生きる力」編集委員会編『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』(岩波書店、2006)。「死ぬ権利」と「生きる力」はよい?対だとも思って、お金(社会的分配)関係の2冊の後あげさせてもらった。
◇◇◇
 『生きる力』は、さきに著書の題名だけあげた佐々木公一さんが2005年にALS関係のメーリングリストに提案し、10名が発起人になって原稿募集を呼びかけ、企画が始まった。刊行に至るまで、けっこうたいへんだったようだが、連絡・調整役をなさったのは高井直子さん。高井綾子さん(1982年に発症、2006年に83歳)はその母親。この本に掲載されたのは「発明が生きがい――私の夢は終わりがない」)。
 36人の36の文章が収められている。私のHPにこの本関連のページを作ったからご覧ください。中身についてはまた次回にと思うのだが、まずすなおに感心してしまったのは、発症して30年を超えましたという人がいることだ。永沼二郎「長期在宅療養日本一」。1933年生まれ。1975年に発症、1980年に呼吸できなくなり入院。1983年から自宅に。そして29年という人もいる。中嶌貴祐「希望を捨てずに」。1977年、25歳のときに発症。この2人にもホームページがある。リンクさせてもらっている。
 もう一つ、数字の細かいところを別にすれば、その通りだと思うこと、しかしあまり人は言わないように思うことが「はじめに」(佐々木)に書いてあったので。
 「ALSは、一定の割合で、等しくすべての人に発症の可能性が、これまでもあったし、これからもあります。単純計算ですが、いま地球上に三十数万人のALS患者が、いることになります。歴史的にみれば、発症して三〜五年以内に、主として呼吸筋麻痺で、無念の死をとげておそらくは数百万人のALSの患者たちがいたことが想像されます。これらの人びとの無念の慟哭を、その魂の叫びを重く受け止めようと思います。」    
◇◇◇
 本には様々な読み方がある。実用書というジャンルがある(この本は実用書としても使える)。また多くの人は楽しみのために読む。それが一番よい。ただ、私の場合は、そんなことはほとんどない。仕事として読む。そして書く時間が長く読む時間は少ない。手早く、仕事のために、読む。悲しく気ぜわしいことであるが、仕方がない。そうして気ぜわしく、『ALS』を書いた時、本を集めた。本人や家族が書いたもの、約40冊。ホームページに並べた。
 集め方だが、インターネットからも注文できる闘病記専門の「パラメディカ」という古書店がある。そこからダンボール1箱購入した。そしてさっきアマゾンを見てみたら、検索のカテゴリーに「筋萎縮性質側索硬化症(ALS)」があってそこには26冊あがっている。ただマックス・ウェーバーの『職業としての学問』(としての=als)などもあがっているから、実際には22冊ということになる。
 そしてホームページがかなりたくさんある。集めて、人名別や本別のファイルを作って、引用したりして、それをもとに書いていったのが『ALS』だった。私は、同時に複数の主題について考えたり原稿を書いたりしているから、どうしてもそうした仕事はいいかげんな仕事になってしまうのだが、それでも、というかいいかげんだからこそ、こんなことをしておく。
 こうして一時期私は「ALSおたく」っぽくなって、北から南までかなりの数の人の名をそらで言えたりした。こんどの本の書き手の36名のうち約4割の人は、そんなふうにしてリンクさせてもらっていたり、ファイルを作ってあった。そこで目次からリンクさせた。そして、そんなことをしながら、また今回幾人かファイルを増やしたりした。こうして私のHPには、93人の本人、関係者の名前があがっている。地域別と五十音順に並んでいる(このファイルはHPトップ→「ALS」。)
 もちろんこうした情報源に「偏り」があることはわきまわえねばならない。つまり、書ける人が、書けることを、書いているということである。ただそのことをわかって読むなら、また使うなら、意義はあるだろうと考えて、私は、読み、使わせてもらっている。
 『生きる力』刊行を呼びかけた発起人たちは日本ALS協会の会員である。そして印税の全額は協会に寄付される。そんな本が刊行されること、私はその意義があると思う。ただなんでも集めて読んでいくと、また別の、しかしそれもたしかに現実だと思う現実が書かれていたりもする。
 瀧内美佳『母の音色――ALS(筋萎縮性側索硬化症)との二年六カ月』(文芸社、2006)という本を入手した。著者の母は、自分がALSだとは知らないまま、状態が急変して、亡くなる。それまでが書かれている。患者会によって救われたという話はよく書かれるが、もちろん同時に、入らなかった人もいる。そう長くはないが、このことに触れた箇所がある。
 「得るところの多かった総会ですが、結局、私はこのあと二度と参加することはありませんでした。母に内緒で家を出るのに、嘘の言い訳を探すのが心苦しかったことも事実です。でもそれだけが理由ではありませんでした。
 本当は怖かったのです。会場に来ていらっしゃる患者さんたちを見るのが。人工呼吸器をつけている姿に、まだ見ぬ未来の母が重なりました。
 主治医も教えてくれなかった重要な事実を、私はALS協会と出会って、初めて教えられました。それは、この病気の症状が、着実に進行するということです。これから先、母がどうなってしまうのか。知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎあいました。
 私は結局、会場で販売していた小冊子にはろくに目を通さず、買って帰りもしませんでした。家のどこかに隠しておいて、万が一にも母の目に触れさせたくなかったせいもありますが、やはりすべてを知ってしまうのはためらわれたのです。」(pp.123-124)
このHP経由で購入すると寄付されます

 [表紙写真を載せた本]
◆「生きる力」編集委員会編 20061128 『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』,岩波書店,岩波ブックレットNo.689,144p. ASIN: 4000093894 840 [amazon][kinokuniya] ※, b d als ts2007a

 [他にとりあげた本]
◆Cohen, Gerald Allan 2000 If you're an Egalitarian, How Come you're So Rich?, Harvard University Press, 256p.(Hardcover: 256 pages June 3, 2000)  ISBN: 0674002180 [amazon]=20061031 渡辺 雅男・佐山 圭司 訳,『あなたが平等主義者なら、どうしてそんなにお金持ちなのですか』,こぶし書房,409p. ASIN: 4875592116 4830 [amazon][kinokuniya] ※,
◆Murphy, Liam B. and Thomas Nagel 2002 The Myth of Ownership: Taxes and Justice, Oxford Univ Pr, 228p. ASIN: 0195176561 (pb 2004/12/9)  [amazon]=20061110 伊藤恭彦訳,『税と正義』,名古屋大学出版会,255p. ASIN: 4815805482 4725 [amazon][kinokuniya] ※,
◆香川 知晶 20061010 『死ぬ権利――カレン・クインラン事件と生命倫理の転回』,勁草書房,440p. ASIN: 432615389X 3465 [amazon][kinokuniya] ※, b d
佐々木 公一 20060601 『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』,ひとなる書房,239p. ASIN: 4894640910 1680 [kinokuniya][amazon] ※,
◆瀧内 美佳 20060715 『母の音色――ALS(筋萎縮性側索硬化症)との二年六カ月』,文芸社,170p. ASIN: 4286009785 1260 [amazon][kinokuniya] ※, b als

 [とりあげるつもりだった本]
◆長谷川 進 20060505 『心に翼を――あるALS患者の記録』,日本プランニングセンター,191p. ASIN: 4862270034 1260 [amazon][kinokuniya] ※, b als


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